<コメント>
 自分はミーハーです(断言・苦笑)そのミーハー趣味の中の一つに、「鉄の塊が好きっ!」と言うのがありまして。
 飛行機、電車、車、バイク、工事車両。無性にかわいく感じるのです。たとえば電車区の開放日に見学に行って静かに車庫で眠る電車を見ると、普段何者をも寄せ付けない力強い彼等の無防備なその姿に萌えます。「今の君は、なされるがままなのね」的なものを思ったりして。
 お話も、登場人物の外見ではわからない無防備なところをつつくのが楽しいですね。
 11月3日は、入間祭だわ。大好きなF14が、完全撤廃決定。会える最後のチャンスかなぁ?なで回してあげたいなー。(いかん、もう少し自分を繕わなくてはせっかく読んでくれてる人に逃げられる?自爆m(_ _)m)

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<本文>

 『女子高校生集団リンチ殺人』事件は、主犯格の少年を確保できないまま一週間が経っていた。次第に課内の空気も緊張したものになってくる。本庁から捜査員が派遣されるような事態は出来るなら避けたい。
 その中でも早川の執着は尋常ではなかった。どうやら非番を返上してまで捜査に当たっているようで、今朝も昨夜からの聞き込みからまだ帰らないらしい。
「もともと少年課にいたからな。被害者が十六歳の女子高校生となると入れ込んでも仕方がなかろう。」
 捜査一課長の栗本警部が交代のために帰ってきた若い刑事を諭している。早川に付き合わされて不満を述べているようだが、栗本としてはそのようなことで不満を漏らす彼にこそ不甲斐なさを感じているようだった。早川の捜査は栗本に信頼されているのだ。
「おまえはまた、成田の実家か?」
 いつもより早くに出勤したつもりだったが、既に濱田が書類に向かっている。
「はい。……他に行くところもありませんし。」
「情けないなぁ、デートする相手もおらんのか? まあいい、今度の合コンで相手を見つけるこったな。片桐の話じゃ他の課や、所轄署にも声をかけて十人くらい集めたそうだぞ。中には気に入った子がいるかもしれん。」
「はぁ、それが……。」
 神崎は自分が参加しないことを伝えようと思ったが、ここで彼に言えばまた余計なお節介をされそうなので止めておいた。
「うん、何だ?」
「いえ、何でもありません。ただどうも俺は、あの子達が苦手なんですよ。人種が違うというか、立場が違うというか……。」
「同じ警察官だろうが。おまえまさか捜査一課の刑事と交通課の婦警を同列にしたくないって言うつもりなのか?」
「とんでもない! そんなつもりはありませんよ。俺が言いたいのは……。」
 神崎はつい口ごもる。否定はしたものの、濱田の言うとおりなのかも知れない。上手い言い訳が見つからなかった。
「彼女達が、何も悩みがないように見えるか? 自分ほど深刻な事情を抱えていないとでも?」
「えっ、いえ、そんなことは……。」
 濱田は大きく溜息をつくと、交通課の方を見やる。
「たとえば片桐だがなぁ。あいつの親父さんは刑事で、あの子がまだ二歳の時に追っていた犯人にナイフで刺されて殉職している。警官になると決めたときに母親は泣きながら止めたそうだ。」
「……知りませんでした。」
「おまえはまだ見せかけの姿から本質を計ることが出来ていないようだな。刑事としての、心がけが足らん。正義感や義務感では勤まらない仕事だぞ、もっと人間を知らねばな。早川にしてもそうだ、あいつが何故あそこまでやろうとするのかわかるか?」
「それは彼女が少年課で……。」
「警部はわかりやすい理由をあの若造に説明しただけだよ。本当のところは……。」
 その時、部屋の外で大きくどよめきが起こり、婦警の一人が栗本警部の元に駆けてきた。
「早川刑事が、容疑者に暴力を……。」
 神崎は濱田と共にその場に急いだ。

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★刑事はネタ的にも魅力的。さて、優樹君や遼君は将来何になるのかな?優樹君は海上保安庁の船長さん遼君は小児科のお医者さんなんてどうかしら?優樹君の子供のかかりつけのお医者さんなんか良いかもね。
◆それは違う!と思ったら。
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までどうぞ。
 
<コメント>
 今日は雨です。春は一雨事に暖かくなり、秋は一雨事に寒くなると言います。
 夜、手が伸びるのがビールからウィスキーに変わり、これも自分の中での季節なのだなと思うこのごろ。(ただの酒飲みじゃん)
 チェストの中にはブランディ、ウイスキー、カリビアンラム。中でも一番好きなのはシングルモルトウィスキーで、スモーキーなもの。ショットグラスを傾けながらPCの前でキーボードを打つなんて、いやん、小説家みたい\(^O^)/(ミーハー女め(^_^;))
 酒瓶の間にはホースオルフェノク(当然疾走態!)もう、彼ってお酒が似合うんだからっ(苦笑)
 今夜も彼の美しい姿を眺めながらグラスを傾けるのさっ。(ええ、変人ですよ、自分は。爆笑)

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<本文>

 普段は県警本部の待機寮で一人暮らしをしている神崎も、非番の日にはなるべく実家に顔を出すようにしていた。
 実家は千葉市からかなり遠い成田市にあるのだが、彼の二人の兄のうち長兄は仕事を理由に、次兄は家庭サービスを理由にあまり年老いた両親のもとを訪ねては来ない。末っ子の彼は、かわいがられて育ったためか、どうも実家から離れられないところがあった。
 珍しく週末が非番と重なり、金曜日の夜遅くに彼が実家に帰ると思いがけなく長兄、瑛一の車が車庫にある。
「ただいま。兄さん来てるの?」
 奥から彼の母親が嬉しそうな顔をしながら玄関まで迎えに出てきた。
「そうなの、珍しいでしょう? あなた夕飯は食べてくると言ってたけど、居間であの人にお酒を付き合ってあげたら? お父さん、先に寝てしまってねぇ、瑛一も話し相手が欲しいでしょうし。」
 神崎は、兄が話し相手をほしがってはいないことを知っていたが、取り敢えず相づちをうつ。父も長兄と話すのが面倒で寝てしまったに違いないのだ。
 居間では瑛一がテレビの報道番組を見ながらノートパソコンで仕事をしていた。テーブルには彼の好きな日本酒とつまみが用意してある。何時訪ねてくるとも知れない息子のために用意を欠かさない母心であろう。
 上着とネクタイは外してあったがワイシャツとスラックス姿である。真冬でも暖房を入れて下着のまま寝る彼にとっては私服など必要ないのかも知れない。
「久しぶり。珍しいな、ここに顔を出すなんて。」
 ああ、と返事を返しながらも彼はモニターから目を離さない。
「明日一番の飛行機でニューヨークに行くんだ。空港の近くに実家があるのにホテルを取ることもあるまい。」
 やはりそんな理由だったか、と、神崎は諦めにも似た気持ちになる。もとよりこの兄から、定石通りの答え以外を期待してはいない。
「食事会の日程は週明けにメールするよ。そっちは大丈夫なんだろうな。」
「声をかけてもらってるけど、十人は無理かも知れない。七・八人なら何とかなるそうだよ。」
 瑛一は少し困ったような顔をした。
「こっちは希望者が二十人近くいるんだ。絞るのが大変だな。まあ、礼儀として女より男が多い方がいいんだが……。」
「あ、じゃあ俺は出なくて良いんだな?」
「最初から人数に入れてない。」
 神崎はほっとした反面、少し面白くもない。
「兄さん、先月も弥生さんのつてで合コンしてたじゃないか。自分の気に入った女性が見つかるまでやるつもりなのか?」
 弥生は神崎の次兄、博人の妻である。もとスチュワーデスで、背の高い綺麗な女性だ。
「生憎私は女性に興味はないよ。有能な部下を自分の紹介で結婚させておくと、のちのち便利だからな。それだけだ。」
 この兄は、こういう人間なのだ。何を言っても始まらない。
「大変だね、部下の面倒を見るのも。」
「そうだな。」
 ……嫌味も通じない。
 そんな兄だが、どういう訳か時折変わった行動をとる事がある。たとえば変な言葉を教え込んだ九官鳥をいきなり実家に置いていったり、海外出張の土産に彼にだけ海外SFドラマのフィギュアや雑誌を買ってきたりするのだ。
「貴方がかわいいからよ。」と、母は言うのだが、とてもそうは思えない。確かにSFドラマはよく見るが、フィギュアを欲しいとまでは思わないし、この年で兄にかわいがられるのも真っ平だ。
(ただの嫌がらせに決まってる。)
 キーボードを打ちながら杯を傾ける兄を横目に、神崎は母親が彼のために用意してくれた鰯の甘露煮をかじりながらビールのグラスを空けた。
「宏司、おまえは付き合ってる女性がいるのか?」
 いきなり話を振られて、ビールがむせる。
「なっ、なんだよいきなり。人の心配より自分の心配しろよ。三十七にもなって独り身はあんたの方じゃないか。」
「言ったはずだ、女には興味がないと。結婚は博人とおまえがすればいい。早くお袋を安心させてやれ。」
「こっちの台詞だよ。」
「おまえは女に理想を持ちすぎだ。」
「あんたに言われたくない。」
 瑛一は表情も変えない。反論しても無駄なのだ。言いたいことだけ言えば相手の意見など聞く耳を持たない。諦めて、彼は好物に箸をのばそうとしたが、小鉢はいつの間にか瑛一の手元にある。
「それは俺のだ。」
「お袋からもらってこい。」
 ぐっ、と、言葉を飲み込んで、彼は席を立つ。が、これだけはどうしても言っておきたかった。
「俺には土産、いらないからなっ!」
 兄は無言で杯を傾けた。

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★神崎君のお兄さん登場です。女に興味がないのは仕事人間だからですよ、念のため。でも実はニューヨークにいい人がいるのかも知れませんね。
 神崎編、昨日終わったので今日からアキラ君編書くつもりです。神崎編は後2回くらいかな?本編のプロットも固まってきました。

◆一言残してくれると嬉しいな(^O^)
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<コメント>
 犯罪を犯す者と犯さない者。その者を隔てる「境界線」と言う言葉があります。
 じぶんはそれを、「川」に例えることが良くあるのですが、小説を書くときも、何時も対岸を意識しています。自分の中の淀んだ川を覗き込み、引き込まれまいとします。川を自力で泳ぐほど、まだ追いつめられていませんが、誰かが橋を架けてしまうことが怖い。
 対岸が、近く感じるこのごろです。

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<本文>

容疑者の一人を確保して署に戻ると濱田に取り調べを頼み、彼は書類の作成に向かう。取調室に連行していったのは早川だが、どうもいつもより厳しい態度に感じるのはかつて少年課に居たためか?
この容疑者は十八歳の少年だった。
 地道で根気強い聞き込みが彼女の定評である。「叢雲」の件でも貴重な情報が得られたのは、その彼女のおかげと言って良かった。しかし今回に限って根強い怒りのような物が感じられるのは何故だろう。
 パソコンのモニターをぼんやりとながめて考え事をする神崎の後ろから、聞き慣れない女の声が彼を呼んだ。
「神崎さんっ! 濱田さんから聞きましたよ。エリート商社マンと合コンのお話があるそうですねっ!」
「えっ、ああ、まあ……。」
 交通課の若い婦警、片桐留美香が彼の顔を覗き込む。
「僕の兄が出版大手のM社に勤めているんだけど、そこの独身男性数人と一緒に食事の場を設けたいって言うんだよ。無理ならいいんだ。直ぐに断れるから。」
「何人行けるんですか? 希望年齢層は? そちらの人数と、年齢、出来れば写真付きでお願いします。」
 別の声にふと見ると、高橋の後ろに女の子が二人増えている。神崎は思わず身を引いた。
「詳しいことは、追って連絡するよ。相手の情報も、メールで貰っておくから。僕は取り敢えず仕事に戻りたいんだけど。」
「わかりました。連絡待ってますね。あ、それから神崎さんは参加予定なんですか? 」
「多分……。人数によると思うけど。」
 参加したくないのは山々だが、どうも彼は昔から長兄に逆らえないところがあった。
 三人の婦警は、くすくす笑いながら神崎を伺い見る。
「神崎さん、女の子より男の子が好きなんじゃないかって噂されてたんですよ。」
「はあっ?」
 思わず素っ頓狂な声をあげてしまい、彼は慌てて口をふさぎ辺りを見回した。
「こないだ、色の白いすごく綺麗な男の子と館山のパーラーに居たでしょう? あたしの実家、そっちなんですよ。」
 多分それは大貫の事件のことで秋本遼を訪ねたときだ。濱田が田村さんと釣具屋に行ってしまい時間つぶしを一時間以上もさせられたのだが、彼がその間付き合ってくれたのだった。
「あたしが見たのは、ちょっと野性的な感じのする背の高い子でしたよ。スポーツマンタイプでカッコよかったな。大学病院の駐車場でした。」
 それは母親の見舞いに来ていた篠宮優樹だ。やはり事件がらみで用があっただけである。
「あたしはねぇ……。」
「勘弁してくれ、まだあるのかい? どれも叢雲の事件で関係してた子達だよ。立件のために会ってただけだ。」
「なあんだ、そうなんですか。」
「あたりまえだっ!」
 三人は顔を見合わせイタズラっぽく笑う。
「ちょっとからかっただけですよ。神崎さん、真面目で付き合い悪いんだもの。合コン、楽しみにしてますからよろしくお願いしますね。」
 片桐の言葉に、彼はどっと疲れて椅子に寄りかかる。
「あ、ところで三人目は誰だい?」
 思いついて、自分が話を遮った子に神崎は声をかけた。
「知的だけど、ちょっと冷たい感じのする子でしたよ。つい先日、署内で一緒にいらしたでしょう?」
 須刈君か……。そう言えば三日前、報道部にいる佐野君のおじさんを訪ねてきた彼を、ついでで成田まで送っていった覚えがある。
 それにしても何処で見られているのやら。神崎の悩みの種は、また一つ増えてしまった。

