[第73回のあらすじ]
◇日常に戻って杏子は、『美月荘』の出来事を思い返す。納得できない事は沢山あった。恐い思いもした。しかし親友の琴美に励まされ、どうにか笑うことが出来そうだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
杏子は普段、館山の海岸沿いでペンションを経営している自宅からバスで学園に通っている。下宿している優樹は中型のオフロードバイクを通学に使っていたが、今日は杏子達より早く帰っているらしく来客用の駐車スペースには既にバイクが停めてあった。
「また、ここに停めてる。父さんに叱られても知らないんだから」
優樹のバイクは裏に停めるように、杏子の父から言われているはずなのだ。しかし隣に停めてあった秋本遼の、母親の車に気が付いて肩を竦める。恐らく裏にバイクを回す間を惜しんで、優樹は遼に会いに行ったのだろう。
琴美も車に気が付いたのか、杏子の肩を指で突いた。
「そう言えば遼くん、ここ二・三日お休みだったでしょ? 杏子も理由が分からないって言ってたけど」
「うん……」
杏子達が『美月荘』に戻ると、美月さんが湖に落ちて溺れかけたと知らされた。しかし助けられた後も意識が戻らず、冬也さんは信州に帰る事になったのだ。いったい湖で何があったのだろう。優樹は話してくれないし、遼くんに聞くのは躊躇われた。なんとなく声を掛けにくい気がするのだ。いつもなら電話かメールで、お休みの理由を確かめるのだが……。
「あのさぁ、杏子。これはあくまで噂なんだけどね、今度の中間テストで成績の良い生徒は、横浜の本校に引き抜かれるかもしれないんだって」
「えっ? なに、それ?」
「噂だよ、噂なんだけど……叢雲学園は館山校と横浜港が統合されて、館山校はなくなるんだって……」
「信じらんないよぉ……そんな、だって……」
からかっているのではない。琴美の神妙な顔を見た杏子の胸は突然、不安に押し潰されそうになった。それなら、常に学年で上位にいる琴美や遼くんは……。
心中を察してくれたのだろう、琴美が杏子を抱きしめた。
「まあ、嘘か誠かは知らないけど……あたしは絶対に卒業まで杏子と一緒だから、心配しなくて良いよ。秋本先輩だって、横浜校に行くわけ無いと思う」
「うんっ、約束だよ……琴美」
噂が本当だとしたら、剣道部で全国大会に行く実力の優樹が学力以外に認められて引き抜かれる事もある。そうしたら、遼くんも行ってしまうのだろうか。でも優樹は、横浜の本家を嫌っている。誘われても、横浜に行く事は考えられなかった。
優樹が行かなければ遼くんは、きっと行かない。
そう考えると、少し気分が落ち着いた。滲んできた涙を指ですくい、誤魔化すように笑顔を作ると杏子は玄関のドアノブに手を掛けた。
「きゃっ!」
すると突然、ドアが大きく開き家の中から優樹が飛び出してきた。
「ちょっと! 危ないじゃないのっ!」
思わず叫んだ杏子に、優樹は険しい表情で目を向け低い声で呟く。
「ロードワークに行ってくる」
「えっ?」
様子がおかしかった。訝りながら優樹の背を見送り、玄関に入る。
「お帰り、杏子ちゃん」
その声に、杏子の心臓は高鳴った。ほんの数日会わなかっただけなのに、嬉しくて顔が熱くなる。それでも努めて平静を装い、顔をしかめて見せた。
「遼くん、優樹と喧嘩したの? 優樹、すごい勢いで出て行ったけど」
「うん……怒らせたかもしれないな」
困ったような顔で、遼くんは笑っていた。それほど大した理由ではないのだろう、杏子は安堵の息を吐く。
「もう、優樹は短気なんだから。遼くんがいなかったら、みんなに愛想尽かされてるよ、きっと」
気を取り直して杏子が笑顔を向けると、遼くんは急に真面目な顔になった。嫌な予感が、背筋を這い上がる……。
「僕は、もう優樹の側にはいられないんだよ杏子ちゃん。明日、叢雲学園高等部横浜校に転校する事になったんだ」
「う……そっ……!」
鞄が、杏子の手から離れて落ちた。
【 第二部 完】
:::::::::::::::::::::::::::::
◆これまで読んでくれた方に、最大限の感謝を捧げます。ありがとうございました。
◆第二部、完結です。で、三部に続く引きです(笑)
これから二人はどうなるのかな? 敵対、裏切り、戦い、楽しいネタを沢山盛り込んで、三部も頑張りたいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
◆御意見ご感想を頂けると嬉しいです。
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇日常に戻って杏子は、『美月荘』の出来事を思い返す。納得できない事は沢山あった。恐い思いもした。しかし親友の琴美に励まされ、どうにか笑うことが出来そうだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
杏子は普段、館山の海岸沿いでペンションを経営している自宅からバスで学園に通っている。下宿している優樹は中型のオフロードバイクを通学に使っていたが、今日は杏子達より早く帰っているらしく来客用の駐車スペースには既にバイクが停めてあった。
「また、ここに停めてる。父さんに叱られても知らないんだから」
優樹のバイクは裏に停めるように、杏子の父から言われているはずなのだ。しかし隣に停めてあった秋本遼の、母親の車に気が付いて肩を竦める。恐らく裏にバイクを回す間を惜しんで、優樹は遼に会いに行ったのだろう。
琴美も車に気が付いたのか、杏子の肩を指で突いた。
「そう言えば遼くん、ここ二・三日お休みだったでしょ? 杏子も理由が分からないって言ってたけど」
「うん……」
杏子達が『美月荘』に戻ると、美月さんが湖に落ちて溺れかけたと知らされた。しかし助けられた後も意識が戻らず、冬也さんは信州に帰る事になったのだ。いったい湖で何があったのだろう。優樹は話してくれないし、遼くんに聞くのは躊躇われた。なんとなく声を掛けにくい気がするのだ。いつもなら電話かメールで、お休みの理由を確かめるのだが……。
「あのさぁ、杏子。これはあくまで噂なんだけどね、今度の中間テストで成績の良い生徒は、横浜の本校に引き抜かれるかもしれないんだって」
「えっ? なに、それ?」
「噂だよ、噂なんだけど……叢雲学園は館山校と横浜港が統合されて、館山校はなくなるんだって……」
「信じらんないよぉ……そんな、だって……」
からかっているのではない。琴美の神妙な顔を見た杏子の胸は突然、不安に押し潰されそうになった。それなら、常に学年で上位にいる琴美や遼くんは……。
心中を察してくれたのだろう、琴美が杏子を抱きしめた。
「まあ、嘘か誠かは知らないけど……あたしは絶対に卒業まで杏子と一緒だから、心配しなくて良いよ。秋本先輩だって、横浜校に行くわけ無いと思う」
「うんっ、約束だよ……琴美」
噂が本当だとしたら、剣道部で全国大会に行く実力の優樹が学力以外に認められて引き抜かれる事もある。そうしたら、遼くんも行ってしまうのだろうか。でも優樹は、横浜の本家を嫌っている。誘われても、横浜に行く事は考えられなかった。
優樹が行かなければ遼くんは、きっと行かない。
そう考えると、少し気分が落ち着いた。滲んできた涙を指ですくい、誤魔化すように笑顔を作ると杏子は玄関のドアノブに手を掛けた。
「きゃっ!」
すると突然、ドアが大きく開き家の中から優樹が飛び出してきた。
「ちょっと! 危ないじゃないのっ!」
思わず叫んだ杏子に、優樹は険しい表情で目を向け低い声で呟く。
「ロードワークに行ってくる」
「えっ?」
様子がおかしかった。訝りながら優樹の背を見送り、玄関に入る。
「お帰り、杏子ちゃん」
その声に、杏子の心臓は高鳴った。ほんの数日会わなかっただけなのに、嬉しくて顔が熱くなる。それでも努めて平静を装い、顔をしかめて見せた。
「遼くん、優樹と喧嘩したの? 優樹、すごい勢いで出て行ったけど」
「うん……怒らせたかもしれないな」
困ったような顔で、遼くんは笑っていた。それほど大した理由ではないのだろう、杏子は安堵の息を吐く。
「もう、優樹は短気なんだから。遼くんがいなかったら、みんなに愛想尽かされてるよ、きっと」
気を取り直して杏子が笑顔を向けると、遼くんは急に真面目な顔になった。嫌な予感が、背筋を這い上がる……。
「僕は、もう優樹の側にはいられないんだよ杏子ちゃん。明日、叢雲学園高等部横浜校に転校する事になったんだ」
「う……そっ……!」
鞄が、杏子の手から離れて落ちた。
【 第二部 完】
:::::::::::::::::::::::::::::
◆これまで読んでくれた方に、最大限の感謝を捧げます。ありがとうございました。
◆第二部、完結です。で、三部に続く引きです(笑)
これから二人はどうなるのかな? 敵対、裏切り、戦い、楽しいネタを沢山盛り込んで、三部も頑張りたいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
◆御意見ご感想を頂けると嬉しいです。
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
☆☆☆二部完結記念企画☆☆☆
【私立叢雲学園・お気に入りキャラランク】
投票はお気軽にこちらからどうぞ↓
http://vote3.ziyu.net/html/kazato.html
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕73】
2005年3月2日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第72回のあらすじ]
◇優樹は人知を越えた力を持って『蜻蛉鬼』を倒し、意識を失った。だが、死こそが美那と美月を救えた言う轟木に、遼は違うと断言する。優樹の意志こそが正しいと、遼は信じることに決めたのだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
授業の終わりを告げるチャイムが、どこか遠くで鳴っている気がした。のろのろと帰り支度をしながら、田村杏子は大袈裟に溜息を吐く。来週から中間試験が始まるというのに、今日も授業に集中できなかったのだ。
この週末に頑張れば何とかなるかもしれない。試験前は大抵、杏子の家に下宿している優樹と勉強する為に親友の遼くんが泊まりに来る。だから不安な教科を助けて貰えると思うけど……。
そう自分に言い聞かせながらも杏子は、気が付けば『美月荘』での出来事を考えていた。
二週間前、ゴールデン・ウィークを利用して訪れた信州で楽しい思い出を作るはずだった。だがそれは『美月荘』に現れた不審な男、日下部と鳥羽山の所為で一変してしまったのだ。見るからに怪しい風体をした彼らは優樹に喧嘩を仕掛けて怪我をさせたり、女子が借りるはずだったコテージを横取りしたり、その上……。
思い出して、杏子は身震いした。直接見たわけではない。しかし鳥羽山が死体で見つかったという事実は、簡単に拭い去る事の出来ない恐れと不安を心に植え付けた。授業中でも頭をよぎり、恐くて涙が出そうになる。弓道部で弓を引いている間は気持ちを切り替える事が出来たのだが、今日から試験中は部活動を禁止されている。この状態で、試験勉強など出来るはずがなかった。
「杏子っ! 相変わらず暗い顔してるね。今日は遼君と勉強するんでしょ? そんな顔してたら、嫌われちゃうぞっ!」
「琴美ぃ……」
じわりと、杏子の目に涙が浮かぶ。最近の杏子を心配して、親友の村上琴美は事あるごとに隣のクラスから様子を見に来てくれるのだ。
「まったく……早く忘れちゃいなさいよ、あんな事」
琴美は杏子の頭を撫でると、小さく溜息を吐いた。
「ねっ、琴美……琴美も今日、あたしの家で勉強しようよ。泊まってくれると、嬉しいんだけどな」
「う〜ん、そうだなぁ……いいけど、帰る前に写真部に付き合ってくれる?」
「え? それは構わないけど、部活禁止だから誰もいないんじゃないかな……誰に用事があるの? 今からなら教室に行った方が確実だと思うよ」
「それが、在校生じゃないんだよね」
意外な言葉に、杏子は目を見開く。
「……もしかして佐野先輩とか?」
「ナンで佐野先輩なのよ?」
すると今度は琴美が驚いた様子で声を上げた。
鳥羽山の死体が見つかってすぐに、同行していた琴美の姉、村上黎子の判断で女子は部屋から出ないように言われた。だが女子だけでは不安だろうと佐野和紀先輩がいてくれたのは、杏子達にとって有り難かった。佐野先輩は、不安や緊張から無口になりがちだった女の子達を冗談で笑わせたり、飲み物を用意したりして場を和ませてくれたのだ。杏子は遼くんや優樹の周りの人達を何となく苦手に思っていたのだが、佐野先輩だったら少し見直しても良いかもしれない。
「だって、在校生じゃなくて写真部によく来てる人だって……」
「は、ず、れっ! アキラ先輩が来てないかと思ったんだ」
「アキラ先輩って……ええっ!」
琴美は悪戯っぽい顔で、杏子に笑いかける。
「前から、気になってたんだけどね……『美月荘』が火事になった時、助けに来てくれたでしょう? その時、ちょっと格好いいなって思ったんだ」
『美月荘』の部屋で待機していた杏子達の元に突然、須刈アキラ先輩が駆け込んできて山火事だと告げた。手荷物を纏めて外に出ると、確かに美月荘の周りの下草が燃えている。言われるがまま、エンジンの掛かっていた日下部のワゴン車に乗り込んだのだが……。
考えてみれば何故、日下部の車だったのだろう。遼くんも優樹も心配ないとアキラ先輩は言ってたけど、二人は何処にいたのだろう。そして最後にアキラ先輩が助手席に座った時、ふっとガソリンの匂いがしたのは何故だろう……。
近くの町に行く途中で大雨になり、引き返した時には既に火の気はなかった。
「……あたし、あの人あんまり好きじゃないな」
「ん〜確かに杏子のタイプじゃないかな」
「そうじゃなくて、なぁんか……危なそう」
「危ないって……あんたねぇ……」
「あ、あのっねっ、アキラ先輩の彼女になったら、苦労しそうだなあって……」
呆れ顔で暫く杏子を見ていた琴美は、くすりと笑う。
「まあいいか、杏子は遼くん以外の男の子に興味ないもんね。仕方ないなぁ、今日は優樹君で我慢するから早く帰ろうっ!」
「我慢……って? 琴美ってば!」
「やっと笑った」
気が付くと杏子は笑っていた。いつも、こんな風に元気付けてくれる親友がいるって素敵だと思う。杏子は鞄を手に取ると、琴美を追いかけ教室を後にした。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆次回は「第二部最終回」になります。
◇優樹は人知を越えた力を持って『蜻蛉鬼』を倒し、意識を失った。だが、死こそが美那と美月を救えた言う轟木に、遼は違うと断言する。優樹の意志こそが正しいと、遼は信じることに決めたのだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
授業の終わりを告げるチャイムが、どこか遠くで鳴っている気がした。のろのろと帰り支度をしながら、田村杏子は大袈裟に溜息を吐く。来週から中間試験が始まるというのに、今日も授業に集中できなかったのだ。
この週末に頑張れば何とかなるかもしれない。試験前は大抵、杏子の家に下宿している優樹と勉強する為に親友の遼くんが泊まりに来る。だから不安な教科を助けて貰えると思うけど……。
そう自分に言い聞かせながらも杏子は、気が付けば『美月荘』での出来事を考えていた。
二週間前、ゴールデン・ウィークを利用して訪れた信州で楽しい思い出を作るはずだった。だがそれは『美月荘』に現れた不審な男、日下部と鳥羽山の所為で一変してしまったのだ。見るからに怪しい風体をした彼らは優樹に喧嘩を仕掛けて怪我をさせたり、女子が借りるはずだったコテージを横取りしたり、その上……。
思い出して、杏子は身震いした。直接見たわけではない。しかし鳥羽山が死体で見つかったという事実は、簡単に拭い去る事の出来ない恐れと不安を心に植え付けた。授業中でも頭をよぎり、恐くて涙が出そうになる。弓道部で弓を引いている間は気持ちを切り替える事が出来たのだが、今日から試験中は部活動を禁止されている。この状態で、試験勉強など出来るはずがなかった。
「杏子っ! 相変わらず暗い顔してるね。今日は遼君と勉強するんでしょ? そんな顔してたら、嫌われちゃうぞっ!」
「琴美ぃ……」
じわりと、杏子の目に涙が浮かぶ。最近の杏子を心配して、親友の村上琴美は事あるごとに隣のクラスから様子を見に来てくれるのだ。
「まったく……早く忘れちゃいなさいよ、あんな事」
琴美は杏子の頭を撫でると、小さく溜息を吐いた。
「ねっ、琴美……琴美も今日、あたしの家で勉強しようよ。泊まってくれると、嬉しいんだけどな」
「う〜ん、そうだなぁ……いいけど、帰る前に写真部に付き合ってくれる?」
「え? それは構わないけど、部活禁止だから誰もいないんじゃないかな……誰に用事があるの? 今からなら教室に行った方が確実だと思うよ」
「それが、在校生じゃないんだよね」
意外な言葉に、杏子は目を見開く。
「……もしかして佐野先輩とか?」
「ナンで佐野先輩なのよ?」
すると今度は琴美が驚いた様子で声を上げた。
鳥羽山の死体が見つかってすぐに、同行していた琴美の姉、村上黎子の判断で女子は部屋から出ないように言われた。だが女子だけでは不安だろうと佐野和紀先輩がいてくれたのは、杏子達にとって有り難かった。佐野先輩は、不安や緊張から無口になりがちだった女の子達を冗談で笑わせたり、飲み物を用意したりして場を和ませてくれたのだ。杏子は遼くんや優樹の周りの人達を何となく苦手に思っていたのだが、佐野先輩だったら少し見直しても良いかもしれない。
「だって、在校生じゃなくて写真部によく来てる人だって……」
「は、ず、れっ! アキラ先輩が来てないかと思ったんだ」
「アキラ先輩って……ええっ!」
琴美は悪戯っぽい顔で、杏子に笑いかける。
「前から、気になってたんだけどね……『美月荘』が火事になった時、助けに来てくれたでしょう? その時、ちょっと格好いいなって思ったんだ」
『美月荘』の部屋で待機していた杏子達の元に突然、須刈アキラ先輩が駆け込んできて山火事だと告げた。手荷物を纏めて外に出ると、確かに美月荘の周りの下草が燃えている。言われるがまま、エンジンの掛かっていた日下部のワゴン車に乗り込んだのだが……。
考えてみれば何故、日下部の車だったのだろう。遼くんも優樹も心配ないとアキラ先輩は言ってたけど、二人は何処にいたのだろう。そして最後にアキラ先輩が助手席に座った時、ふっとガソリンの匂いがしたのは何故だろう……。
近くの町に行く途中で大雨になり、引き返した時には既に火の気はなかった。
「……あたし、あの人あんまり好きじゃないな」
「ん〜確かに杏子のタイプじゃないかな」
「そうじゃなくて、なぁんか……危なそう」
「危ないって……あんたねぇ……」
「あ、あのっねっ、アキラ先輩の彼女になったら、苦労しそうだなあって……」
呆れ顔で暫く杏子を見ていた琴美は、くすりと笑う。
「まあいいか、杏子は遼くん以外の男の子に興味ないもんね。仕方ないなぁ、今日は優樹君で我慢するから早く帰ろうっ!」
「我慢……って? 琴美ってば!」
「やっと笑った」
気が付くと杏子は笑っていた。いつも、こんな風に元気付けてくれる親友がいるって素敵だと思う。杏子は鞄を手に取ると、琴美を追いかけ教室を後にした。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆次回は「第二部最終回」になります。
☆☆☆二部完結記念企画☆☆☆
【私立叢雲学園・お気に入りキャラランク】
投票はお気軽にこちらからどうぞ↓
http://vote3.ziyu.net/html/kazato.html
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕72】
2005年2月25日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第71回のあらすじ]
◇自らを抑えられなくなった時は頼むと、優樹は遼に鉈を手渡した。だがそれを払い落とし、遼は優樹を叱咤する。遼の信頼に応え、優樹は本来の力を目覚めさせた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
滝のような雨が、激しい勢いで大地に、湖に、降り注ぐ。溢れんばかりに水かさを増した湖は荒れ、波立った。だが高くうねる波は、決して岸まで打ち寄せては来ない。湖水は底から撹拌されるかのように渦巻き、不快な紅い色が薄くなると共に本来の色を取り戻していった。
時間が経つにつれ、うねりは緩やかな波となり岸に波紋を残す。それに伴い、雨の勢いが弱まり、雲間に僅かな光が射した。光のベールが、暗い影に覆われていた山と湖から徐々に色を取り戻していく。そこには初夏の緑と、エメラルドグリーンの美しい湖の姿が戻っていた。
赤銅色のクマザサと、足下に落ちている鉈。そして美月の黒く長いままの髪を確認しなければ、いま起きた出来事すべてが信じられない。
ゆらりと、優樹の身体が傾いた。
「優樹!」
咄嗟に抱き止めた遼は、ゆっくりと優樹の身体を砂地に横たえた。顔色は青白く、唇に血の気はない。濡れて額に張り付いた髪を掻き上げ手を添えると、冷たかった。
「優樹……優樹……っ!」
呼びかけてみても、反応がない。駆け寄って来た轟木が傍らに膝を突くと、優樹の胸に手をかざした。
「案ずるな……憔悴してはいるが、命に別状はない」
遼が顔を近づけると、かすかに優樹の息遣いを感じることが出来た。首元を探り、力強い脈を確認してようやく安堵の息を吐く。
「この者の精神と身体は、よほど頑丈に出来ているらしいな……だがあの女は……」
苦笑して立ち上がった轟木を、遼は睨め上げた。
「優樹は、美月さんの命を奪わなかった」
「……そうだ。だがそれは……現世にて己の罪を恐れ、血を吐きながら生きねばならぬと言う事だ……ならばいっそ、ひと思いに……!」
絞り出すように呟いた轟木は、握る拳をわななかせ優樹を見据えた。その苦しげな様子に、遼は疑問を持つ。切り捨てるように「殺せ」と言いながら、どこかで断ち切れずにいる想いがある、そんな気がするのだ。
「『魄王丸』は、美那姫を……」
考えついた先を言葉にしようとした時だった。
「すまぬ……魄王丸」
柔らかな女性の声に顔を上げると、轟木の背後に美月を抱いた冬也が立っていた。美月は冬也の手から降りて歩み寄ると、そっと轟木の手を取った。
「私の心が弱かった為に……そなたに難儀をさせました」
驚いたように目を見開き、轟木は美月を見つめた。が、すぐに顔を俯ける。
「美那殿は、誰も恨んではいなかった……。なぜなら洞窟で彫り続けた菩薩像は、慈悲深く美しい美那殿そのものであったからだ。故に、『蜻蛉鬼』に操られし所業は美那殿を苦しめ続けるでしょう……。我の力が足らず、貴女を救う事が出来なかった……」
顔を上げることなく肩を震わす轟木に、これまでの居丈高な姿は微塵も無かった。本来の美那の魂を前に、畏怖とも敬愛とも思われる態度を感じるのだ。
「我が罪に、そなたが責を負わずとも良いのです……感謝しています、魄王丸」
美月が轟木の肩を抱く。すると一瞬、美しい姫君と黄金の鬣を持つ白い獣の神々しい姿が目の前に浮かび上がった。それを見た遼は確信を持つ。安らかな表情でこうべを預けている『魄王丸』は、美那姫を愛していたに違いない。
美月は、そっと轟木から離れ冬也に向き直った。
「兄上……どうぞ、お許し下さい……私は……」
「美那……寧ろ責は私にある。もう何も言うな」
硬い表情で冬也が頷くと、美月の頬に涙が落ちた。静かに目を閉じ、両手を合わせた美月が唱える悲しい祈りが、静寂の中に胸を締め付ける旋律となって流れる。やがて美月は、眠るように地に伏した。
「美月……」
跪いて冬也が、美月の身体を抱きしめた。押し殺した嗚咽を漏らす背に、差し伸ばされた轟木の手が宙で止まる.。
「美月さんは……過去の人格のまま生きていくんですか?」
遼の問いに頭を振り、轟木は手を握りしめた。
「恐らくそれは無かろう……。美月の身体と精神は強くない、傷が癒え目覚める時がいつかは解らぬが、美那殿は……」
向けられた顔が、苦渋に歪む。
「天界にも冥界にも行けず、苦界で未来永劫の時を彷徨い続けねばならぬ……その魂が救われる事は決してない。美月とて、現世に生きるは辛さのみ。美那の魂を宿したまま美月を殺せば、何も解らぬまま二人の魂を滅する事が出来たのだ。篠宮優樹のした事は、苦しみから解き放たれぬ二つの魂を生んだにすぎない」
「それは違う」
言い放った遼に、轟木が訝しむ目を向けた。
「邪念に取り込まれたまま消える方が、救われないと思う。苦しくても、二人は存在し続ける事を望むでしょう……心から愛して救おうとしてくれた冬也さんや、魄王丸……貴方の為に」
「くだらぬ感傷だな……だが……」
言葉を次がずに、轟木は背を向けた。続く言葉が何処にあるのか、遼には解らない。それでも、優樹が守りたかったものを伝えられたと信じたかった。
湖面を風が吹き渡った。
「う……んっ……」
優樹が上体を起こし、頭を振る。そして遼に目を留めると、爽やかに笑った。
「よかった……遼、無事だったんだな」
「……馬鹿だな、君は」
それはこっちの台詞だと、胸に呟きながら込み上げてきたものを拳で拭う。
誰かを想うが為に戦い、生き続ける事で想いに応える……人が人であり続ける理由がそこにあると、優樹は信じて生きている。人としての存在の重さを自ら捨てる事も、他者が決める事もあってはならない。優樹の守りたい物、願い、祈り、それはきっと美月にも美那の魂にも届いているはずだった。冬也と、おそらく『魄王丸』にも……。
気付けば西に傾いた太陽が、尾根に細くたなびく叢雲を黄金色に染めていた。茜色の空は夜の帳を映す濃紺色と混ざり合い、美しい文様を描き出す。一筋のはぐれ雲が、細く風に流されて夕闇に呑まれていった。それが宙へと還る龍に思えて、遼は優樹に目を向ける。
優樹もまた、無言で空を見つめていた。力の正体は、まだ解明できていない。しかし目を逸らさずに向き合うと、優樹は決めたのだ。
それが何をもたらすのか、遼にはまだ解らない。ただ力になれると、自分を信じるだけだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆事件は一応解決しました、次回は後日談となります。
◇自らを抑えられなくなった時は頼むと、優樹は遼に鉈を手渡した。だがそれを払い落とし、遼は優樹を叱咤する。遼の信頼に応え、優樹は本来の力を目覚めさせた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
