<本文>
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「あなたは島に渡らなかったの?」
 背後からかけられた女性の声に、心臓が止まるほど驚いて振り向くと、そこには美月が微笑みながら立っていた。
「えっ? ああ、はい。僕は湖のスケッチをしたかったから……。」
「そう? 素敵な絵を描くのね。」
 まだ真っ白なスケッチブックに目を落として、遼は顔を赤らめる。
「……考え事をしてたんです。」
「冗談よ、私のお気に入りの場所を盗られたから、ちょっと意地悪言ってみただけ。」
「あ、すみません!」
 慌てて腰を上げた遼を、待って、という仕草で美月が止めた。
「いいの、私は直ぐにお昼の支度に行かなきゃいけないから今は少し息抜きに来ただけ。ここ、良い場所でしょう? 私もトールの下絵を描いたり考え事したり、何時間も過ごすことがあるわ。」
「部屋に掛かっていたトールペイント、美月さんが描いたんですか?」
 興味深そうに遼が尋ねると、美月は少しはにかんだように笑った。
「ええ、そうよ。」
 壁に掛けられた数点のトールペイント。キヌガサソウ、タテヤマリンドウ、キバナノコマノツメ、ミズバショウ、キクザキイチゲ、そしてノイバラ。
「僕等の部屋にあった、ノイバラの絵がとても素敵でした。」
 黒く塗られたバックに、白く可憐な野のバラ。思い出せば美月のイメージと、どこか重なって見える。
「ありがとう、嬉しいわ。高原の植物に詳しいの?」
「いえ、ここに来る前に少し勉強しただけです。絵の題材にするのに、名前も知らないんじゃ仕方ないから。付け焼き刃ですけど……。」
 昨夜はそれほど言葉を交わすことがなかったが、こうして二人きりで向き合うと、少し緊張する。美人と言うよりも、蜻蛉のような儚さが魅力的な女性だった。電灯の下で見たときよりも、白く透けるような肌、薄い色の唇。日本的な面立ちと、すんなり長い襟足は、さぞや和服が似合うことだろう。
「勉強熱心なのね、私でお役に立てることがあったら何でも聞いて下さいな。絵も、見せていただけたら嬉しいわ。」
「はい、喜んで。」
 返事の声が少しうわずってしまい、遼の顔に血が上る。その様子に気付いて少し微笑み、邪魔をしては悪いと思ったのか、
「じゃあ、ごゆっくり。良い絵が描けるといいわね。」
そう言って美月は立ち去ろうとした。
「あっ、あのっ!」
 が、呼び止められて意想外な表情で振り向く。
「何かしら?」
 聞き返されて、遼は言葉に詰まった。自分は何が聞きたいのだろう? 聞いても無駄なことだと解っている。それでも聞かずにはいられなかった。
「あの島には……、何があるんですか?」
「『秋月島』のこと?」
 美月は美しく弧を描いた眉を僅かにひそめた。
「小さな鳥居と祠、それだけよ。以前は年に何回か、近くの村の宮司さんが来て荒らされていないか管理していたようだけど、その方が亡くなってしまってからは誰も行かないわね。父が役場に頼まれたときだけ様子を見に行っているわ。」
「動物は、いないんですか?」
 馬鹿な質問だと、口に出した後から遼は気が付いた。案の定、美月は困惑の笑みで答える。
「とても小さな島だし、岩場だからウサギも居ないと思うわ。渡り鳥ならいるかも知れないけど。」
「そうですか……。」
 体裁悪そうに俯いた遼を気の毒に思ったのか、美月は水際に歩み寄り島を指さした。
「あの島には、山城から落ち延びた姫君が一匹の獣と住んでいたという伝説があるのよ。」
 えっ、と、遼は顔を上げる。
「白い、獣ですか?」
「白い獣? ええ、その通りよ。黄金の鬣を持つ白い獣だと言い伝えられているわ、何故知っているの?」
「昨日の夕方、湖畔のパーキングで島を見たとき湖面を渡る霧が生き物のように見えたんです。まるで白い獣のように見えました。」
 小さな嘘だった。しかし見た事を、そのまま話しても信じて貰えるわけがない。

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◆ホームページを立ち上げて一月たちました。お陰様で500ヒットも超えて、読んで下さる方も増え、嬉しい限り。
何より嬉しいのが感想をいただいたときです。主人公よりサブキャラに意見しやすいのかな?相変わらずアキラ君人気です(笑
遼君は、また別の視点で悩んでます。気の毒なお悩みキャラですね、がんばって下さい(無責任・爆)