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★「叢雲」主人公達の名が、ようやく出てきましたか。(笑)アキラ君は神崎さんに成田空港まで送ってもらっていますが、「アキラ君編」の伏線になってます。神崎さんはもちろんノーマルです(爆笑)

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<コメント>
 番外なんて書いて嬉しいのは自分だけなのですが、読んでくれてる人、いるんですね。嬉しいです。
 文章で自分の中の正義とか、悪とか、怒りとかを書くのは、ある意味自己解決の手段です。誰にも言えないことがあって、誰かに言って欲しいことがある。やりたいことがあって、やれないことを誰かに体現してもらう。
 物語の中に自分が沢山います。一人じゃないです。なりたい自分、出来ない自分、やれなかった自分です。

:::::::::::::::::::::
<本文>


 聞き込みに行くため、一旦自分のデスクに戻ろうとした神崎の後を早川が急ぎ足で追いかけてきた。
「今回自分とチームです。濱田さんはオブザーバーに回るそうですから。」
 またか、と、神崎は肩をすくめる。最近は外回りを彼等にさせて、自分はデスクで仕事をすることが多い。確かに係長クラスの彼がまとめ役をした方が、仕事に無駄がないのだが。
「少年課からリストをもらってきました。頭から当たりますか?」
「ああ、そうしよう。」
 交通課の資料は別のチームに割り当てられたようだ。車のキーを取りに行こうとした彼女を神崎は呼び止める。
「車は俺が運転するよ。」
 濱田と動くときは彼が何時もハンドルを握るので、その方が落ち着くのだ。
「いえ、慣例ですから。」
 しかし生真面目な彼女は取り合わない。
 女性の運転で助手席に座るのが厭なわけではないが、気を紛らわせることが出来る機会を失って、神崎はさらに気が重くなった。

 容疑者の名や、住所がわかっても、犯罪を犯した者が大人しくそこにいるはずがない。逃走先、潜伏先を探すのが彼等の仕事だ。
 移動中、無口な早川は神崎の話に「ええ」「はあ」などという曖昧な返事しか返さない。生真面目なのは良いが、もう少し愛想がないものか。その上今回は、さらに口数が少ない。
「ペットショップには、飼い犬の餌か何かを買いに行くのかい?」
 この辺りが例のケーキ屋の近くだと気付いて、神崎が声をかけた。
「……捜査には関係ありませんよ。」
 聞いてはまずいことなのか? 彼女の返事に所在なさそうな神崎に、自らの態度を思い直したのか早川は態度を和らげた。
「実家に犬と猫がいます。私は待機寮でハムスターを飼ってるんですよ。」
「へえ、動物が好きなんだな。」
「……そうですね。」
 そう言われてあまり嬉しくなさそうな顔だ。
「うちにも九官鳥がいてね。もともとは一番上の兄が飼っていたんだが、転勤があったときに預かってそのままなんだ。結構よくしゃべるんだよ。兄がイタズラで教えたんだけど……。」
 早川の表情が、少し興味深そうになる。
「カンザキクン! ジケンダ!」
 九官鳥の口まねで彼が言うと、彼女が初めて笑った。美人、と言うほどではないが、笑うと結構いいな、と神崎は少し驚く。そう言えば彼女が捜査一課に来てから一年以上経つが、笑った顔を見たことがない。
「その九官鳥、名前はなんて言うんですか?」
「ダミアン。何かの映画から取ったらしいんだけどね。」
「一度、声を聞いてみたいですね。神崎さんの口まねでなくて。」
「今度紹介するよ。」
 ぴりぴりした空気が少し和んで、正直、神崎はほっとした。

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★神崎君のおにいさん。一番上は瑛一さん、二番目が博人さん。彼は三男坊主なんですね。
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 鬱々とうつけていたら、うっかり『すこーん』と大ボケしました。いやん、どうしよう!
 『番外・杏子ちゃん編』、松林で遼君を映画に誘うかわいらしい(かざと的に精一杯)シーンをアップしてませんでした。途中、一回分抜けてるんですよ。申し訳なーい!!
 と、いうわけで。『神崎刑事編』の後でアップし直します。m(_ _)mぺこり。

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<本文>


 事件に関わる人間が未成年だと聞くと、彼の気持ちは途端に暗くなる。個人の感情など必要はない。捜査をし、証拠を固め、犯人を追及する。それが仕事だ。
 それでも、何故こんな事が起きるのだろうと思う。自分のしていることが、何の役に立つのだろうと。使命感があったはずだった。正義感があったはずだった。しかし、正義とは何なのだろう? この社会で、自分の位置がわからなくなる。やりきれなさに、胸が痛む。
「被害者は平井和美、十六歳。県立T高校の二年生。直接の死因は頭部を鈍器で殴られたための脳挫傷、他骨折十六カ所、内臓破裂……。」
 うそざむい会議室で淀みなく、機械的に書類を読み上げる声。何度となく経験していたはずだ。ボードに貼られた目も当てられない姿を映した写真。吐き気を催したこともあったかも知れない。遠い昔に。
 冷たいパイプ椅子が当たる背中にざわつく嫌悪感は、遺体ではなく犯人に向けられたものだ。それが今の自分の原動力なのだと信じたい。
「今回は容疑者を絞りやすそうだぞ。付き合いのあった暴走族グループが既に割れている。一人ずつ引っ張って事情徴収すれば直ぐに終わるだろうな。」
 こともなげに言う濱田に神崎は黙って頷いた。直ぐに終わる? 何が終わるのだろう? 終わりのある仕事なのか?
「そうだ、これから交通課に寄ってグループのたまり場を聞いてくるんだが、ついでに例の話をしといてやるよ。」
「えっ?」
「合コンだよ。」
 たった今聞かされた事件の経緯と、合コンを同列に出来る濱田の神経に彼は無性に腹が立った。しかし大人げない行動をとるほど自分を抑えられないわけではない。
 濱田には神崎の感情が手に取るようにわかる。努めて平静を装うとも、長い付き合いだ。それがわかってわざとかきまわす。
「凶行に走る犯罪者の現実と自分の現実を混同するな。気持ちを切り替えるんだ。」
 また、言われてしまった。今回は言われまいと思っていたのに。悔しさで神崎は唇を噛んだ。

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★何だか連ドラの若い刑事物みたいですね。事件に重点を置いて、テーマを決めれば一冊行くかな。(本編かけよ!)

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<コメント>
 プライベートストーリーを書いてると、本編で書けないところが書けるけど、やはり本筋あってこそ。真面目に本編書かなくては。
 でも、神崎さんのお兄ちゃんが書けて楽しかったわ。アキラ君編に繋がる伏線もあります。「アキラ君」どうしようかな……。

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<本文>

「あら、それ〔ラ・クレマンティーヌ〕の新作ですね。」
「おう、早川も知っとるのか。給湯室に行けばまだ残ってるかもしれんぞ。」
 早川望は少し首を傾ける。否定するでもなく肯定するでもない時の彼女の癖だ。
「私はあまり甘いモノは……。でもそこの焼き菓子は割と美味しいですよ。実家の近くの、私がよく行くペットショップの隣なので母に買って来るように頼まれます。」
「早川は、辛党だったな。今度また飲みにいこうじゃないか。良い店を見つけたんだがね。」
 濱田の誘いをすまし顔でかわし、早川は二人の前に書類の束を置いて去っていった。後十五分ほどで始まる捜査会議の資料だろう。彼女が声の届かないところまで行ってしまってから、神崎は濱田にに向かって低い声で言った。
「濱田さんの良い店って、あまり女性向きではないでしょう? ただの酒好きならともかく、彼女だって気の利いたところで飲む方が好きなんじゃないですか?」
「ううむ、気の利いた所ねぇ……。それはたとえば、どんなところなんだ?」
 濱田は早川を誘いたいのだろうか?
「そうですね、ホテルのラウンジとか、あとは女性好みのカクテルやつまみがあって、ムードのある音楽が低く流れているような……。」
 そこまで言うと、神崎はまた頭を抱える。
「俺にそれがわかれば苦労しないんですよ。ったく、どうしろって言うんですか!」
「な、なんだなんだ。そんなに悩むようなことを聞いたつもりはないぞ。」
 濱田が驚いて身を引くと、神崎は慌てて弁明する。
「すみません、違うんですよ。実は兄から頼まれ事をされたんですが……。」
「頼まれ事?」
 身を乗り出し興味深そうな顔をする濱田に、神崎はやれやれと溜息をついた。彼は他人の問題に首を突っ込むのが大好きなのだ。
「交通課の女の子に人気のある店を調べて欲しいって言うんですよ。」
「そんなの調べてどうすんだ?」
「兄の会社の若い連中と、食事の場をセッティングしたいのだそうです。」
「おおっ、合コンってぇヤツかっ!」
 途端に濱田がにやにやとする。
「それなら早川に聞いてみたらどうだ?」
「それは……。」
 途端に神崎は口ごもった。確か彼女が以前いたのは少年課であったし、現在交通課の婦警と付き合いがあるようには思えない。それに後輩の同僚にこんな話を持ちかけて、安っぽい男に見られでもしたら情けないではないか。
 神崎の様子に、濱田がははん、と、胸中を察した。
「俺が交通課に行って聞いといてやってもいいぞ、おまえもそろそろ身を固めた方がいいしな。刑事のかみさんはやはり婦警が一番だ。その合コンには行くんだろう?」
「ええ、多分。」
「まあ、任せておけ。」
 濱田は神崎の肩をぽん、と、叩いた。
「捜査会議が始まりますよ!」
 二人に向かって叫ぶ早川の声で、神崎は慌てて席を立った。

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<コメント>
 今日から数回にわけて「神崎刑事・編」をアップします。
 学園が舞台でないので、ちょっと大人っぽく書きたいな、と。(変わらないんですけどね、文才ないから)でも悩みの種が仕事や恋愛になっている(つもり)です。
 自分のお話では、脇役は別として、メインのキャラは例え悪党でもどこか善人だったりします。そうあって欲しいと思うからですね。
 でも、根本的に悪意に満ちた人もいることも確かです。今まであまり出会ったことはありませんが、他人の誹謗中傷に全身全霊を注いでいる人。それまでいったい何があったんでしょうね。
「自分でなくて良かった」と思うためだけに事件被害者の手記を買って読むと言いきった人。毎日顔を合わせるのが辛いなぁ。

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<本文>


私立むらくも学園怪奇譚 一 
(番外・神崎宏司)


 デスクに積み上げられた書類に顔を埋めて、神崎は深い溜息をついた。せめてこれが仕事絡みならいくらか気が楽なのだが。
 千葉県警捜査一課のあるこの部屋に何時も殺気立った空気が漂っているわけではない。まさに今日はそんな数少ない静かな日であり、それがかえって神崎を悩ませる結果となっていた。
 交通課の若い婦警が数人固まって開け放されたドアの向こうを通り過ぎる。同じ署内にいながら何故か近づきがたい存在に感じるのは、はたして自分だけなのだろうか。
「若い子はいいねぇ。あいつら多分給湯室だな、ちょっと茶菓子でもいただいてくるか。」
 向かいのデスクの濱田がおもむろに立ち上がった。若い女の子に遠慮がないのは年の功か? もしくは彼に同じくらいの年頃の娘がいるためかも知れない。
「おまえの分もいるだろう?」
「はあ、自分は別に……。」
 彼の答えを待たずに、濱田は部屋を出ると婦警の後から奥にある給湯室に入っていった。

 暫くして濱田は自分にお茶、神崎にコーヒーを入れたマグカップをトレーに載せて戻ってきた。自分のカップは、たいがいが飲みかけのままデスクに置きっぱなしになっているのだが、多分総務の女の子が片づけてくれているのだろう。
 濱田はカップと一緒に綺麗な包み紙に入った焼き菓子を神崎の前に置いた。
「最近近所に出来たケーキ屋の新作だそうだ。聞いたことない店だな。」
「ありがとうございます、濱田さん。……ああこれは、かなり離れたところの店ですよ。大方パトロールのついでに買ってきたんでしょうね。彼女たちのチェックは駐車違反だけではないようですから。」
 薄いピンク色に白いレース模様のある包紙に書かれた金色の文字を見て神崎が答える。
「おまえ、良く知ってるな。うん旨い、この店の場所教えろよ。かみさんにそのうち土産に買ってってやろう。」
 濱田はそこそこの大きさのある焼き菓子を、一口で食べてしまった。
「いいですよ。そこはケーキより焼き菓子が美味しいそうです。買いに行く前に彼女たちにお勧めを聞いていったらどうですか?」
「ううむ、若い子は苦手でなぁ……。おまえ聞いておいてくれないか。」
 神崎は苦笑した。
「都合のいいことを言わないでくださいよ。濱田さんは苦手なんじゃなくて、面倒なんでしょう? 何時もそうなんだからなぁ。俺だって女の子と話すのは苦手です。」
 濱田が意外な顔をする。
「早川とは普通に話してるぞ。」
「彼女は同僚です。」
 ニヤリ、と、濱田が笑った。
「同僚は女の子じゃないのか。早川が聞いたら気を悪くするぞ。」
「やっ、止めてください。余計なことを言うと……。」
「何の話ですか?」
 慌てる神崎の後ろでハスキーだが感じの良い響きのある女性の声がした。

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★カウントがあっという間に2000ヒット行きそうだよ。自分の知る限りじゃ5人くらいしか読んでないはずなのに。
 1000ヒットしてくれた「りんせっと」さん。リクエスト決まりましたでしょうか?