滝のような雨が、激しい勢いで大地に、湖に、降り注ぐ。溢れんばかりに水かさを増した湖は荒れ、波立った。だが高くうねる波は、決して岸まで打ち寄せては来ない。湖水は底から撹拌されるかのように渦巻き、不快な紅い色が薄くなると共に本来の色を取り戻していった。
時間が経つにつれ、うねりは緩やかな波となり岸に波紋を残す。それに伴い、雨の勢いが弱まり、雲間に僅かな光が射した。光のベールが、暗い影に覆われていた山と湖から徐々に色を取り戻していく。そこには初夏の緑と、エメラルドグリーンの美しい湖の姿が戻っていた。
赤銅色のクマザサと、足下に落ちている鉈。そして美月の黒く長いままの髪を確認しなければ、いま起きた出来事すべてが信じられない。
ゆらりと、優樹の身体が傾いた。
「優樹!」
咄嗟に抱き止めた遼は、ゆっくりと優樹の身体を砂地に横たえた。顔色は青白く、唇に血の気はない。濡れて額に張り付いた髪を掻き上げ手を添えると、冷たかった。
「優樹……優樹……っ!」
呼びかけてみても、反応がない。駆け寄って来た轟木が傍らに膝を突くと、優樹の胸に手をかざした。
「案ずるな……憔悴してはいるが、命に別状はない」
遼が顔を近づけると、かすかに優樹の息遣いを感じることが出来た。首元を探り、力強い脈を確認してようやく安堵の息を吐く。
「この者の精神と身体は、よほど頑丈に出来ているらしいな……だがあの女は……」
苦笑して立ち上がった轟木を、遼は睨め上げた。
「優樹は、美月さんの命を奪わなかった」
「……そうだ。だがそれは……現世にて己の罪を恐れ、血を吐きながら生きねばならぬと言う事だ……ならばいっそ、ひと思いに……!」
絞り出すように呟いた轟木は、握る拳をわななかせ優樹を見据えた。その苦しげな様子に、遼は疑問を持つ。切り捨てるように「殺せ」と言いながら、どこかで断ち切れずにいる想いがある、そんな気がするのだ。
「『魄王丸』は、美那姫を……」
考えついた先を言葉にしようとした時だった。
「すまぬ……魄王丸」
柔らかな女性の声に顔を上げると、轟木の背後に美月を抱いた冬也が立っていた。美月は冬也の手から降りて歩み寄ると、そっと轟木の手を取った。
「私の心が弱かった為に……そなたに難儀をさせました」
驚いたように目を見開き、轟木は美月を見つめた。が、すぐに顔を俯ける。
「美那殿は、誰も恨んではいなかった……。なぜなら洞窟で彫り続けた菩薩像は、慈悲深く美しい美那殿そのものであったからだ。故に、『蜻蛉鬼』に操られし所業は美那殿を苦しめ続けるでしょう……。我の力が足らず、貴女を救う事が出来なかった……」
顔を上げることなく肩を震わす轟木に、これまでの居丈高な姿は微塵も無かった。本来の美那の魂を前に、畏怖とも敬愛とも思われる態度を感じるのだ。
「我が罪に、そなたが責を負わずとも良いのです……感謝しています、魄王丸」
美月が轟木の肩を抱く。すると一瞬、美しい姫君と黄金の鬣を持つ白い獣の神々しい姿が目の前に浮かび上がった。それを見た遼は確信を持つ。安らかな表情でこうべを預けている『魄王丸』は、美那姫を愛していたに違いない。
美月は、そっと轟木から離れ冬也に向き直った。
「兄上……どうぞ、お許し下さい……私は……」
「美那……寧ろ責は私にある。もう何も言うな」
硬い表情で冬也が頷くと、美月の頬に涙が落ちた。静かに目を閉じ、両手を合わせた美月が唱える悲しい祈りが、静寂の中に胸を締め付ける旋律となって流れる。やがて美月は、眠るように地に伏した。
「美月……」
跪いて冬也が、美月の身体を抱きしめた。押し殺した嗚咽を漏らす背に、差し伸ばされた轟木の手が宙で止まる.。
「美月さんは……過去の人格のまま生きていくんですか?」
遼の問いに頭を振り、轟木は手を握りしめた。
「恐らくそれは無かろう……。美月の身体と精神は強くない、傷が癒え目覚める時がいつかは解らぬが、美那殿は……」
向けられた顔が、苦渋に歪む。
「天界にも冥界にも行けず、苦界で未来永劫の時を彷徨い続けねばならぬ……その魂が救われる事は決してない。美月とて、現世に生きるは辛さのみ。美那の魂を宿したまま美月を殺せば、何も解らぬまま二人の魂を滅する事が出来たのだ。篠宮優樹のした事は、苦しみから解き放たれぬ二つの魂を生んだにすぎない」
「それは違う」
言い放った遼に、轟木が訝しむ目を向けた。
「邪念に取り込まれたまま消える方が、救われないと思う。苦しくても、二人は存在し続ける事を望むでしょう……心から愛して救おうとしてくれた冬也さんや、魄王丸……貴方の為に」
「くだらぬ感傷だな……だが……」
言葉を次がずに、轟木は背を向けた。続く言葉が何処にあるのか、遼には解らない。それでも、優樹が守りたかったものを伝えられたと信じたかった。
湖面を風が吹き渡った。
「う……んっ……」
優樹が上体を起こし、頭を振る。そして遼に目を留めると、爽やかに笑った。
「よかった……遼、無事だったんだな」
「……馬鹿だな、君は」
それはこっちの台詞だと、胸に呟きながら込み上げてきたものを拳で拭う。
誰かを想うが為に戦い、生き続ける事で想いに応える……人が人であり続ける理由がそこにあると、優樹は信じて生きている。人としての存在の重さを自ら捨てる事も、他者が決める事もあってはならない。優樹の守りたい物、願い、祈り、それはきっと美月にも美那の魂にも届いているはずだった。冬也と、おそらく『魄王丸』にも……。
気付けば西に傾いた太陽が、尾根に細くたなびく叢雲を黄金色に染めていた。茜色の空は夜の帳を映す濃紺色と混ざり合い、美しい文様を描き出す。一筋のはぐれ雲が、細く風に流されて夕闇に呑まれていった。それが宙へと還る龍に思えて、遼は優樹に目を向ける。
優樹もまた、無言で空を見つめていた。力の正体は、まだ解明できていない。しかし目を逸らさずに向き合うと、優樹は決めたのだ。
それが何をもたらすのか、遼にはまだ解らない。ただ力になれると、自分を信じるだけだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆事件は一応解決しました、次回は後日談となります。
☆☆☆二部完結記念企画☆☆☆
【私立叢雲学園・お気に入りキャラランク】
投票はお気軽にこちらからどうぞ↓
http://vote3.ziyu.net/html/kazato.html
【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕71】
2005年2月24日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第70回のあらすじ]
◇美月と戦う優樹の中に遼は、獣の暴力を感じた。だが美月を抑えたあとの優樹は変わらず、安堵する。『蜻蛉鬼』の驚異は迫りつつあり、それを消し去ろうとする優樹は遼に意外な言葉を言うのだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
顔を俯け優樹は、自らの両手を見つめた。そして、抑え込んだ時に美月が取り落とした鉈を足下から拾い上げる。
「おまえには解っているはずだよな、遼。美月さんと戦っている時、俺は力を抑えることに必死だった。本気になればなるほど、身体が熱くなって暴力の衝動を抑えられなくなる。だから……」
遼の手に、鉈が押しつけられた。鈍く光るそれは、まだ乾かない優樹の血で濡れていた。
「俺が自分を失ったら、この鉈で首を狩ってでも止めてくれ。誰かに危害を加える前に、おまえなら多分……」
「ふざけるなっ!」
思い切り優樹の手を叩き払うと、鉈は弧を描いて跳び砂地にめり込んだ。
「君が君でなくなることを、僕は許さない。君は戦えるはずだ、その強さがあると僕は信じている。君は約束したじゃないか、二度と力に支配されないって! 誰も泣かせない、傷つけない、そう言ったじゃないか!」
「遼……」
「僕がいる、大丈夫だ」
顔を上げ、優樹は遼を見つめた。その瞳に小さく青い炎が揺らめくと、冷たい風が捲き起こり腐った空気を払拭する。動きを止めていた蟲が、優樹の周りから灰色に変色し始めると、砕けて塵となっていった。灰燼の舞う中、腕で顔を覆いながら呟く轟木の言葉が聞こえた。
「ようやく目覚めたか……手間の掛かる奴めが」
その呟きを黙殺し、優樹は遼に背を向ける。
「頼む……遼、俺を支えてくれ。一人で立っている自信がない」
「わかった」
遼は優樹の肩を、両の手でしっかりと掴んだ。全身の総毛が起ち、血流が足下から頭に向かって逆流する。こめかみを、射すような痛みが貫いた。が、 瞬時に痛みと不快感は消失し、暖かな心地の良い空気に包まれる。優樹も同じ空気を感じたのだろう、振り向いた顔に動揺が伺えた。
「不思議だ……今まで腹の底で渦巻いていた塊が治まっていく。おまえ以外の誰かが、足下を支えているようで気持ちが落ち着いていくんだ」
「優樹、時間がない」
「……ああ」
両手を前方にかざした優樹が、大きく息を吸い込む。
「俺は負けない、必ず守ってみせる! 消え失せろ化け物っ!」
渾身の勇を奮い、切なる願いを叫ぶ。すると呼応するが如く幾筋もの線条光が空に走り、収束して三本の矢となった。その煌めく閃光が湖面を叩き、突風が捲き起こる。
「……!」
光の矢が起こした現象に、遼は目を見開いた。『蜻蛉鬼』を宿す高波の前に、輝く三本の水柱が起ち上がったのだ。水柱の中心には、何かがいた。紅、黒、白の色を伴う巨大な影。
「蛇……? いや違う、あれは……!」
他の者ならば、竜巻が起こした水柱のように見えただろう。だが遼には、明瞭に識別することが出来た。多方向に分岐した二本の角を戴き、長い口髭とたなびく鬣。長い肢体は鱗に覆われ、四肢に鋭い鈎爪を持つ。
「やはり、龍……!」
三体の龍は捻れるように絡まり合うと、一つになり天を突いた。雷光が緋色の空を二つに分け、目のくらむ光に襲われた遼は思わず目を閉じる。
ぴしり、と鼓膜が裂ける音を聞き、音のない世界が訪れた。が、次の瞬間。
『シヤァアアアッ!』
おぞましい雄叫びを聞き、遼は細く目を開く。
「あっ!」
赤い高波を二つに引き裂いて、湖上に現れた一体の龍。蒼白く輝く、その神聖かつ優美な姿を目の当たりにして遼の肌はあわだつ。龍は、しなやかに身をくねらせると天に向かって咆吼した。しかし、その声は声としてではなく大気を震撼させる波動だった。
波動が、高波を分解し消失させていく。渦巻く風が、緋色の雲と黒い霞のような蟲を取り込んでいった。分断された黒い影は、狂ったようにもがき、のたうちながら断末魔の叫びを上げる。
『ヒィアァァッ! ……ッシヤァアアッ……!』
蟲と共に、黒い影もまた風に取り込まれ天に呑まれていった。その後を追うように龍が空高く舞い昇ると、立て続けに雷鳴が轟く。
突然、暗雲が凄まじい速さで空を覆い尽くすと、遼の頬に冷たい物が当たった。
「……雨?」
滝のような雨が、激しい勢いで大地に、湖に、降り注ぐ。溢れんばかりに水かさを増した湖は荒れ、波立った。だが高くうねる波は、決して岸まで打ち寄せては来ない。湖水は底から撹拌されるかのように渦巻き、不快な紅い色が薄くなると共に本来の色を取り戻していった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆もっと派手なアクションも検討しましたが、作風に添わないようなのでこのまま行くことにしました。アニメとかなら視覚効果が期待できるのですが、文で説明を長くするとテンポが悪くなる気がしたので……。え? 言い訳ですか? あはははは。
◇美月と戦う優樹の中に遼は、獣の暴力を感じた。だが美月を抑えたあとの優樹は変わらず、安堵する。『蜻蛉鬼』の驚異は迫りつつあり、それを消し去ろうとする優樹は遼に意外な言葉を言うのだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
顔を俯け優樹は、自らの両手を見つめた。そして、抑え込んだ時に美月が取り落とした鉈を足下から拾い上げる。
「おまえには解っているはずだよな、遼。美月さんと戦っている時、俺は力を抑えることに必死だった。本気になればなるほど、身体が熱くなって暴力の衝動を抑えられなくなる。だから……」
遼の手に、鉈が押しつけられた。鈍く光るそれは、まだ乾かない優樹の血で濡れていた。
「俺が自分を失ったら、この鉈で首を狩ってでも止めてくれ。誰かに危害を加える前に、おまえなら多分……」
「ふざけるなっ!」
思い切り優樹の手を叩き払うと、鉈は弧を描いて跳び砂地にめり込んだ。
「君が君でなくなることを、僕は許さない。君は戦えるはずだ、その強さがあると僕は信じている。君は約束したじゃないか、二度と力に支配されないって! 誰も泣かせない、傷つけない、そう言ったじゃないか!」
「遼……」
「僕がいる、大丈夫だ」
顔を上げ、優樹は遼を見つめた。その瞳に小さく青い炎が揺らめくと、冷たい風が捲き起こり腐った空気を払拭する。動きを止めていた蟲が、優樹の周りから灰色に変色し始めると、砕けて塵となっていった。灰燼の舞う中、腕で顔を覆いながら呟く轟木の言葉が聞こえた。
「ようやく目覚めたか……手間の掛かる奴めが」
その呟きを黙殺し、優樹は遼に背を向ける。
「頼む……遼、俺を支えてくれ。一人で立っている自信がない」
「わかった」
遼は優樹の肩を、両の手でしっかりと掴んだ。全身の総毛が起ち、血流が足下から頭に向かって逆流する。こめかみを、射すような痛みが貫いた。が、 瞬時に痛みと不快感は消失し、暖かな心地の良い空気に包まれる。優樹も同じ空気を感じたのだろう、振り向いた顔に動揺が伺えた。
「不思議だ……今まで腹の底で渦巻いていた塊が治まっていく。おまえ以外の誰かが、足下を支えているようで気持ちが落ち着いていくんだ」
「優樹、時間がない」
「……ああ」
両手を前方にかざした優樹が、大きく息を吸い込む。
「俺は負けない、必ず守ってみせる! 消え失せろ化け物っ!」
渾身の勇を奮い、切なる願いを叫ぶ。すると呼応するが如く幾筋もの線条光が空に走り、収束して三本の矢となった。その煌めく閃光が湖面を叩き、突風が捲き起こる。
「……!」
光の矢が起こした現象に、遼は目を見開いた。『蜻蛉鬼』を宿す高波の前に、輝く三本の水柱が起ち上がったのだ。水柱の中心には、何かがいた。紅、黒、白の色を伴う巨大な影。
「蛇……? いや違う、あれは……!」
他の者ならば、竜巻が起こした水柱のように見えただろう。だが遼には、明瞭に識別することが出来た。多方向に分岐した二本の角を戴き、長い口髭とたなびく鬣。長い肢体は鱗に覆われ、四肢に鋭い鈎爪を持つ。
「やはり、龍……!」
三体の龍は捻れるように絡まり合うと、一つになり天を突いた。雷光が緋色の空を二つに分け、目のくらむ光に襲われた遼は思わず目を閉じる。
ぴしり、と鼓膜が裂ける音を聞き、音のない世界が訪れた。が、次の瞬間。
『シヤァアアアッ!』
おぞましい雄叫びを聞き、遼は細く目を開く。
「あっ!」
赤い高波を二つに引き裂いて、湖上に現れた一体の龍。蒼白く輝く、その神聖かつ優美な姿を目の当たりにして遼の肌はあわだつ。龍は、しなやかに身をくねらせると天に向かって咆吼した。しかし、その声は声としてではなく大気を震撼させる波動だった。
波動が、高波を分解し消失させていく。渦巻く風が、緋色の雲と黒い霞のような蟲を取り込んでいった。分断された黒い影は、狂ったようにもがき、のたうちながら断末魔の叫びを上げる。
『ヒィアァァッ! ……ッシヤァアアッ……!』
蟲と共に、黒い影もまた風に取り込まれ天に呑まれていった。その後を追うように龍が空高く舞い昇ると、立て続けに雷鳴が轟く。
突然、暗雲が凄まじい速さで空を覆い尽くすと、遼の頬に冷たい物が当たった。
「……雨?」
滝のような雨が、激しい勢いで大地に、湖に、降り注ぐ。溢れんばかりに水かさを増した湖は荒れ、波立った。だが高くうねる波は、決して岸まで打ち寄せては来ない。湖水は底から撹拌されるかのように渦巻き、不快な紅い色が薄くなると共に本来の色を取り戻していった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆もっと派手なアクションも検討しましたが、作風に添わないようなのでこのまま行くことにしました。アニメとかなら視覚効果が期待できるのですが、文で説明を長くするとテンポが悪くなる気がしたので……。え? 言い訳ですか? あはははは。
☆☆☆二部完結記念企画☆☆☆
【私立叢雲学園・お気に入りキャラランク】
投票はお気軽にこちらからどうぞ↓
http://vote3.ziyu.net/html/kazato.html
【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕70】
2005年2月23日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第69回のあらすじ]
◇美月の怨念の正体が明らかになり、『蜻蛉鬼』の力が解放された。だがそれを上回る優樹の力……。はたして優樹は、美月を抑えることが出来るのか。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
呆然とする遼の背を、風が通り抜けた。美月の立つ岩の元に一足で跳躍した優樹は、蟲が喰らい付く間を与えず岩に片手を突くと、鮮やかに上に飛び移った。優樹の着地と同時に足払いを受けた美月は、舞うように後退して首を掻ききろうと鉈をふるう。間髪、紙一重で避けて優樹は、鉈を持つ手を掴み捻り上げながら後ろに回り込もうとした。優樹に抑え込まれれば、女性の力で振り払うことは無理だ。これで美月を止められたと、遼が安堵の息を吐いた時。
「油断するな、篠宮優樹!」
気の緩みを砕く轟木の鋭い声が、注意を喚起した。だが言い終わるや否や、美月は屈み込むように身体を捻り、左肘で優樹のみぞおちを打つ。そしてわずかに緩んだ手から、するりと逃れ湖に跳ぶと、浅瀬に立ち挑む目付きで笑った。
「この者を信ずるは無駄なこと……何人たりとも我を止めることは出来ぬのだ、己の無力を知り絶望の闇に沈むがいい! この世の理を呪い、全てを滅ぼしてくれようぞ!」
湖がうねり、先ほどとは比べものにならない大きな高波が二つ、三つと起ち上がった。そして幾重にも幾重にも重なると、さらに大きく天を突かんばかりの壁となる。波音は雷鳴のように響き地を共振させ、対峙する者に圧倒的な恐怖を叩きつけた。
「ずたずたに、引き裂いてくれる!」
美月が、狂喜の声で叫んだ。
「させるかっ!」
岩を蹴った優樹は地に足が届くより早く、美月の首を目掛けて手刀を振り下ろした。が、美月はそれを二の腕で防ぎ、下方から鉈で薙ぎ払う。優樹の肩口が裂け、血しぶきが頬に散った。
「優樹っ!」
遼の声に優樹は、ちらりと目線を送り余裕の笑みを浮かべた。が、遼の背は凍りつく。あれは人間の眼ではない、獲物を狙う獣の眼だ。優樹はまた、暴力に支配されつつあるのか。
舞を舞うように長い黒髪を美しく散らし、美月は手にした鉈を閃かせた。しかし肉食獣の俊敏さでかわしながら優樹は、間合いを計り止めを刺す機会を狙っている。岸まで後退した美月が真一文字に払った鉈を驚くほどの高さで跳び超え、宙で長身を翻した優樹はついに美月の後ろを捕った。美月の右脇に腕を入れて鉈の動きを封じ、左腕が喉を締め上げる。
「離せぇっ! ぐうっううっ! おおおぅっ!」
鬼面のごとく目を剥き眉をつり上げた美月が、人とは思えない奇怪な声で咆吼する。だが、いかに足掻こうとも抑え込んだ優樹の手から逃れることが出来ない。ぎり、と締め上げた優樹の腕が美月を宙に浮かせた。
ぎくり、と生木を折るような音が響いた。美月の身体から、力が抜ける。
「……!」
美月の身体を抱いた優樹に、遼は蟲にかまわず駆け寄った。すると静かに顔を上げた優樹の瞳は、穏やかさを取り戻していた。
「心配するな、遼。美月さんは気を失っているだけだ。肩の骨を外したから、気が付いても暫くは動けないよ。だけど……まだ終わっていない」
優樹が目を向けた先には、強大な高波が迫りつつあった。まるで生き物のようにうねり、ゆっくりと、だが確実に近付いてくる。その高波の向こうに、黒く蠢く影を遼は見た。ぼんやりとしたシルエットに長い顎と、くねる身体。遼から見た目算でも、ゆうに三十メートルを超える巨体は、マゴタロウムシの姿そのものではないか。羽化したヘビトンボが黒い霧となって、高波を取り巻いた。
「『蜻蛉鬼』の本体が来る……」
呟いた遼に頷き、優樹は美月を岩の上に横たえる。
「あいつを消す事が出来きなきゃ、俺たちは助からない……俺の全てを掛けてでも、止めてみせる。でも……」
顔を俯け優樹は、自らの両手を見つめた。そして、抑え込んだ時に美月が取り落とした鉈を足下から拾い上げる。
「おまえには解っているはずだよな、遼。美月さんと戦っている時、俺は力を抑えることに必死だった。本気になればなるほど、身体が熱くなって暴力の衝動を抑えられなくなる。だから……」
遼の手に、鉈が押しつけられた。鈍く光るそれは、まだ乾かない優樹の血で濡れていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆お待たせいたしました。本日からラストまで、続けて更新したいと思います。(諸事情により、日が開く場合もあります)
お楽しみ頂けると嬉しいです。
◆書き上がってから、凍結してました(笑)
なんでしょう、冷静に見られないというか、見たくないというか。
その間にパソコンは壊れるし、「一太郎2005」を入れたら動作不良おこすし、葬式はあるし、学校の役員会はあるし、家族が次々に風邪を引いて自分も体調が悪くなるし、なんだかんだ忙しかった〜!!
今年はインフルエンザで学級閉鎖が多かったんですよ、恐いですねインフルエンザ。でもうちの子達はかからなかったのですが。
◆てなわけで、開き直ってアップすることにしました。何をどう悩んだって、これが今のあたしのベストです。どーの、こーのは後で直しましょう!!
遼と優樹を、応援してやってください……。
◇美月の怨念の正体が明らかになり、『蜻蛉鬼』の力が解放された。だがそれを上回る優樹の力……。はたして優樹は、美月を抑えることが出来るのか。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
呆然とする遼の背を、風が通り抜けた。美月の立つ岩の元に一足で跳躍した優樹は、蟲が喰らい付く間を与えず岩に片手を突くと、鮮やかに上に飛び移った。優樹の着地と同時に足払いを受けた美月は、舞うように後退して首を掻ききろうと鉈をふるう。間髪、紙一重で避けて優樹は、鉈を持つ手を掴み捻り上げながら後ろに回り込もうとした。優樹に抑え込まれれば、女性の力で振り払うことは無理だ。これで美月を止められたと、遼が安堵の息を吐いた時。
「油断するな、篠宮優樹!」
気の緩みを砕く轟木の鋭い声が、注意を喚起した。だが言い終わるや否や、美月は屈み込むように身体を捻り、左肘で優樹のみぞおちを打つ。そしてわずかに緩んだ手から、するりと逃れ湖に跳ぶと、浅瀬に立ち挑む目付きで笑った。
「この者を信ずるは無駄なこと……何人たりとも我を止めることは出来ぬのだ、己の無力を知り絶望の闇に沈むがいい! この世の理を呪い、全てを滅ぼしてくれようぞ!」
湖がうねり、先ほどとは比べものにならない大きな高波が二つ、三つと起ち上がった。そして幾重にも幾重にも重なると、さらに大きく天を突かんばかりの壁となる。波音は雷鳴のように響き地を共振させ、対峙する者に圧倒的な恐怖を叩きつけた。
「ずたずたに、引き裂いてくれる!」
美月が、狂喜の声で叫んだ。
「させるかっ!」
岩を蹴った優樹は地に足が届くより早く、美月の首を目掛けて手刀を振り下ろした。が、美月はそれを二の腕で防ぎ、下方から鉈で薙ぎ払う。優樹の肩口が裂け、血しぶきが頬に散った。
「優樹っ!」
遼の声に優樹は、ちらりと目線を送り余裕の笑みを浮かべた。が、遼の背は凍りつく。あれは人間の眼ではない、獲物を狙う獣の眼だ。優樹はまた、暴力に支配されつつあるのか。
舞を舞うように長い黒髪を美しく散らし、美月は手にした鉈を閃かせた。しかし肉食獣の俊敏さでかわしながら優樹は、間合いを計り止めを刺す機会を狙っている。岸まで後退した美月が真一文字に払った鉈を驚くほどの高さで跳び超え、宙で長身を翻した優樹はついに美月の後ろを捕った。美月の右脇に腕を入れて鉈の動きを封じ、左腕が喉を締め上げる。
「離せぇっ! ぐうっううっ! おおおぅっ!」
鬼面のごとく目を剥き眉をつり上げた美月が、人とは思えない奇怪な声で咆吼する。だが、いかに足掻こうとも抑え込んだ優樹の手から逃れることが出来ない。ぎり、と締め上げた優樹の腕が美月を宙に浮かせた。
ぎくり、と生木を折るような音が響いた。美月の身体から、力が抜ける。
「……!」
美月の身体を抱いた優樹に、遼は蟲にかまわず駆け寄った。すると静かに顔を上げた優樹の瞳は、穏やかさを取り戻していた。
「心配するな、遼。美月さんは気を失っているだけだ。肩の骨を外したから、気が付いても暫くは動けないよ。だけど……まだ終わっていない」
優樹が目を向けた先には、強大な高波が迫りつつあった。まるで生き物のようにうねり、ゆっくりと、だが確実に近付いてくる。その高波の向こうに、黒く蠢く影を遼は見た。ぼんやりとしたシルエットに長い顎と、くねる身体。遼から見た目算でも、ゆうに三十メートルを超える巨体は、マゴタロウムシの姿そのものではないか。羽化したヘビトンボが黒い霧となって、高波を取り巻いた。
「『蜻蛉鬼』の本体が来る……」
呟いた遼に頷き、優樹は美月を岩の上に横たえる。
「あいつを消す事が出来きなきゃ、俺たちは助からない……俺の全てを掛けてでも、止めてみせる。でも……」
顔を俯け優樹は、自らの両手を見つめた。そして、抑え込んだ時に美月が取り落とした鉈を足下から拾い上げる。
「おまえには解っているはずだよな、遼。美月さんと戦っている時、俺は力を抑えることに必死だった。本気になればなるほど、身体が熱くなって暴力の衝動を抑えられなくなる。だから……」
遼の手に、鉈が押しつけられた。鈍く光るそれは、まだ乾かない優樹の血で濡れていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆お待たせいたしました。本日からラストまで、続けて更新したいと思います。(諸事情により、日が開く場合もあります)
お楽しみ頂けると嬉しいです。
◆書き上がってから、凍結してました(笑)
なんでしょう、冷静に見られないというか、見たくないというか。
その間にパソコンは壊れるし、「一太郎2005」を入れたら動作不良おこすし、葬式はあるし、学校の役員会はあるし、家族が次々に風邪を引いて自分も体調が悪くなるし、なんだかんだ忙しかった〜!!