◆第一部・全文アップ!番外編も掲載してありなす。(なお裏番外は腐女子的内容のためパスワード制です、ごめんなさい。興味があるかたはメールで問い合わせてください。ホームページ・掲示板からメールで問い合わせできます)

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「神崎君の受難 アフターバレンタイン」 です。

神崎君と、長兄の瑛一さんの、ちょっと大人のお話になっています。神崎ファン必見?(笑)
こんな関係があると良いなって、思っていただけると嬉しいです。
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 ノートと参考書、筆記用具に辞書。それらをベッドの上に引っ張り出し、旅行鞄の底からA4版のスケッチブックと水彩鉛筆を取り出す。美術部に在籍する遼は、旅行中に絵を描くことを楽しみにしていた。
 エメラルド色の湖水をたたえる『秋月湖』、新緑の美しい山並み。涼やかなブナ林、白樺並木。どれをとっても描きたい気持ちを抑えられない。
 スケッチブックを小脇に挟んで階段を下りると、リビングにアキラ達の姿はなかった。少し「ほっ」とした気持ちになり、外に出た途端、本棟から走ってくる遥斗の姿が目に入った。
「先パイ、先パイ! 秋本先パーイ!」
 その勢いに驚いて、遼は身を引く。
「なんだ、忠見。」
「ひどいっす、優樹先輩。公道でないところならバイクに乗せてくれるって言ったのに、一人で林道を走りに行っちゃったんですよ。」
 そう言えば、写真部でそんな話をしていたようだ。遥斗はドングリ眼を抗議するように見開き、口をとがらせている。その姿が小学生時代の優樹と重なり、遼は苦笑した。
「僕に言われても、困るけど……。真崎は?」
「宙はアキラ先輩と轟木先輩が湖にある島に渡るからって、付いていきました。佐野先輩は緒永さんのお父さんに案内してもらって、奥にある滝の写真を撮りに行くそうです。」
 どうやら置いてきぼりは遥斗だけのようだ。
「僕はこれからスケッチに行くんだけど、一緒に来るかい?」
 少し思案顔になった遥斗は、決まり悪そうに短いくせっ毛の頭を掻くと、
「えっと、俺うるさいし邪魔になると悪いから、プレイルームでゲームしながら待ってます。」
 そう言って本棟に戻っていった。

 昨夜、車で来た道を降りても湖に出ることが出来るのだが、『美月荘』の裏手にある細い坂道を下れば直接湖畔に降りることが出来ると聞いていた。自然のままの丸太を滑り止めに使った階段を下りて低いクマザサの藪をかき分けていくと、眼前に突然エメラルド色の湖面が目に入る。ひたひたとうち寄せる水は透明で、波打ち際の玉砂利があまりにもはっきりと見えるために、うっかりすると気付かずに水に入ってしまいそうだ。
 落ち着いてスケッチできる場所を探して辺りを見回すと、右手の少し広い砂地に手頃な大きさの岩があった。遼はそこを居場所に定めて上が少し平らになった場所に腰を下ろすと、足の来る位置に丁度良い石がある。これならば長く居ても疲れないですみそうだ。ふと気が付けば、岩の周りに下草が少ない。もしや誰かの、お気に入りの場所なのかと思ったとき、湖から低いモーター音が聞こえた。
 沖に目を凝らすと、白い波線を描いて小型のモーターボートが中島に向かっている。朝食の席で彪留に誘われ、その時は断ったものの遼も少し『秋月島』と呼ばれる中島に興味があった。湖の周りを散策し、時間があれば島に渡って題材を探すのも悪くない。
(霧の中で見た、白い獣……。)
 遼は湖に向かって消えた、あの白い獣が気になっていた。もしや中島からやってきて、また帰っていったのではなかろうか? 一人で林道に行ってしまった優樹のことが気に掛かる。獣は優樹に関わりがあるのか?
 優樹を取り巻く、目に見えない力を遼は感じることが出来た。風を読み、水の流れを読み、空を読む、野性的な勘の鋭さ。強靱な意志と決意を持ちながら、脆く危うく、そして優しい。その全てが優樹だと受け入れながら、どこかに何か、知られざる一面がある気がする。
 先の事件で、遼は気付いてしまった。自分のヴィジョンを見る能力、今までどれだけ苦しんだか知れないこの力が、実は親友である優樹によってもたらされているのだと。だがそれは、逃れられない必然性があってのことなのだろう。
 遼は、待つつもりだった。優樹が自分で壁を取り払った時に、目に見えない力が、なぜ自分に影響を与えているのか解る気がするからだ。ずっと先かも知れない、わからないままかもしれない、もしや意外に近い日かもしれない、その日が来る時を……。
「あなたは島に渡らなかったの?」
 ぼんやりと考え込んでいた遼は、背後からかけられた女性の声に心臓が止まるほど驚いた。振り向くとそこには、美月が微笑みながら立っている。