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こんにちは、かざとです。

「考察」なんて、偉そうですねぇ。ただ単に書いてて思ったことなんです(^O^)

◆その1 <タイトル>
 気付いていらっしゃるかたはとっくに気付いてるでしょうが、かざとは今気が付いた。
 タイトル、「私立むらくも学園」「私立むらくも高校」乱立。あわわ、統一しよう。と、言うわけで「むらくも学園」にします。
 青龍校には高等部のみ。本校(横浜朱雀校)は中等部・付属幼稚園あり。ちなみに中等部は女子部・男子部に分かれてたりします。優樹君のお姉さんは中等部から「叢雲」です。

◆その2<友情>
 「愛と勇気と力とが静かに眠る海の底〜♪」自分はロボットアニメ全盛期に育っているので、この言葉に弱いです。実際信じてもいたけど、現実はいつかわかってしまうのですよ。
 友人Kさん、曰く。「男は友情に酔う」ああ、なるほど、と思った。男の人は、お酒以外でも酔いやすい。
 たとえば、正義感、使命感に酔う。そうでなければ戦争なんか出来ない。
 命を賭して戦うことに酔う。愛する人を守ることに酔う。
 羨ましいです。実際、自分もバイクでレースに出たことがありますが、「このコーナーで、最高の走りが出来たら死んでも良い」と、思うことは出来ませんでした。「ここで事故ったら……」そう考えてアクセルが緩む。
 主人公が高校生なのは、まだ自分の可能性に、賭けられるから。男の子なのは正義に酔えるから、かな。
 何を信じるか?ただ念仏のように唱えても、何処かの宗教になってしまうんだけど、難しいね、定義が。「相手が自分に不利益な存在にならない」と言ってしまえばそれまでだけど、それじゃああまりに合理的で夢がない。
 せめて、共通の意識と夢・目的を持って、「自分だけでは無理かも知れない。でも君となら出来る。」そうあってほしいです。
 最近のニュースを見ていると、自分にしか酔えない若い子ばかりでがっかりします。そのために人を傷つけたり、暴れたり。もっと他に、酔える物を見つけて欲しい。(でもお酒は成人してからねっ!)

◆その3<これからの二人>
 優樹君はどんどん追い込まれていきます。遼君は最後まで彼に付き合えるんでしょうか?意地悪大好きなかざとに負けないで欲しいですね(笑)
 今まで書いてたパロ小説と違って、性格づくりから始まって行動様式を決めるのは大変ですが、楽しいです。かざとなりのヒーローが、上手に書けると良いな。

◆その4<舞台>
 ダンナが転勤族でもあり、幸いにもあちこちで旅行ではわからないような空気を感じることが出来ています。
 一部では千葉にいたときのことを参考に房総半島を舞台にしました。二部では、自分が長野よりの新潟出身なので、長野の山間部を舞台にします。
 理学部でのキャンプや、バイクで霧の中怖い思いをして林道を走った経験がいかせるかな。まあ、こんな所で役に立つとは思いませんでしたが、何事も経験とはよく言ったものです。

◆その5<小道具>
 あえて、神崎さんの銃や、勇気のバイクのメーカーなんかは書いてません。良く知識を羅列する人もいますが、自分はそれが邪魔だと思っています。自分で想像したり、調べたりする楽しみがないじゃないですか。
神崎さんの銃が、38口径なら、「ニューナンブM60」でも、「コルト・エージェント」でも「S&W・M49」でも何でも良いです。モデルショップでカウンターのお兄さんに「38口径のリボルバーって、どんなのですか?」とかわいらしく聞けば、きっと喜んでカウンターに並べてくれるでしょう(笑)

 明日からは神崎さんのお話ですが、タイトルは明るいけど、多分シリアスです。
 コメディ、書かない訳じゃないんですよ。ただキャラがそのタイプではないですから。藤堂君と倉持女史ならコメディ行けるかな。

 変わらずおつき合いくださいね。出来れば一言もらえると嬉しいです。

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<コメント>
 前日のアップでは文字数の制約に治まらなかったので書けなくてゴメンよ。あらためて。
「伊酒樽様にプレゼント。感謝を込めて杏子ちゃんを送ります。」二人の朝食シーンもねっ!(^O^)

:::::::::::::::::::::
<本文>

 朝から授業が身に入らない友人を心配して、村上琴美は杏子の両肩に手を置き顔を覗き込んだ。
「深刻な顔しちゃって、いったいどうしたのかなぁ? お姉さんに言ってごらん。」
「琴美ぃ、どうしよう。とうとう遼君映画に誘っちゃったぁ。」
 琴美は、なぁんだ、と言って笑った。
「断られたんだ。」
「違う。一緒に行ってくれるって。」
「あ、じゃあ、優樹先輩が一緒だから面白くないんだ。」
「それも違うの。遼君の方から、優樹抜きで行こうって言ってくれたんだ。」
「ははぁん。それで? 」
 杏子は情けない顔を琴美に向ける。
「彼、あたしのことどう思ってるかなぁ? 」
「親友のいとこ。」
「うわぁーん、琴美のいじわるっ! 」
 机に突っ伏した杏子の髪を、琴美はつんつんと引っ張る。
「あんたねぇ、それはないんじゃない? 一緒に映画に行く約束してたのは、あたしのはずだよ、裏切り者。あーあ、女の友情は脆くもはかない。所詮男には敵わないんだ。」
 その言葉にはっとして、杏子は顔を上げた。
「ゴメン……。あたしってば自分のことしか考えてなくて。」
「いいよ。あたしも杏子の恋を応援してるんだから。」
 さらに情けない顔をする彼女に、琴美は諦めたように肩をすくめる。
「それにしても秋本遼とデートなんて、この学園が普通の共学校だったら他の女子に殺されるよ、あんた。」
「デートだなんて……。それほどの事じゃないよ。」
「だいたい、あの二人と何時も一緒にいられるあんたが、どれだけ他の女子の羨望を集めているか知ってんの? もともとスポーツ万能の優樹先輩は人気があったけど、あの事件の後ちょっとカッコ良くなったって、秋本先輩の人気が急上昇したんだから。二人を取り巻く視線に気付かない?」
「えっ、そうなの?」
「もう、大馬鹿っ!」
 常に剣道の県大会で上位に入り、インターハイにまで出場を決める優樹は、球技はバスケット、陸上は中距離と、他の運動競技でも必ず目立った活躍をしていた。その容姿も関係して女子の人気が高いのは頷ける。遼に関しては演劇部部長の倉持女史のような、美形好みの一部女子生徒の支持はあったが、頼りなさそうで影のあるところが、今まで他の女子生徒の興味対象とならなかったようだ。
「あたしは最初から遼君だもん、そんなの知らないわよ。」
「あら、そうだったかしら?」
 琴美が訳知り顔をする。
「確か、幼稚園の時は優樹と結婚するって言ってたぞ。」
「もうっ! その話は時効でしょっ! それに諦めた原因は琴美じゃない。」
 小・中学校は、学区の違いから同じではなかったが、二人の通っていた幼稚園は一緒で、毎日どちらかの家で遊ぶほどに仲が良かった。卒園式では同じ小学校に行けないことで涙ながらに別れ、幼いながらもいつか同じ学校に通うと約束したのだ。その約束も時が経つほどに記憶から薄れていったが、偶然「叢雲学園」で再会し、再び友情を育むことになったのだった。
「年長組の時、将来の夢を聞かれて確かに『優樹のお嫁さんになる』って聞いたな。」
「小さい頃はそう思ってたわよ。でも琴美が『いとことは結婚できない』って言ったんじゃない。あの時あたし、すごく悲しくなって何時間も泣いたんだよ。」
「あはっ! 悪かったと思ってるって。だって優樹先輩とあんたがあんまり仲良くて、面白くなかったんだ。でも実は、知ってて言った訳じゃなくて、意地悪で言ったんだよね。それが本当だってわかったの、中学に入ってからだもん。結果としては良かったんじゃないの? 傷が浅いうちに諦められたんだし。今は秋本先輩一筋でしょう? 」
 杏子はまた、泣きそうな顔になる。
「ねえ、聞いてみた方がいいかなぁ? 誰か好きな人、いるかどうか。あたしの事、どう思ってるか。」
「そうねぇ……。彼、優しそうだからはっきりとは言わないと思うけど、最悪、妹のように思ってる、ってとこかな。」
「やっぱり? やっぱりそう言うと思う?」
 これ以上彼女をいじめたら、本当に泣き出してしまいそうだ。琴美はやれやれと、溜息をついた。
「いいじゃない、それでも。そう言われたら妹以上になれるように頑張ればいいんだからさ。まずはどのへんの位置にいるか、聞いてみなくちゃ始まらないでしょ。がんばれ。」
「うん。」
 杏子はようやく笑顔を見せた。

 放課後、琴美が弓道部の部室で稽古着に着替えていると少し遅れて杏子がやってきた。中学から弓道を始めた琴美に誘われて、杏子も高校に入ってから部活でやり始めたのである。
「おっそーい! 何処行ってたのよ、探したんだから。って、ちょっと、どうしたの?」
 杏子の目に、涙がにじんでいる。
「映画、行けなくなったって言われたの。」
「えっ? 秋本先輩に?」
 そう言えば昼休み、杏子は真剣な顔をして情報誌で映画の時間を調べていた。放課後すぐに姿が見えなくなったのは、二年生の教室に遼を訪ねていったのだろう。
「優樹が物理と漢文で赤点取ったから、来週の追試の勉強に付き合うんだって。」
「はあっ、仕方ないなぁ。男の友情は女より強いからねぇ。可哀想に、あたしが一緒に行ってあげるから泣くんじゃないよ。」
 杏子は黙って頷き、のろのろと稽古着に着替える。
「それにしても、秋本先輩は相変わらず総合得点の上位に名前があったわよ。大変だったの、彼の方でしょう? 」
「遼君もさすがに少し点数が落ちたみたいだけど、彼はちゃんと出来る人なの。でも優樹は昔から、何かで頭がいっぱいだと他のことが手に付かなくなっちゃうのよね。」
 稽古着に着替えた二人が武道館に入ると、奥の方で剣道部が素振りの練習をしているのが見えた。その中に優樹の姿を見つけ、恨みを込めて杏子が叫ぶ。
「優樹の馬鹿ぁっ! 死んじゃえっ!」

 埋め合わせはするから、と、約束してくれた言葉通り、後日になって遼の方から誘われて二人で別の映画に行くことが出来た。優樹が剣道部の練習で身体が空かない日を選んだのは遼の気遣いだろう。
 結局、コリン・ファレルの映画は琴美と行ったのだが、一度約束を破った罰だと言って、彼女のお気に入りのフルーツパーラーでマロンパフェをおごる羽目になり、痛い出費となってしまった。
 でも杏子は今、幸せいっぱいだ。なぜなら遼がクレーンゲームで取ってくれた彼女の大好きなシャチのぬいぐるみを抱いて眠れるからだ。
(彼の気持ちを聞くのはまたそのうちに……。)
 乙女は今夜も王子の夢を見る。

終わり

:::::::::::::::::::::
★次回の番外編は「神崎刑事合コン編」です。その前に雑文をはさみます。(杏子ちゃん、2回で終わって書くのが間に合わないんだもん(T_T)今度からちょっとづつのアップにしよう…)

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<コメント>
 ちょっとした息抜きで、番外編です。田村氏の一人娘、杏子ちゃん。ごく普通の夢見る乙女です。