今年はインフルエンザで学級閉鎖が多かったんですよ、恐いですねインフルエンザ。でもうちの子達はかからなかったのですが。
◆てなわけで、開き直ってアップすることにしました。何をどう悩んだって、これが今のあたしのベストです。どーの、こーのは後で直しましょう!!
遼と優樹を、応援してやってください……。
【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕69】
2005年1月31日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第68回のあらすじ]
◇『蜻蛉鬼』に取り込まれた美月の人格は変わっていた。その中、美月は美那姫としての過去の記憶を語り怨念の正体が明らかにされた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
美月の美しい面が、鬼気迫る羅刹に変わる。
「近江の山中に赴いた我は仇を討つ事が出来ずとも、義時殿を殺めた獣に喰われるならば幸せとさえ思った。そして『魄王丸』に出会い、真実を知ったのだ。倉田秀剛が陰陽師に頼み呼び出した化け物に、義時殿は喰われたのだと……」
顔を俯け背を震わせる轟木を、美月の憎悪に充ちた目が見据えた。
「兄者が傷を負わねば、倉田秀剛が父上を見切り裏切る事はなかった。さすれば、義時殿を邪魔に思わなかったはず……。しかし『魄王丸』に頼み倉田の屋敷を焼き払った我に、兄者は矢を放ったのだ!」
「復讐の念を『蜻蛉鬼』に付け入られ、邪念に取り込まれた愛しき妹……。倉田秀剛を仕留めるまで手を貸した『魄王丸』は、おまえが罪なき者や女子供に至るまで見境なく殺めんとしたが為に去っていった。もはや私が『魄王丸』に力を借り、『蜻蛉鬼』を封じるより救う術がなかった……」
「今さら戯れ言を……兄者に裏切られ、暗く湿った洞窟の中で我がどれほど世を恨んだか知るまい! 我が心の闇、思い知るがいい!」
つい、と顔を上げ天を仰いだ美月が両腕を高く掲げると、地の底が崩れ落ちていくような轟音が足下を揺るがした。湖に赤い高波が起ち上がり、岸に向かってくる。退く道は残されておらず、まともに被れば水中に没して『蜻蛉鬼』の餌となるしかない……。予想を上回る『蜻蛉鬼』の力を目の当たりに、遼は後悔に襲われた。やはり、自分達が太刀打ちできる相手ではないのだろうか。
美月の口元が、ひたり、と歪む。
「魄王丸、あの波を止めることが出来るか?」
我が耳を疑い、遼は優樹を見つめた。確かに今、優樹は轟木を『魄王丸』と呼んだのだ。
「生憎、蟲どもの相手で手一杯だ……貴様が止めれば良かろう、篠宮優樹」
「どうすればいい? どうやれば止められるんだ?」
轟木は馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、湖から迫り来る高波を指さした。
「あの女を殺せと言っても聞かぬなら……仕方があるまい。貴様が願うかたちを心に思い描き、言霊とせよ」
「願うかたち……か」
優樹は湖に向かうと、ゆっくりと右手を前にかざした。再び皮膚が焼けるような、ちりちりとした痛みが遼の全身を襲う。だがそれは『魄王丸』のものではなかった、帯電した空気は優樹を包み込み、渦巻く蒼白い焔となったのだ。
「止まれ」
正面を見据え優樹が発した言葉に、岸に迫りつつあった高波が、起ち上がった姿のまま静止した。
「散れ!」
果たして何が起きたのか? 緋色の斑模様となった曇り空に一筋の閃光が駆けめぐり、「じり」とも、「びり」ともつかない音が鼓膜を叩く。その瞬間、泡立つ高波の頂点がかすみ、霧散していった。
優樹の瞳に赤い影が射し、揺らめき、燃え上がるのを遼は見た。これが優樹の力なのか? 高波のエネルーギー値は莫大なものだ……それを瞬時に無力化してしまうとすれば、恐ろしいほどの力だった。
呆然とする遼の背を、風が通り抜けた。美月の立つ岩の元に一足で跳躍した優樹は蟲が喰らい付く間を与えず、胸の高さに突いた片手を軸に鮮やかに飛び移った。優樹の着地と同時に足払いを受けた美月は、舞うように後退すると首を掻ききろうと鉈をふるう。間髪、紙一重で避けて優樹は、鉈を持つ手を掴み捻り上げながら後ろに回り込もうとした。優樹に抑え込まれれば、『蜻蛉鬼』に取り込まれていても女性の力で振り払うことは無理だ。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆優樹君、発動です。迫力ある戦闘シーンが描けるように頑張らなくては。まだ書き始めて二本目です、手探りながらも頑張りたいと思います。
◆二部になってから反応が無くて寂しいな……。キャラや文が安定してきたからだとも言われましたが、読んでいるの一言でも欲しいです。一言掲示板、借りてみようかな?
◆やる気はあるけど、筆が進まず2月です。とにかく、完結しなくちゃね。
◇『蜻蛉鬼』に取り込まれた美月の人格は変わっていた。その中、美月は美那姫としての過去の記憶を語り怨念の正体が明らかにされた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
美月の美しい面が、鬼気迫る羅刹に変わる。
「近江の山中に赴いた我は仇を討つ事が出来ずとも、義時殿を殺めた獣に喰われるならば幸せとさえ思った。そして『魄王丸』に出会い、真実を知ったのだ。倉田秀剛が陰陽師に頼み呼び出した化け物に、義時殿は喰われたのだと……」
顔を俯け背を震わせる轟木を、美月の憎悪に充ちた目が見据えた。
「兄者が傷を負わねば、倉田秀剛が父上を見切り裏切る事はなかった。さすれば、義時殿を邪魔に思わなかったはず……。しかし『魄王丸』に頼み倉田の屋敷を焼き払った我に、兄者は矢を放ったのだ!」
「復讐の念を『蜻蛉鬼』に付け入られ、邪念に取り込まれた愛しき妹……。倉田秀剛を仕留めるまで手を貸した『魄王丸』は、おまえが罪なき者や女子供に至るまで見境なく殺めんとしたが為に去っていった。もはや私が『魄王丸』に力を借り、『蜻蛉鬼』を封じるより救う術がなかった……」
「今さら戯れ言を……兄者に裏切られ、暗く湿った洞窟の中で我がどれほど世を恨んだか知るまい! 我が心の闇、思い知るがいい!」
つい、と顔を上げ天を仰いだ美月が両腕を高く掲げると、地の底が崩れ落ちていくような轟音が足下を揺るがした。湖に赤い高波が起ち上がり、岸に向かってくる。退く道は残されておらず、まともに被れば水中に没して『蜻蛉鬼』の餌となるしかない……。予想を上回る『蜻蛉鬼』の力を目の当たりに、遼は後悔に襲われた。やはり、自分達が太刀打ちできる相手ではないのだろうか。
美月の口元が、ひたり、と歪む。
「魄王丸、あの波を止めることが出来るか?」
我が耳を疑い、遼は優樹を見つめた。確かに今、優樹は轟木を『魄王丸』と呼んだのだ。
「生憎、蟲どもの相手で手一杯だ……貴様が止めれば良かろう、篠宮優樹」
「どうすればいい? どうやれば止められるんだ?」
轟木は馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、湖から迫り来る高波を指さした。
「あの女を殺せと言っても聞かぬなら……仕方があるまい。貴様が願うかたちを心に思い描き、言霊とせよ」
「願うかたち……か」
優樹は湖に向かうと、ゆっくりと右手を前にかざした。再び皮膚が焼けるような、ちりちりとした痛みが遼の全身を襲う。だがそれは『魄王丸』のものではなかった、帯電した空気は優樹を包み込み、渦巻く蒼白い焔となったのだ。
「止まれ」
正面を見据え優樹が発した言葉に、岸に迫りつつあった高波が、起ち上がった姿のまま静止した。
「散れ!」
果たして何が起きたのか? 緋色の斑模様となった曇り空に一筋の閃光が駆けめぐり、「じり」とも、「びり」ともつかない音が鼓膜を叩く。その瞬間、泡立つ高波の頂点がかすみ、霧散していった。
優樹の瞳に赤い影が射し、揺らめき、燃え上がるのを遼は見た。これが優樹の力なのか? 高波のエネルーギー値は莫大なものだ……それを瞬時に無力化してしまうとすれば、恐ろしいほどの力だった。
呆然とする遼の背を、風が通り抜けた。美月の立つ岩の元に一足で跳躍した優樹は蟲が喰らい付く間を与えず、胸の高さに突いた片手を軸に鮮やかに飛び移った。優樹の着地と同時に足払いを受けた美月は、舞うように後退すると首を掻ききろうと鉈をふるう。間髪、紙一重で避けて優樹は、鉈を持つ手を掴み捻り上げながら後ろに回り込もうとした。優樹に抑え込まれれば、『蜻蛉鬼』に取り込まれていても女性の力で振り払うことは無理だ。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆優樹君、発動です。迫力ある戦闘シーンが描けるように頑張らなくては。まだ書き始めて二本目です、手探りながらも頑張りたいと思います。
◆二部になってから反応が無くて寂しいな……。キャラや文が安定してきたからだとも言われましたが、読んでいるの一言でも欲しいです。一言掲示板、借りてみようかな?
◆やる気はあるけど、筆が進まず2月です。とにかく、完結しなくちゃね。
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕68】
2005年1月21日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第67回のあらすじ]
◇コテージに戻った日下部は、須刈アキラと協力して「美月荘」危険を回避しようとする。ガレージでガソリンを手に入れ、やるべき事の為に動き出した日下部の胸には、奇妙な充実感があった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
恐怖の浸食は、湖を巡る遊歩道を越えその上の車道に到達していた。下草のないコンクリの上では、茶褐色の波は細く黒い筋になりザワザワと列を成す不気味な黒い蟲が姿を現す。跡切れることなく湖から湧き上がる蟲は、どれだけの領域を侵せば絶えるだろうか。
蟲を避けながら美月の下に到達した秋本遼は、その美しさに一瞬、意識を奪われそうになった。普段と変わらない白いカッターシャツと若草色のスカート姿。しかし肩までの明るく染めた髪は腰ほどもある漆黒の色に変わり、透き通るように白い足は裸足だった。左手には半分に断たれた菩薩像を持ち、右手には鈍く光る鉈を握りしめている。
「どうかなさったの? 皆さん」
美月は夢見るように微笑むと、小首を傾げた。
その言葉を合図に、蟲の動きが変わった。陸を目指していた幾筋もの蟲たちが収束を始めたのだ。背を合わせ一カ所に固まった遼と優樹、冬也と轟木の四人を、ざわりざわりと黒い塊が取り囲む。だが足下まで一メートルほどの距離を置き、その動きが止まった。
「雑魚共を寄せ付けぬくらいには、我も力がある」
低く呟き睨めあげた轟木を意にも介さず、美月はゆっくりと『秋月島』に身体をむけた。黒く長い髪が湖からの風にふわりと持ち上げられ、絹糸のように宙に舞った時……。
激しい雨音を耳にして、思わず遼は空を見上げた。だが緋色に染まった空に雨の気配はない。
「島を見ろ、遼」
優樹の声で『秋月島』に目を向けると、上空に黒い霧が起ち上がっていた。雨音と思われたのは、何百羽、何千羽……いや、何万羽とも知れないヘビトンボの羽音だったのだ。
「羽化が始まったんだ……! あの黒い霧が全て、『蜻蛉鬼』なのか?」
「あれは化身にすぎん……本体は別にある」
遼の疑問に、素早く轟木が応じた。
「生ある物を喰らい妖気を蓄えた時、本来の姿が形を成す。現世にあってはならぬ事だ……」
轟木の双眼が黄金色に揺らめくと、遼の皮膚をちりちりと焼ける様な痛みがはしった。それは『魄王丸』の憤怒に違いない。ざわつき蠢く蟲たちが、怒りの勢いに後退した。
「止めるんだ、美月! 自分が何をしているのか解っているのかっ!」
境界まで踏み込んで冬也が叫ぶと、美月は顔だけをこちらに向けた。
「もちろんよ……兄さん。子供の頃から私はみんなの邪魔者だった……みんな、私の事が嫌いなの……。父さんは、可愛がっていたウサギを殺して食べろと言ったわ。暗い山に置き去りにされた時は、怖くて、不安で、悲しくて……いくら呼んでも、呼んでも、誰も助けに来てはくれなかった……。郷田さんには愛してもらえず、信じていた兄さんは遠くに行ってしまった……大切にしているモノは全部、無くなってしまうの。私は死んでしまいたかった……!」
「悪かった、美月……もっとお前の傍にいてやればよかった。私はお前をこの地から遠ざけたかったんだよ。だから気候の良い場所で、お前を迎えるために……」
「嘘よ」
「嘘じゃない!」
「二度と兄者に騙されようか……」
黒い霞が、美月の身体を覆った。怨念、悲嘆、未練、苦渋、憎悪、嫉み、悲憤……様々な負の感情が入り交じり、空気を重く圧縮する。息苦しさを感じながら遼は、その中に恐怖と怯えの感情が混じっている事に気が付いた。美月はまだ、自我があるのだろうか。
一瞬、困惑の表情になった冬也は美月に近付こうと足を踏み出したが、その腕を轟木が掴んで止める。
「あの女の話を、最後まで聞け」
冬也は物言いたげな顔をしたが、黙って頷くと美月に向かって叫んだ。
「私が……何をした? 騙したとは、どういう意味だ?」
「兄者は義時殿を死に追いやり、復讐を果たさんとした我を幽閉したではないか!」
美月の美しい面が、鬼気迫る羅刹に変わった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆アキラ君が孤軍奮闘するのを期待した人にはごめんなさい。所詮彼はサイドキャラです、これ以上活躍させるわけにはいきません(笑)
◆緊迫感を持たせる為に、うんうん唸って推敲してやっと書いています。何かを創るのって、大変だけど楽しい作業です。
でも読む人は3分くらいなんですよね〜、あはははは。
◆序章の謎も、これで全て解明されるはず。美月さんはどうなるのでしょう?あたしにも解らないです(だめじゃん)
◆御意見ご感想、お待ちしています。一言でもお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇コテージに戻った日下部は、須刈アキラと協力して「美月荘」危険を回避しようとする。ガレージでガソリンを手に入れ、やるべき事の為に動き出した日下部の胸には、奇妙な充実感があった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
恐怖の浸食は、湖を巡る遊歩道を越えその上の車道に到達していた。下草のないコンクリの上では、茶褐色の波は細く黒い筋になりザワザワと列を成す不気味な黒い蟲が姿を現す。跡切れることなく湖から湧き上がる蟲は、どれだけの領域を侵せば絶えるだろうか。
蟲を避けながら美月の下に到達した秋本遼は、その美しさに一瞬、意識を奪われそうになった。普段と変わらない白いカッターシャツと若草色のスカート姿。しかし肩までの明るく染めた髪は腰ほどもある漆黒の色に変わり、透き通るように白い足は裸足だった。左手には半分に断たれた菩薩像を持ち、右手には鈍く光る鉈を握りしめている。
「どうかなさったの? 皆さん」
美月は夢見るように微笑むと、小首を傾げた。
その言葉を合図に、蟲の動きが変わった。陸を目指していた幾筋もの蟲たちが収束を始めたのだ。背を合わせ一カ所に固まった遼と優樹、冬也と轟木の四人を、ざわりざわりと黒い塊が取り囲む。だが足下まで一メートルほどの距離を置き、その動きが止まった。
「雑魚共を寄せ付けぬくらいには、我も力がある」
低く呟き睨めあげた轟木を意にも介さず、美月はゆっくりと『秋月島』に身体をむけた。黒く長い髪が湖からの風にふわりと持ち上げられ、絹糸のように宙に舞った時……。
激しい雨音を耳にして、思わず遼は空を見上げた。だが緋色に染まった空に雨の気配はない。
「島を見ろ、遼」
優樹の声で『秋月島』に目を向けると、上空に黒い霧が起ち上がっていた。雨音と思われたのは、何百羽、何千羽……いや、何万羽とも知れないヘビトンボの羽音だったのだ。
「羽化が始まったんだ……! あの黒い霧が全て、『蜻蛉鬼』なのか?」
「あれは化身にすぎん……本体は別にある」
遼の疑問に、素早く轟木が応じた。
「生ある物を喰らい妖気を蓄えた時、本来の姿が形を成す。現世にあってはならぬ事だ……」
轟木の双眼が黄金色に揺らめくと、遼の皮膚をちりちりと焼ける様な痛みがはしった。それは『魄王丸』の憤怒に違いない。ざわつき蠢く蟲たちが、怒りの勢いに後退した。
「止めるんだ、美月! 自分が何をしているのか解っているのかっ!」
境界まで踏み込んで冬也が叫ぶと、美月は顔だけをこちらに向けた。
「もちろんよ……兄さん。子供の頃から私はみんなの邪魔者だった……みんな、私の事が嫌いなの……。父さんは、可愛がっていたウサギを殺して食べろと言ったわ。暗い山に置き去りにされた時は、怖くて、不安で、悲しくて……いくら呼んでも、呼んでも、誰も助けに来てはくれなかった……。郷田さんには愛してもらえず、信じていた兄さんは遠くに行ってしまった……大切にしているモノは全部、無くなってしまうの。私は死んでしまいたかった……!」
「悪かった、美月……もっとお前の傍にいてやればよかった。私はお前をこの地から遠ざけたかったんだよ。だから気候の良い場所で、お前を迎えるために……」
「嘘よ」
「嘘じゃない!」
「二度と兄者に騙されようか……」
黒い霞が、美月の身体を覆った。怨念、悲嘆、未練、苦渋、憎悪、嫉み、悲憤……様々な負の感情が入り交じり、空気を重く圧縮する。息苦しさを感じながら遼は、その中に恐怖と怯えの感情が混じっている事に気が付いた。美月はまだ、自我があるのだろうか。
一瞬、困惑の表情になった冬也は美月に近付こうと足を踏み出したが、その腕を轟木が掴んで止める。
「あの女の話を、最後まで聞け」
冬也は物言いたげな顔をしたが、黙って頷くと美月に向かって叫んだ。
「私が……何をした? 騙したとは、どういう意味だ?」
「兄者は義時殿を死に追いやり、復讐を果たさんとした我を幽閉したではないか!」
美月の美しい面が、鬼気迫る羅刹に変わった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆アキラ君が孤軍奮闘するのを期待した人にはごめんなさい。所詮彼はサイドキャラです、これ以上活躍させるわけにはいきません(笑)
◆緊迫感を持たせる為に、うんうん唸って推敲してやっと書いています。何かを創るのって、大変だけど楽しい作業です。
でも読む人は3分くらいなんですよね〜、あはははは。
◆序章の謎も、これで全て解明されるはず。美月さんはどうなるのでしょう?あたしにも解らないです(だめじゃん)
◆御意見ご感想、お待ちしています。一言でもお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕67】
2005年1月12日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第66回のあらすじ]
◇成すべき事に迷い桟橋に立ちつくす日下部は、湖の怪異を目にした。そして何をすればいいかを確信し「美月荘」に戻ったが、駐車場の車はタイヤが全て切り裂かれていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
背後に癇に障る声を聞いた日下部は、眉根を寄せて振り返った。
「日下部さん、湖の怪異を見なかったんですか? 早く逃げないと、鳥羽山さんの二の舞になりますよ。それとも火事場泥棒でもするつもりなのかなぁ」
「生憎だがね、須刈君……。これでも私は、女子供を放って逃げ出すような真似を未だ嘗て一度もしたことがないんだよ。見損なわないでもらいたい」
厳しく叱咤すると、常に大人びた様子の須刈アキラが顔を赤らめた。
「言い過ぎました……すみません」
素直に詫びる態度に頬を緩めた日下部は、他の学生の姿がないことに気付いて辺りを見回す。
「他の連中はどうした、まさか……」
「あっ、それは大丈夫です。あいつらは美月さんを……」
言いかけて「しまった」と小さく呟いたアキラに、日下部は苦笑した。
「心配には及ばん、あの女の事は彼等に任せるよ。それよりも……見たかね、駐車場を」
神妙な顔で頷いて、アキラが顔を曇らせる。
「俺も女の子達を、安全な所に避難させるつもりできたんですが……困ったな、昨夜の雨で足場の悪い山道を歩かせるわけにはいかない。オーナーは、夕方まで帰らないと言っていたし……」
「須刈君に、頼みたい事があるんだが」
「何ですか?」
日下部に向けられたアキラの顔は、意外な事に協力的だった。難局を乗り切る為に、どうやら少し信頼を預けてくれたようだ。
「無事かは解らないが……桟橋の傍に駐めておいた私の車を取りに行ってくる。戻ってくるまでの間、化け物を食い止める事が出来るか?」
「茶褐色に変色している所は『蜻蛉鬼』の幼生が羽化の為、クマザサに定位しているからです。ガレージにガソリンがあるそうですから撒いて火を着ければ、進行を止められると思います」
「そうか、その手があったな。よし、ガレージに急ごう!」
本棟の裏手に回ると、鉄骨で組まれた頑丈そうなガレージがあった。重いシャッターを上げると、山間部の住民が長い冬を乗り越えるための資材が所狭しと並んでいる。大型の冷凍庫、備蓄用の穀類、除雪用の道具、小型除雪機、暖房器具、薪、練炭、灯油の入ったドラム缶。
「日下部さん、ガソリンがありました!」
アキラに呼ばれて日下部がガレージの横手を覗くと、併設された小型物置に十本のポリタンクが並んでいた。その内の4本に、満タンのガソリンが入っている。
「須刈君、ポリタンクを駐車場まで運んでくれ。持てるかね?」
「見損なわないで下さい」
アキラはニヤリと笑って、十八リットルのポリタンクを二本、軽々と持ち上げる。日下部はガレージに戻ると小型のスコップを選び、柄の下方部分を足で押さえつけて満身の力を込めた。ばきり、と音を立てて木製の柄が折れる。ガレージの片隅に積まれたウエスを折れた柄に巻き付け、ポリタンクのガソリンを染み込ませているとアキラが訝しそうな顔を向けた。
「途中、蟲どもを追い払うのに必要かと思ってね。ライターを持っているか?」
「いえ……タバコは吸わないので」
「ふむ……」
日下部もタバコを止めてからライターを持ち歩かなくなったが、 ポケットを探るとスナックの電話番号の入った百円ライターが一つ見つかった。自分の方は何とかなるだろう、そう思ってライターを渡そうとするとアキラが首を振った。
「それは日下部さんが持って行って下さい。俺の方はまだ時間がある、本棟なら着火できる物が見つかるでしょう」
「しかし……」
「車、アテにしてますから。山道歩くの苦手なんですよ」
この期に及んでの軽口に、日下部は半ば呆れたように笑った。この男に限らず、何とも不思議な連中だ。
「頼んだよ」
「任せて下さい」
日下部は無言で頷くと、桟橋までの最短距離を駆け下りていった。まだ終わってはいない、しかし奇妙な満足感が日下部の胸を満たしていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆次回から本筋に戻ります。ちょっとした箸休めで日下部さんとアキラ君にいい所を見せてもらいました(笑)
サービスと言う事で……(誰に?)
◆さて、これからは「頑張れ優樹君」だぞ〜!!嬉しいな。多分、私は優樹君が一番好き。あの子が格好いい所を書きたいんです。だけど何故か、そうならないのが悩みですね(苦笑)
作者の好みを抑えながら、大局的にお話しを創る事を意識しすぎかもしれません。
読んでいる方は、どう思っているのかなぁ?
◆御意見ご感想、お待ちしています。一言でもお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇成すべき事に迷い桟橋に立ちつくす日下部は、湖の怪異を目にした。そして何をすればいいかを確信し「美月荘」に戻ったが、駐車場の車はタイヤが全て切り裂かれていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
背後に癇に障る声を聞いた日下部は、眉根を寄せて振り返った。
「日下部さん、湖の怪異を見なかったんですか? 早く逃げないと、鳥羽山さんの二の舞になりますよ。それとも火事場泥棒でもするつもりなのかなぁ」
「生憎だがね、須刈君……。これでも私は、女子供を放って逃げ出すような真似を未だ嘗て一度もしたことがないんだよ。見損なわないでもらいたい」
厳しく叱咤すると、常に大人びた様子の須刈アキラが顔を赤らめた。
「言い過ぎました……すみません」
素直に詫びる態度に頬を緩めた日下部は、他の学生の姿がないことに気付いて辺りを見回す。
「他の連中はどうした、まさか……」
「あっ、それは大丈夫です。あいつらは美月さんを……」
言いかけて「しまった」と小さく呟いたアキラに、日下部は苦笑した。
「心配には及ばん、あの女の事は彼等に任せるよ。それよりも……見たかね、駐車場を」
神妙な顔で頷いて、アキラが顔を曇らせる。
「俺も女の子達を、安全な所に避難させるつもりできたんですが……困ったな、昨夜の雨で足場の悪い山道を歩かせるわけにはいかない。オーナーは、夕方まで帰らないと言っていたし……」
「須刈君に、頼みたい事があるんだが」
「何ですか?」
日下部に向けられたアキラの顔は、意外な事に協力的だった。難局を乗り切る為に、どうやら少し信頼を預けてくれたようだ。
「無事かは解らないが……桟橋の傍に駐めておいた私の車を取りに行ってくる。戻ってくるまでの間、化け物を食い止める事が出来るか?」
「茶褐色に変色している所は『蜻蛉鬼』の幼生が羽化の為、クマザサに定位しているからです。ガレージにガソリンがあるそうですから撒いて火を着ければ、進行を止められると思います」
「そうか、その手があったな。よし、ガレージに急ごう!」
本棟の裏手に回ると、鉄骨で組まれた頑丈そうなガレージがあった。重いシャッターを上げると、山間部の住民が長い冬を乗り越えるための資材が所狭しと並んでいる。大型の冷凍庫、備蓄用の穀類、除雪用の道具、小型除雪機、暖房器具、薪、練炭、灯油の入ったドラム缶。
「日下部さん、ガソリンがありました!」
アキラに呼ばれて日下部がガレージの横手を覗くと、併設された小型物置に十本のポリタンクが並んでいた。その内の4本に、満タンのガソリンが入っている。
「須刈君、ポリタンクを駐車場まで運んでくれ。持てるかね?」
「見損なわないで下さい」
アキラはニヤリと笑って、十八リットルのポリタンクを二本、軽々と持ち上げる。日下部はガレージに戻ると小型のスコップを選び、柄の下方部分を足で押さえつけて満身の力を込めた。ばきり、と音を立てて木製の柄が折れる。ガレージの片隅に積まれたウエスを折れた柄に巻き付け、ポリタンクのガソリンを染み込ませているとアキラが訝しそうな顔を向けた。
「途中、蟲どもを追い払うのに必要かと思ってね。ライターを持っているか?」
「いえ……タバコは吸わないので」
「ふむ……」
日下部もタバコを止めてからライターを持ち歩かなくなったが、 ポケットを探るとスナックの電話番号の入った百円ライターが一つ見つかった。自分の方は何とかなるだろう、そう思ってライターを渡そうとするとアキラが首を振った。
「それは日下部さんが持って行って下さい。俺の方はまだ時間がある、本棟なら着火できる物が見つかるでしょう」
「しかし……」
「車、アテにしてますから。山道歩くの苦手なんですよ」
この期に及んでの軽口に、日下部は半ば呆れたように笑った。この男に限らず、何とも不思議な連中だ。
「頼んだよ」
「任せて下さい」
日下部は無言で頷くと、桟橋までの最短距離を駆け下りていった。まだ終わってはいない、しかし奇妙な満足感が日下部の胸を満たしていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆次回から本筋に戻ります。ちょっとした箸休めで日下部さんとアキラ君にいい所を見せてもらいました(笑)
サービスと言う事で……(誰に?)