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◆遥斗君、どんな子か解ってきましたか?ちょっと子供っぽくしてみたよ(笑
宙(そら)君はこれから性格がハッキリ出る場面を用意してあります。遥斗と宙のコンビは、優樹と遼のコンビとはかなり性格が違います。

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 本棟での朝食を済ませ、遼は二人分のサンドイッチを持ってコテージに戻った。昨夜遅くまで麻雀の手ほどきを受けていたアキラと佐野の朝食である。
 欠伸を噛み殺している冬也と満彦を、「学生相手に大人げない」と諭しながら美月が作ってくれたのだ。湖を二周した優樹は朝から旺盛な食欲で、ゲームによる夜更かしから寝坊した後輩と、まだ一緒に食事をしている。
 リビングでは、ようやく目を覚ましたアキラが先に食事を済ませて戻っていた轟木と一緒にコーヒーを飲んでいた。
「おっ、サンキュー! サンドイッチを届けて貰えるって轟木から聞いたからさ、コーヒー入れて待ってたんだ。おまえも飲むだろ?」
 呆れ顔で遼はトレーをテーブルに置く。
「アキラ先輩、明日はデリバリーしませんからね。ちゃんと起きてください。」
「うーん、朝は苦手なんだよなぁ。」
「遅くまで遊んでるからでしょう? 轟木先輩は起きられたんですよ。」
 顔を向けた遼に、轟木が笑う。
「俺はアキラさんに外れろと言われて、先に寝たからね。」
「当たり前。おまえ強すぎて、面白く無いじゃないか。カモられるのは真っ平だ。」
「今夜は手加減しますから、入れてくださいよ。」
「考えておく。」
 二人は同窓生だったが、事情があってアキラは一年留年しており、年齢が一つ上になる。そのため友人であっても敬語を使う者がほとんどだ。
「須刈ぃ、俺にもコーヒーくれ。」
 しかし佐野だけは別で、対等に口を利く。シャワーを浴びてきたらしく頭にタオルをかぶっているが、まだ眠そうな声をしていた。
「新しく入れてくるから待ってろ。」
 アキラはコテージのキッチンに、遼と佐野の分のコーヒーを入れに立つ。
 遼はアキラの入れてくれるコーヒーが好きだ。友人から仕入れているという豆は、ほのかに甘い香りがする。ソファーに腰掛けふと顔を上げると、轟木と目があった。
「今朝、湖で優樹君に会ったよ。」
 眼鏡の奥の瞳が、優しく笑いかける。
「夜明け前に起き出して、ロードワークに出たようです。」
「君は遅くまで勉強していただろう?」
「あっ、うるさかったですか?」
 轟木達の部屋は真下にある。椅子を引く音が響いたかと心配になって、遼は申し訳なさそうな顔をした。
「うるさかったのはリビングの方。今朝の君の顔を見ればわかるさ、あまり無理をするなよ。」
「……はい。」
 この声で優しく言われると、狼狽えてしまうのは何故だろう? だがらいつも、議論で勝つことが出来ない。
「後輩の勉強を見てくれているそうだね。俺が卒業して天文班部員の先輩がいなくなったから、ちょっと可愛そうだと思っていたんだ。顧問の先生の指導で部活動をしているようだが。」
「僕はそれほど付き合いはないんです。どちらかと言えば優樹が良く面倒を見ているようですよ。」
「知っている。彼は今時珍しい、兄貴肌のある奴だからな。」
「絶滅の恐れがある、保護指定動物みたいな奴さ。」
 脇から佐野が口を挟み、遼もつい笑ってしまう。
「指針を示す先達が、遥斗と宙には必要なんだよ。優樹君はその役目を俺の代わりにしてくれている。」
 ふいに轟木に見つめられ、遼は戸惑った。
「随分と奴を買ってるんだなぁ。」
 コーヒーをドリップしながらアキラが呟くと、轟木は視線をキッチンに移す。
「アキラさんほどじゃない。」
「ははん? どういう意味かなぁ?」
 とぼけた顔で、アキラは二つのマグカップをテーブルに置いた。
「まあ、轟木の言う事はわかるよ。奴には魅力がある。もし奴が何かをしようするなら、どんな力にでもなりたいと思わせる魅力がね。華があるって言うのかな?」
 アキラの言葉を、遼は不思議な気持ちで聞いていた。学園の美術室から見つかった、石膏像に隠された死体。その正体が遼の父親違いの姉であり、凶行を行った犯人が叔父だったという悲惨な事件。あの事件を通して、遼は優樹との友情をより深め、信頼と絆を強くしたはずだった。だけど、と、思い直してコーヒーを口に運ぶ。
 近づけば近づくほど、遠くなる何かを感じていた。触れがたい何かが目の前に壁を作っていた。自分の壁を取り払い、初めて現れたそれは、犯しがたく神聖な物に思えて遼にはまだ入り口が見つからない。
「秋本も、そう思うだろ?」
 自分に向けられた言葉に、俯いて応える。
「僕には、わかりません。」
 顔を曇らせたアキラに頭を下げ、遼は階段を上った。しかしその背中を、轟木が見つめていることに気が付いてはいなかった。