<本文>

 毎週月曜日の朝の風景が、彼女は大好きだった。かの王子が、白く長い指で優雅にコーヒーを飲む。その唇の触れる白磁の陶器になれるものならばと考えただけで、顔は赤らみ動悸が速くなる。
 窓から吹き込むさわやかな海風が、白いレースのカーテンをゆらし彼の顔に少しだけ影をつくると、長い睫毛が震えて憂いを帯びた表情になる。
 その時、すこし栗色がかった髪がふわりと揺れて、彼女に気付いた彼が優しく微笑んだ。
「おはよう、杏子ちゃん。」
「あっ、おはようございます。」
 杏子は慌てて挨拶を返し、ダイニングテーブルの斜め向かいの席に座る。
「月曜日は杏子も洋食だったわね? 」
 母親の小枝子が彼女の前にキノコ入りオムレツとパン、サラダ、オレンジジュースを置いた。
「ありがと、いただきまーす。」
 ペンション〈ゆりあらす〉では夕食のみならず朝食も、和・洋のどちらかを選ぶことが出来る。宿泊客がないときは和食になることが多いが、月曜の朝は前日の客がそのまま仕事に行くことも多く、両方用意することが常だった。
「コーヒー、お代わりは? 遼君。」
「有り難うございます、いただきます。」
 小枝子が遼にコーヒーのお代わりを注いだ。子供がコーヒーを沢山飲むのは良くないと、いつもはお代わりを勧めないのに今日はどういう訳なのだろう、と、杏子は不思議に思った。ふと見ると、遼は小さくあくびを噛み殺している。
「眠そうね、遼君。」
「うん、明け方近くまで優樹のために眠れなかったんだ。」
「またぁ?」
 杏子は呆れた声を出す。
「なんだよ、遼がやりたいって言ったんだぜ。」
 遼の真向かいでアジの開きのお代わりを骨ごと頭からかじる優樹が、自分を睨む杏子に向かって不満そうな声で呟いた。
「だって毎週じゃない。来るたびに遼君、優樹のパソコン修理してるわよ。自分で直せないなら使わない方がいいんじゃない? 」
「よけいなお世話。こいつはパソコンいじるの好きなんだからさ、いいんだよなっ、遼。」
 仕方ないな、と言った顔で遼が笑う。その笑顔が杏子は大好きなのだが、優樹の前以外で彼がその屈託のない笑顔を見せることはない。他の人間に向けるのは何時も穏やかで優しいだけの笑顔だ。
 遼のきちんとアイロンのかかった白いシャツは、襟元まできっちりとボタンをしめ学園指定の臙脂色のネクタイを綺麗に結んである。校章の入ったタイピンも、指定の場所から数ミリも違わないところに止めてあった。
 週末を何時もこのペンションで過ごす彼の着替えは小枝子が洗濯してくれるのだが、アイロンは自分でかけることになっている。
(それに比べて……。)
 杏子は小さく溜息をつく。
「優樹、シャツのボタンくらいちゃんとしめたら? アイロン、襟と袖にしかかけてないしネクタイの結び方もだらしないんだから。ところであなたは眠そうじゃないけど、遼君に修理を任せて先に寝ちゃったんじゃないでしょうね? 」
「あーもう、朝からうるせえなぁ。だいたい俺が一緒に起きてても、仕方ないだろう? 何も出来ないんだから。朝ロードワークがあるから早く寝ないと授業中眠くなるんだ。それにさっきシャワー浴びて熱いんだよ。人の事よりさっさと朝飯食わないと遅刻するぞ。おまえ、飯食ってから支度が長いんだからさ。」
「あんたがアジの開きを丸かじりしてるの見ると、朝から食欲なくしちゃうわよ。せめて骨くらい出したら? 猫じゃあるまいし。遼君もそう思うでしょう? 」
 いきなり自分に話を振られて、遼は困ったような顔をする。
「まあ、好きずきだけど。でも骨は出さないと咽を傷つけるよ、優樹。」
 ほらご覧なさい、と、杏子は勝ち誇った顔を優樹に向けた。
「カルシウム補給だよ、育ち盛りだからな。オヤジがそう言ってたんだ。」
 優樹は気にもとめない。
「おまえにそれ以上でかくなられたら困るな。いったい今の身長はどれだけあるんだか……。それからオヤジさんが何時も骨ごと食べろと言ってたのは〔シコイワシのごま酢漬け〕の事で、アジの開きの事じゃないぞ。」
 田村が笑いながら口を挟む。
「こないだの身体測定じゃ一七九センチだったかな。」
「嘘ですよ、田村さん。彼は確か一八二センチです。」
 くすくす笑いながら遼が訂正すると、優樹は、ちぇっ、と小さく呟き残りの白飯を口にかき込んだ。
「ところで遼君、悪いが今朝はお客さんの送迎が何組もあるので学園まで送ってあげられないんだよ。バスで行ってもらえるかい。」
「はい、わかりました。」
「えーっ、バスなんだ。めんどくさいなぁ。」
 杏子が不満そうな声を出す。田村の仕事がてら毎朝学園までは車で送ってもらっているため、バス停まで歩いていって込み合う車内で立っているのが厭なのだ。以前は自転車を使うこともあったが、足が太くなると聞いてからは乗るのを止めてしまった。
「遼は俺のバイクで行けばいいじゃないか。メットならあるぜ。」
 牛乳の一リットルパックを手に優樹が誘った。
「ありがとう。でも杏子ちゃんとバスで行くよ。」
 優樹のバイクはオフロードで、オンロードに比べるとタンデムシートの乗り心地がいいとは言えなかった。以前オンロードに乗っていたこともあったのだが、潮風の影響を受けるこの土地ではエンジンのメンテナンスが面倒だからとすぐに乗り換えたのだ。遼が断った理由は、それだけでなく優樹の運転の仕方にも原因があることも確かだが。
(遼君、優樹のバイクじゃなくてバスで行くんだ……。)
 遼と一緒のバスとなれば、道すがら二人きりで話が出来る。杏子はこのチャンスに以前から叶えたいと思っていたあのことを切り出してみようと決意した。
「じゃあ早くしなくっちゃ。優樹の所為で遅れちゃう。」
「勝手なこと言うなよ、自分がつまんない人の世話焼いてるからだろう? 先にいっちまえよ、遼。」
「大丈夫、まだ時間があるから待ってるよ。あ、そうだ優樹。ネクタイちゃんとしめないと生活指導の刈谷先生にまた叱られるよ。」
「あー面倒くせぇな、苦手なんだよネクタイ。」
「しょうがないなぁ、僕が結んであげるから。」
 遼は優樹のシャツのボタンを上まで留めるとネクタイをきつく結んだ。
「うえっ、苦しい、死ぬっ! 」
「シャツがきつくなったんだろう。タイピンは? 」
 息苦しさに顔をしかめる優樹を無視して遼が聞く。
「行方不明。」
「……。多分探すより売店で買った方が早そうだ。君の部屋を片づけたら、いったい幾つタイピンが見つかるかな。」
 ゴミ箱をひっくり返したような彼の部屋から小さなタイピンを見つけだすことなど奇跡に近い。優樹の部屋で過ごすときは遼も手伝って片づける事もあったが、最近は自分の居場所だけ確保するようにしていた。
「遼君、優樹になんか構ってないでもう行かなくちゃ。」
 支度を終えた杏子が呼ぶ。
「うん、今行くよ。」
 遼は上着の内ポケットから予備のタイピンを出して優樹に手渡した。
「刈谷に今度注意されたら校長室行きだからね。貸してあげるからなくすなよ。それから……わざわざ人に結んでもらったんだから、せめて正門をくぐるまで外さないこと。」
 シャツの第一ボタンを外そうとしていた優樹は、慌ててその手を引っ込めた。

(づづく)

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こんにちは かざとです。
1部完結までお付き合いいただいて本当にありがとうございました。番外編、2部と、続けて書いていきますので、これからもよろしくお願いいたします。
 小説は、自分の目から得る情報が3割ぐらいで、あとは想像と妄想を楽しむものだと思っています。そこが漫画や映画と違って最大の楽しみなんじゃないかと。その分書き手は読者が想像を膨らませやすいように肉づけする力量が必要なのですが、自分はどうでしたでしょうか?キャラのイメージを皆さんなりに持っていただけたかしら。
 本編でキャラの身長差や嗜好を詳しく書くのは邪魔なだけだと思うし、どんな服装かも少しだけ作者の意図はあっても好きに想像してくれていいんですよね。実際少ない感想ですが、何人かのイメージを聞いてみると、みんなが余りに違うのでびっくりしています。「そうなんだー」と、すごく面白いですね。
 世界観も作者の意図なんか無視して勝手に続きをかんがえてくれていいと思います。「かざとはこう書きました。」それだけで、いろいろな結末があると楽しいな。
 「自分はこうなるといい」など、聞かせてもらうとうれしいです。そうはならないところを書く楽しみくらい私にもくださいね。(笑)
 番外編も本編では書かない日常に触れていますが、「違う!」と思った人は教えてください。
 次回にアップの「杏子ちゃん 編」ですが、彼女の出番は少ないけれど、自分的に好きな女の子です。素直で乙女なところが出せたらいいのですが…。
 ご意見、ご感想、お待ちしています。掲示板からかざとにメールも送れますので、掲示板がお嫌いな方はそちらを利用してくださいませ。

かざと ゆう

追記
 海洋でのシーンを書くにあたって、S原様、H井様、資料提供ありがとうございました。
 それからK田様、アドバイスをありがとう。この先もよろしくね。
 最後にYちゃん、一番の協力者です。これからも漢字に弱い自分を助けてくださいませ。
<本文>

 マリーナでは、濱田や警察関係者と共に、アキラが彼等を待っていた。遼の両親の姿もあったが、母親の千絵には田村小枝子がぴったりと寄り添っている。度重なる出来事に涙も枯れたのか、血の気のない顔ながらも、彼女は泣いてはいなかった。
「来栖は取り敢えず病院に行ったけど、ぴんぴんしてたよ。水も食料もきちんと出されてたようだし、それどころか大貫さんからアドバイスをもらいながらアトリエでフィギュアのモデル像を粘土で造ってたんだぜ。大したヤツさ。……大貫さんは、辛い結果になっちまって、残念だったな。」
 田村からの無線で経緯を聞いていたアキラが、クルーザーから降りた二人に声をかけた。遼は無理に笑顔を作ろうとする。
「無理、するな。」
と、優樹が遼を支えた。
「悪いが三人とも、これから本署で事情徴収があるんだが、来てもらえるかな。もし後日がよければ……。」
 遼に気兼ねするように神崎が聞く。
「いえ、僕なら大丈夫です。」
 遼は、はっきりと答えて優樹と共に神崎の車に乗った。アキラも濱田と車に向かう。
 晩秋を迎えようとしている海上を、冷たい風が渡った。それは渦を巻き、天空へと昇って鋭い咆吼をあげる。未知なる獣の遠吠えのように。


 『叢雲青龍祭』当日は、必ず晴れるというジンクス通りの晴天になった。蒼天には雲一つなく、澄んだ空気はそこはかとなく冬の訪れを匂わす冷たさがあった。
 正門上で青龍のオブジェをセッティングしていた遼は、来客用駐車場から学園に向かってくる式典招待客の中に神崎の姿を見つけて梯子を降りた。
「来てくれたんですね、嬉しいです。」
「ああ、今日は非番にしてもらったんだよ。この学園は母校でもあるし、卒業以来『青龍祭』には来たことがなかったから……懐かしくてね。」
 江里香の思い出が、彼をこの学園から遠ざけていたのだろうと遼は思った。
「それで、大貫さんの件はどうなりましたか? 」
「田村さんがよく協力してくれているけれど、物的証拠がないんだよ。状況証拠だけで立件することになると思うが、その時はまた君達にいろいろと迷惑をかけてしまうな。」
「迷惑だなんて事、ありません。少しでも僕は叔父さんの苦しみをわかってもらいたいんです。そうでないと、田村さんも母さんも辛いと思うから……。」
 神崎は遼の肩に手を置いた。
「それにしても見事な青龍だね、僕等の頃はここまで立派な物は出来なかったよ。」
「デザイン画を描いたのは来栖先輩です。人間的にはともかく、美術的な才能は確かにすごいと思いますよ。」
「人間的に? 」
 神崎は事件での彼の行動を思い出して笑った。
「裏サイトの件は僕の担当じゃないからわからないけど、厳重注意だけで済んだようだよ。大貫さんを失って、彼もかなり気落ちしてたようだ。」
 遼も、少し寂しそうな顔で笑った。
「手伝いに来てやったぞ、遼! あれ、神崎さん来てたんですか? 」
 数人の友人達と連れだってやってきた優樹に、神崎は手を挙げて応えた。
「久しぶりに学生気分に戻りたくてね。」
「へえっ、神崎さんが? じゃあ俺が案内してあげますよ。」
「ありがとう、お願いするよ。ところで須刈君にも会いたいんだけど、何処かな? 」
「アキラ先輩はまだ来てませんよ、多分。あの人朝が苦手だから。」
 優樹に代わって遼が答える。
「後で聞いた話だが、彼は合気道の有段者なんだって? 優樹君が払い倒されるなんて思わなかったよ。」
「ちぇっ、知ってたらあんなに簡単にやられなかったさ。」
 優樹は面白くなさそうに呟いた。考えてみれば、以前地下倉庫で彼に胸ぐらを掴まれた時にアキラが抵抗しなかったのは、わざとだったことになる。優樹にとっては面白くないことだった。
 神崎が笑いを堪えていると、突然、優樹の表情が硬くなり挑むような目で彼の後ろを睨んだ。
「そんなに怖い顔をしなくてもいいでしょう、優樹? 」
 海を渡る風のように心地よく、心の琴線に触れるような響きのある声が背後から聞こえて神崎が振り向くと、すらりと背の高い、まるで一輪の百合の花のような女性がそこに立っていた。
「何しに来たんだよ。あんたには用のないところだろう? 」
「本校の代表としてきたのよ、私の勤めですから。たまには横浜の家に、顔を出しなさい。おじいさまが、会いたがっていらっしゃるわ。」
「真っ平だね! 」
 くすり、と、彼女は笑って二人の男子生徒を伴い正門を通っていった。が、足を止めて青龍のオブジェを見上げる。
「目障りな、飾り物ね。」
 その言葉にまた、優樹が怒るのではないかと遼は思ったが、以外にも彼は冷静だった。
「あの人……。」
「ああ、姉貴だ。横浜の本校、朱雀校の生徒会長だよ。」
 話には聞いていたが、遼も会うのは初めてだ。優樹よりもきつい感じはするが、美しい人だった。洗練された、触れがたい印象を強く感じる。
「あーあ、朝から厭なヤツに会っちまったな。さっさとここを終わらせて、遊びに行こうぜ。そういえば、さっき演劇部の倉持女史がおまえのこと探してたぞ。公演の後でコスプレ撮影会があるからどうしても来いってさ。」
「ええっ! 厭だな、それは……。何を着せられるかわからないもの。」
「まあ、上手く逃げろよ。」
 優樹はそう言うと、オブジェをワイヤーで固定するのを手伝うためにはしごを登った。深く溜息をつく遼に神崎が笑う。
「優樹君にあんなに綺麗なお姉さんがいたとはね。三年生とは思えないような大人びた女性だったな。」
「優樹はあまりあの人のことを話しませんし、僕も会うのは初めてです。あまり仲が良いようには見えませんでしたね。」
「どうやらそのようだね。さてと、僕は優樹君が案内してくれるまでその辺を歩いてみるよ。後どのくらいかかりそうだい? 」
「そうですね、二十分くらいかな……。」
「じゃあ二十分後には戻るよ。」
 神崎は正門を通ろうとして、ふっと、振り返った。
「君は、まだ彼女の姿が見えるのだろうか? もし見えるのなら、僕にも教えてくれるかい? 今、何処にいるのか……。」
 遼は首を横に振った。
「僕にはもう、見えません。きっと姉さんは、行くべき所に行ったんです。」
 神崎の顔が、複雑に歪んだ。が、何かを吹っ切るように微笑み、遼に背を向ける。
 その後ろ姿に遼は詫びた。彼にはまだ、江里香の姿が見えたからだ。彼女は明らかに遼が今まで見た残像とは違うものだった。
(何故姉さんはここにいるのだろう? )
 正門の前に立つ、彼女の寂しげな瞳が遼を見つめる。
(何かが姉さんを繋ぎ止めているのだろうか……。)
 その時、今までただ黙って彼を見つめるだけだった彼女の手が、ゆっくりとあがった。その指差す方向を見て、遼の身体が凍り付く。 彼女は、優樹を指差していた。