◆さて、これからは「頑張れ優樹君」だぞ〜!!嬉しいな。多分、私は優樹君が一番好き。あの子が格好いい所を書きたいんです。だけど何故か、そうならないのが悩みですね(苦笑)
作者の好みを抑えながら、大局的にお話しを創る事を意識しすぎかもしれません。
読んでいる方は、どう思っているのかなぁ?
◆御意見ご感想、お待ちしています。一言でもお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕66】
2005年1月6日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第65回のあらすじ]
◇事態は急を要した。湖から蜻蛉鬼の幼生が陸に上がり、島のように下草を変色させていく。桟橋に戻った遼は、優樹と共に美月の下に行こうとしたがアキラに行く手を阻まれる。優樹を行かせるために勝算を語った轟木は、重要な遼の役割を示した……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
日が暮れるには、まだ早い……。緋紋が不気味に拡がる空を見上げて、日下部は小さく舌打ちした。
去りゆくボートを見送った時、日下部の胸に去来したのは複雑な感情だった。それは自分が必要とされない情けなさ、悔しさに類似していると気付いて苦笑する。一体、自分は何がしたかったのだろう。考えてみても、解らなかった。
暫く湖面を見つめていた日下部は、湖水の色が徐々に変わりつつあるのを見て取った。それは、例えようもなく不快な赤銅色。同時に、鼻腔を突く饐えた腐臭が風に乗って漂ってきた。何が起こっているのかと焦燥感に駆られて『秋月島』を注視したが、対岸から様子が解ろうはずもない。改めて同行できなかった事を悔やみながら、為す術もなく警察の到着を待つしかないと諦めた。昨夜の雨で一番近い経路が部分的に陥没し、恐らく二時間ほど待つ事になると冬也から聞いていた。「美月荘」の誰かが案内してくるまで、鳥羽山の側にいてやろうと桟橋の下に降りかけた時。
突然、地の底から足下を揺るがす轟音が響いた。バランスを失い残橋から転げ落ちそうになった日下部は、体勢を整え何事が起きたか知るため湖に視線を投げる。
日下部は見た、湖の底から起ち上がる黒い塊を。塊は水面を突き抜け空中に霧散すると、波状に拡がった。そして激しく波打つ湖面をたゆたうように、幾筋かに分かれて岸に向かって流れてくる。
経験に培われた勘が、危険性を伝えた。間違いない、あれは鳥羽山を喰らった化け物だ。見る間に岸に到達し、ざわりざわりと這い上がる黒い塊は岸辺のクマザサを茶褐色に染め上げていく。刹那、日下部は踵を返し走り出した。
逃げるためではなかった。自らが出来ることを、見つけたからだった。
化け物の浸食は、思いの外ゆっくり進んでいるようだ。『美月荘』に辿り着いた日下部は安堵の息を吐くと、本棟正面玄関の階段を上り掛けて、ふと足を止めた。何かがおかしい。
頭の端に小さな引っかかりを感じて、目にした記憶を探りながら本棟前の駐車場まで引き返す。
「……なんてこった!」
駐車場には学生達の黒いステップワゴンと緒永冬也の青いバン、美月の白い軽乗用車が駐められている。しかし、どの車のタイヤも刃物で切り裂かれたようにズタズタになっていたのだ。これでは危険から遠ざかる手段が、無きに等しい……。
鳥羽山を探すため、今朝早くから乗り回していた日下部の車は桟橋の近くに置いたままだった。一刻も早く『美月荘』に戻り女性達を安全なところまで避難させるには、車で車道を戻るよりも裏手の道を上って誰かの車を使った方が良いと思ったのだが……どうやら裏目に出たようだ。車を取りに戻るのが早いか、化け物が『美月荘』に到達するのが早いか。とにかく中にいる人間に事情を説明して、なるべくこの場所から遠ざかってもらうより仕方がない。その後で無事かは解らないが車を取りに行くしかないと、再び本棟に足を向けた時。
「へぇ……あんた、逃げたんじゃなかったのか?」
背後に癇に障る声を聞いた日下部は、眉根を寄せて振り返った。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆あけましておめでとうございます!! 本年も、どうぞよろしくお願い致します。
◆新年早々、日下部さん視点からのお話でごめんなさい(笑)
実は、このエピソードを入れるか入れないかでかなり迷ったんですよ。入れなければ完結がもう少し早くなったのですが、入れた方が良いという意見もありまして……。
アキラ君が良い味を出しているのでご容赦を。自分的には日下部さんが気に入っているので書いてて楽しいのですが(苦笑)
◆山場を迎える前の、ちょっとした横道です。次回で日下部さんのお話は終わって優樹君大ピンチ(?)のラストエピソードに向かいます。お楽しみに!
しかし、今更ながら主人公を応援してくれる人がいないのが悲しい……。人気あるのはサイドキャラばっかりだ(T_T)
◇事態は急を要した。湖から蜻蛉鬼の幼生が陸に上がり、島のように下草を変色させていく。桟橋に戻った遼は、優樹と共に美月の下に行こうとしたがアキラに行く手を阻まれる。優樹を行かせるために勝算を語った轟木は、重要な遼の役割を示した……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
日が暮れるには、まだ早い……。緋紋が不気味に拡がる空を見上げて、日下部は小さく舌打ちした。
去りゆくボートを見送った時、日下部の胸に去来したのは複雑な感情だった。それは自分が必要とされない情けなさ、悔しさに類似していると気付いて苦笑する。一体、自分は何がしたかったのだろう。考えてみても、解らなかった。
暫く湖面を見つめていた日下部は、湖水の色が徐々に変わりつつあるのを見て取った。それは、例えようもなく不快な赤銅色。同時に、鼻腔を突く饐えた腐臭が風に乗って漂ってきた。何が起こっているのかと焦燥感に駆られて『秋月島』を注視したが、対岸から様子が解ろうはずもない。改めて同行できなかった事を悔やみながら、為す術もなく警察の到着を待つしかないと諦めた。昨夜の雨で一番近い経路が部分的に陥没し、恐らく二時間ほど待つ事になると冬也から聞いていた。「美月荘」の誰かが案内してくるまで、鳥羽山の側にいてやろうと桟橋の下に降りかけた時。
突然、地の底から足下を揺るがす轟音が響いた。バランスを失い残橋から転げ落ちそうになった日下部は、体勢を整え何事が起きたか知るため湖に視線を投げる。
日下部は見た、湖の底から起ち上がる黒い塊を。塊は水面を突き抜け空中に霧散すると、波状に拡がった。そして激しく波打つ湖面をたゆたうように、幾筋かに分かれて岸に向かって流れてくる。
経験に培われた勘が、危険性を伝えた。間違いない、あれは鳥羽山を喰らった化け物だ。見る間に岸に到達し、ざわりざわりと這い上がる黒い塊は岸辺のクマザサを茶褐色に染め上げていく。刹那、日下部は踵を返し走り出した。
逃げるためではなかった。自らが出来ることを、見つけたからだった。
化け物の浸食は、思いの外ゆっくり進んでいるようだ。『美月荘』に辿り着いた日下部は安堵の息を吐くと、本棟正面玄関の階段を上り掛けて、ふと足を止めた。何かがおかしい。
頭の端に小さな引っかかりを感じて、目にした記憶を探りながら本棟前の駐車場まで引き返す。
「……なんてこった!」
駐車場には学生達の黒いステップワゴンと緒永冬也の青いバン、美月の白い軽乗用車が駐められている。しかし、どの車のタイヤも刃物で切り裂かれたようにズタズタになっていたのだ。これでは危険から遠ざかる手段が、無きに等しい……。
鳥羽山を探すため、今朝早くから乗り回していた日下部の車は桟橋の近くに置いたままだった。一刻も早く『美月荘』に戻り女性達を安全なところまで避難させるには、車で車道を戻るよりも裏手の道を上って誰かの車を使った方が良いと思ったのだが……どうやら裏目に出たようだ。車を取りに戻るのが早いか、化け物が『美月荘』に到達するのが早いか。とにかく中にいる人間に事情を説明して、なるべくこの場所から遠ざかってもらうより仕方がない。その後で無事かは解らないが車を取りに行くしかないと、再び本棟に足を向けた時。
「へぇ……あんた、逃げたんじゃなかったのか?」
背後に癇に障る声を聞いた日下部は、眉根を寄せて振り返った。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆あけましておめでとうございます!! 本年も、どうぞよろしくお願い致します。
◆新年早々、日下部さん視点からのお話でごめんなさい(笑)
実は、このエピソードを入れるか入れないかでかなり迷ったんですよ。入れなければ完結がもう少し早くなったのですが、入れた方が良いという意見もありまして……。
アキラ君が良い味を出しているのでご容赦を。自分的には日下部さんが気に入っているので書いてて楽しいのですが(苦笑)
◆山場を迎える前の、ちょっとした横道です。次回で日下部さんのお話は終わって優樹君大ピンチ(?)のラストエピソードに向かいます。お楽しみに!
しかし、今更ながら主人公を応援してくれる人がいないのが悲しい……。人気あるのはサイドキャラばっかりだ(T_T)
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕65】
2004年12月29日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第64回のあらすじ]
◇菩薩像を薙ぎ払った美月。その途端、湖に怪異が起こった。果たして優樹は、美月の怨念の源を断つ事が出来るのだろうか。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
木の葉のように波に翻弄され、ともすれば引っ繰り返りそうになるボートに身体を支えて上体を起こすと、バランスを取って舳先に立つ優樹が黙って湖面を指さした。
「あっ……!」
声を挙げた遼の目の前で、黒い塊がうねり、渦巻き、伸縮し、湖底から起ち上がってくる。信じられない光景だった……だが、これはヴィジョンではなく現実だ。
「冬也さん、早く桟橋に着けてくれ! 俺が行く!」
優樹は、轟木と対峙した時のように美月を止められると思っているのだろう。可能性はある、しかし危険だ。遼は迷った、止めるべきか、止められるのか自分に?
タールのような塊が、岸に届こうとしていた。ざわざわと蠢きながら何本かの筋状になり、陸へと這い上がっていく。クマザサの藪に到達すると、岸辺から陸の奥へと赤茶色に変色していく様が、不気味に拡がっていった。
桟橋に日下部の姿はなかった、怪異に恐れを成して逃げたのだろう。ボートから飛び降りた優樹が、遼を見つめる。明らかにその瞳は「止めても無駄だ」と言っていた。
「僕もいく!」
優樹は頷き、揺れるボートから降りる遼に手を貸した。
「我々の手に負える事態じゃない、女の子達を連れて逃げるんだ!」
慌てた冬也が、止めようとしてボートから降りた。すると轟木が、後ろから腕を掴む。
「奴なら止められるかもしれん……我にも、貴様にも果たす事の出来ぬ所業だ。だが我らには見届ける責がある、何が起ころうともな」
呆然と轟木を見つめていた冬也の表情に一瞬、影が差した。
「お前の言う通りだ、見届けよう」
硬い声音に異質のものを感じ、遼は冬也を凝視した。しかし、不安と絶望が入り交じった瞳を宙に泳がせ、狼狽えているようにしか見えない。思い違いかと気を取り直し、冬也に引き留められた時間を惜しんで遼は踵を返した。だが、いつの間にかアキラに道を塞がれていた。
「まあ待てよ、勝算なしで二人に無茶はさせられないなぁ」
穏やかな笑みに、刺すような眼差し。時折アキラが見せる一面は、相手を萎縮させる迫力があった。鼓動が跳ね上がり脇に冷たい汗が滲んだが、負けず対峙しようとする遼の前に優樹が進み出た。
「行かせてくれ、アキラ先輩。俺が美月さんを止める」
脇をすり抜けようとした肩を、アキラが押さえる。どのような技なのか、優樹は動きを封じられて不快そうに眉を寄せた。
「冷静になれ、篠宮。相手は人間じゃない……本気で勝てると思っているのか?」
「アキラ先輩……それじゃあ俺は何だ? 人間なのか?」
心配するアキラに向かい、自嘲するような笑みを浮かべた優樹に遼は目を見開いた。
「優樹……何を言い出すんだ!」
優樹は、ゆっくりとアキラの手を肩から外しかぶりを振る。
「子供の頃から風を読み、天候の変化を言い当てる事が出来た。海を見て、潮の流れを知る事が出来た。誰でも出来る事だと思っていたけど、そうじゃなかった……俺だけが、みんなと違っていたんだ。なぜ俺には、自然の意志が解るんだろう? 俺は何者だ? そして……何の為に生きているんだ? 俺は確かめたいんだ……何が出来るか、何をすればいいのかを」
優樹が自らの生のみならず、異能の者たる苦しみさえ抑え込んでいたと知って遼の全身は震えた。今更ながらに自分の甘さを恨めしく思い、悔しさに歯噛みする。
(僕は……馬鹿だ! まだ間に合うなら、命を賭してでも優樹を助けたい)
握りしめた拳に力を込め、アキラを押しのけようと前に出た時。
「勝算は……ある」
轟木の言葉に気勢をそがれ、遼は困惑の面持ちで振り返った。
「へぇ……それにはちゃんと、根拠があるのかな」
弟を見守る兄のように、優樹に注がれていたアキラの眼差しが一瞬の間に敵意に充ちる。
「篠宮優樹の力は未知数だが、邪を払い滅するに足るだろう。ただ、力に取り込まれて自滅する危うさがある……導き制する者がいなければならないのだ」
「貴様が、その役割をしてくれるってか?」
アキラの視線をいなして轟木は、くっ、と喉を鳴らした。
「それは、我の任にあらず……抜き身の刀身を収める鞘として、選ばれし者は……」
ゆっくりと轟木の手が上がる。ぴたりと止まった指先は、遼に向けられていた。
「僕が……鞘?」
突然の出来事に場の空気は凍り付き、轟木を除く全員が息を呑む。
「秋本遼、お前の声だけが篠宮優樹に届くのだ……お前ならば御する事が出来る」
呆然として遼は、ただ優樹を見つめた。その視線を受け止めて、優樹が頷く。
「僕は……でも僕は……」
無力だと、思っていた。だが手探りで自分の出来る事を見つけ、最大限の努力で優樹の力になりたかった。優樹を暗闇から引きずり出したかった、昔の自分が優樹に助けられた時のように。
轟木の言葉が真実ならば、出来るかもしれない。優樹が迷い求めるものに、答えを出す手助けが。だが、信じても良いのだろうか。
「まったく……お前らは危なっかしくて見ちゃいられないんだけどねぇ……」
アキラが遼の頭を、ぽんと叩いた。
「俺も薄々気が付いていた、秋本は篠宮にとって重要な役割を持っているってね。轟木の言葉を、信じてもいいかもしれない……篠宮も解っているようだし」
遼には、アキラが自分自身に言い聞かせているように聞こえた。口元に笑みを浮かべながらも、真っ直ぐ見つめる瞳の中に遼は信頼を読み取った。
「アキラ……先輩」
「さてっと……どうやら俺の出番は無いようだな、向こうはお前達に任せて俺は俺のやるべき事をやるよ。だが無茶はするんじゃないぞ、いいな? ヤバそうになったら、さっさと逃げるんだ。馬鹿な事を……しないと約束しろ」
「約束するよ、先輩!」
アキラに向かって優樹が叫んだ。
「あー、篠宮の言葉は信用できないなぁ」
「約束します、アキラ先輩」
笑いをかみ殺した遼の言葉に、アキラが破顔する。すると、嘲笑を含んで轟木が口を挟んだ。
「力の及ぶ限り、我が二人を守る。貴様は邪魔だ、命が惜しくば去るがいい」
「あいにく、一人で逃げるつもりはなくってね」
挑戦的な返答を受けて、轟木は迷惑そうに眉根を寄せる。アキラの身までは守れないと言いたいのだろう。これから何が起こるか解らない、遼もアキラを巻き込む事は避けたかった。出来れば安全な所にいて欲しい。
遼の顔に不安を読み取ったのか、アキラが肩を竦めた。
「そんな顔するな、秋本。俺がやらなきゃいけないのは、お姫様達を安全なところに避難させる事だよ。心配ない、上手くやるからさ……だからお前も……」
アキラの瞳が、確かな想いを語る。
「上手くやれ」
力強く頷いて遼は、アキラに背を向けた。
空を覆う膜のような雲に、血の色をした湖の色が映り緋色に染め上げる。ゆっくりと確実に、黒い塊は陸を浸食し緑の下草を赤銅色に変えていた。
走る優樹に追いつき肩を並べた遼は、不思議と冷静な自分に驚いていた。何故かは解らない、しかし優樹から伝わる波動が何者にも負けない力を与えてくれる。
確信に導かれ正面を見据えた遼の目に、怪しいほどに美しい美月の姿が映った。
::::::::::::::::::::::::::::
◆今年の更新はここまでになります、次回は1月5日予定。
今年一年、「叢雲」を読んでくれたありがとうございました。
来年もよろしくお願い致します。
良いお年を!!
◇菩薩像を薙ぎ払った美月。その途端、湖に怪異が起こった。果たして優樹は、美月の怨念の源を断つ事が出来るのだろうか。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
木の葉のように波に翻弄され、ともすれば引っ繰り返りそうになるボートに身体を支えて上体を起こすと、バランスを取って舳先に立つ優樹が黙って湖面を指さした。
「あっ……!」
声を挙げた遼の目の前で、黒い塊がうねり、渦巻き、伸縮し、湖底から起ち上がってくる。信じられない光景だった……だが、これはヴィジョンではなく現実だ。
「冬也さん、早く桟橋に着けてくれ! 俺が行く!」
優樹は、轟木と対峙した時のように美月を止められると思っているのだろう。可能性はある、しかし危険だ。遼は迷った、止めるべきか、止められるのか自分に?
タールのような塊が、岸に届こうとしていた。ざわざわと蠢きながら何本かの筋状になり、陸へと這い上がっていく。クマザサの藪に到達すると、岸辺から陸の奥へと赤茶色に変色していく様が、不気味に拡がっていった。
桟橋に日下部の姿はなかった、怪異に恐れを成して逃げたのだろう。ボートから飛び降りた優樹が、遼を見つめる。明らかにその瞳は「止めても無駄だ」と言っていた。
「僕もいく!」
優樹は頷き、揺れるボートから降りる遼に手を貸した。
「我々の手に負える事態じゃない、女の子達を連れて逃げるんだ!」
慌てた冬也が、止めようとしてボートから降りた。すると轟木が、後ろから腕を掴む。
「奴なら止められるかもしれん……我にも、貴様にも果たす事の出来ぬ所業だ。だが我らには見届ける責がある、何が起ころうともな」
呆然と轟木を見つめていた冬也の表情に一瞬、影が差した。
「お前の言う通りだ、見届けよう」
硬い声音に異質のものを感じ、遼は冬也を凝視した。しかし、不安と絶望が入り交じった瞳を宙に泳がせ、狼狽えているようにしか見えない。思い違いかと気を取り直し、冬也に引き留められた時間を惜しんで遼は踵を返した。だが、いつの間にかアキラに道を塞がれていた。
「まあ待てよ、勝算なしで二人に無茶はさせられないなぁ」
穏やかな笑みに、刺すような眼差し。時折アキラが見せる一面は、相手を萎縮させる迫力があった。鼓動が跳ね上がり脇に冷たい汗が滲んだが、負けず対峙しようとする遼の前に優樹が進み出た。
「行かせてくれ、アキラ先輩。俺が美月さんを止める」
脇をすり抜けようとした肩を、アキラが押さえる。どのような技なのか、優樹は動きを封じられて不快そうに眉を寄せた。
「冷静になれ、篠宮。相手は人間じゃない……本気で勝てると思っているのか?」
「アキラ先輩……それじゃあ俺は何だ? 人間なのか?」
心配するアキラに向かい、自嘲するような笑みを浮かべた優樹に遼は目を見開いた。
「優樹……何を言い出すんだ!」
優樹は、ゆっくりとアキラの手を肩から外しかぶりを振る。
「子供の頃から風を読み、天候の変化を言い当てる事が出来た。海を見て、潮の流れを知る事が出来た。誰でも出来る事だと思っていたけど、そうじゃなかった……俺だけが、みんなと違っていたんだ。なぜ俺には、自然の意志が解るんだろう? 俺は何者だ? そして……何の為に生きているんだ? 俺は確かめたいんだ……何が出来るか、何をすればいいのかを」
優樹が自らの生のみならず、異能の者たる苦しみさえ抑え込んでいたと知って遼の全身は震えた。今更ながらに自分の甘さを恨めしく思い、悔しさに歯噛みする。
(僕は……馬鹿だ! まだ間に合うなら、命を賭してでも優樹を助けたい)
握りしめた拳に力を込め、アキラを押しのけようと前に出た時。
「勝算は……ある」
轟木の言葉に気勢をそがれ、遼は困惑の面持ちで振り返った。
「へぇ……それにはちゃんと、根拠があるのかな」
弟を見守る兄のように、優樹に注がれていたアキラの眼差しが一瞬の間に敵意に充ちる。
「篠宮優樹の力は未知数だが、邪を払い滅するに足るだろう。ただ、力に取り込まれて自滅する危うさがある……導き制する者がいなければならないのだ」
「貴様が、その役割をしてくれるってか?」
アキラの視線をいなして轟木は、くっ、と喉を鳴らした。
「それは、我の任にあらず……抜き身の刀身を収める鞘として、選ばれし者は……」
ゆっくりと轟木の手が上がる。ぴたりと止まった指先は、遼に向けられていた。
「僕が……鞘?」
突然の出来事に場の空気は凍り付き、轟木を除く全員が息を呑む。
「秋本遼、お前の声だけが篠宮優樹に届くのだ……お前ならば御する事が出来る」
呆然として遼は、ただ優樹を見つめた。その視線を受け止めて、優樹が頷く。
「僕は……でも僕は……」
無力だと、思っていた。だが手探りで自分の出来る事を見つけ、最大限の努力で優樹の力になりたかった。優樹を暗闇から引きずり出したかった、昔の自分が優樹に助けられた時のように。
轟木の言葉が真実ならば、出来るかもしれない。優樹が迷い求めるものに、答えを出す手助けが。だが、信じても良いのだろうか。
「まったく……お前らは危なっかしくて見ちゃいられないんだけどねぇ……」
アキラが遼の頭を、ぽんと叩いた。
「俺も薄々気が付いていた、秋本は篠宮にとって重要な役割を持っているってね。轟木の言葉を、信じてもいいかもしれない……篠宮も解っているようだし」
遼には、アキラが自分自身に言い聞かせているように聞こえた。口元に笑みを浮かべながらも、真っ直ぐ見つめる瞳の中に遼は信頼を読み取った。
「アキラ……先輩」
「さてっと……どうやら俺の出番は無いようだな、向こうはお前達に任せて俺は俺のやるべき事をやるよ。だが無茶はするんじゃないぞ、いいな? ヤバそうになったら、さっさと逃げるんだ。馬鹿な事を……しないと約束しろ」
「約束するよ、先輩!」
アキラに向かって優樹が叫んだ。
「あー、篠宮の言葉は信用できないなぁ」
「約束します、アキラ先輩」
笑いをかみ殺した遼の言葉に、アキラが破顔する。すると、嘲笑を含んで轟木が口を挟んだ。
「力の及ぶ限り、我が二人を守る。貴様は邪魔だ、命が惜しくば去るがいい」
「あいにく、一人で逃げるつもりはなくってね」
挑戦的な返答を受けて、轟木は迷惑そうに眉根を寄せる。アキラの身までは守れないと言いたいのだろう。これから何が起こるか解らない、遼もアキラを巻き込む事は避けたかった。出来れば安全な所にいて欲しい。
遼の顔に不安を読み取ったのか、アキラが肩を竦めた。
「そんな顔するな、秋本。俺がやらなきゃいけないのは、お姫様達を安全なところに避難させる事だよ。心配ない、上手くやるからさ……だからお前も……」
アキラの瞳が、確かな想いを語る。
「上手くやれ」
力強く頷いて遼は、アキラに背を向けた。
空を覆う膜のような雲に、血の色をした湖の色が映り緋色に染め上げる。ゆっくりと確実に、黒い塊は陸を浸食し緑の下草を赤銅色に変えていた。
走る優樹に追いつき肩を並べた遼は、不思議と冷静な自分に驚いていた。何故かは解らない、しかし優樹から伝わる波動が何者にも負けない力を与えてくれる。
確信に導かれ正面を見据えた遼の目に、怪しいほどに美しい美月の姿が映った。
::::::::::::::::::::::::::::
◆今年の更新はここまでになります、次回は1月5日予定。
今年一年、「叢雲」を読んでくれたありがとうございました。
来年もよろしくお願い致します。
良いお年を!!
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕64】
2004年12月28日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第63回のあらすじ]
◇『秋月島』に着いた遼たちは、島で蜻蛉鬼の幼生が羽化しようとしてるのを見た。この幼生が成虫になった時、どのような事態が引き起こされるのか?予想される悲劇を阻止しようと祠に向かった遼は、菩薩像が既に持ち去られた事に愕然とする。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
今ここで、優樹が負けるわけにはいかないのだ。自分の力が及ばずに、誰かが傷つき、悲しみ、失う事があれば、今度こそ優樹は己の闇から抜け出せなくなるような気がした。必ず救ってみせると、遼は肩を掴んだ手に力を込めた。
「だが、もはや一刻の猶予もならん……覚悟しておけ篠宮優樹。『蜻蛉鬼』が蘇りし場合は、貴様がその手で美月を殺すのだ」
轟木の無機質な声に、優樹の身体が強ばる。遼は轟木を睨め上げると、拳を眼前に突き出した。
「そんな事、僕がさせるものか」
遼の行動を意外に思ったのか、轟木は一瞬、驚いたように目を見開いた。が、すぐに嘲るような笑みを浮かべる。
「では、どれほどのものか見せて貰うとしよう……容易くはないぞ」
踵を返した轟木に、なお言い募ろうとした遼の拳を両手で包み込み、アキラが笑った。
「やめとけ、秋本。あいつはお前達を試してるんだよ、目にもの見せてやりゃあいいさ」
「アキラ先輩……」
「お前達なら出来ると、俺は信じている。さて……っと、善は急げだ、行くぞ!」
アキラに促され、視線を交わした優樹の瞳が僅かに迷い揺らめいた。しかし、すぐに決意の色に変わる。
(例え何が起きようと、負けるものか)
優樹は必ず、優樹の望む結果をやり遂げる。その為に自分が、仲間が、力を貸す事が出来るはずだ。
遼の脇を優樹が疾風のように駆け抜けていった。ちらりと振り返った顔に自信の笑みを見た気がして、遼の胸に希望が灯った。
湖に出ると、島の廻りだけにあった赤銅色の水が徐々に広がりつつある様が見て取れた。漂う腐臭は強さを増し、加速をつけて空の色さえ変えようとしている。つい数時間前まで、あれほど明るく美しかった青空は淀んだ灰色の雲に覆われ、まだ日が高い時間のはずが西日のような緋色の斑模様が不気味に浮かび上がっている。
「嫌な風だな……大気が腐っているみたいだ」
吐き捨てるように呟いた優樹に、同意して遼は頷く。近隣で生活する人々は、この怪異をどう感じているのだろうか。とは言え、一番近い集落は廃村となり行楽客の足も遠のいた所だ、無用な心配に過ぎないだろう。
対岸が近付くにつれ、木々の間から『美月荘』の赤い屋根が見えてきた。桟橋の人影が、既に立ち去ったと思っていた日下部の姿だと確認した時……。視界の端に動きを捉えて、遼は目を懲らした。その場所は、遼が湖をスケッチしようとした場所。美月がお気に入りだと微笑みながら語った場所……その岩の上に、一つの人影が立つ。
「美月さんが……いた」
硬く乾いた遼の声で、優樹がボートから身を乗り出した。冬也とアキラも遼が指さす方向に目を向けたが、轟木だけは動かず悪態を付いた。
「さっさとあの女を殺せ、篠宮優樹」
「言ったはずだ、それは出来ないってな」
振り向いた優樹の視線が、轟木を刺す。
「腑抜け……がっ! もはや手遅れだ、後悔する事になるぞ。口惜しい……我に力さえあれば、あの女も……」
眉根を寄せた轟木が、濁した言葉尻を遼は逃がさなかった。美月にはまだ、他の要因が隠されている。それが解らないままでは、優樹が不利だ。
「美月さんの死を……『魄王丸』は望んでいない。違いますか、轟木先輩」
轟木の表情が強ばり、黄金色の焔を宿す瞳が遼を射抜く。しかし、つと顔を背けた途端、暗く変色した湖の色が眼鏡に反射し表情が解らなくなった。
「あの女は……美月には、美那の魂が転生しているのだ。そして怨念の源は……」
遼は言葉を失った。そんな事があるのだろうか? 数々の怪異を目にしてきたが、胸に去来した疑問が解決できない。戦国時代の姫君が転生したとするならば、『蜻蛉鬼』を憎みこそすれ、その復活に荷担する事などあり得ないはずだ。過去に、怨念の源となる何が起こったというのか。
「よせっ、美月っ!」
轟木の言葉を待つ遼に突然、冬也の叫びが届いた。青ざめた顔でコクピットに半立ちになった冬也と、同じものを目にして遼は愕然とする。大きさ二の腕ほどの菩薩像を、美月が高々と頭上に掲げていた。右手に握られ鈍い光を放つものは……一本の鉈だ。遼の背に、戦慄が走った。
大きく振りかぶった右手が、菩薩像を薙ぎ払う。胴の部分から真二つになった像は空中に跳ね上がり、弧を描いて湖に落ちた。その刹那、ずしり、と、鼓膜を震わせる轟音が地を揺るがせ湖面の水が大きく波立つ。
「しまったっ!」
叫んだのは轟木か、冬也か、それともアキラか。衝撃に身を屈め、必死にボートにしがみついた遼には解らなかった。木の葉のように波に翻弄され、ともすれば引っ繰り返りそうになるボートに身体を支えて上体を起こすと、バランスを取って舳先に立つ優樹が黙って湖面を指さした。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆美月さん、満を持しての登場です(笑)これから恐い女性を演じてくれるはず。どこまで描けるか、正念場だな……。
◆この先は待ちに待ったアクションですが、年末に山場なんてどこかのアニメみたいです(苦笑)
このまま年明けまで、緊張が維持できるかな? あまり間を開けずにアップできるようにしますね。
◆今年のアップは、明日もう一話予定しています。年が明けてからは、5日を目安にアップの予定。続きをぜひ、読んでやって下さいね。
◆ご感想をお願いします!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇『秋月島』に着いた遼たちは、島で蜻蛉鬼の幼生が羽化しようとしてるのを見た。この幼生が成虫になった時、どのような事態が引き起こされるのか?予想される悲劇を阻止しようと祠に向かった遼は、菩薩像が既に持ち去られた事に愕然とする。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
今ここで、優樹が負けるわけにはいかないのだ。自分の力が及ばずに、誰かが傷つき、悲しみ、失う事があれば、今度こそ優樹は己の闇から抜け出せなくなるような気がした。必ず救ってみせると、遼は肩を掴んだ手に力を込めた。
「だが、もはや一刻の猶予もならん……覚悟しておけ篠宮優樹。『蜻蛉鬼』が蘇りし場合は、貴様がその手で美月を殺すのだ」
轟木の無機質な声に、優樹の身体が強ばる。遼は轟木を睨め上げると、拳を眼前に突き出した。
「そんな事、僕がさせるものか」
遼の行動を意外に思ったのか、轟木は一瞬、驚いたように目を見開いた。が、すぐに嘲るような笑みを浮かべる。
「では、どれほどのものか見せて貰うとしよう……容易くはないぞ」
踵を返した轟木に、なお言い募ろうとした遼の拳を両手で包み込み、アキラが笑った。
「やめとけ、秋本。あいつはお前達を試してるんだよ、目にもの見せてやりゃあいいさ」
「アキラ先輩……」
「お前達なら出来ると、俺は信じている。さて……っと、善は急げだ、行くぞ!」
アキラに促され、視線を交わした優樹の瞳が僅かに迷い揺らめいた。しかし、すぐに決意の色に変わる。
(例え何が起きようと、負けるものか)
優樹は必ず、優樹の望む結果をやり遂げる。その為に自分が、仲間が、力を貸す事が出来るはずだ。
遼の脇を優樹が疾風のように駆け抜けていった。ちらりと振り返った顔に自信の笑みを見た気がして、遼の胸に希望が灯った。
湖に出ると、島の廻りだけにあった赤銅色の水が徐々に広がりつつある様が見て取れた。漂う腐臭は強さを増し、加速をつけて空の色さえ変えようとしている。つい数時間前まで、あれほど明るく美しかった青空は淀んだ灰色の雲に覆われ、まだ日が高い時間のはずが西日のような緋色の斑模様が不気味に浮かび上がっている。
「嫌な風だな……大気が腐っているみたいだ」
吐き捨てるように呟いた優樹に、同意して遼は頷く。近隣で生活する人々は、この怪異をどう感じているのだろうか。とは言え、一番近い集落は廃村となり行楽客の足も遠のいた所だ、無用な心配に過ぎないだろう。
対岸が近付くにつれ、木々の間から『美月荘』の赤い屋根が見えてきた。桟橋の人影が、既に立ち去ったと思っていた日下部の姿だと確認した時……。視界の端に動きを捉えて、遼は目を懲らした。その場所は、遼が湖をスケッチしようとした場所。美月がお気に入りだと微笑みながら語った場所……その岩の上に、一つの人影が立つ。
「美月さんが……いた」
硬く乾いた遼の声で、優樹がボートから身を乗り出した。冬也とアキラも遼が指さす方向に目を向けたが、轟木だけは動かず悪態を付いた。
「さっさとあの女を殺せ、篠宮優樹」
「言ったはずだ、それは出来ないってな」
振り向いた優樹の視線が、轟木を刺す。
「腑抜け……がっ! もはや手遅れだ、後悔する事になるぞ。口惜しい……我に力さえあれば、あの女も……」
眉根を寄せた轟木が、濁した言葉尻を遼は逃がさなかった。美月にはまだ、他の要因が隠されている。それが解らないままでは、優樹が不利だ。
「美月さんの死を……『魄王丸』は望んでいない。違いますか、轟木先輩」
轟木の表情が強ばり、黄金色の焔を宿す瞳が遼を射抜く。しかし、つと顔を背けた途端、暗く変色した湖の色が眼鏡に反射し表情が解らなくなった。
「あの女は……美月には、美那の魂が転生しているのだ。そして怨念の源は……」
遼は言葉を失った。そんな事があるのだろうか? 数々の怪異を目にしてきたが、胸に去来した疑問が解決できない。戦国時代の姫君が転生したとするならば、『蜻蛉鬼』を憎みこそすれ、その復活に荷担する事などあり得ないはずだ。過去に、怨念の源となる何が起こったというのか。
「よせっ、美月っ!」
轟木の言葉を待つ遼に突然、冬也の叫びが届いた。青ざめた顔でコクピットに半立ちになった冬也と、同じものを目にして遼は愕然とする。大きさ二の腕ほどの菩薩像を、美月が高々と頭上に掲げていた。右手に握られ鈍い光を放つものは……一本の鉈だ。遼の背に、戦慄が走った。
大きく振りかぶった右手が、菩薩像を薙ぎ払う。胴の部分から真二つになった像は空中に跳ね上がり、弧を描いて湖に落ちた。その刹那、ずしり、と、鼓膜を震わせる轟音が地を揺るがせ湖面の水が大きく波立つ。
「しまったっ!」
叫んだのは轟木か、冬也か、それともアキラか。衝撃に身を屈め、必死にボートにしがみついた遼には解らなかった。木の葉のように波に翻弄され、ともすれば引っ繰り返りそうになるボートに身体を支えて上体を起こすと、バランスを取って舳先に立つ優樹が黙って湖面を指さした。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆美月さん、満を持しての登場です(笑)これから恐い女性を演じてくれるはず。どこまで描けるか、正念場だな……。
◆この先は待ちに待ったアクションですが、年末に山場なんてどこかのアニメみたいです(苦笑)
このまま年明けまで、緊張が維持できるかな? あまり間を開けずにアップできるようにしますね。
◆今年のアップは、明日もう一話予定しています。年が明けてからは、5日を目安にアップの予定。続きをぜひ、読んでやって下さいね。
◆ご感想をお願いします!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕63】
2004年12月22日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第62回のあらすじ]
◇菩薩像を元あった洞窟に戻す為、遼たちは秋月島に向かう。しかし既に怪異は始まりつつあった。急ぎ祠に向かおうとする遼は、冬也の発言と轟木の反応に疑問を抱く。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
菩薩像を祀る祠に向かいながら、遼は辺りの景観が記憶と違う事に気が付いた。昨日来た時と何が違うのだろう……。注意深く観察すると、歩道両脇のクマザサが所々茶色く変色している。不思議に思い屈み込んだ遼は、変色した葉を持ち上げてみた。
「優樹、ちょっと待って」
訝しそうに眉を寄せ、振り向いた優樹は只ならぬ様子に道を戻ると、隣から手元を覗き込む。
「トンボの幼生だ……羽化する直前だな」
優樹の言った通り、確かにそれはトンボの幼生に似ていた。しかし、これほど大きく不気味な形態は未だかつて見た事がない。体長は十センチ以上あり、鮮やかに朱い頭の部分から、鋭い大きな顎が突きだしている。幾節にも分かれた胴体はビッシリと細かい毛に覆われ、乾いた血のような赤黒い色をしていた。クマザサの茎を揺すってみても、微動だにしない。冬也が折れた木の枝を拾い、クマザサの藪を掻き分けた。
「マゴタロウムシだ、ヘビトンボの幼生だよ。しかし何て大きさだ……変色したクマザサ全てに幼生が付いているなら、恐ろしい数だ。羽化したら一体……」
「羽化させてはならぬ!」
轟木に威喝された冬也は、説明を乞うように不快な顔を向けた。轟木の正体を知らないのだ、無理もない。
「これは『蜻蛉鬼』に力を蓄えるもの……羽化を許せば、多くの犠牲者が出る」
クマザサの茎から幼生を引き剥がし、轟木は踵で踏みつぶした。かなり殻が固いのだろう、ぎりぎりとコンクリートに摺り合わせると、ようやく耳障りな音と共にどろりとした液体が靴底から流れ出してきた。途端、湖に漂っていたものと同じ腐臭が、強く鼻につく。
「轟木先輩は……こういった怪異に詳しいんです」
その場しのぎに遼が説明すると、冬也は取り敢えず了解の仕草で手を挙げ幼生を観察した。
「定位してからの時間が、どれくらい経っているか解らないが……羽化が始まったら二・三時間で未熟成虫になる。暫くは飛行範囲も短く、摂食しながら成虫になるんだよ。この数のヘビトンボが餌を探すとなると……」
はっとした冬也の顔に、恐怖の色が浮かぶ。言わずとも、その場の空気に緊張感が満ちた。
「こいつらを駆除するのは骨が折れそうだねぇ……焼き払うのが、手っ取り早い方法かな。揮発性の高い……ガソリンを撒いて火をつければ、始末できるだろう」
目を細め、アキラが事も無げに呟いた。理に適ってはいるが、どこまでも得体の知れない人だと遼は苦笑する。
「ガレージに、ボート用のガソリンがある。菩薩像を洞窟に戻したら、須刈君の言う通り火を放とう……」
冬也の発言を受け、優樹が石段を駆け登った。その速さについて行けずに息を切らせながら追いかけた遼は、頂から降る痛恨の声を聞いた。
「ちくしょう、間に合わなかったっ!」
急ぎ頂に辿り着いた遼は、祠を睨む優樹の横に立つと臍を噛む思いで開け放たれた扉を見つめ、呟いた。
「誰かが先に、菩薩像を持ち去ったんだ」
誰か? 問うまでもない……美月だ。
「急いで戻ろう……戻って美月さんに……」
その先の言葉に詰まり、優樹は苦渋に顔を歪めた。誰も傷つけたくないと思いながら、叶わぬ現実に苦しんでいる。遼は優樹と向かい合い、その肩をしっかりと掴んだ。
「まだ間に合う、大丈夫だ」
今ここで、優樹が負けるわけにはいかないのだ。自分の力が及ばずに、誰かが傷つき、悲しみ、失う事があれば、今度こそ優樹は己の闇から抜け出せなくなるような気がした。必ず救ってみせると、遼は肩を掴んだ手に力を込めた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆クライマックスが、痒いです(笑)
なんだか毎回、そう言っていますね。尚かつ、ここまで来て伏線を張ってみたり……。終わるんでしょうか?終わりますよ〜ちゃんと!!
◆クドイほどの友情が鬱陶しい「むらくも」です。ちらっと、BLっぽいかと心配になって某サイトで聞いてみました。
まあ、大丈夫でしょうと言う事で(苦笑)
今更です、突っ走りましょう!
◆先が見えてるのに終わらないなぁ……でも頑張ります!!
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇菩薩像を元あった洞窟に戻す為、遼たちは秋月島に向かう。しかし既に怪異は始まりつつあった。急ぎ祠に向かおうとする遼は、冬也の発言と轟木の反応に疑問を抱く。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
菩薩像を祀る祠に向かいながら、遼は辺りの景観が記憶と違う事に気が付いた。昨日来た時と何が違うのだろう……。注意深く観察すると、歩道両脇のクマザサが所々茶色く変色している。不思議に思い屈み込んだ遼は、変色した葉を持ち上げてみた。
「優樹、ちょっと待って」
訝しそうに眉を寄せ、振り向いた優樹は只ならぬ様子に道を戻ると、隣から手元を覗き込む。
「トンボの幼生だ……羽化する直前だな」
優樹の言った通り、確かにそれはトンボの幼生に似ていた。しかし、これほど大きく不気味な形態は未だかつて見た事がない。体長は十センチ以上あり、鮮やかに朱い頭の部分から、鋭い大きな顎が突きだしている。幾節にも分かれた胴体はビッシリと細かい毛に覆われ、乾いた血のような赤黒い色をしていた。クマザサの茎を揺すってみても、微動だにしない。冬也が折れた木の枝を拾い、クマザサの藪を掻き分けた。
「マゴタロウムシだ、ヘビトンボの幼生だよ。しかし何て大きさだ……変色したクマザサ全てに幼生が付いているなら、恐ろしい数だ。羽化したら一体……」
「羽化させてはならぬ!」
轟木に威喝された冬也は、説明を乞うように不快な顔を向けた。轟木の正体を知らないのだ、無理もない。
「これは『蜻蛉鬼』に力を蓄えるもの……羽化を許せば、多くの犠牲者が出る」
クマザサの茎から幼生を引き剥がし、轟木は踵で踏みつぶした。かなり殻が固いのだろう、ぎりぎりとコンクリートに摺り合わせると、ようやく耳障りな音と共にどろりとした液体が靴底から流れ出してきた。途端、湖に漂っていたものと同じ腐臭が、強く鼻につく。
「轟木先輩は……こういった怪異に詳しいんです」
その場しのぎに遼が説明すると、冬也は取り敢えず了解の仕草で手を挙げ幼生を観察した。
「定位してからの時間が、どれくらい経っているか解らないが……羽化が始まったら二・三時間で未熟成虫になる。暫くは飛行範囲も短く、摂食しながら成虫になるんだよ。この数のヘビトンボが餌を探すとなると……」
はっとした冬也の顔に、恐怖の色が浮かぶ。言わずとも、その場の空気に緊張感が満ちた。
「こいつらを駆除するのは骨が折れそうだねぇ……焼き払うのが、手っ取り早い方法かな。揮発性の高い……ガソリンを撒いて火をつければ、始末できるだろう」
目を細め、アキラが事も無げに呟いた。理に適ってはいるが、どこまでも得体の知れない人だと遼は苦笑する。
「ガレージに、ボート用のガソリンがある。菩薩像を洞窟に戻したら、須刈君の言う通り火を放とう……」
冬也の発言を受け、優樹が石段を駆け登った。その速さについて行けずに息を切らせながら追いかけた遼は、頂から降る痛恨の声を聞いた。
「ちくしょう、間に合わなかったっ!」
急ぎ頂に辿り着いた遼は、祠を睨む優樹の横に立つと臍を噛む思いで開け放たれた扉を見つめ、呟いた。
「誰かが先に、菩薩像を持ち去ったんだ」
誰か? 問うまでもない……美月だ。
「急いで戻ろう……戻って美月さんに……」
その先の言葉に詰まり、優樹は苦渋に顔を歪めた。誰も傷つけたくないと思いながら、叶わぬ現実に苦しんでいる。遼は優樹と向かい合い、その肩をしっかりと掴んだ。
「まだ間に合う、大丈夫だ」
今ここで、優樹が負けるわけにはいかないのだ。自分の力が及ばずに、誰かが傷つき、悲しみ、失う事があれば、今度こそ優樹は己の闇から抜け出せなくなるような気がした。必ず救ってみせると、遼は肩を掴んだ手に力を込めた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆クライマックスが、痒いです(笑)
なんだか毎回、そう言っていますね。尚かつ、ここまで来て伏線を張ってみたり……。終わるんでしょうか?終わりますよ〜ちゃんと!!
◆クドイほどの友情が鬱陶しい「むらくも」です。ちらっと、BLっぽいかと心配になって某サイトで聞いてみました。
まあ、大丈夫でしょうと言う事で(苦笑)
今更です、突っ走りましょう!
◆先が見えてるのに終わらないなぁ……でも頑張ります!!
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕62】
2004年12月14日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第61回のあらすじ]
◇一連の事件に責任を感じ、冬也は美月を止めようとする。しかし今、美月を追いつめるのは危険と判断した遼は冬也を止めた。すると、激昂した日下部が冬也に掴みかかった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
古美術商を名乗っていたが、胡散臭さが拭えなかった。遼は敢えて言い切ると、日下部の出方を伺う。恐らく間違いない。
だが日下部は表情を変えず、黙していた。焦れてなお、問いつめようとする遼の肩に優樹が手を置く。
「後にしろ、遼。急いだ方がいい」
「……わかった」
素直に引き下がった遼は、呆然と立ちつくしている冬也に向き直った。
「冬也さん、我々を『秋月島』に連れて行って下さい」
「島に……? そこで何を?」
「『蜻蛉鬼』を封じていた菩薩像を、元の場所に戻すんです」
すぐに思い当たったのだろう冬也は、そうか、と頷く。自分がやるべき事を知り、その表情に覇気が戻った。
「ボートで待っていてくれ、すぐにキーを取ってくる!」
走り去る冬也を見送り、遼はアキラと轟木に続いてボートに乗り込んだ。優樹が舫綱の結び目を解いて操船準備をしていると、近付いてきた日下部が沈黙を破った。
「頼みがある、俺も島に連れてっちゃくれねぇか……」
遼と優樹が返答に窮していると、アキラが前に進み出る。
「日下部さん、悪いが貴方は信用できない。菩薩像は重要な役割を担っている、もしも貴方達が狙っていたのなら、同行させるわけにはいかない」
アキラの言葉に顔を歪めた日下部が、どのような思惑を抱いていたか遼には量れなかった。鳥羽山の敵を討ちたいと思っているのか、それとも隙を狙って菩薩像を手に入れるつもりなのか……。
「待たせたね、優樹! すぐに出せるか?」
息せき切って冬也が戻ってくると、優樹は舫綱をボートに放り、桟橋を蹴った。冬也は、ちらりと日下部に目をやったが、そのままボートに飛び乗りエンジンを始動させる。
泡立つ湖水が大きく波打った。島に舳先を向けたボートがスピードを増すと、白い破線が美しい尾を引き、桟橋に向かって細く消えてゆく。その先に小さくなりつつある人影が、心許なく見えるのは気のせいだろうか……。
「美月さんは、もう帰ってきていましたか?」
美月は朝早く、麓の町まで医療品を調達に出かけた。日下部と殴り合って怪我を負った優樹の為である。コクピットのデジタル時計は昼近い時間を指している、もう帰ってきてもおかしくないはずだ。
「それが……車はあるのに、姿が見えないんだよ。急いだ方が良いと思って、探してはみなかったが」
遼の胸に、一抹の不安が去来する。現在の美月は、美月としての人格なのだろうか。それとも山に取り残された幼い時から、既に別の人格に変わってしまったのか。
「美月さんが変わったのは、山に取り残された時からですか?」
「……いや、あの時は熱を出して入院したが、退院してからも変わった様子はなかった。相変わらず身体は弱かったし、気が優しくて控えめでね……。変わったなと、思ったのは……」
冬也は視線を落とすと、言葉を濁らせる。
「片瀬由利菜……郷田君の婚約者だった女性が、湖で亡くなった時からだよ」
半分、予想していた言葉だった。幼い頃の美月には、憎しみを形にするほど力が無かったのかもしれない。しかし報われぬ愛が、美月を変えてしまったのだ。
『秋月島』が近付くつれ、湖の色が変わり始めた。空の碧さと木々の緑が混ざり合ったように、輝くエメラルド色をした湖水が徐々に濁る。湖底から何かが浮き上がり、エメラルドの輝きを浸食し、やがて茶褐色に変化した湖水はボートのエンジンに巻き上げられ、泡の飛沫をブリッジに撒き散らす。同時に饐えた腐臭が鼻腔を衝き、遼は気分が悪くなってきた。
「嫌な匂いだな……まるで……」
小さく呟いて、そのまま黙ったアキラは何を言おうとしたのか。解らないままにも、遼は想像する事が出来た。これは、死の匂いだ。
『秋月島』の桟橋にボートを係留し、コンクリートを打った歩道に降り立つと、胸の悪くなる悪臭が勢いを増す。丘の頂の祠を目指し、先に立った優樹に遼も続いた。並んで歩く冬也がふと足を止め、湖に目を移す。
「美月を救う事が、本当に出来るのだろうか……。あの子は言った、『兄さんの為に愛する者を失った、私の幸せを二度と奪わないで欲しい』と……」
「冬也さんの為に……? 何か思い当たる事があったんですか?」
謎かけのような美月の言葉に興味を持ち、遼も足を止めた。
「思い当たる事などないが……もしかしたら、この土地から逃げた私を責めているのかもしれない」
自責の念から冬也は、全てにおいて悪いのは自分だと思い込んでいる。しかし美月の言葉は、何か別の意味があるのではないかと遼は思った。美月の意図するものは、なんだろうか。絡まった糸を解きながら、最後の小さな結び目に苛つく。そんな気分だ。
「これ以上、時間を無駄には出来ん……往け」
促す轟木の声に、むっとして遼は振り返った。優樹の力を当てにしながら、これ以上尊大な態度を取られるのは我慢がならない。ひとこと言い返そうとしたが、出来なかった。
悲愴の眼差しで、轟木は冬也を見つめていた。瞳の奥に揺らめく黄金色の焔が、憐憫の色を湛えている。
(……何故だ?)
遼の胸に、新たな疑問が湧き上がった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆更新遅れがちでごめんなさい。しかし、終盤に向けてようやく筆がのってきました。この先は、少し速いペースで上げられると思います。年内には終わりたいですね、是非とも。
◆終盤に近づくに連れて、煩悩がパワーアップです(笑)
書いている方は恥ずかしいけど、読んで下さる方は、恥ずかしがらないで応援してあげて下さい。優樹君も、遼君も、がんばります!!