         一部 完 

 脱稿(初稿)二〇〇三年九月三〇日


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★有り難うございました。ご意見ご感想、お待ちしています。次回は後記を、週明けから番外をアップの予定です。

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<本文>

 速度を落とした大貫のクルーザーに、田村の艇が徐々に近づく。銃を構えたまま、フライブリッジから降りかけた神崎よりも早く、優樹がハンドレールを乗り越え大貫のクルーザーに飛び乗った。
「優樹君! 無茶をするんじゃないっ! 」
 神崎の声は彼に届いてはいない。
「遼を、返せ。」
「必ず来ると思ったよ、優樹君。君の行動力は賞賛に値するな。心配しなくていい……目的を果たせば彼をすぐに帰すよ。」
 大貫は再びナイフを手にする。
「すまんが遼、そこにあるタオルで肩を縛ってくれないか? 」
 止血のために、遼がタオルで大貫の肩をきつく縛っている間、優樹はキャビンの床にあったロッドケースから手探りで並継竿の元竿を取り出した。大貫が外洋トローリングでヒラマサなどの大物釣りに使う、太く頑丈な物だ。長さに不満はあったが、カーボンプリプレグ製の強度は充分役に立ってくれるだろう。
 止血を終えて、大貫はナイフを遼の喉元に付けたまま、レバーを前進に倒した。ゆっくりと動き出した大貫のクルーザーに、飛び出すタイミングを見計らっていた神崎が焦る。
「戻るんだ! 大貫さん! 」
 神崎が大貫に向かって発砲するのを一瞬迷ったとき、優樹がコクピットに跳躍した。
 ひゅっ、と風が巻き起こり、彼の手にしたロッドが鮮やかに大貫の喉を突いた。
「ぐう……っ!」
 仰け反るように大貫が倒れる。しかし、優樹が何時も使う竹刀と違い、長さが足らない為に強いダメージは与えられなかったようだ。よろめきながらも大貫はレバーに手を伸ばした。
「来い、遼! 」
 優樹が遼の手を引いた。
「離してくれ優樹! 僕は叔父さんを連れて帰らなくちゃいけないんだ。」
 優樹の手を振りほどこうとする遼に、大貫が叫んだ。
「優樹君と行くんだ、遼。おまえに私は救えない。ライフジャケットを付けて早く飛び降りるんだ! 」
 クルーザーは速度を増していく。
「行くぞ! 」
 優樹はキャビンのシート下からライフジャケットを引っ張り出し遼に被せると、半ば無理矢理彼を左に抱えるようにして、右舷から海に飛び込んだ。
 田村が投げた救命浮環に捕まり二人がクルーザーに引き上げられている間に、大貫の艇がどんどん離れていく。射程距離にない大貫に為す術もなく、神崎は海上を睨んで拳をハンドレールに叩き付けた。
「遼、おまえ血が出ているぞ。」
 田村の言葉で遼が頚に手をやると、大貫のナイフが当たったのだろう、確かに切り裂かれた皮膚から血が滲んでいた。
「大丈夫です。大した傷じゃありません。それより早く叔父さんを追ってください。田村さんならあの人を止められるかも知れない。僕では……ダメなんだ。」
「今更どうするつもりだ。あの人は俺達を裏切り、おまえを傷つけた。」
「優樹、彼は……。」
 大貫を庇おうにも、優樹には理解できないことだ。
「許せねぇ! 」
 その時確かに、優樹の瞳を紅く妖しい光が一瞬横切ったのを遼は見た。
 あっ、と、フライブリッジから田村の声があがり、遼が海上に目を向けると、大貫のクルーザーが海から突き出た鋭い切っ先のような岩礁に乗り上げ、まるで何かに持ち上げられたかのように高く宙に飛ぶのが見えた。そして木の葉が舞うように回転し、船尾からその岩に激しく叩き付けられる。
 その時、時間が止まった、ような気がした。が、火を噴き大気を震わす爆発音が響き、クルーザーは細かい破片となって海に降りそそいだ。
「直人っ! 」
 悲痛な田村の叫びが波間にこだました。

 間もなく海上保安庁の巡視船と千葉県警の船が現場に到着し大貫の死体を探したが、おそらく見つけだすことは難しいと思われた。それほどに爆発の衝撃による船体の残骸は、細かく、見る影もない。
 岩礁に乗り上げただけであれほどの爆発炎上が起こるとは田村には信じられなかった。座礁して転覆しても、まだ大貫を助けられるかも知れないと抱いていた淡い期待は、裏切られてしまったのだ。
 水平線上に太陽は沈み、残照は色濃い闇に浸食されていく。代わって洋上を冷たい月の光が寂しく照らし出した。
 港に帰るクルーザーのデッキの上で黙って海を見つめる優樹の瞳に、先ほど見られた怪しい光は影もない。見間違えであったのか? 見間違えであって欲しいと遼は願う。そうでなければ……。
「こんな事言うとまた、おまえに怒られるかも知れないけど、大貫さんはああするしかなかったんだ。どんな訳があるのか知らないし、多分俺には理解が出来ないことだと思う。だけど、あの人は自分の居場所を見つけることが出来なかった。それだけはわかる気がするんだ。」
 優樹の言葉に遼は頷く。
「うん……、君の言うとおりだよきっと。『この世の全ては必然から成り立っている。偶然の要因は存在しない』と、昔誰かから聞いたことがある。多分こうなることは、変えられなかったんだ。」
「おまえ、よくその言葉を覚えてたな。」
 えっ、と、遼は優樹の顔を見た。
「それ、俺のオヤジが死ぬ前に俺達に言った言葉だぜ。オヤジが危篤になったとき、田村さんや大貫さんと一緒におまえとおまえの両親も会いに来てくれただろう? 付き合いがあったからな。その時、俺達二人を病院のベッドの枕元に呼んで、どうしようもないくらいぼろぼろ泣いてる俺にオヤジがそう言ったんだ。だから泣くなって……。俺がオヤジの最後の言葉を覚えてるのは当たり前だけど、おまえも覚えててくれたんだな。」
 ああ、そうだ。何故今まで忘れていたのだろう? 確かにそれは、優樹の父親が、いまわの際に言った言葉だ。そして彼は「優樹をお願いしたよ。」と遼の手を強く握ったのだ。
 あの時は、ただ目の前の死にゆく人間の姿がただ恐ろしくて、何を言われたのか、どういう意味なのかなどと考える余裕がなかった。でも今ならわかる。
 遼の頬に涙が伝う。嬉しいような、哀しいような、複雑な思いに、それをとどめることが出来ない。
「なんだ、また泣いてるのか? おまえ、男のくせに泣き虫だなぁ……。俺はオヤジと約束したから、どんなことがあっても泣かないぜ。」
「ほっといてくれよ。君と違って僕は……。」
 先の言葉が続かない遼の肩を、優樹がそっと抱いた。

:::::::::::::::::::::
★次回、第一部最終回です。
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・キャラ裏設定紹介してます。感想などありましたら遠慮なくどうぞ!
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◆今回からコメント控えます。続けて読んでみてください(^O^)

<本文>

 マリーナに着くと、大貫は遼を車に残して自分が愛用している小型クルーザーに大型のシステムバッグを注意深く運び込んだ。このクルーザーは、大貫が会社を興したときに初めて購入した物で、型は古いがよく手入れされている。30フィートほどの船体にはフライングデッキが付き、コクピットにハードトップはなかったが、居心地の良さそうな小さなキャビンも付いていた。エンジンは最近になって4ストロークの船外型ガソリンエンジンを付けた為、出力も上がったと彼が田村に自慢していたのを遼は聞いたことがある。
 出航の準備をする大貫を見ていた遼は、意を決し、車を降りてクルーザーに飛び乗った。既にエンジンはかかっている。
「降りるんだ、遼! 」
「……厭だ。このまま叔父さんを行かせられない。」
 向こうから、サイレンを鳴らし神崎の車が近づいてくる。大貫はリモコンレバーを前方に倒し、ハンドルを握った。
 桟橋から離岸していくクルーザーを見て、神崎は小さく舌打ちした。今一歩のところで間に合わなかったようだ。大貫の船は徐々にスピードを上げる。濱田が既に海上保安庁に連絡を入れたはずだが、外洋に出る前に追いつかなければ捕まえることが出来ないかも知れない。一度見失えば、このあたりの海に詳しい大貫が浅瀬を選んで姿を隠しながら逃走することは、容易に違いないのだ。
「神崎さん!この艇を借りましょう。」
 田村が近くの係留所でナイトクルージングの用意をしていたクルーザーの持ち主に話をつけたようだ。係留ロープを外し、フェンダーと一緒に取り纏めて既に艇に乗り込もうとしている。
「助かります、田村さん。」
「なに、餅は餅屋、ですよ。この艇の持ち主は大貫と私の知人なんです。どうしても彼を捕まえたいが無線が通じないと言ったら快く貸してくれました。」
 優樹も神崎に続いて艇に乗り込んだが、神崎はもう、何も言わなかった。
「この艇はツインエンジンで足が速く小回りも利きますし、フライブリッジですから大貫の船も見つけやすいはずです。すぐに追いついてみせますよ。少し、荒っぽい操縦になりますから気を付けてください。船は平気ですか? 」
 田村の横で、神崎は自信なさそうに頷く。実際この手の小型艇に乗るのは初めてなのだ。優樹は心得たもので、バウスピリットで姿勢を低くし、田村の運転による揺れに備えているようだ。
 離岸し、係留されている他のボートから距離を取ると、田村はすぐに加速した。大貫のクルーザーは既に内湾を抜けようとしていたが、その距離を田村は徐々に縮めていく。
 神崎はホルダーから銃を取り出し、照準を決めやすいようにハンドレールで左手を固定するとその上に右手を添えた。
「神崎さん、大貫の艇は旧型のガソリンエンジンです。船外型ですから当てたら爆発するかも知れませんよ。」
 エンジンを狙うであろう神崎に、田村は先に忠告する。
「それは、まずいな。遼君に怪我をさせるわけにはいかない。」
「船外に見えるプロペラ周辺を狙えば停船させられるかもしれません。」
 目を凝らし、神崎は大貫のクルーザーのエンジンを見た。しかし激しく波立つ中に上下して見え隠れするプロペラを銃身の短いこの銃で狙うことなど、いくら腕に自信のある彼でも無理な相談だ。誤ってエンジンに当たれば、38口径の銃弾が爆発を誘発する可能性は大きい。
「難しい事言うなぁ……。他に停船させる方法はないんですか? 」
 田村は暫く考えていたが、
「神崎さん、銃の腕に自信がありますか?」
 と、彼の方を見ずに尋ねた。
「自慢じゃないが、以前いた機動隊狙撃班ではライフルだけじゃなく銃の方も信頼されていましたよ。」
「では大貫を撃ってください。」
「……。しかし相手は無抵抗だ。」
「気が付きませんか? 彼は叢雲学園のある岸壁に進路を取っている。あの周りは岩礁です。彼も傷を負えば操舵が思うようにならなくなってスピードを落とすでしょう。大貫が、自分だけならともかく遼君を危険にさらすとは思えません。ですが、悪くすると……。」
 田村の言いたいことが、神崎にもわかった。
「よし、やってみよう。」
 神崎は慎重にコクピットの大貫を狙った。