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇一連の事件に責任を感じ、冬也は美月を止めようとする。しかし今、美月を追いつめるのは危険と判断した遼は冬也を止めた。すると、激昂した日下部が冬也に掴みかかった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
古美術商を名乗っていたが、胡散臭さが拭えなかった。遼は敢えて言い切ると、日下部の出方を伺う。恐らく間違いない。
だが日下部は表情を変えず、黙していた。焦れてなお、問いつめようとする遼の肩に優樹が手を置く。
「後にしろ、遼。急いだ方がいい」
「……わかった」
素直に引き下がった遼は、呆然と立ちつくしている冬也に向き直った。
「冬也さん、我々を『秋月島』に連れて行って下さい」
「島に……? そこで何を?」
「『蜻蛉鬼』を封じていた菩薩像を、元の場所に戻すんです」
すぐに思い当たったのだろう冬也は、そうか、と頷く。自分がやるべき事を知り、その表情に覇気が戻った。
「ボートで待っていてくれ、すぐにキーを取ってくる!」
走り去る冬也を見送り、遼はアキラと轟木に続いてボートに乗り込んだ。優樹が舫綱の結び目を解いて操船準備をしていると、近付いてきた日下部が沈黙を破った。
「頼みがある、俺も島に連れてっちゃくれねぇか……」
遼と優樹が返答に窮していると、アキラが前に進み出る。
「日下部さん、悪いが貴方は信用できない。菩薩像は重要な役割を担っている、もしも貴方達が狙っていたのなら、同行させるわけにはいかない」
アキラの言葉に顔を歪めた日下部が、どのような思惑を抱いていたか遼には量れなかった。鳥羽山の敵を討ちたいと思っているのか、それとも隙を狙って菩薩像を手に入れるつもりなのか……。
「待たせたね、優樹! すぐに出せるか?」
息せき切って冬也が戻ってくると、優樹は舫綱をボートに放り、桟橋を蹴った。冬也は、ちらりと日下部に目をやったが、そのままボートに飛び乗りエンジンを始動させる。
泡立つ湖水が大きく波打った。島に舳先を向けたボートがスピードを増すと、白い破線が美しい尾を引き、桟橋に向かって細く消えてゆく。その先に小さくなりつつある人影が、心許なく見えるのは気のせいだろうか……。
「美月さんは、もう帰ってきていましたか?」
美月は朝早く、麓の町まで医療品を調達に出かけた。日下部と殴り合って怪我を負った優樹の為である。コクピットのデジタル時計は昼近い時間を指している、もう帰ってきてもおかしくないはずだ。
「それが……車はあるのに、姿が見えないんだよ。急いだ方が良いと思って、探してはみなかったが」
遼の胸に、一抹の不安が去来する。現在の美月は、美月としての人格なのだろうか。それとも山に取り残された幼い時から、既に別の人格に変わってしまったのか。
「美月さんが変わったのは、山に取り残された時からですか?」
「……いや、あの時は熱を出して入院したが、退院してからも変わった様子はなかった。相変わらず身体は弱かったし、気が優しくて控えめでね……。変わったなと、思ったのは……」
冬也は視線を落とすと、言葉を濁らせる。
「片瀬由利菜……郷田君の婚約者だった女性が、湖で亡くなった時からだよ」
半分、予想していた言葉だった。幼い頃の美月には、憎しみを形にするほど力が無かったのかもしれない。しかし報われぬ愛が、美月を変えてしまったのだ。
『秋月島』が近付くつれ、湖の色が変わり始めた。空の碧さと木々の緑が混ざり合ったように、輝くエメラルド色をした湖水が徐々に濁る。湖底から何かが浮き上がり、エメラルドの輝きを浸食し、やがて茶褐色に変化した湖水はボートのエンジンに巻き上げられ、泡の飛沫をブリッジに撒き散らす。同時に饐えた腐臭が鼻腔を衝き、遼は気分が悪くなってきた。
「嫌な匂いだな……まるで……」
小さく呟いて、そのまま黙ったアキラは何を言おうとしたのか。解らないままにも、遼は想像する事が出来た。これは、死の匂いだ。
『秋月島』の桟橋にボートを係留し、コンクリートを打った歩道に降り立つと、胸の悪くなる悪臭が勢いを増す。丘の頂の祠を目指し、先に立った優樹に遼も続いた。並んで歩く冬也がふと足を止め、湖に目を移す。
「美月を救う事が、本当に出来るのだろうか……。あの子は言った、『兄さんの為に愛する者を失った、私の幸せを二度と奪わないで欲しい』と……」
「冬也さんの為に……? 何か思い当たる事があったんですか?」
謎かけのような美月の言葉に興味を持ち、遼も足を止めた。
「思い当たる事などないが……もしかしたら、この土地から逃げた私を責めているのかもしれない」
自責の念から冬也は、全てにおいて悪いのは自分だと思い込んでいる。しかし美月の言葉は、何か別の意味があるのではないかと遼は思った。美月の意図するものは、なんだろうか。絡まった糸を解きながら、最後の小さな結び目に苛つく。そんな気分だ。
「これ以上、時間を無駄には出来ん……往け」
促す轟木の声に、むっとして遼は振り返った。優樹の力を当てにしながら、これ以上尊大な態度を取られるのは我慢がならない。ひとこと言い返そうとしたが、出来なかった。
悲愴の眼差しで、轟木は冬也を見つめていた。瞳の奥に揺らめく黄金色の焔が、憐憫の色を湛えている。
(……何故だ?)
遼の胸に、新たな疑問が湧き上がった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆更新遅れがちでごめんなさい。しかし、終盤に向けてようやく筆がのってきました。この先は、少し速いペースで上げられると思います。年内には終わりたいですね、是非とも。
◆終盤に近づくに連れて、煩悩がパワーアップです(笑)
書いている方は恥ずかしいけど、読んで下さる方は、恥ずかしがらないで応援してあげて下さい。優樹君も、遼君も、がんばります!!
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕61】
2004年12月4日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第60回のあらすじ]
◇現れた冬也が語る美月の過去を聞き、『蜻蛉鬼』との関係を再確認した遼だった。だが、なぜ冬也は今まで知らぬふりをしてきたのだろうか……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
緊迫した空気が場を満たす。半信半疑の面持ちで聞いていた日下部さえ、真一文字に結んだ唇が今や蒼白になっていた。
「郷田さんの恋人が亡くなったときも、あなたは見て見ぬふりをしていたんですか」
咎める口調の遼には応えず、冬也は踵を返した。
「美月と、話をしてくる」
「待ってくれ!」
遮るように飛び出した優樹が、冬也を睨み付ける。
「『蜻蛉鬼』の仕業が、本当に美月さんが望んでいた事とは限らないじゃないか! 誰だって恨んだり嫉んだりする事くらいある、殺したいほど憎む事だってある。だけど……だけど、その気持ちを抑える事が必ず出来るはずなんだ。美月さんは『蜻蛉鬼』に利用されていただけだ……『蜻蛉鬼』の力は、俺たちで封じてみせる! 美月さんに話すのは、その後にして欲しい……」
幼い頃に優樹が体験した出来事を知った遼は、その気持ちが痛いほど解った。孤独に押し潰されそうになれば、誰でも何かにすがりたくなるだろう。その時、美月の心に介在した闇に『蜻蛉鬼』が付け込んだに違いないのだ。しかし美月でなければいけない何かが、在ったのだろうか……。
「お願いです冬也さん、優樹の言う事を聞いてやって下さい。今、美月さんを追いつめるのは得策ではないと僕も思います」
「遼君……私は気が付いていながら、この土地から逃げたんだよ。あの子を守れなかった、だから何も言えなかった……。しかし今まで見過ごしてきた責任がある。止めるのは、私の役目だ」
「今更……勝手な事を言わないで下さい。あなたが解決できるという、自信があるんですか?」
「それは……」
言葉に詰まった冬也を追いつめるように、遼は前に進み出た。
「美月さんの心は……暗い山に、置いてきぼりにされたままなんだと思う。なのに冬也さんは手を差し伸べずに、突き放すつもりなんですか? 美月さんを『蜻蛉鬼』から切り離さなくちゃいけない、優樹にはそれが出来る。優樹を……信じて下さい」
遼には確信があった。己の闇を抑え込み、辛さに耐えながらも、他人の闇を優しさで包む事が出来る……。だからこそ優樹は強いのだ、美月を救えるのは優樹しかいない。
戸惑った表情で冬也は、その場の全員を見渡した。
「私は恐かった……一人でこの土地に帰り、美月に会う自信がなかった。一ヶ月ほど前、郷田君から及川君との婚約を聞いた私は、美月を湖から遠ざけようと決意した。同じ悲劇が繰り返される事を恐れたんだよ……。相次ぐ怪事件で客足が遠のいたのは好都合だった、君達なら美月に笑顔を取り戻させてくれる、そうすれば他の土地に出る気になるかもしれない、そう期待したんだ」
「湖から離れるように、言ったんですね?」
顔を伏せた冬也の足下に、一滴の液体が黒い染みを作った。涙かと遼は思ったが、違った。
「美月は……この土地を離れるつもりはないと言った。望むものを手に入れるまでは、決して動かないと……」
冬也の顎から滴り落ちていたのは、血だった。噛み切られた唇から細い筋となり、足下の砂利に血溜まりをつくる。声にならない魂の慟哭が聞こえて、遼は顔を背けた。冬也が妹の美月を、いかに想い、愛しているかが解るからだった。
「ふざけんじゃねぇ!」
突然、大声を張り上げた日下部が冬也の襟首を掴んだ。
「ふざけんじゃねぇ……まったくよぉ……ふざけんじゃねぇぞっ! てめぇと、あの女のせいで鳥羽山は死んだってのかっ? てめぇら二人纏めてぶっ殺してやる!」
ぎりぎりと首を締め上げられ、顔面蒼白になりながらも冬也は抵抗しようとはせずに目を瞑った。日下部の怒りを享受し、死で償うつもりなのだろうか? 慌てた遼が止めに入るよりも早く、優樹が日下部の腕を掴む。
「やめろ、冬也さんを責めるのは筋違いだ」
ここで二人が争う事になれば、身体を張ってでも止めるつもりで遼は身構えた。しかし意外にも日下部は反撃せず、おとなしく冬也から手を離した。
「ああ、その通りだ……まずは化け物をぶっ潰すのが先だな。だがよぉ、覚えておきな! てめぇと、あの女に責任がないとは言わせねぇぞ、必ず落とし前はつけて貰うからなぁ……!」
「責任で言うなら、日下部さんはどうなんです? 鳥羽山さんが湖に来たのは、何か目的があったんでしょう?」
遼は優樹の横に並ぶと、きっちり日下部を見据える。
「……なん……だとぉっ!」
「鳥羽山さんは、あなたと落ち合うために桟橋に来た。そして……『蜻蛉鬼』に喰われたんだ」
「どういう意味だ……」
日下部が顔色を変えると、遼の目配せで優樹は手を離した。
「僕は見た、昨夜ここで何があったかを」
佐野の話を聞いて現場に着いた途端、遼は酷い眩暈を覚えた。忌み嫌いながらも、その役割に必要性を感じつつある特別な力……。そのヴィジョンが伝えた、凄惨な光景。
「貴様、鳥羽山が殺されるのを黙って見てやがったのかっ!」
「その場にいたわけじゃない」
「どいつもこいつも……訳わかんねぇこと言いやがって……」
「日下部さん、あなた達は『秋月島』に祀ってある仏像を、盗もうとしたんですか?」
古美術商を名乗っていたが、胡散臭さが拭えなかった。遼は敢えて言い切ると、日下部の出方を伺う。恐らく間違いない。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆お待たせしました、久しぶりの更新です(汗)
◆いやはや、世の中いろんな事があるものです。自分にとって今年は、一生分ばたばたしたみたいに疲れました。来年は穏やかだと良いなぁ……(まだ早い)
◆日記でも触れましたが、「むらくも」一部が某公募で一次予選を抜けました。皆さんの感想を参考に改稿したおかげです、ありがとうございました。
二部もどうぞよろしく!!
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇現れた冬也が語る美月の過去を聞き、『蜻蛉鬼』との関係を再確認した遼だった。だが、なぜ冬也は今まで知らぬふりをしてきたのだろうか……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
緊迫した空気が場を満たす。半信半疑の面持ちで聞いていた日下部さえ、真一文字に結んだ唇が今や蒼白になっていた。
「郷田さんの恋人が亡くなったときも、あなたは見て見ぬふりをしていたんですか」
咎める口調の遼には応えず、冬也は踵を返した。
「美月と、話をしてくる」
「待ってくれ!」
遮るように飛び出した優樹が、冬也を睨み付ける。
「『蜻蛉鬼』の仕業が、本当に美月さんが望んでいた事とは限らないじゃないか! 誰だって恨んだり嫉んだりする事くらいある、殺したいほど憎む事だってある。だけど……だけど、その気持ちを抑える事が必ず出来るはずなんだ。美月さんは『蜻蛉鬼』に利用されていただけだ……『蜻蛉鬼』の力は、俺たちで封じてみせる! 美月さんに話すのは、その後にして欲しい……」
幼い頃に優樹が体験した出来事を知った遼は、その気持ちが痛いほど解った。孤独に押し潰されそうになれば、誰でも何かにすがりたくなるだろう。その時、美月の心に介在した闇に『蜻蛉鬼』が付け込んだに違いないのだ。しかし美月でなければいけない何かが、在ったのだろうか……。
「お願いです冬也さん、優樹の言う事を聞いてやって下さい。今、美月さんを追いつめるのは得策ではないと僕も思います」
「遼君……私は気が付いていながら、この土地から逃げたんだよ。あの子を守れなかった、だから何も言えなかった……。しかし今まで見過ごしてきた責任がある。止めるのは、私の役目だ」
「今更……勝手な事を言わないで下さい。あなたが解決できるという、自信があるんですか?」
「それは……」
言葉に詰まった冬也を追いつめるように、遼は前に進み出た。
「美月さんの心は……暗い山に、置いてきぼりにされたままなんだと思う。なのに冬也さんは手を差し伸べずに、突き放すつもりなんですか? 美月さんを『蜻蛉鬼』から切り離さなくちゃいけない、優樹にはそれが出来る。優樹を……信じて下さい」
遼には確信があった。己の闇を抑え込み、辛さに耐えながらも、他人の闇を優しさで包む事が出来る……。だからこそ優樹は強いのだ、美月を救えるのは優樹しかいない。
戸惑った表情で冬也は、その場の全員を見渡した。
「私は恐かった……一人でこの土地に帰り、美月に会う自信がなかった。一ヶ月ほど前、郷田君から及川君との婚約を聞いた私は、美月を湖から遠ざけようと決意した。同じ悲劇が繰り返される事を恐れたんだよ……。相次ぐ怪事件で客足が遠のいたのは好都合だった、君達なら美月に笑顔を取り戻させてくれる、そうすれば他の土地に出る気になるかもしれない、そう期待したんだ」
「湖から離れるように、言ったんですね?」
顔を伏せた冬也の足下に、一滴の液体が黒い染みを作った。涙かと遼は思ったが、違った。
「美月は……この土地を離れるつもりはないと言った。望むものを手に入れるまでは、決して動かないと……」
冬也の顎から滴り落ちていたのは、血だった。噛み切られた唇から細い筋となり、足下の砂利に血溜まりをつくる。声にならない魂の慟哭が聞こえて、遼は顔を背けた。冬也が妹の美月を、いかに想い、愛しているかが解るからだった。
「ふざけんじゃねぇ!」
突然、大声を張り上げた日下部が冬也の襟首を掴んだ。
「ふざけんじゃねぇ……まったくよぉ……ふざけんじゃねぇぞっ! てめぇと、あの女のせいで鳥羽山は死んだってのかっ? てめぇら二人纏めてぶっ殺してやる!」
ぎりぎりと首を締め上げられ、顔面蒼白になりながらも冬也は抵抗しようとはせずに目を瞑った。日下部の怒りを享受し、死で償うつもりなのだろうか? 慌てた遼が止めに入るよりも早く、優樹が日下部の腕を掴む。
「やめろ、冬也さんを責めるのは筋違いだ」
ここで二人が争う事になれば、身体を張ってでも止めるつもりで遼は身構えた。しかし意外にも日下部は反撃せず、おとなしく冬也から手を離した。
「ああ、その通りだ……まずは化け物をぶっ潰すのが先だな。だがよぉ、覚えておきな! てめぇと、あの女に責任がないとは言わせねぇぞ、必ず落とし前はつけて貰うからなぁ……!」
「責任で言うなら、日下部さんはどうなんです? 鳥羽山さんが湖に来たのは、何か目的があったんでしょう?」
遼は優樹の横に並ぶと、きっちり日下部を見据える。
「……なん……だとぉっ!」
「鳥羽山さんは、あなたと落ち合うために桟橋に来た。そして……『蜻蛉鬼』に喰われたんだ」
「どういう意味だ……」
日下部が顔色を変えると、遼の目配せで優樹は手を離した。
「僕は見た、昨夜ここで何があったかを」
佐野の話を聞いて現場に着いた途端、遼は酷い眩暈を覚えた。忌み嫌いながらも、その役割に必要性を感じつつある特別な力……。そのヴィジョンが伝えた、凄惨な光景。
「貴様、鳥羽山が殺されるのを黙って見てやがったのかっ!」
「その場にいたわけじゃない」
「どいつもこいつも……訳わかんねぇこと言いやがって……」
「日下部さん、あなた達は『秋月島』に祀ってある仏像を、盗もうとしたんですか?」
古美術商を名乗っていたが、胡散臭さが拭えなかった。遼は敢えて言い切ると、日下部の出方を伺う。恐らく間違いない。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆お待たせしました、久しぶりの更新です(汗)
◆いやはや、世の中いろんな事があるものです。自分にとって今年は、一生分ばたばたしたみたいに疲れました。来年は穏やかだと良いなぁ……(まだ早い)
◆日記でも触れましたが、「むらくも」一部が某公募で一次予選を抜けました。皆さんの感想を参考に改稿したおかげです、ありがとうございました。
二部もどうぞよろしく!!
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕60】
2004年11月10日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第59回のあらすじ]
◇学生達から聞いた意想外の話を、日下部は一笑に付した。しかしどこか信じるに足る部分があることを自覚し狼狽える。その理由は、果たして優樹という少年のせいなのか?話だけでも聞こうと思い直したとき、現れたのは緒永冬也だった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
日下部の動揺が手に取るように伝わり、秋本遼の胸には嘗ての怒りを忘れた同情心が湧き上がっていた。鳥羽山がどのような人間であれ、こんな形で命を奪われていいわけがない。その上、死因が化け物に喰われた為と言われれば、普通なら怒り疑いを持つのが当たり前だろう。しかしブナ林から遊歩道におりた緒永冬也は、訝る様子もなく鳥羽山を一瞥すると、両手で顔を覆い唸るように呟いた。
「やはり蜻蛉鬼が、化け物の正体なのか……!」
冬也の言葉に、遼は固唾をのむ。『蜻蛉鬼』を封じる結界を守った園部家の末裔となれば、伝承を信じる気持ちがあっても不思議はない。しかし冬也は、むしろその伝承を笑い詳しく知るつもりが無い素振りさえ見せていたはずだ。
「冬也さん、あなたはまさか……まさか最初から知っていたんじゃないでしょうね、この湖での怪異が『蜻蛉鬼』の仕業だと」
ゆっくりと顔から手を下ろした冬也は、遼に苦渋に満ちた顔を向け頷いた。
「最初から……いや、果たしていつからが始まりだったのか……蜻蛉鬼のことは確証がなかった。だが……湖に何かが棲んでいると気付いた時には、もう遅かったんだよ……私にはどうすればいいか解らなかった……」
「詳しく教えて下さい、僕らには……いえ、日下部さんにも聞く権利がある!」
遼が詰め寄ると、冬也は力なく膝を折り砂地にくずおれた。
「犠牲者は出ないと思ったんだ……君達、『叢雲学園』の生徒は私の友人だから安全だと思っていた。だが、鳥羽山さんは……」
「冬也さんの友人なら安全……?」
はっとして遼は、冬也に駆け寄り膝をついた。
「あなたには解っていた……怪異を呼び起こしたのが、誰なのかを」
無言で俯く冬也の肩が震え、全てを物語る。
「身体の弱かったあの子は、子供の頃よく友達から仲間はずれにされていた。この土地の子供達は野山で自然を相手に遊ぶことが多いから、あの子の為に行動範囲が狭まることを嫌ったんだ。しかし親たちに一緒に遊んであげるようにと言われて、かえって疎まれ恨まれるようになったんだよ。その子供達の中に、ひときわ活動的で皆を先導する男の子がいた。ある時その男の子は、身体の弱いあの子を遊びに誘い、山の奥深いところでわざと置き去りにした。他愛のない悪戯だった……男の子は他の子に頼んで、すぐに私に教えるように言ったそうだからね。だけど私が迎えに行った時、あの子は蒼白な顔で自分を失っていた……」
「美月さん……のことですね」
遼が美月の名を口にした途端、冬也はびくりと身を固くした。その背は今までになく弱々しく見えて、普段の覇気ある姿は微塵も感じることが出来ない。が、深く息を吐き立ち上がった冬也は、落ち着きを取り戻した顔で湖の向こう『秋月島』に目を向けた。
「美月の身体は死人のように冷たく硬かった……だが額は焼けるように熱く、目は赤く淀んだ色をしていたよ。救急車でふもとの病院に運んで医者に診せたところ、ショック症状だと言われて三日ほど入院したが……退院する日になって置き去りにした男の子が父親と謝りに来たんだ。私は怒りのあまり年下のその子に殴りかかった、慌てて親父が止めたけど、気持ちが収まらずに『美月は死ぬところだったんだぞ、お前が死んでしまえ』と暴言を吐いたんだ。それから一週間後、男の子は行方不明になり無惨な死体となって湖から引き上げられた」
鳥羽山の死体に目を向け、次に向き直った冬也の瞳は全ての感情を失ったかのように無機質な光を帯びていた。ある覚悟を決めた目だ、即座に理解した遼は息を呑んで次の言葉を待つ。
「その時……直感で男の子の死因に美月が関係している気がした。だが、まだ子供だった私は死を悼むどころか、当然の報いと思った。ところが犠牲者は、それだけでは済まなかった……」
緊迫した空気が場を満たす。半信半疑の面持ちで聞いていた日下部さえ、真一文字に結んだ唇が今や蒼白になっていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆禁じ手!独白で謎解きです(笑)
独白の場合、ちゃんと伏線を張らないと「なんのこっちゃ?」になるから気を使います。合いの手を入れるタイミングも難しいですね〜。
◆冬也さんの役割は、一応最初から決まっています。この先、美月さんはどうするんでしょう?書いてる本人にも解りません(オイ!)
あとはラストに向かって勢いが盛り上がると良いのですが……
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇学生達から聞いた意想外の話を、日下部は一笑に付した。しかしどこか信じるに足る部分があることを自覚し狼狽える。その理由は、果たして優樹という少年のせいなのか?話だけでも聞こうと思い直したとき、現れたのは緒永冬也だった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
日下部の動揺が手に取るように伝わり、秋本遼の胸には嘗ての怒りを忘れた同情心が湧き上がっていた。鳥羽山がどのような人間であれ、こんな形で命を奪われていいわけがない。その上、死因が化け物に喰われた為と言われれば、普通なら怒り疑いを持つのが当たり前だろう。しかしブナ林から遊歩道におりた緒永冬也は、訝る様子もなく鳥羽山を一瞥すると、両手で顔を覆い唸るように呟いた。
「やはり蜻蛉鬼が、化け物の正体なのか……!」
冬也の言葉に、遼は固唾をのむ。『蜻蛉鬼』を封じる結界を守った園部家の末裔となれば、伝承を信じる気持ちがあっても不思議はない。しかし冬也は、むしろその伝承を笑い詳しく知るつもりが無い素振りさえ見せていたはずだ。
「冬也さん、あなたはまさか……まさか最初から知っていたんじゃないでしょうね、この湖での怪異が『蜻蛉鬼』の仕業だと」
ゆっくりと顔から手を下ろした冬也は、遼に苦渋に満ちた顔を向け頷いた。
「最初から……いや、果たしていつからが始まりだったのか……蜻蛉鬼のことは確証がなかった。だが……湖に何かが棲んでいると気付いた時には、もう遅かったんだよ……私にはどうすればいいか解らなかった……」
「詳しく教えて下さい、僕らには……いえ、日下部さんにも聞く権利がある!」
遼が詰め寄ると、冬也は力なく膝を折り砂地にくずおれた。
「犠牲者は出ないと思ったんだ……君達、『叢雲学園』の生徒は私の友人だから安全だと思っていた。だが、鳥羽山さんは……」
「冬也さんの友人なら安全……?」
はっとして遼は、冬也に駆け寄り膝をついた。
「あなたには解っていた……怪異を呼び起こしたのが、誰なのかを」
無言で俯く冬也の肩が震え、全てを物語る。
「身体の弱かったあの子は、子供の頃よく友達から仲間はずれにされていた。この土地の子供達は野山で自然を相手に遊ぶことが多いから、あの子の為に行動範囲が狭まることを嫌ったんだ。しかし親たちに一緒に遊んであげるようにと言われて、かえって疎まれ恨まれるようになったんだよ。その子供達の中に、ひときわ活動的で皆を先導する男の子がいた。ある時その男の子は、身体の弱いあの子を遊びに誘い、山の奥深いところでわざと置き去りにした。他愛のない悪戯だった……男の子は他の子に頼んで、すぐに私に教えるように言ったそうだからね。だけど私が迎えに行った時、あの子は蒼白な顔で自分を失っていた……」
「美月さん……のことですね」
遼が美月の名を口にした途端、冬也はびくりと身を固くした。その背は今までになく弱々しく見えて、普段の覇気ある姿は微塵も感じることが出来ない。が、深く息を吐き立ち上がった冬也は、落ち着きを取り戻した顔で湖の向こう『秋月島』に目を向けた。
「美月の身体は死人のように冷たく硬かった……だが額は焼けるように熱く、目は赤く淀んだ色をしていたよ。救急車でふもとの病院に運んで医者に診せたところ、ショック症状だと言われて三日ほど入院したが……退院する日になって置き去りにした男の子が父親と謝りに来たんだ。私は怒りのあまり年下のその子に殴りかかった、慌てて親父が止めたけど、気持ちが収まらずに『美月は死ぬところだったんだぞ、お前が死んでしまえ』と暴言を吐いたんだ。それから一週間後、男の子は行方不明になり無惨な死体となって湖から引き上げられた」
鳥羽山の死体に目を向け、次に向き直った冬也の瞳は全ての感情を失ったかのように無機質な光を帯びていた。ある覚悟を決めた目だ、即座に理解した遼は息を呑んで次の言葉を待つ。
「その時……直感で男の子の死因に美月が関係している気がした。だが、まだ子供だった私は死を悼むどころか、当然の報いと思った。ところが犠牲者は、それだけでは済まなかった……」
緊迫した空気が場を満たす。半信半疑の面持ちで聞いていた日下部さえ、真一文字に結んだ唇が今や蒼白になっていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆禁じ手!独白で謎解きです(笑)
独白の場合、ちゃんと伏線を張らないと「なんのこっちゃ?」になるから気を使います。合いの手を入れるタイミングも難しいですね〜。
◆冬也さんの役割は、一応最初から決まっています。この先、美月さんはどうするんでしょう?書いてる本人にも解りません(オイ!)
あとはラストに向かって勢いが盛り上がると良いのですが……
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕59】
2004年11月2日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第58回のあらすじ]
◇鳥羽山の死体を前にして、日下部は喪失感を感じていた。しかし不自然と思われるその姿に疑問が湧く。いったい鳥羽山の死因は何だったのか?
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
考え込んで辺りに気を配ることを忘れていると突然、背後から名前を呼ばれて日下部は心臓が止まりそうに驚いた。振り返ってみれば鳥羽山が学生と殴り合いをした時、仲裁に入った青年が神妙な顔で立っている。あの時は、才気走った目が気にくわない男だと思ったが、どうやら学生達の中ではリーダーを務めているらしい。
「まさか……こんな事になって、掛ける言葉もありません……」
「君は……須刈君だったかな? お気遣いは有り難いが、興味本位で子供の見る物じゃない。警察が来るまで、ここは私一人でいいから君たちはコテージにいたまえ」
苦々しい面持ちで、日下部は学生達を追い払おうとした。だが後ろから進み出た少年の睨み付けるような視線に、すんなり立ち去る気は無いらしいと溜息を吐く。
「優樹君……怪我の具合はどうだね? 見たところかなり回復しているようだが、俺としちゃあ詫びるつもりはない……。ところで念のため聞いておくが、昨夜は鳥羽山に会っていないだろうな」
後ろにいた優しい面立ちの少年が、むっとした顔で代わりに答えようとすると篠宮優樹が遮るように手を挙げた。
「いいよ、遼……鳥羽山さんとは、あの時以来会ってないけど……この人が死んだのは俺のせいだ。怪我なんか、どうってことない……」
日下部はしばらく言葉に詰まり、次に呆れた顔になると真剣な表情の優樹をまじまじと見つめた。
「君に殴られたくらいで鳥羽山が死ぬ事はないよ。見ての通り、こいつは……」
言い掛けて、どう説明するべきか迷う。大人びた外見をしていても相手は子供だ、子供相手に死体を見せない良識くらい、日下部も持ち合わせていた。だがなぜだろう、優樹という少年には抗いがたい威圧感があり、偽りや欺瞞を語ることが許されない気がするのだ。他の少年達に対しても侮りがたいものを感じたが、篠宮優樹の持つ雰囲気はそれとは明らかに違い、人格的に帰依せざるを得ない魅力がある。彼らが集っているのは、その力に無意識に惹かれているのかもしれなかった。一瞬、日下部自身も一員に加わりたい欲求を覚え、慌てて否定する。馬鹿馬鹿しい、子供相手に何を考えているのだろうか……。
「ああ、何でもない……とにかく後は、警察に任せたまえ。それより女の子達が不安に思っているだろうから、側にいてあげた方が良いだろう」
しかし日下部の言葉に引き下がろうとはせず、須刈アキラがなおも進み出る。
「彼女たちには佐野が付いています。日下部さん、我々は鳥羽山さんの死因を確かめなければならないんです。死体を……見せてもらえませんか」
「死因を確かめるだと? ……利いた風な事を言いやがる」
生意気な態度が腹に据えかね凄みを利かせると、相手は怯むどころか真っ直ぐその視線と対峙した。肝の据わったやつだと胸に呟き、日下部は苦笑する。
「とにかく……ガキの出る幕じゃねぇんだ、鳥羽山のことは警察が……」
「警察は何も出来ない」
「何も出来ないだと? ……それは、どういう意味だ」
訝りながら尋ねると、須刈アキラは顔を曇らせた。
「鳥羽山さんは……湖に棲んでいる化け物、『蜻蛉鬼』に喰われたのかもしれない」
「化け物に、喰われた?」
意想外の言葉に日下部は、高々と笑い声を上げていた。
「この湖に、化け物がいるのか! それは確かに警察の手に負えないだろうなぁ……では自衛隊でも呼んでくるか? それとも坊主か神主がいいかね? くだらん話だ、現実を漫画やゲームと一緒にしないでくれたまえ!」
怒りに駆られ、手が出そうになるのを堅く拳を握ることで堪えたが、律しきれない奮えが走る。荒唐無稽と頭で否定しつつ、その話に不思議と真実の匂いを感じる自分に戸惑っているのだ。彼らの話を証明するに足る、鳥羽山の死体を見て日下部の思考は錯綜する。
「……もしも君等の言うことが本当だとしたら、その化け物とはいったい何だ? 『人喰い湖』の噂は、その化け物の仕業と言うことか? 鳥羽山を殺した奴の正体を知っていると言うんだな」
取り敢えず話を聞いてみようと、日下部が須刈アキラの出方を伺い見た時。
「私にも聞かせて貰いたい、化け物の正体を。そして……君達が何をするつもりなのかを……」
厳しい表情の緒永冬也が、ブナ林から姿を現した。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆冬也さん登場で新たな展開。ちゃんと冒頭で伏線張ってあるんですよ、うふふ。
◆新潟の震災を心配して下さった方々に心からお礼申し上げます、ありがとうございました。
少し気持ち的にも落ち着いたので、定期更新を心掛けたいと思っています。
VOL7纏められなくてごめんなさい、近いうちに必ず。
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇鳥羽山の死体を前にして、日下部は喪失感を感じていた。しかし不自然と思われるその姿に疑問が湧く。いったい鳥羽山の死因は何だったのか?
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
考え込んで辺りに気を配ることを忘れていると突然、背後から名前を呼ばれて日下部は心臓が止まりそうに驚いた。振り返ってみれば鳥羽山が学生と殴り合いをした時、仲裁に入った青年が神妙な顔で立っている。あの時は、才気走った目が気にくわない男だと思ったが、どうやら学生達の中ではリーダーを務めているらしい。
「まさか……こんな事になって、掛ける言葉もありません……」
「君は……須刈君だったかな? お気遣いは有り難いが、興味本位で子供の見る物じゃない。警察が来るまで、ここは私一人でいいから君たちはコテージにいたまえ」
苦々しい面持ちで、日下部は学生達を追い払おうとした。だが後ろから進み出た少年の睨み付けるような視線に、すんなり立ち去る気は無いらしいと溜息を吐く。
「優樹君……怪我の具合はどうだね? 見たところかなり回復しているようだが、俺としちゃあ詫びるつもりはない……。ところで念のため聞いておくが、昨夜は鳥羽山に会っていないだろうな」
後ろにいた優しい面立ちの少年が、むっとした顔で代わりに答えようとすると篠宮優樹が遮るように手を挙げた。
「いいよ、遼……鳥羽山さんとは、あの時以来会ってないけど……この人が死んだのは俺のせいだ。怪我なんか、どうってことない……」
日下部はしばらく言葉に詰まり、次に呆れた顔になると真剣な表情の優樹をまじまじと見つめた。
「君に殴られたくらいで鳥羽山が死ぬ事はないよ。見ての通り、こいつは……」
言い掛けて、どう説明するべきか迷う。大人びた外見をしていても相手は子供だ、子供相手に死体を見せない良識くらい、日下部も持ち合わせていた。だがなぜだろう、優樹という少年には抗いがたい威圧感があり、偽りや欺瞞を語ることが許されない気がするのだ。他の少年達に対しても侮りがたいものを感じたが、篠宮優樹の持つ雰囲気はそれとは明らかに違い、人格的に帰依せざるを得ない魅力がある。彼らが集っているのは、その力に無意識に惹かれているのかもしれなかった。一瞬、日下部自身も一員に加わりたい欲求を覚え、慌てて否定する。馬鹿馬鹿しい、子供相手に何を考えているのだろうか……。
「ああ、何でもない……とにかく後は、警察に任せたまえ。それより女の子達が不安に思っているだろうから、側にいてあげた方が良いだろう」
しかし日下部の言葉に引き下がろうとはせず、須刈アキラがなおも進み出る。
「彼女たちには佐野が付いています。日下部さん、我々は鳥羽山さんの死因を確かめなければならないんです。死体を……見せてもらえませんか」
「死因を確かめるだと? ……利いた風な事を言いやがる」
生意気な態度が腹に据えかね凄みを利かせると、相手は怯むどころか真っ直ぐその視線と対峙した。肝の据わったやつだと胸に呟き、日下部は苦笑する。
「とにかく……ガキの出る幕じゃねぇんだ、鳥羽山のことは警察が……」
「警察は何も出来ない」
「何も出来ないだと? ……それは、どういう意味だ」
訝りながら尋ねると、須刈アキラは顔を曇らせた。
「鳥羽山さんは……湖に棲んでいる化け物、『蜻蛉鬼』に喰われたのかもしれない」
「化け物に、喰われた?」
意想外の言葉に日下部は、高々と笑い声を上げていた。
「この湖に、化け物がいるのか! それは確かに警察の手に負えないだろうなぁ……では自衛隊でも呼んでくるか? それとも坊主か神主がいいかね? くだらん話だ、現実を漫画やゲームと一緒にしないでくれたまえ!」
怒りに駆られ、手が出そうになるのを堅く拳を握ることで堪えたが、律しきれない奮えが走る。荒唐無稽と頭で否定しつつ、その話に不思議と真実の匂いを感じる自分に戸惑っているのだ。彼らの話を証明するに足る、鳥羽山の死体を見て日下部の思考は錯綜する。
「……もしも君等の言うことが本当だとしたら、その化け物とはいったい何だ? 『人喰い湖』の噂は、その化け物の仕業と言うことか? 鳥羽山を殺した奴の正体を知っていると言うんだな」
取り敢えず話を聞いてみようと、日下部が須刈アキラの出方を伺い見た時。
「私にも聞かせて貰いたい、化け物の正体を。そして……君達が何をするつもりなのかを……」
厳しい表情の緒永冬也が、ブナ林から姿を現した。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆冬也さん登場で新たな展開。ちゃんと冒頭で伏線張ってあるんですよ、うふふ。
◆新潟の震災を心配して下さった方々に心からお礼申し上げます、ありがとうございました。
少し気持ち的にも落ち着いたので、定期更新を心掛けたいと思っています。
VOL7纏められなくてごめんなさい、近いうちに必ず。
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕58】
2004年10月20日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第57回のあらすじ]
◇明らかにされた優樹の出生、その哀しい事実に遼の胸は痛んだ。それでもなお、誰かのために出来ることをしたいという優樹が轟木に続いて部屋を出ようとしたとき、佐野が鳥羽山の死を告げに来た。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
かつて人の姿をしていたであろう無惨な残骸は、とても直視に耐えられる物ではなかった。日下部は再び込み上げてきた不快感を無理矢理抑え込み、上着を脱いで肉塊に被せる。辛うじて鳥羽山と判別できる物は派手な色のシャツと顔の一部、それに片方だけ残った腕に巻かれた安物の時計だけだった。下半身はなく、上体もあらかた白骨がむき出しになっている。時間が無くて食べ残した残飯、そんな哀れな形容が似合うような姿だった。
言づてを頼んだ女性は日下部が苦手とする才女タイプだが、岸に近付きつつある死体をどの程度判別したかと心配になる。駆けつけてきたオーナーの息子、緒永冬也の手を借り岸に引き上げたとき、二人とも嘔吐を堪えることが出来なかったからだ。
警察に連絡するため冬也が立ち去ると、胸に喪失感が去来した。日下部としては警察沙汰を避けたかったが、短い間とはいえ自分を慕ってくれた舎弟のために出来る限りのことはしてやらねばならない。それが役目だと心に言い聞かせた。
短絡的で激高しやすく小心者の鳥羽山が、このまま暴力団の使い走りをしていればいつかは命を落とすことになると容易に予想できた。成り行きと同情心から面倒を見ることになったが、ただ何かと便利に使っていただけで特に可愛がっていたわけではない。しかし「兄貴、兄貴」と慕われれば少なからず情も湧き、今になって思えばそんなに悪いやつではなかったなと、込み上げてきた熱い物を日下部はぐっと飲み込んだ。この時ほど、入所以来やめていたタバコが欲しいと思ったことはない。
昨日は日暮れ前から雲行きが悪く、雨が降り出す前に目的を果たしたかった日下部は、暗くなるのを待ってすぐに鳥羽山を待たせている桟橋に来た。だが、声を掛けても返事はなく、人の気配もない。用足しにでも行ったかと待つうち時は過ぎ、暗さの増した湖から生暖かな風に乗って饐えたような腐臭が漂ってきた。繁華街の路地裏で鼻につくような臭いが、いったいどこから漂ってくるのだろうか。日中に臨む湖は澄み渡り、臭いの出所など思い当たらない。不思議に思いながらも気分が悪くなりはじめ、同時に苛々は募り悪態を付いた。
だが、鳥羽山は命令を忠実に守る男だ、もしや何かあったかのだろうか……。不安に思う頃になって雨が降り出し、予想外に激しさを増すと身体は冷えて奥歯が鳴り出す。仕方なく日下部は、『美月荘』に戻り待機する事に決めたのだ。
それにしても、鳥羽山をこんな目に遭わせたのは一体何だ? 一瞬、得体の知れない殺意を内に秘めた例の学生を思い浮かべたが、どう考えても無理がある。これは人間の仕業でないと、日下部の脳裏を未知なる恐怖が覆った。この湖は山中の淡水湖だ、映画に出てくるような人喰鮫がいるはずもない。では、噂に聞いた化け物が実在するとでも言うのだろうか……。
陽光に煌めく湖面は、まるで現実を忘れそうになるほど美しかった。高原の鳥がさえずり、涼しい風が木々の葉を震わせる。人間を喰らうような化け物が棲んでいるとは、到底思えない景観だった。だが足下に目をやれば、容赦のない現実がそこにあるのだ。
奇妙なことに最初の衝撃は薄らぎ、日下部は冷静に鳥羽山の死体を観察していた。上着で覆い隠しきれなかった腕の部分は、湖の水で奇麗に洗われ生々しさもなく白い蝋細工のようにも見える。ふと、その手が握りしめた黒い物体に気がつき、硬直した指を無理に開いてみた。
「何だ……これは、虫か……?」
乾いた血のように赤黒く、幾つもの節をもった体長6センチほどの虫が体をくねらせ、鋭い顎で日下部の指に噛みついた。
「うっ、わっ!」
思い切り手を振り払うと、指から離れた虫はポチャンと湖に落ちる。噛まれた痕を見れば深くえぐられたように皮が無く、血が止めどなく流れ出していた。舌打ちして日下部は、ハンカチで指をきつく縛る。トンボの幼虫のようでもあったが、あれほど大きく凶暴な虫は見たことがない。
昨夜の雨で桟橋から足を滑らせ、湖で溺れたところを虫に喰われたのだろうか。しかし、足下から這い上がってきたような喰われ方はどうにも不自然だった。考え込んで辺りに気を配ることを忘れていると突然、背後から名前を呼ばれて日下部は心臓が止まりそうに驚いた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆寒い、寒いです!ファンヒーターつけたよ、さすがに。しかし、今年は台風が多いですね。「デイアフタートモロゥ」みたいになったら、嫌だなぁ。
◆また視点が変わって、日下部さんになってます。ああぁぁぁ、おじさんの視点で書くのが好きなんだよ〜。だって、主人公を大人の目で分析してくれるし、いざというときに子供をフォローしてくれるし。子供だけじゃ、お話に奥行きが無いと思うのは、あたしの好みの問題でしょうが。
◆VOL7を纏めたり、他の作業があったりで、次の更新は10/27の予定です。カウンタ見ると火曜日と金曜日が多いようなので、更新に会わせて見てくれてる人がいるのかな〜と、嬉しかったりするのですが、申し訳ありません。
◆「二部」終わったら、キャラ・ランキングしてみようかな?でも、誰も入れてくれないと哀しいからやめよう……。
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇明らかにされた優樹の出生、その哀しい事実に遼の胸は痛んだ。それでもなお、誰かのために出来ることをしたいという優樹が轟木に続いて部屋を出ようとしたとき、佐野が鳥羽山の死を告げに来た。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
かつて人の姿をしていたであろう無惨な残骸は、とても直視に耐えられる物ではなかった。日下部は再び込み上げてきた不快感を無理矢理抑え込み、上着を脱いで肉塊に被せる。辛うじて鳥羽山と判別できる物は派手な色のシャツと顔の一部、それに片方だけ残った腕に巻かれた安物の時計だけだった。下半身はなく、上体もあらかた白骨がむき出しになっている。時間が無くて食べ残した残飯、そんな哀れな形容が似合うような姿だった。
言づてを頼んだ女性は日下部が苦手とする才女タイプだが、岸に近付きつつある死体をどの程度判別したかと心配になる。駆けつけてきたオーナーの息子、緒永冬也の手を借り岸に引き上げたとき、二人とも嘔吐を堪えることが出来なかったからだ。
警察に連絡するため冬也が立ち去ると、胸に喪失感が去来した。日下部としては警察沙汰を避けたかったが、短い間とはいえ自分を慕ってくれた舎弟のために出来る限りのことはしてやらねばならない。それが役目だと心に言い聞かせた。
短絡的で激高しやすく小心者の鳥羽山が、このまま暴力団の使い走りをしていればいつかは命を落とすことになると容易に予想できた。成り行きと同情心から面倒を見ることになったが、ただ何かと便利に使っていただけで特に可愛がっていたわけではない。しかし「兄貴、兄貴」と慕われれば少なからず情も湧き、今になって思えばそんなに悪いやつではなかったなと、込み上げてきた熱い物を日下部はぐっと飲み込んだ。この時ほど、入所以来やめていたタバコが欲しいと思ったことはない。
昨日は日暮れ前から雲行きが悪く、雨が降り出す前に目的を果たしたかった日下部は、暗くなるのを待ってすぐに鳥羽山を待たせている桟橋に来た。だが、声を掛けても返事はなく、人の気配もない。用足しにでも行ったかと待つうち時は過ぎ、暗さの増した湖から生暖かな風に乗って饐えたような腐臭が漂ってきた。繁華街の路地裏で鼻につくような臭いが、いったいどこから漂ってくるのだろうか。日中に臨む湖は澄み渡り、臭いの出所など思い当たらない。不思議に思いながらも気分が悪くなりはじめ、同時に苛々は募り悪態を付いた。
だが、鳥羽山は命令を忠実に守る男だ、もしや何かあったかのだろうか……。不安に思う頃になって雨が降り出し、予想外に激しさを増すと身体は冷えて奥歯が鳴り出す。仕方なく日下部は、『美月荘』に戻り待機する事に決めたのだ。
それにしても、鳥羽山をこんな目に遭わせたのは一体何だ? 一瞬、得体の知れない殺意を内に秘めた例の学生を思い浮かべたが、どう考えても無理がある。これは人間の仕業でないと、日下部の脳裏を未知なる恐怖が覆った。この湖は山中の淡水湖だ、映画に出てくるような人喰鮫がいるはずもない。では、噂に聞いた化け物が実在するとでも言うのだろうか……。
陽光に煌めく湖面は、まるで現実を忘れそうになるほど美しかった。高原の鳥がさえずり、涼しい風が木々の葉を震わせる。人間を喰らうような化け物が棲んでいるとは、到底思えない景観だった。だが足下に目をやれば、容赦のない現実がそこにあるのだ。
奇妙なことに最初の衝撃は薄らぎ、日下部は冷静に鳥羽山の死体を観察していた。上着で覆い隠しきれなかった腕の部分は、湖の水で奇麗に洗われ生々しさもなく白い蝋細工のようにも見える。ふと、その手が握りしめた黒い物体に気がつき、硬直した指を無理に開いてみた。
「何だ……これは、虫か……?」
乾いた血のように赤黒く、幾つもの節をもった体長6センチほどの虫が体をくねらせ、鋭い顎で日下部の指に噛みついた。
「うっ、わっ!」
思い切り手を振り払うと、指から離れた虫はポチャンと湖に落ちる。噛まれた痕を見れば深くえぐられたように皮が無く、血が止めどなく流れ出していた。舌打ちして日下部は、ハンカチで指をきつく縛る。トンボの幼虫のようでもあったが、あれほど大きく凶暴な虫は見たことがない。
昨夜の雨で桟橋から足を滑らせ、湖で溺れたところを虫に喰われたのだろうか。しかし、足下から這い上がってきたような喰われ方はどうにも不自然だった。考え込んで辺りに気を配ることを忘れていると突然、背後から名前を呼ばれて日下部は心臓が止まりそうに驚いた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆寒い、寒いです!ファンヒーターつけたよ、さすがに。しかし、今年は台風が多いですね。「デイアフタートモロゥ」みたいになったら、嫌だなぁ。
◆また視点が変わって、日下部さんになってます。ああぁぁぁ、おじさんの視点で書くのが好きなんだよ〜。だって、主人公を大人の目で分析してくれるし、いざというときに子供をフォローしてくれるし。子供だけじゃ、お話に奥行きが無いと思うのは、あたしの好みの問題でしょうが。
◆VOL7を纏めたり、他の作業があったりで、次の更新は10/27の予定です。カウンタ見ると火曜日と金曜日が多いようなので、更新に会わせて見てくれてる人がいるのかな〜と、嬉しかったりするのですが、申し訳ありません。
◆「二部」終わったら、キャラ・ランキングしてみようかな?でも、誰も入れてくれないと哀しいからやめよう……。
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕57】
2004年10月15日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第56回のあらすじ]
◇轟木の呪縛から解放された遼は、その優樹の力に戸惑いを隠せなかった。いったい何が起きようとしているのか?「蜻蛉鬼」を封じるには美月を殺めろと言う轟木に反発し、優樹は意外な言葉を口にした。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
言葉の意味を計りかね、戸惑いの目を向けた遼の瞳を真っ直ぐに受け止めた優樹は、ゆっくり深呼吸をすると決意の顔つきに変わった。
「俺の母さんに……二人目の子供が出来たと知った横浜の本家は、すぐに始末しろと言ったそうだ。二人目を産んではいけない、それが男なら尚のことだと言われて親父と母さんは横浜の家を出た。母さんの弟の田村さんが色々助けてくれて俺が生まれたんだけど、三歳になった時とうとう本家に見つかっちまって……。結局、生まれたからには仕方ないが日本で生活されては困ると言って、本家の祖父さんは俺と母さんだけ海外に移住するように手配したんだ……」
表情も変えず淡々と話す優樹が、努めて感情を殺そうとしているのが遼には解る。優樹は自分の中にある怒りや憎しみと、今まさに対峙している。言葉にして話すことが、抑え込むことではなく自分自身と戦うことなのだ。
「移住の話を聞かされた翌日、『村雲神社』に母さんの身を隠して親父は本家を訪ねた。本家の意向は親父だけ日本に残れというものだったから、一緒に暮らせるように頼みに行ったんだ。姉さんは産まれてすぐに本家が連れて行ってしまったから、帰してもらって親子四人で暮らしたいって……。でも親父の留守に本家の使いがやってきて、母さんと俺を連れ出そうとした。本家の言うことを信じずに、俺が殺されると思い込んだ母さんは逃げようとして境内に追いつめられ、俺を抱いたまま……『村雲神社』から海に身を投げた」
心臓を鷲掴みにされ、遼は息苦しさに顔を歪める。膝が震え、立っているのがやっとだった。優樹が語りたがらなかった真実、それはあまりに重く、辛い記憶だったのだ。
「崖の上に張り出した境内から見下ろす海は怖かった、恐ろしかった……。岩に波飛沫が散って、雷みたいな音が下から響いていた。空には叢雲がかって太陽は見えなかったけど、恐ろしいくらい真っ赤に染まった空を覚えている。俺に向かって母さんが寂しそうに笑ったとき、オレンジ色に染まった顔はすごく奇麗で……その時俺は、もう怖くない、どうなってもいいと思って目をつむった。そしたらふわっと、身体が浮いた気がしたんだ。その後のことは覚えていない……だけど、すぐに助けられた俺は奇跡的に怪我一つ無かったそうだ」
そこまで話して、初めて優樹の顔が苦渋を湛えた。蒼白になった唇から、絞り出す声が震える。
「……なぜ俺は、あのとき死ななかった? 俺のために母さんは、今も意識のないままだ。俺がいなければ……俺さえ産まれてこなければ……だから俺は……誰かに必要とされていたかった……そうじゃなかったら俺が生きてる意味なんか、無いんだ……」
自らの生を否定されながらも、母親を犠牲にして生きている。優樹の辛く悲しい波動に包まれた遼の胸は軋み、堪えきれずに涙があふれた。
遼が受けた差別や偏見、虐めの辛さは優樹がいつも理解し受け止め助けてくれた。不仲の両親に寂しさを感じたときもあったが、父も母も身近に生きている。だが優樹は生きること自体に畏れを持ち、たった一人で不安や寂しさを押し隠してきたのだ。そして恐怖から感情が制御できなくなり、人を傷つけ見捨てられて孤独になることが怖かったのだ。
母親が身を投げるまでの経緯を、優樹はいつ、誰から聞いたのだろう? 幼少の頃から素直で真っ直ぐで正義感が強く、自分に厳しく他人に優しかった。時に理解できないほどの善人ぶりが、煩わしく感じる事さえあった。不自然なほどの誠実さが、その時の記憶上に成り立っているとしたら悲しすぎる。
遼と優樹を隔てていた高く冷たい壁の入り口を見つけ、扉は開かれた。だが果たして、その向こうにある虚空を満たすことが自分に出来るのだろうか。あまりに暗く深い闇の深淵に嵌り、抜け出せなくなりそうだった。とどまることなく流れ落ちる涙を拭うことも忘れ、呆然とする遼に優樹がタオルを手渡した。
「ばぁか……なんて顔してんだよ、俺の為に泣いてんのか? 相変わらず泣き虫だな……ガキの頃と変わらねぇや……」
「……そうさ、僕は君とは違うんだからね。だって君は……」
受け取ったタオルを顔に当てると、堰を切って嗚咽が漏れた。情けないと思いながらも止めることが出来ない。今まで優樹が遼に向かってしてくれたように大丈夫だと言ってあげたかった……不安を忘れさせるような明るい笑顔で言ってあげたかった。だが遼には泣くことしかできない。
「篠宮優樹の父親は禁忌を犯したのだ……よって自らの死をもち贖わねばならなかった。しかし、貴様の生は必然に適っている、その役割を果たすまではな」
諭すように重い口調で語った轟木を、アキラの視線が刺す。
「俺は普段、短気は起こさないんだけどねぇ……今日は機嫌が悪いんだ。頼むから、これ以上余計な事を言わないでもらえるかな」
肩を竦め、轟木はドアに向かった。
「ならば貴様がどれだけやれるか、しかと見せて貰おうぞ……篠宮優樹」
その背中を睨んで優樹が足を踏み出した時、バタバタと階段を駆け上る音がしたかと思うと勢いよくドアが開いた。
「大変だ、湖で鳥羽山さんの死体がみつかった!」
部屋に飛び込んできた佐野が叫び、三人は言葉を失った。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆ようやくここまで来ました。よく言われる「モチベーションの維持」って、こういう事なんですかねぇ。こらえ性のない自分にはキツイ制約かも(笑)
◆週末「VOL7」として纏めます。続けて読んでみて下さい。
[HOME]
http://mypage.odn.ne.jp/home/kazatoyou
◆ここでお詫びです。
「一部」ではお母さんが入院したのは小学校に上がる少し前と書きましたが、幼稚園年長さんでは優樹君の場合、身長120センチ、体重25キロはあるでしょう。と、いうわけで、年少さんの時にしました。それだと無理がないかな?