 大貫のクルーザーが、叢雲学園のある岬に向かっている事に遼は気が付いていた。だが彼の意図するところは計り知れない。逃走するつもりならば外洋に向かうはずである。
「江里香を、返してあげようと思ってね。」
 突然、それまで黙っていた大貫が口を開いた。
「返す? 」
 聞き返す遼に彼は頷く。
「あの子の身体は叢雲学園下の岩礁の中に眠っている。本当はあの石膏像を返してやるつもりだったんだが、おまえがあれを見つけてしまったために出来なくなったんだよ。だからせめて、これを返そうと思ってね。」
 大貫は足下のシステムバッグに手を置いた。遼には何の事かわからなかったが、その中には樹脂製の江里香の頭部像が入っていたのだ。
「おまえは死者の幻を見ることが出来るのだろう? 」
 遼が大貫を見つめ返す。
「まだおまえが幼いとき、両親がそのことで私に相談したことがある。その時私はありのまま受け入れてやるべきだと言ったが、秋本君も姉さんもそれが出来なかった。だが私はおまえの言うことを信じようと思ったんだよ。……江里香はどんな顔で私を見ているのだろう。山本葉月は? 乾陽子は? 当時合宿のための、用具レンタルで出入りしていた私の申し出を、山本葉月は快く引き受けてモデルになってくれた。だが私が求めるものを、彼女は与えてはくれなかった。乾陽子もそうだ。そして江里香は、姉さんの忠告で私を避けていた。私はとても孤独で、すがるものが欲しかった……。」
 そうだ、遼の言葉をそのまま頷いて聞いてくれていた大人は大貫だけだった。優樹に出会うまでは……。
「叔父さんが相談すれば、きっと田村さんは力になってくれたはずです。貴方は自分でそれを拒絶したんだ。」
 彼に向き直った大貫の顔が、苦しそうに歪む。
「娘をもうけ、妻を持ち、幸せそうな家庭を築いたあいつに言えるわけがない。受け入れられるはずがないと思ったんだよ。……親にさえ拒絶された本当のおまえを、優樹君はあっさり受け入れた。それがどれだけ幸せなことか、わかるか? 」 
 わからなかった、今までは。自分も、気が付くのが遅ければ、大貫のように自分の闇の部分に苦しみ続けたのかもしれないのだ。
「取り返すことが出来ます。遅いなんて事はない。今からでも田村さんを信じることが出来るはずです。あの人は必ず力になってくれる。帰りましょう、叔父さん。」
「それは……。」
 突然、遼は耳元で空気が激しく切り裂かれる振動を感じた。はっ、として彼が後ろを振り返ると、真後ろに迫ったクルーザーのフライブリッジの上から、神崎が銃を構えているのが見える。
「叔父さん! 」
 右肩を押さえ、コクピットにうずくまる大貫に遼は駆け寄った。押さえる左手の指の間から血が滴り落ちる。
「遼、レバーを中立に入れるんだ。この辺りは岩礁が多い。スピードを落とさなければ危険だ。」
 遼は言われた通りにレバーをゆっくりと中立に戻す。何度か大貫のクルーザーに乗って操船したことがあったため、操作に戸惑うことはなかった。

<コメント>
私事ですが、(って、このサイト自体がそうじゃん・自分突っ込み(>_<))昨日誕生日を迎えまして○○歳となりました。今までなんだか一年をただ過ごしてきた気がするけど、今回は一本小説を完結できてすごく嬉しい。また目標が出来ました。自分のために自分で目標つくるのって難しい。目標をつくっても、やり遂げたことないし。でも、好きなことだからできた。読んでくれる人がいたから出来た。有り難うございました。
 来年の誕生日までに3部作完結!これからもおつき合いくださいね。

:::::::::::::::::::::
<本文>

「くそっ! 海に出られたら追えなくなる。」
 急いで神崎が正面駐車場に戻ろうとしたとき、濱田の車が彼の前に止まった。
「濱田さん、大貫はマリーナに向かったと思われます。おそらく船で海に逃走するつもりでしょう。遼君が人質に取られていて、犯人の所持する凶器は小型のナイフ。ガレージに、来栖君が監禁されているようです。」
「よしすぐに追うぞ! 店からマリーナに詳しくて船舶免許のある者を連れてくるんだ。大貫さんのクルーザーを追いかけることになるかもしれん。」
「私が、行きます。」
 その時濱田の背後から聞こえたのは、田村の声だった。
「田村さん、大貫が貴方は帰ったと……。」
「ガレージに閉じこめられましたが、二階の非常階段の鍵を何とか壊して出てこれたんです。二階にはもう一人学生が監禁されていましたから多分来栖君でしょう。」
「彼は、生きているんですね? 」
「ええ、元気な様子でした。ただ、手錠のようなもので繋がれていて、すぐに外れなかったので、助けを呼ぶまで待ってもらっています。」
 どうやら来栖に危害は加えられていないようだ。普段内側から簡単に開けられる非常階段の鍵が外付けされていたのは彼が万一にも逃げ出さないよう、用心したのかも知れない。ガレージ二階は、大貫のアトリエで、一般社員は出入りを禁じられていた。しかし田村は彼が未だにその場所で模型を作るのを趣味としていたことを知っていたのだ。
「濱田さん、来栖君をお願いします。自分は田村さんとマリーナに大貫を追いますから、応援を! 」
「頼んだぞ、神崎! 」
 普段から犯人を追うのは体力のある神崎だった。もといた機動隊では狙撃班に所属していたため、銃の腕も信頼できる。濱田は神崎に追跡を任せ、来栖の救出に向かった。
「俺も行く! 」
 田村を助手席に乗せ、濱田が乗ってきた警察車両を出そうとしたとき、後部座席に優樹が飛び乗った。
「子供の出る幕じゃない! 」
 神崎の叱咤を、田村が制す。
「優樹を、連れて行ってください。」
 これ以上やりとりで時間を無駄にするわけにはいかなかった。神崎は無言でアクセルを踏んだ。
 取り残されたアキラは車を見送ると、濱田を手伝うことにしてガレージに向かう。来栖のことが、心配でもあった。

 ナイフを頸元に付けられながらも、遼に恐怖心はなかった。
「ナイフを、しまってください。僕は逃げません。」
 大貫はナイフをダッシュボードに置き、左手だけで握っていたハンドルを両手で持つ。
「悪かった。クルーザーまで、付き合ってくれればいい。その先は一人で行くよ。」
「行くって、何処かに逃げるつもりなんですか? 本当に貴方が姉さんを……。」
 殺した、と言う言葉を、遼はどうしても口に出来ない。
「驚いたな。何時の間におまえは正面から事実に向かい合うことが出来るようになったんだ? 以前は思ったことをはっきりとは言わない子だったのに。優樹君のおかげなんだろうな。」
 遼の質問には答えずに、大貫は遼に笑いかける。
「誤魔化さないでください。僕が聞きたいのは……。」
「多分優樹君は、命を賭してでもおまえを助けに来る。彼はそういうわかりやすい子だ。おまえはそんな彼を受け入れて素直に信頼した。……だが私には出来なかった。」
 そう言った大貫の横顔は、遼が以前洋上で見た、寂しげなものだった。
「田村さん、ですか? 」
「由起夫は本気で私の陰の部分を消そうとしてくれたんだろうな。だがあいつの光の部分を受けるほど、私の陰は深い闇に落ちていった。そこに何時しか巣くうようになった妬みや嫉み、嫉妬や猜疑心は次第に大きく育ち、あいつを最大の裏切りで傷つけ貶めてやりたいと思うようになってしまったんだよ。おまえには俺を救うことなど出来ないのだと思い知らせることで……。」
「叔父さんは、それで何を手に入れたんですか? 」
 大貫は何も答えない。遼はただ、苦しいほどの切なさに胸が締め付けられる。
(光が強ければ強いほど、その闇は深くなる。)
 彼には大貫の言うことが理解できた。しかしその闇に呑まれてはいけない。
「僕は貴方にはならない。」
 大貫の表情がふっ、と、緩んだ。

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★「シースナイフ」は釣りをする人が使う小型ナイフです。刃渡りは短いですが、頑丈そうな感じ。大型の魚もざくざく切れそうですよ。

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<コメント>
このところのアップが長文でごめんなさい。でもここまで来て細切れも何ですし、ご容赦を。
ところで昨日のTVを観てて、自分が義賊とか怪盗と呼ばれる者が本当に嫌いだったのだと判明した。そうだったのねぇ…。

:::::::::::::::::::::
<本文>

 館山に在る大貫の会社、『バウスピリット』へと向かう車の中では、誰も口を開くことはなかった。何かを言えば、全てが大貫を犯人だと証拠づける結果を導きそうで、思い当たることさえ否定する言葉を探し胸が苦しい。
 三時を少し回った西の空には、既に力つきる前の最後の輝きを長い波長に乗せた太陽が物憂げに輝き、東の空には存在を忘れられていた昼間の月が自分の出番をじっと待っている。昼間の月が嫌いだと、大貫は遼に言ったことがあった。日陰者はそのままで居ればいい。他者の力で表に出ようとする姿は見苦しいと。
 窓の外を見つめる遼は、窓を少し開けた。冷たい風が髪を乱して隣にいた優樹がそれに気づいたが、遼が風で何かを拭い去ろうとしているのがわかって、目を閉じ、強く拳を握りしめた。

『バウスピリット』正面の来客用駐車場に車を止め、神崎は三人と連れだって事務所に向かった。濱田からはもう少しで着くと連絡があったが、事情を聞くだけならば待つこともないと思ったからだ。
 事務所に大貫の姿はなかったが、受付の女性社員がつい今までここにいたと教えてくれた。
「先ほど田村さんとお出かけになったんですが、すぐに戻られて、暫く留守にするからと仕事の指示をされていました。」
「暫く留守に? 大貫氏はどこに行かれたか知りませんか? 」
 神崎の顔色が変わる。
「外洋のクルーズに出かけられるのだと思いますよ。オフシーズンはそれで一ヶ月ほど留守になることが良くありますから。ああ、でもまだ準備でご自宅かガレージにいらっしゃると思いますが……。」
「社長なら裏の駐車場で車に荷物を載せてますよ。これからマリーナに運ぶんじゃないかな? 裏の階段から行けば多分間に合うと思いますが。」
 話が聞こえたのだろう、営業から帰った男性社員が彼等に教えてくれた。神崎は急いで階段に回る。
 駐車場に出ると、ステップワゴンの荷台に荷物を積み終えた大貫が、丁度運転席のドアを開けたところだった。
「大貫さん! 一寸お話を伺いたいんですが。」
 大貫は運転席のドアを開けたまま振り返った。
「やあ、これは……。今日は何のご用ですか? 生憎私はこれから出かける所なんですよ。前もってご連絡いただければよかったのですが、ちょっと今、急いでいましてね。」
「田村さんが、こちらにいらしたはずですが。」
 笑顔で大貫は答える。
「ええ、先ほど帰りましたよ。私がいつもの外洋クルーズに出かけると聞いて、激励に来てくれたんです。シャンパンを持ってね。」
 彼は助手席からシャンパンの瓶を取り、神崎に見せた。
「申し訳ありませんが、大貫さん。お出かけになるのは少し先に延ばしていただけませんか? 」
「困りますね、それは。海上の気圧配置を見て出発を決めているものですから……。警察とはいえ、理由もなく個人を拘束する事は、出来ないのではないですか? 」
 笑顔の消えた大貫を、神崎は見つめた。刑事としての経験が、大貫の危険性を伝える。
「確かにおっしゃるとおりです。しかし……、その人物が重要参考人となれば、話は別ですよ。」
 一瞬、冷たく笑って、大貫は右手に持ったシャンパンの瓶を神崎の側頭部めがけて振り上げた。咄嗟に避けた彼の額をかすめ、瓶はコンクリートの上に砕け散る。ひるんだ神崎の脇をすり抜け、大貫は上着のポケットからシースナイフを取り出し構えた。
「やめてください、叔父さん。そんなことをしたら、貴方が犯人だと言っているようなものじゃないか。どうして……なんですか? 僕はまだ信じられない。まさか貴方が? 理由があるなら聞かせてください。」
 成り行きを見守っていた遼が大貫に向かって進み出る。だがその肩を優樹が掴んで止めた。
「よせよ、遼。あの人は俺達を、田村の叔父さんを裏切ったんだ。」
「優樹君の言うとおりだよ。江里香を殺したのは私だ。殺して、生かした、つもりだがね。理由を話したところで、君達にはわかってはもらえまい。」
「人殺しの理屈なんてわかりたくもねぇよ! 」
 遼を突き放し大貫に殴りかかろうとした優樹の腕を、アキラが掴んで払い倒した。
「よせ、素手ではおまえが怪我をする。神崎さんに任せるんだ。」
「畜生、よけいなお世話だ! 俺は許せねぇ! よくも遼の前でそんなことを言えるな! 」
 なおも立ち向かおうとする優樹を抑えるのはアキラに任せ、神崎はホルダーから銃を取り出した。
「警察で、聞かせてもらえませんか? その理由を。ただその前に、来栖君の行方をご存じでしたら教えてもらいたいのですがね。」
「あの青年なら……ガレージ二階のアトリエにいますよ。しかしもう何日も様子を見に行っていませんから、もしかしたらもう、生きてはいないかもしれませんね。それともまだ息があるか? どちらにせよ急いで助けてあげてください。成田さんの時もそうでしたが、彼等の命を奪うのは、本意ではない。」
「成田知子の件についても、詳しく伺う必要があるようですね。」
 銃を構えて、神崎はじりじりと大貫との間合いを詰める。が、不用意にも先に砕けたシャンパンの瓶の破片を踏み、彼は一瞬視線を外してしまった。
 その機を逃さず、大貫は呆然と立ちつくしていた遼の背後に素早く回り込み、喉元にナイフを突きつけた。
「すまんな、遼。こんな事はしたくなかったが、警察で惨めな姿をさらしたくはなくてね。傷つけるつもりはない、ただ少し付き合ってもらうよ。」
 彼は遼を助手席に乗せ、車を発進させた。

:::::::::::::::::::::
★『どれだけの賛辞を得ようと、自らを偽り友の信頼に応えないおまえはその仮面に血の涙を流すがいい。』
 正体を明かさない者と、明かせない者は違います。自分は前者の味方は出来ませんねぇ…。

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<コメント>
連載もおかげさまで50回を越えました。読んでくださっている方には重ねてお礼申し上げます。
ところで自分は海洋冒険小説が好きです。田村さんと大貫さんが好きなのは多分田村さんが「フォーンブロア」で大貫さんが「ボライソー」かしら。二つとも代表的な作品です。

:::::::::::::::
<本文>

 昼間の月は、はがれ落ちた鱗の片鱗のようで見苦しいとさえ思う。夜になればなお、自ら輝くことも叶わず、太陽の情けで暗闇に存在を誇示しようとする姿は醜く浅ましい。
 西日を避けるために大貫は事務所のブラインドを閉じた。彼の嫌う白い月はもう見えない。
「社長、田村さんがいらっしゃいましたよ。」
「そうか、すまないがこれから私は田村と出かけてくる。帰りは何時になるかわからないから、後は頼むよ。」
 田村の来訪を伝えた女子社員に彼は笑顔で答え、事務室の片隅を、ついたてで仕切った来客用スペースに向かった。田村はそこにあるソファーには座らず、立ったまま険しい表情で大貫と対峙する。
「用件は察しているよ。場所を、変えよう。」
「ああ、そうだな。」
二人は連れだって裏手に続く非常階段を下りた。

 通用口を出てビル裏の従業員用駐車場を左手に回ると、備品の管理やクルーザーの簡単な整備に利用している二階建ガレージがある。大貫は電動シャッターを開け、田村と中に入って電気をつけた。
「殺風景なところで悪いな。だが、ここなら誰かの邪魔が入ることはないだろう。このリモコンがなければ入れないからな。」
 シャッターを閉じ、彼は中にある自動販売機で冷たいコーヒーを二つ買うと、一つを田村に渡して自分の缶の口を切った。しかし田村は大貫から目を逸らさず、手の指が白くなるほど強く缶を握りしめる。
「直人。おまえが、そうなのか? おまえが江里香ちゃんを……。」
「違う、と言えば信じるか? 」
 田村は何も答えない。大貫は缶を工具棚に置いた。
「由起夫、おまえはきっと信じると言うだろう。例え間違っているとわかっていても、俺の言うことを信じるとね。笑えるじゃないか。俺はとうの昔に、おまえを信じることを止めてしまったのにな。」
「どういうことだ? 」
「何時までも、親友だと思っていたのはおまえだけだった、と、言うことだよ。煩わしいんだよ、その押し付けがましさが。確かにおまえは、俺にとって初めて友人と呼べる存在だった。引き籠もりがちでフィギュアモデルや模型ばかり作っていた俺を外に連れだし、多くの友人を紹介し、明るく快活な人間にした。だが、それを俺が望んでいたと思うか? おまえは自分が親友を救ってやったと英雄気取りだったかも知れない。しかし俺が、ただ一人の友人を失いたくないばかりに無理をして自分を偽っていたのだとしたら? ……それでも、おまえが居てくれればそれで良かった。おまえだけは俺のことをわかってくれていると思っていた。」
「俺の所為……なのか? 」
 大貫は、声を立てて笑った。甲高いその笑い声がガレージの広い空間にこだまし、田村を威圧する。
「何が、可笑しいんだ? 」
「自分の所為にすれば満足か? おまえは何時もそうだな。自分の所為にして、謝ればいいと思っているんだ。謝罪した者は、自分の中で解決してそれでお終いさ。だが傷ついた者はそれでお終いには出来ないんだよ。所詮おまえを信じた俺が、愚かだったというわけだ。」
 大貫の言はんとすることを計りかねて、田村は彼を睨んだ。
「いったい俺が、何をした? おまえをいつ裏切った? 教えてくれ、直人。何故おまえは……。」
 まだ、江里香を手に掛けたのが自分だと、大貫が言ったわけではない。まだ……。
「そうさ江里香を殺したのは、私だ。」
 まるで冷水を浴びせられたかのように、田村の全身を冷たい戦慄が襲う。血の気が引き、震えそうになる膝を、必死に堪えた。
「江里香ちゃんを、姪として愛していたんじゃないのか? 」
 無言で田村を見つめる彼の表情は、まるで石膏像のように渇いた生気のない物だった。しかし田村は知っていた。それは彼が感情を抑えようとするとき、自ら作り出す顔なのだと。
「……おまえは俺に、早く結婚して幸せになれと言ったな。愛する人を見つけろと。そして自分はさっさと相手を見つけ、これが幸せの形だとばかりに押しつけようとした。その時はまだ、おまえの幸せを俺も願っていた。親友よりも女を取ったと周りから言われても構わなかった。だが姉さんの最初の結婚が、俺を引き離す為におまえが意見した所為だと知ったときから、少しずつ信頼を失っていったんだ。姉さんと榊原が離婚の話し合いをしていたとき、あいつを責めた俺におまえは言ったな? 何時までも自分の姉に執着するのはおかしいと。その時俺は、おまえは味方ではなかったと思い知ったんだよ。」
「直人……。」
「おまえの幸せの形が、俺の幸せの形だと何故言える? 理解しようと思わずに信じて受け入れろと遼に言ったのは誰だ? たいした偽善者だよ。……それがわかったとき、俺は俺の幸せの形を自分で手に入れることにしたのさ。」
 大貫の顔に浮かんだ、それは既に狂気の笑みだった。
「ミス叢雲だった頃の、姉の姿をね。」
 田村に言葉はない。彼を追いつめたのが、他でもない自分だったのだと知った今、いったい何が言えるというのだろう。それでもまだ、一縷の望みをかけて、彼は語りかけた。
「頼む直人、自首してくれ、俺もついていく。成田先生に近づいたのは、あの石膏像を人目に付く所に置きたかったからじゃないのか? 学園に死体の入った石膏像を送ったのも、誰かに気づいて欲しかったからじゃないのか? 」
 大貫の笑みが、一瞬陰った。
「せっかくの芸術作品が暗い倉庫の中で埃を被っていることが厭だっただけだ。まさか……あれが壊れて死体が発見されるとは思わなかったよ。それも、遼が見つけてしまうとはとんだ誤算だった。その所為で彼女から問いつめられ、手に掛けてしまうことになったが……。刑事と遼達が訪ねてきたときはさすがに観念したがね、私を疑ってきたのではないと知って、かえって楽しかったよ。自分の二面性を演じるのは。」
「本当に、そうなのか? 本心では救いを求めていたんじゃないのか? 俺が遼に言った言葉に偽りはない。何時も俺は、これで良いのか、と、自問していた。おまえに何をしてやれるかと。誤解があったなら、何故早く言ってくれなかった? そうすれば……。」
「救えると? つくづくおめでたいヤツだな。もう、たくさんだ! 」
 大貫はそう言い放つと自分と田村の間にあった工具棚を引き倒した。金属製の工具や、廃棄予定の細かいクルーザーのパーツが田村の頭上に降り注ぐ。
「直人っ! 」
 身を庇い、床に臥せた田村の目に、シャッターの向こうに消える大貫の姿が映った。

::::::::::::::::::
★「パイレーツオブカリビアン」面白かったです。こんな事にならなければ、2人で観に行ってたかもしれませんね・・・。
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<コメント>
 Yちゃんからダメ出しをもらってちょこっと校正。第三者の意見は貴重です。ところで今更ですが、優樹君のバイクは原付でなく中型に変更。自分が18才で免許を取ったので、18才からと思っていたら16才で中型までとれるんですね。遼君とタンデムなんか、いいかも?

:::::::::::::::::::::
<本文>

 事情を田村に話し事務室のコンピューターをネットに繋ぐと、アキラは早速来栖が利用しているサイトを開いた。
「裏サイトのハンドルネームは『アンテロース』。ギリシャ神話に出てくる英雄の名だが、そのままあいつの趣味が出てるよ。しかし、やってることを知ったら、プラトンが顔面蒼白になりそうだけどな。」
 サイトの中ではかなりマニアックな趣味に偏った、アダルトフィギュアの売買が中心になっている。横からモニターを覗いていた優樹はすぐに怒ったような顔になり、ふい、と横を向いてしまった。
 掲示板のパスワードを入れスレッドを調べると、来栖の一番最近の書き込みは先週金曜日の深夜になっている。
 “フィギュアヘッドの女神が見つかった。制作者に会って、今度こそ自分の欲しいものを手に入れてみせる。”
「どういう意味だろう? 」
 神崎が首を傾げた。
「フィギュアヘッドとは帆船の艦首に付いている彫刻像のことではないかな。女神や軍神をシンボルに利用した物が多いですし、おそらくそのことだと思います。帆船模型を作る者の中には、フィギュアヘッドのシンボルを別に作ってもらう人もいるようですが……。」
 後ろから田村が説明する。
「ところで私はこれからちょっと出かけなくてはならないんですよ。彼にならマシンを任せても大丈夫そうなので、自由に使ってください。」
「ありがとうございます、このMac、使いやすいですよ。まだ調べてみたい事があるのでもう少しお借りしますが、篠宮みたいにフリーズはさせないから安心してください。」
 アキラの言葉に田村は笑って頷いた。

 掲示板を過去に遡っても、これといった手掛かりは見つからないようだ。来栖の書き込みにも誰もレスを入れてはいない。アキラは諦めて回線を遮断した。
「来栖くんの欲しいものとは、一体なんだろう? 」
 神崎の問いかけに、アキラが苦笑する。
「俺は、秋本のことだと思いますよ。あいつはまるで彼のストーカーでしたから。大貫さんの件があってからはおとなしかったようですがね。」
「僕は物じゃありません。」
 珍しく遼は不機嫌な顔をする。と、そこに神崎の携帯電話が鳴った。相手はどうやら濱田のようだ。用件だけ聞くと、彼はすぐに電話を切った。
「成田先生の不倫相手の容貌がわかったよ。四十代半ばの体格の良い男性で、サーファーのように肌と髪の色が潮焼けしていたそうだ。彼女が最近よく利用していた、幕張にあるショッピングモールのテナント定員が覚えていて、成田先生から彼がクルーザーを持っていると聞いたことがあるそうだ。」
 幕張まで捜査範囲を広げた早川刑事の努力は実ったようだ。
「成田先生の付き合っていた相手が犯人という確証はないが、彼女が石膏像のことを知っていてそのままにしていたところを見ると関係あることは確かだ。その男はクルーザーを持つほどだからそれなりに社会的地位のある人間で、なおかつフィギュア製作に関わる者ということになる。」
 神崎の言葉を受けてアキラが呟いた。
「来栖は館山に行くと言って帰らなかった。そうすると、その男は館山に住んでいるか、もしくは職場があるということになりますね。絞り込む条件が見えてきたかな……。彼の言うフィギュアヘッドの女神がどんな物かわかるといいんだが。」
「そう言えば、リビングのテレビの上にある帆船模型に胸がでかくて羽の付いた女の人形が付いてたけどそれのことをフィギュアヘッドっていうのか? あれはやっぱり大貫さんが自分で作ったものなのかな。」
 優樹にとっては他意のない思いつきから出た言葉だった。しかしそれを聞くと、遼の表情が硬く固まった。
「神崎さん、僕は……。」
「おそらく君が考えていることは、私と同じだと思うよ。だがそれは、あくまで可能性の一つでしかないんだ。確かめに行ってみなければわからないさ。出来れば私も、予想が外れていることを願うがね。館山で、濱田さんと落ち合うことにしよう。」
 二人の様子から、優樹にも事態を察する事が出来た。
「まさか……、大貫さんが怪しいって言うんじゃないだろうな? 

 冷静な目で、真っ直ぐ自分を見つめる遼に、優樹は怒りがこみ上げる。
「俺はそんなこと信じねぇぞ。」
「僕だって、違ってくれると良いと思うよ。でも、そうだという証拠も違うという確信もない。当人に聞いてみるしかないだろう? 」
 冷静だ、と思ったのは誤りだった。微かにその声は震えているではないか。優樹はまた、感情を抑えられない自分を恥じた。だが彼にとっては、どうしても納得のいかないことに代わりはない。
「それなら……先に田村の叔父さんに聞いてみたらいいじゃないか。」
 抑えた声で優樹は呟く。その言葉にアキラが、あっ、と、声をあげた。
「もしかして田村さん、大貫さんのところに行ったんじゃないか? 俺達の話を聞いてた時、妙に深刻な顔してたぞ。」
「そうだとしたら、急いだ方がいい。三人とも車に。」
 神崎は無意識に、胸元の銃の所在を確かめた。

:::::::::::::::::::::
★遼君には辛い展開になりますね。優樹君、守ってあげてね(笑)「アンテロース」・「プラトン」に関しては掲示板に後ほど説明を入れますが、大人びた知識をひけらかしたい高校生の戯れ言程度に思ってください。

<叢雲ご意見掲示板>
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<コメント>
 犯人、この人だったんですね!いやあ、びっくり。来栖君、やられちゃうんでしょうか?(敢えてひらがな・意図あり…笑(^_^;))実は書くときにあまり最後まで設定しないで書き始めます。書いてるうちに、この人が犯人になって、自分でも「ああ、そうだったのかぁ…」みたいな。神崎さん、アキラ君、みんなその場の思いつきで登場。それで300枚でおさまるんだから器用なヤツだなぁ、自分。(自画自賛?)

:::::::::::::::::
<本文>

 自分との約束を、彼が素直に守ると初めから期待していたわけではない。
(やっぱし、すっぽかされたようだなぁ……。)
 須刈アキラはそう思いながらも夜まで待って、来栖の家に電話をかけてみた。彼の母親は、冷たい口調で「土曜から館山の友人宅に行っていて、いつ帰るかわからない。」とだけ答えた。
 その時少し、彼は嫌な予感がして館山の友人の名を聞き出そうとしたが、母親はわからないと言う。仕方なくその場は電話を切り、月曜日、直接本人を問いただすことにしたのだった。
 しかし月曜になっても、来栖は学園に姿を現さなかった。
 水曜日頃になってようやく、彼の両親が警察に捜索願を出したらしい、と、アキラの耳にも噂が入ってきた。
「秋本、おまえ神崎刑事の携帯番号知ってるか? 」
 昼休み、体育館で学園祭の準備をしていた遼にアキラが声をかけた。
「えっ、ええ。わかりますよ。」
 彼は上着のポケットから自分の携帯を取り出す。
「なんか、わかったんですか? 」
 何故か遼の手伝いをしていた優樹が、興味深そうにアキラの側にやってきた。
「日曜日、あいつと会う約束をしてたんだがすっぽかされてね。まあ、それは予想してたんだけど……。」
「来栖先輩、土曜日から行方不明らしいですね。」
 神崎の携帯番号を表示して遼が自分の携帯をアキラに渡す。
「ちょっと借りるよ。」
 アキラは場を外し神崎に電話をかけた。話の声は良く聞き取れなかったが、どうやら深刻な内容らしい。
 しばらくして、電話を切ったアキラは少し難しい顔をしていた。
「今から、神崎刑事がこちらに来るそうだ。学園祭の邪魔にならないように『ゆりあらす』で話が聞きたいというから、すまないが二人とも午後の授業をエスケープして付き合ってもらえるかな。」
「……いいですよ。でも……一体何があったんですか? 」
 携帯を受け取って、遼がアキラに聞き返す。
「来栖に、何かあったら俺のせいだ。」
 そう言ったアキラの顔は、かつて二人が見たことのない苦渋の表情をしていた。

 田村に車で迎えに来てもらい、三人は神崎の待つ『ゆりあらす』に向かった。
詳しい話は神崎刑事に会ってから、と、アキラは何も話さない。しかし普段と違う彼の様子に、遼も優樹も落ち着かなかった。
 三人を『ゆりあらす』のリビングで迎えた神崎の表情は硬い。
「言ったはずだ、須刈君。」
「軽率でした、申し訳ありません。」
 アキラは素直に神崎に詫びる。
「来栖先輩に何かあったのか? 俺達にもわかるように説明してくれよ。」
 優樹の問いに、神崎が小さく溜息をついた。
「来栖君は、石膏像の制作者の話を須刈君から聞いて、思い当たる人物に会いに行ったのかも知れないんだ。」
「多分何か切り札を掴んで、取引でも持ちかけるつもりだったんだろうな。あいつの性格はわかっていたはずなのに……。」
 アキラが唇をかむ。
「あんなヤツ、どうなろうと勝手じゃないか。」
 面白くなさそうに呟いた優樹を、遼がきつい目で睨んだ。
「来栖先輩がどんな人間であろうと、君にそんなことを言う資格はない。僕も彼の事はあまり好きじゃないけど、だからといってどうなってもいいと言うことではないだろう? 君はそんな風に思うのかい? 」
「……悪かった、もう言わないよ。」
 遼の言葉におとなしく従う優樹を見て、神崎は、少し意外そうな顔をした。
(どうやらお互いに自分の居場所を見つけたようだな……。)
 しかし、今はそんなことを微笑ましく思っている場合ではない。
「須刈君から電話をもらってすぐに、館山署の少年課から彼のパソコンのデータをコピーしてもらってきたよ。」
「彼の友人関係は、もう調べたんですね? 」
 アキラの言葉に神崎は、苦々しそうに笑う。
「申し訳ないことに、警察は事件性のない行方不明者の捜索にはあまり熱心じゃないんだ。データはまったく手つかずでね、急いで全員に当たってくれるように頼んできたから、そっちは任せてくれたまえ。あとは、そうだな……。彼がどんな人物を心当たりにしたのかわかると絞り込めるんだが、何か知らないかい? 」
「来栖は自己顕示欲の強い男ですから、どこかに必ず、何か形跡を残しているはずです。秋本は何か聞いていないか? 」
「いえ、何も。先輩は最近、僕にあまり近づかなかったし……。」
「そう言えば俺も少し気になっていたんだった。ヤツと何かあったのか? 」
 遼は少し決まり悪そうに目を臥せた。
「別に、大したことじゃありません。館山の画材屋で先輩に会った時、ちょっと嫌がらせのようなことをされて……一緒にいた大貫の叔父さんにきつく注意されたんです。」
「何をされたんだよ。」
優樹が真面目な顔で問いただす。
「だから、大したことじゃないって言ってるだろう? いつものように、モデルになれって迫られただけさ。」
 顔を上げて笑顔をつくろうとする遼を見ながら、アキラは腕を組み考え込んだ。
「来栖のことだ、秋本がらみだと思ったが……。そうだ、ヤツの仲間の掲示板を見てみようか。何か書いてあるかも知れない。」
「その掲示板なら、今警察で調べているところだよ。手掛かりがあれば私に連絡があるはずだ。」
 そう言う神崎に、アキラはおもむろに上着の内ポケットから手帳を取りだし広げて見せた。
「裏アドレスですよ。そのホームページには裏URLがあるんです。そこではちょっと、表向きに出来ないような書き込みや取引をしていて、パスワードが必要なんですが……。」
「君は開くことが出来るんだね? 」
 かなわないな、というように神崎は肩をすくめる。
「篠宮、おまえパソコンあるだろう? ちょっと貸してもらえるかな。」
「悪ぃ! 先輩。 俺のパソコン、もうかなり前から壊れてるんだ。直せば使えると思うけど。」
 どういう訳か優樹はパソコンが苦手だった。と、いうよりはいじると必ずと言っていいほど動作不良を起こしてしまう。バイクのメンテナンスや家電品のハード面の修理は得意だったが、ソフトに関しては必要最低限の事しかやらないため、たぶんウイルスにでもやられたのだろう。
「困ったな、修理してる時間なんてないぞ。仕方ない、急いで寮に戻って……。」
 アキラが席を立ちかけたとき、優樹が思いついて声をあげた。
「そういえば叔父さんのところに一台あった。俺のと使い方が違うからいじったことはないけど、このペンションのホームページを作ってるくらいだし、使えるんじゃないか? 」
「よし、直ぐに貸してもらおう。」
 神崎はそう言うと、アキラと顔を見合わせ頷いた。

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★週末です。長いけど読んでね。
<叢雲ご意見掲示板>
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<コメント>
 今回少し長いアップなのでコメント控えめ。がんばって読んでやってください。m(_ _)mぺこり

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<本文>

 自社ビルの裏手にある従業員用駐車場に車を止めて、大貫は裏手から入り、来客を応接室に案内するように事務員に告げるとエレベーターで三階に上がった。
 暫くすると、ドアをノックする音がして、女子従業員が一人の青年を伴って現れた。
「ああ、水落君。後は私がやるから君は帰ってかまわないよ。」
 長い黒髪の美しい彼女は、軽く会釈して部屋を出た。
「何か、冷たい物でもいかがかな? それとも暖かい方がいいかい? 客が君だとは思いも寄らなかったが……私に何の用かな、来栖君。」
 来栖弘海は大貫に勧められたソファーに腰を下ろした。
「最近は、日が落ちると随分涼しくなりましたから。出来たら暖かいものをいただけますか? 」
 大貫は、壁際にしつらえたミニバーのカウンターでコーヒーメーカーの用意をする。
「私には君の来訪を受けるような理由などないはずだがね。それとも前に会ったときの事で、怪我の治療代でも要求に来たのかな? 」
 来栖はテーブルに肘をつくと、両手の指を組んで上目遣いに大貫を見つめた。
「とんでも無い。僕は、あこがれの大先輩に会いたくて来たんです。」
 その口元に笑みが浮かぶ。
「確かに私は叢雲学園のOBだ。しかし、あいにく美術部に在籍したことはなくてね、君に先輩呼ばわりされる覚えはない。」
 大貫は笑顔でテーブルにコーヒーを置いた。が、その目は笑っていなかった。
「では、秋本遼のことでお訪ねしたのだとしたら? 」
「彼には近づくなと言ったはずだ。」
 やれやれ、と、来栖はソファーの背にもたれる。
「どうして彼には、お節介な保護者が何人もくっついているのかな。あなたといい、篠宮といい、須刈までがそうだ。まあ、それだけあいつには引き付ける何かがあるんだろうけどね。でも大貫さん、貴方にとって、彼は特別な存在なんじゃないですか? 」
「どういう、意味かな? 」
 来栖はしばらく無言のまま大貫を見つめ、やがて意を決して口を開いた。
「榊原江里香、あの石膏像を創ったのは貴方でしょう? 」
 一瞬、呆気にとられたように目を見はった大貫は、すぐに困惑の笑みを浮かべた。
「何を言い出すかと思えば……。一体どこからそんな話になるのかね? 」
「誤魔化さないで下さい。僕はもう、フィギュアモデルを作り始めて長いんですよ。小学校に上がる前からこの世界に入って、当時愛読していた専門誌では、毎号グラビアページを飾っていた憧れの人がいたんです。その人の本名や素性は、決して明かされませんでしたが、長い黒髪の美しい女性をいつもモチーフにしていた。いつの間にか本誌では見かけなくなりましたが、数年前、都内のガレージキットの即売会に行った時です。偶然、参考作品で展示されていた帆船模型のフィギュアヘッドを飾る女神の像を見て、すぐに同じ人が制作したものだとわかったんですよ。」
「まさかそれが私だとでも? 私はマリンレジャー会社の経営者だ。そういったマニア的な趣味とは無縁だね。」
「本当に、そうですか? その帆船模型を今所有しているのが、僕のネットでの友人なんですが、実はそいつから聞き出したのが貴方の名だったんですよ。不思議な偶然じゃないですか? その人物が榊原江里香の叔父だったなんて。もしかしたら、貴方は自分の創る女性像を彼女と重ねていたのでは? だがやがて満足しきれなくなって彼女を……。」
「下らない発想だな。もし君が遼をそういった目で見ているのだとしたら、実にけしからん。もう、帰りたまえ。これ以上君の話には付き合いきれないよ。」
「いいんですか? 僕の友人や警察は、彼女にからんだフィギュアモデルの制作者を捜している。僕が黙っていれば、たぶん貴方まで行き着くことはないでしょう。貴方が殺人犯かどうかなんて、僕にとってはどうでも良いことなんですよ。僕は秋本が欲しい。貴方が口を利いてくれれば彼も嫌とは言わない。どうです? 取り引きしませんか? 」
「大人しく、帰ってくれればよいものを……。」
 大貫は深く溜息をついた。
「確かに君の言うとおり、私は以前フィギュアを制作していた。しかし随分と昔の話でね、モデルは江里香じゃない。私の姉だ。それにそのことが警察に知れたとしても、困ることなどないんだよ。今となってはね。」
 期待した結果は、どうやら得られそうもないようだ。ようやく来栖は諦めることにして、席を立った。もともと大貫を犯人に見立てたはったりが、そう上手く成功するとは思ってはいなかったのだが……。かなり強引な出方だったことは否めない。
「わかりました、帰りますよ。」
 ドアに向かう彼の背に、思いついて大貫が声をかけた。
「そうだ、せっかく来てくれたんだし、私の昔の作品を良かったら見ていかないかね?」
 少し、彼は迷ったが、かつて憧れた人の作品を写真ではなく間近で見る機会を逃すわけには行かない。彼が殺人犯でないならば、身の危険が及ぶこともあるまい。
「是非、お願いします。」
 大貫は、来栖を自室に案内した。

 リビングを出て廊下の突き当たりにあるその部屋は、十二畳ほどの広いベッドルームにバスとミニキッチンの付いた彼の生活空間となっていた。右手奥にはもう一つ、デスクとパソコンを置いた書斎もある。いずれも綺麗に整頓された、居心地の良さそうな空間だった。
 窓は一枚ガラスをはめ込んだもので開閉は出来ないようになっていたが、外気を取り込むための天窓が、高いところから気持ちの良い風を運んでくる。
 左手には、二メートルほど上の梁まで届く作り棚が填め込まれ、美しく磨かれた観音開きの扉の中に、大貫のコレクションが整然とレイアウトされていた。どれも見事なフィギュアモデルや模型、ジオラマ作品である。その中には、来栖がかつて写真で見た作品もいくつか並んでいた。
「これは、すごいな。こんなに近くで貴方の作品が見られるなんて……。」
「手にとって見ても構わないよ。」
 目を輝かせ作品に見入る彼の後ろで、カチャリ、と、小さな音がした。
 振り向くと、大貫が鍵のかかったドアの前から彼の方へと近づいてくる。
「本当のコレクションは、実はこの後ろにあるんだよ……。」
 そう言うと、彼は作品の並んだ飾り棚を左右に開いた。するとそこに、二重になったもう一つの棚が現れる。
「これ……は? 」
「そう、君が見たかったものさ。」
 美しく、白く、真珠色に輝く少女の頭部像が、そこにあった。大貫は冷たい樹脂の髪を、いとおしそうに、優しく手で撫でる。
「来栖君。遼に対して邪な目的を持つ君に、美を語る資格はない。」
 来栖の背に、冷たい戦慄がはしった。

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★「やっぱり」と言う人も「えっ?そうなの?」というひとも・・・。
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