ちなみに、あたしの息子は5歳ですが、身長115センチ体重20キロです。
◆少しだけ明らかになった優樹君の出生です。この先、物語とどのように関係してくるでしょう。
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇轟木の呪縛から解放された遼は、その優樹の力に戸惑いを隠せなかった。いったい何が起きようとしているのか?「蜻蛉鬼」を封じるには美月を殺めろと言う轟木に反発し、優樹は意外な言葉を口にした。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
言葉の意味を計りかね、戸惑いの目を向けた遼の瞳を真っ直ぐに受け止めた優樹は、ゆっくり深呼吸をすると決意の顔つきに変わった。
「俺の母さんに……二人目の子供が出来たと知った横浜の本家は、すぐに始末しろと言ったそうだ。二人目を産んではいけない、それが男なら尚のことだと言われて親父と母さんは横浜の家を出た。母さんの弟の田村さんが色々助けてくれて俺が生まれたんだけど、三歳になった時とうとう本家に見つかっちまって……。結局、生まれたからには仕方ないが日本で生活されては困ると言って、本家の祖父さんは俺と母さんだけ海外に移住するように手配したんだ……」
表情も変えず淡々と話す優樹が、努めて感情を殺そうとしているのが遼には解る。優樹は自分の中にある怒りや憎しみと、今まさに対峙している。言葉にして話すことが、抑え込むことではなく自分自身と戦うことなのだ。
「移住の話を聞かされた翌日、『村雲神社』に母さんの身を隠して親父は本家を訪ねた。本家の意向は親父だけ日本に残れというものだったから、一緒に暮らせるように頼みに行ったんだ。姉さんは産まれてすぐに本家が連れて行ってしまったから、帰してもらって親子四人で暮らしたいって……。でも親父の留守に本家の使いがやってきて、母さんと俺を連れ出そうとした。本家の言うことを信じずに、俺が殺されると思い込んだ母さんは逃げようとして境内に追いつめられ、俺を抱いたまま……『村雲神社』から海に身を投げた」
心臓を鷲掴みにされ、遼は息苦しさに顔を歪める。膝が震え、立っているのがやっとだった。優樹が語りたがらなかった真実、それはあまりに重く、辛い記憶だったのだ。
「崖の上に張り出した境内から見下ろす海は怖かった、恐ろしかった……。岩に波飛沫が散って、雷みたいな音が下から響いていた。空には叢雲がかって太陽は見えなかったけど、恐ろしいくらい真っ赤に染まった空を覚えている。俺に向かって母さんが寂しそうに笑ったとき、オレンジ色に染まった顔はすごく奇麗で……その時俺は、もう怖くない、どうなってもいいと思って目をつむった。そしたらふわっと、身体が浮いた気がしたんだ。その後のことは覚えていない……だけど、すぐに助けられた俺は奇跡的に怪我一つ無かったそうだ」
そこまで話して、初めて優樹の顔が苦渋を湛えた。蒼白になった唇から、絞り出す声が震える。
「……なぜ俺は、あのとき死ななかった? 俺のために母さんは、今も意識のないままだ。俺がいなければ……俺さえ産まれてこなければ……だから俺は……誰かに必要とされていたかった……そうじゃなかったら俺が生きてる意味なんか、無いんだ……」
自らの生を否定されながらも、母親を犠牲にして生きている。優樹の辛く悲しい波動に包まれた遼の胸は軋み、堪えきれずに涙があふれた。
遼が受けた差別や偏見、虐めの辛さは優樹がいつも理解し受け止め助けてくれた。不仲の両親に寂しさを感じたときもあったが、父も母も身近に生きている。だが優樹は生きること自体に畏れを持ち、たった一人で不安や寂しさを押し隠してきたのだ。そして恐怖から感情が制御できなくなり、人を傷つけ見捨てられて孤独になることが怖かったのだ。
母親が身を投げるまでの経緯を、優樹はいつ、誰から聞いたのだろう? 幼少の頃から素直で真っ直ぐで正義感が強く、自分に厳しく他人に優しかった。時に理解できないほどの善人ぶりが、煩わしく感じる事さえあった。不自然なほどの誠実さが、その時の記憶上に成り立っているとしたら悲しすぎる。
遼と優樹を隔てていた高く冷たい壁の入り口を見つけ、扉は開かれた。だが果たして、その向こうにある虚空を満たすことが自分に出来るのだろうか。あまりに暗く深い闇の深淵に嵌り、抜け出せなくなりそうだった。とどまることなく流れ落ちる涙を拭うことも忘れ、呆然とする遼に優樹がタオルを手渡した。
「ばぁか……なんて顔してんだよ、俺の為に泣いてんのか? 相変わらず泣き虫だな……ガキの頃と変わらねぇや……」
「……そうさ、僕は君とは違うんだからね。だって君は……」
受け取ったタオルを顔に当てると、堰を切って嗚咽が漏れた。情けないと思いながらも止めることが出来ない。今まで優樹が遼に向かってしてくれたように大丈夫だと言ってあげたかった……不安を忘れさせるような明るい笑顔で言ってあげたかった。だが遼には泣くことしかできない。
「篠宮優樹の父親は禁忌を犯したのだ……よって自らの死をもち贖わねばならなかった。しかし、貴様の生は必然に適っている、その役割を果たすまではな」
諭すように重い口調で語った轟木を、アキラの視線が刺す。
「俺は普段、短気は起こさないんだけどねぇ……今日は機嫌が悪いんだ。頼むから、これ以上余計な事を言わないでもらえるかな」
肩を竦め、轟木はドアに向かった。
「ならば貴様がどれだけやれるか、しかと見せて貰おうぞ……篠宮優樹」
その背中を睨んで優樹が足を踏み出した時、バタバタと階段を駆け上る音がしたかと思うと勢いよくドアが開いた。
「大変だ、湖で鳥羽山さんの死体がみつかった!」
部屋に飛び込んできた佐野が叫び、三人は言葉を失った。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆ようやくここまで来ました。よく言われる「モチベーションの維持」って、こういう事なんですかねぇ。こらえ性のない自分にはキツイ制約かも(笑)
◆週末「VOL7」として纏めます。続けて読んでみて下さい。
[HOME]
http://mypage.odn.ne.jp/home/kazatoyou
◆ここでお詫びです。
「一部」ではお母さんが入院したのは小学校に上がる少し前と書きましたが、幼稚園年長さんでは優樹君の場合、身長120センチ、体重25キロはあるでしょう。と、いうわけで、年少さんの時にしました。それだと無理がないかな?
ちなみに、あたしの息子は5歳ですが、身長115センチ体重20キロです。
◆少しだけ明らかになった優樹君の出生です。この先、物語とどのように関係してくるでしょう。
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |

【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕56】
2004年10月13日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第55回のあらすじ]
◇桟橋の向こうからやってきた日下部に挨拶をされて、杏子たちは不快感を露わにする。と、美加が湖に漂うものを見つけて声を上げたが、それは鳥羽山の無惨な死体だった……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
吐き気と頭痛は徐々に収まり、やっとの思いで遼は立ち上がった。不機嫌そうな顔でベッドにもたれたアキラはまだ気分が悪いのか、こめかみを押さえている。
優樹が轟木をベッドに抑え込んだ途端、金縛りにあっていた身体が解放された。人知を越えた体験は紛れもなく轟木の仕業と確信出来たが、未だに神懸かりの話には不信感が拭えなかった。しかし暴力を使わずに、優樹はどうやって轟木を苦しめたのか。内なる力が目覚めた優樹は、無意識にそれを操れるようになりつつあるのだろうか。
「まったく……酷い目にあったなぁ。貴様自身に本体があれば、ぶん殴ってやりたいくらいだが……轟木に悪いから堪えておくか。で、なぜ篠宮が必要なんだ?」
半ば諦め顔で傍らに立ったアキラに肩を叩かれ、優樹は轟木を押さえていた手を離した。二人に見下ろされた轟木は身体を起こし、汗で貼りついたシャツのボタンを一つ外す。
「まさか、これほどの力があろうとは……。どうやら貴様らがこの地に来たのは、篠宮優樹の覚醒と自制に必要があったからだろう……。我もその一役に、関わらねばならなかったようだが」
「それはどういう意味です?」
まだ何かを知っていそうな轟木に、用心深く遼は尋ねた。
「ハッキリしたことは解らない……ただ、この件は来るべき大局に備えての前哨としか思えないのだ。偶然の要因はなく、全ては必然に成された出来事であり、全ての関わりが一端を担っている。我に出来ることは篠宮優樹と共に『蜻蛉鬼』を封じることだ、その事に何の意味があるかは明らかでない……」
眉根を寄せた轟木は、全てを知っているわけでは無さそうだった。
『全ては必然のもとに成され、偶然の要因はない……』
優樹の父親が亡くなる時に残した言葉が、新たな意味を持って目の前に突きつけられた気がした。『来るべき大局』とは……一体何のことだろう。
「今やらなくちゃならない事さえ解れば、俺のことなんかどうでもいいだろっ! もたもたしてる暇があるのかよ!」
苛ついた口調の優樹を、なだめるようにしてアキラが肩に手を回した。
「どうでもよくは無いけどねぇ……まあ、篠宮の言うことはもっともだな。ややこしいのは面倒だから、とりあえずアンタの事は轟木と呼んで良いか?」
轟木は意を得て頷いた。
「それじゃあ轟木、俺の質問に答えて貰えるかな?」
「よかろう……湖に再び結界を張るためには、『蜻蛉鬼』の邪気より強い篠宮優樹の『気』が必要だからだ。我の力が及ばぬが為に、緒永の末裔に頼んで結界を絶やさぬようにしてきたが……昨今になって、いらぬ者どもが仏像をあるべき場より持ち出してしまった。本来あの仏像は、美那姫が居られた洞窟の奥に祀られていたのだ。洞窟の祠に残る姫の遺髪と想いがあってこそ、仏像に込められた念が活かされる……。『蜻蛉鬼』の力がここまで増した今となっては、普通の人間が洞窟に足を踏み入れることは出来ない。我も仮の依代の身では、近付くことさえままならんのだ。島に渡ったとき、試みてはみたが……」
口惜しいと言わんばかりに、轟木は顔を歪める。
「では丘の上の仏像を洞窟に戻せば、『蜻蛉鬼』を封じることが出来るんですね?」
その姿を見ながらも、思いの外に容易そうだと遼は安堵の息を吐いた。もしや死闘を懸ける事になるかと思っていたからだ。しかし遼に向けられた轟木の表情は、一瞬に期待を打ち砕く険しいものだった。
「いや、それだけでは済まない。問題は『蜻蛉鬼』を現世に呼び起こした……美月だ、あの女が死なねば完全に封じることは無理であろう」
「死……? 美月さんを、殺せとでも言うつもりか?」
アキラの手を振り払い、優樹が轟木に詰め寄る。
「そうだ、篠宮優樹……。貴様ならば直接手を汚さずとも、あの女を死に至らしめることが出来る。既に貴様は、目覚めつつある力を制して見せたではないか」
「あれが俺の力? そんな馬鹿な……俺はただ、轟木先輩を還せと言っただけだ!」
「強く心に念じ、言霊とすることにより力は発露するのだ。死を念じ、唱えればそれでいい。直接手を汚すことにはならん」
「……そんなこと、出来るわけねぇだろっ!」
「やらねば多くの犠牲者が出るぞ」
「いい加減にしやがれっ!」
満身の怒りを込めて優樹が叫んだ。ピシリ、と音を立てて窓ガラスが砕け散る。
「俺は、誰も殺さない……誰も傷つけない! 化け物だけ、ぶっ潰す! 俺に力があるなら、出来るはずだっ!」
「貴様が死ぬぞ」
「今更……それが何だ? もともと俺は、生きているはずの無い人間だ……」
言葉の意味を計りかね、戸惑いの目を向けた遼の瞳を真っ直ぐに受け止めた優樹は、ゆっくり深呼吸をすると決意の顔つきに変わった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆次回、優樹君の出生が垣間見えます。ようやく「あ〜、そうだったんだ」と納得してもらえると嬉しいのですが……。
◆「ノベルウッド」さんで推薦文を頂きました。きっと毎回読んで下さっている方だと思います。暖かい御声援、本当に有り難うございました。心の糧にがんばります。
◆最近はあたししか書き込んでいませんが、ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇桟橋の向こうからやってきた日下部に挨拶をされて、杏子たちは不快感を露わにする。と、美加が湖に漂うものを見つけて声を上げたが、それは鳥羽山の無惨な死体だった……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
吐き気と頭痛は徐々に収まり、やっとの思いで遼は立ち上がった。不機嫌そうな顔でベッドにもたれたアキラはまだ気分が悪いのか、こめかみを押さえている。
優樹が轟木をベッドに抑え込んだ途端、金縛りにあっていた身体が解放された。人知を越えた体験は紛れもなく轟木の仕業と確信出来たが、未だに神懸かりの話には不信感が拭えなかった。しかし暴力を使わずに、優樹はどうやって轟木を苦しめたのか。内なる力が目覚めた優樹は、無意識にそれを操れるようになりつつあるのだろうか。
「まったく……酷い目にあったなぁ。貴様自身に本体があれば、ぶん殴ってやりたいくらいだが……轟木に悪いから堪えておくか。で、なぜ篠宮が必要なんだ?」
半ば諦め顔で傍らに立ったアキラに肩を叩かれ、優樹は轟木を押さえていた手を離した。二人に見下ろされた轟木は身体を起こし、汗で貼りついたシャツのボタンを一つ外す。
「まさか、これほどの力があろうとは……。どうやら貴様らがこの地に来たのは、篠宮優樹の覚醒と自制に必要があったからだろう……。我もその一役に、関わらねばならなかったようだが」
「それはどういう意味です?」
まだ何かを知っていそうな轟木に、用心深く遼は尋ねた。
「ハッキリしたことは解らない……ただ、この件は来るべき大局に備えての前哨としか思えないのだ。偶然の要因はなく、全ては必然に成された出来事であり、全ての関わりが一端を担っている。我に出来ることは篠宮優樹と共に『蜻蛉鬼』を封じることだ、その事に何の意味があるかは明らかでない……」
眉根を寄せた轟木は、全てを知っているわけでは無さそうだった。
『全ては必然のもとに成され、偶然の要因はない……』
優樹の父親が亡くなる時に残した言葉が、新たな意味を持って目の前に突きつけられた気がした。『来るべき大局』とは……一体何のことだろう。
「今やらなくちゃならない事さえ解れば、俺のことなんかどうでもいいだろっ! もたもたしてる暇があるのかよ!」
苛ついた口調の優樹を、なだめるようにしてアキラが肩に手を回した。
「どうでもよくは無いけどねぇ……まあ、篠宮の言うことはもっともだな。ややこしいのは面倒だから、とりあえずアンタの事は轟木と呼んで良いか?」
轟木は意を得て頷いた。
「それじゃあ轟木、俺の質問に答えて貰えるかな?」
「よかろう……湖に再び結界を張るためには、『蜻蛉鬼』の邪気より強い篠宮優樹の『気』が必要だからだ。我の力が及ばぬが為に、緒永の末裔に頼んで結界を絶やさぬようにしてきたが……昨今になって、いらぬ者どもが仏像をあるべき場より持ち出してしまった。本来あの仏像は、美那姫が居られた洞窟の奥に祀られていたのだ。洞窟の祠に残る姫の遺髪と想いがあってこそ、仏像に込められた念が活かされる……。『蜻蛉鬼』の力がここまで増した今となっては、普通の人間が洞窟に足を踏み入れることは出来ない。我も仮の依代の身では、近付くことさえままならんのだ。島に渡ったとき、試みてはみたが……」
口惜しいと言わんばかりに、轟木は顔を歪める。
「では丘の上の仏像を洞窟に戻せば、『蜻蛉鬼』を封じることが出来るんですね?」
その姿を見ながらも、思いの外に容易そうだと遼は安堵の息を吐いた。もしや死闘を懸ける事になるかと思っていたからだ。しかし遼に向けられた轟木の表情は、一瞬に期待を打ち砕く険しいものだった。
「いや、それだけでは済まない。問題は『蜻蛉鬼』を現世に呼び起こした……美月だ、あの女が死なねば完全に封じることは無理であろう」
「死……? 美月さんを、殺せとでも言うつもりか?」
アキラの手を振り払い、優樹が轟木に詰め寄る。
「そうだ、篠宮優樹……。貴様ならば直接手を汚さずとも、あの女を死に至らしめることが出来る。既に貴様は、目覚めつつある力を制して見せたではないか」
「あれが俺の力? そんな馬鹿な……俺はただ、轟木先輩を還せと言っただけだ!」
「強く心に念じ、言霊とすることにより力は発露するのだ。死を念じ、唱えればそれでいい。直接手を汚すことにはならん」
「……そんなこと、出来るわけねぇだろっ!」
「やらねば多くの犠牲者が出るぞ」
「いい加減にしやがれっ!」
満身の怒りを込めて優樹が叫んだ。ピシリ、と音を立てて窓ガラスが砕け散る。
「俺は、誰も殺さない……誰も傷つけない! 化け物だけ、ぶっ潰す! 俺に力があるなら、出来るはずだっ!」
「貴様が死ぬぞ」
「今更……それが何だ? もともと俺は、生きているはずの無い人間だ……」
言葉の意味を計りかね、戸惑いの目を向けた遼の瞳を真っ直ぐに受け止めた優樹は、ゆっくり深呼吸をすると決意の顔つきに変わった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆次回、優樹君の出生が垣間見えます。ようやく「あ〜、そうだったんだ」と納得してもらえると嬉しいのですが……。
◆「ノベルウッド」さんで推薦文を頂きました。きっと毎回読んで下さっている方だと思います。暖かい御声援、本当に有り難うございました。心の糧にがんばります。
◆最近はあたししか書き込んでいませんが、ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕55】
2004年10月9日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第54回のあらすじ]
◇遼との約束が反故になり、親友の琴美や美加、黎子らと朝の散歩に出た杏子は改めて自分の無力さを知り落ち込んでしまう。気分を変えるため午後はお茶会を開こうと黎子が提案したところに、向こうから誰かがやってきた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本編>
村上黎子が美加に向かって笑いかけると、納得の笑顔で美加が頷いた。複雑な気持ちが解消しないままに、杏子は桟橋に向かって歩き出す。すると、その方向から誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。
「ねえ、ちょっと……あの人って確か……」
琴美が杏子の肩をつつく。
「おはようございます、今日は良い散歩日和ですね」
声を掛けてきた日下部に、杏子たち四人は身を固めた。が、年上の責任感からか黎子が一歩前に出る。
「まだ、こちらにいらしたんですか?」
日下部は人の良さそうな笑顔を浮かべ、体裁悪そうに頭を掻いた。
「いやぁ、鳥羽山と連絡が取れなくてね。少しこの辺を捜してみたんですが、昨夜の雨をやり過ごせそうなところもないし……今から車で近くの廃村に行ってみるところです。まったく言うことを聞かない困ったヤツでね、怪我など無ければいいと案じているんですよ」
日下部の指示に従わず『美月荘』に戻ろうとした鳥羽山が、昨夜から行方知れずになっていると聞き及んでいたが、まだ見つからないのだろうか。日下部の服装を見れば上着もチノパンも泥だらけで、林や藪にまで入って探し回っていたのだろうと推測出来る。よほど心配しているのだなと思いながらも、どこかでいい気味だといった感情が湧き、杏子は慌ててそれを否定した。
「美月さんや優樹先輩に乱暴な事したから、バチが当たったのよ」
しかし澄まして言い放った琴美につい苦笑してしまう。
「キツイお嬢さんだなぁ……昨日のことは本当に申し訳なかったと思っています。私は昔ボクシングをやっていたものですから、ついデキそうな相手を見ると力量を見たくなってしまうんですよ。優樹君は実に良い動きをするし体格も申し分ない。良いトレーナーにつけば……」
「止めて下さい! これ以上あなたの冗談に付き合う気はありません、不愉快です。それよりも、早く鳥羽山さんを捜した方が良いと思いますけど」
トーンの高い声で黎子が一喝すると、日下部は肩を竦めた。
「失礼した。ではもう会うこともないと思いますが、良い旅を……」
「あ……見て杏子、中島の方から何か流れてくるよ? ゴミかな?」
争う様なやり取りを嫌い、少し離れたところにいた美加の声で杏子は湖に目を懲らした。挨拶を途中で止めて美加が指さす方向に顔を向けた日下部は、突然、黎子に向き直る。
「お嬢さん達は見ない方がいい……そこのあんた、一番年長だろう? すぐにこの子達を連れて湖から離れるんだ。それから……」
苦々しい顔付きになり、日下部は小さく舌打ちした。
「……仕方あるまい、オーナーを呼んできてくれ」
「何言ってるの? あなたに何の権利があって……」
詰め寄る黎子の前に立ち塞がり、日下部は形相を変える。
「あれは鳥羽山の死体だ……女の見るもんじゃねぇ」
黎子が日下部の肩越しに何を見たか、杏子には解らなかった。ただ、日下部に言われたとおり杏子達をせき立て湖を後にした黎子の顔からは血の気が完全に失せていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆はっはっは、日下部さんが格好良いぞ。なにげに大人が格好いいのは好きです。子供の手本になってくれると嬉しい。
まだまだ、優樹君も遼君も子供です。アキラ君がやっと、半分大人に足が掛かったところかな。
◆無惨な姿をさらした鳥羽山くん、事件は佳境です。
◆誰が読んでいるとも分かりませんが、楽しみにしてくれる人がいるようです。
その人のために、優樹君は戦ってくれるでしょう。応援してくださいね。
◆ご感想をお気軽に!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇遼との約束が反故になり、親友の琴美や美加、黎子らと朝の散歩に出た杏子は改めて自分の無力さを知り落ち込んでしまう。気分を変えるため午後はお茶会を開こうと黎子が提案したところに、向こうから誰かがやってきた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本編>
村上黎子が美加に向かって笑いかけると、納得の笑顔で美加が頷いた。複雑な気持ちが解消しないままに、杏子は桟橋に向かって歩き出す。すると、その方向から誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。
「ねえ、ちょっと……あの人って確か……」
琴美が杏子の肩をつつく。
「おはようございます、今日は良い散歩日和ですね」
声を掛けてきた日下部に、杏子たち四人は身を固めた。が、年上の責任感からか黎子が一歩前に出る。
「まだ、こちらにいらしたんですか?」
日下部は人の良さそうな笑顔を浮かべ、体裁悪そうに頭を掻いた。
「いやぁ、鳥羽山と連絡が取れなくてね。少しこの辺を捜してみたんですが、昨夜の雨をやり過ごせそうなところもないし……今から車で近くの廃村に行ってみるところです。まったく言うことを聞かない困ったヤツでね、怪我など無ければいいと案じているんですよ」
日下部の指示に従わず『美月荘』に戻ろうとした鳥羽山が、昨夜から行方知れずになっていると聞き及んでいたが、まだ見つからないのだろうか。日下部の服装を見れば上着もチノパンも泥だらけで、林や藪にまで入って探し回っていたのだろうと推測出来る。よほど心配しているのだなと思いながらも、どこかでいい気味だといった感情が湧き、杏子は慌ててそれを否定した。
「美月さんや優樹先輩に乱暴な事したから、バチが当たったのよ」
しかし澄まして言い放った琴美につい苦笑してしまう。
「キツイお嬢さんだなぁ……昨日のことは本当に申し訳なかったと思っています。私は昔ボクシングをやっていたものですから、ついデキそうな相手を見ると力量を見たくなってしまうんですよ。優樹君は実に良い動きをするし体格も申し分ない。良いトレーナーにつけば……」
「止めて下さい! これ以上あなたの冗談に付き合う気はありません、不愉快です。それよりも、早く鳥羽山さんを捜した方が良いと思いますけど」
トーンの高い声で黎子が一喝すると、日下部は肩を竦めた。
「失礼した。ではもう会うこともないと思いますが、良い旅を……」
「あ……見て杏子、中島の方から何か流れてくるよ? ゴミかな?」
争う様なやり取りを嫌い、少し離れたところにいた美加の声で杏子は湖に目を懲らした。挨拶を途中で止めて美加が指さす方向に顔を向けた日下部は、突然、黎子に向き直る。
「お嬢さん達は見ない方がいい……そこのあんた、一番年長だろう? すぐにこの子達を連れて湖から離れるんだ。それから……」
苦々しい顔付きになり、日下部は小さく舌打ちした。
「……仕方あるまい、オーナーを呼んできてくれ」
「何言ってるの? あなたに何の権利があって……」
詰め寄る黎子の前に立ち塞がり、日下部は形相を変える。
「あれは鳥羽山の死体だ……女の見るもんじゃねぇ」
黎子が日下部の肩越しに何を見たか、杏子には解らなかった。ただ、日下部に言われたとおり杏子達をせき立て湖を後にした黎子の顔からは血の気が完全に失せていた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆はっはっは、日下部さんが格好良いぞ。なにげに大人が格好いいのは好きです。子供の手本になってくれると嬉しい。
まだまだ、優樹君も遼君も子供です。アキラ君がやっと、半分大人に足が掛かったところかな。
◆無惨な姿をさらした鳥羽山くん、事件は佳境です。
◆誰が読んでいるとも分かりませんが、楽しみにしてくれる人がいるようです。
その人のために、優樹君は戦ってくれるでしょう。応援してくださいね。
◆ご感想をお気軽に!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメントをみる |