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◆麻雀
現役大学生の方に確認取りました。ちょっと心配だったんですよ、今時の大学生は麻雀するのか?
まあ、賭け事としてはポピュラーだし、ゲームとしても楽しそう。これがプールバーで玉突きしてたら嫌みでしょう?アキラ君なんか強そうですが(笑
双希さま、ありがとうございましたー(^_^)v

◆露天風呂
さらっと書き飛ばしましたが、遼君だけ入っていません。みんなとお風呂、厭なのかな?

◆これからちょっと、ホラー紛いな展開です。「かざと」も楽しんでいますから、皆さんも楽しんでくださいね。

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どこがツボか解った人は、こっそりかざとにメールしてね(笑)

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<本文>

 昨夜のまとわりつく様な、重く、濃い霧とうってかわり、ブナ林から白樺並木と続く湖沿いの道に立ちこめた朝靄は清々しかった。海の近くで生まれ育った優樹にとって高原の空気は、より強い自然の息づかいを感じさせてくれる。
 ベッドに入らずリビングで雑魚寝している先輩達を起こさないようにコテージを出たのは夜が明けてすぐの時間だったが、ロードワークで湖を一周する頃にはすっかり顔を出した朝日が湖面をきらきらと輝かせる時間になり、身体は気持ちよく汗ばんでいた。木立に掛かった薄いベールも既に消えている。
 山荘の赤い屋根が林の間に見えてきた頃、湖畔に立つ人影を見つけて優樹は足を止めた。走る姿に気付いていたのだろう、その人物が片手を上げる。
「おはよう、優樹君。」
「……おはようございます、轟木先輩。」
 水際の砂地に立っていた轟木彪留(とどろき たける)は、クマザサをかき分けて優樹のいる場所まであがってきた。
「湖の全周は6キロから7キロあると聞いたけど、一周したのか?」
「ええ、まだみんな寝てるから、もう一周しようかと思ってたとこです。」
「相変わらずタフだな。」
 そう言うと彪留は、眼鏡の奥にある知的な目を細めて静かな笑みを浮かべた。
 優樹はもの静かな学識者であるこの先輩が、少し苦手だった。彪留は理学部部長を務めながらも各分野の見識が広く、大学も一流と言われるところにストレートで合格している。しかし奢ったところはかけらもなく、むしろ控えめであった。高校時代、理学部がコンピューター好きの部員に占領され居心地が悪いと言ってアキラのもとに良く顔を出していたが、大抵は隅で本を読んでいて優樹は存在に気付かなかった事さえある。
 ところが、どうやら遼とは気が合うらしく時々なにやら白熱した論議を闘わせていることがあった。何を論じているかさえ優樹にはさっぱり解らなかったのだが、常に遼の方が論破されて落ち込んでいたようだ。
「先輩だけ随分と早起きですね、アキラ先輩も佐野先輩も当分起きそうじゃなかった。」
 彪留は大きく伸びをすると、深呼吸するように両手を広げた。
「高原の朝を満喫しないのはもったいない。と、言っても実は昨夜早々に自分は面子から外されてしまったんだ。それで仕方なく先に寝たんだけど、代わりに緒永さんのお父さんが呼ばれたようだったな。やれやれ、せっかく奴等をカモにしようと思っていたのに、もっと手加減するんだった。」
 真面目な顔で言われて、優樹は困惑の表情を浮かべる。すると彪留が面白そうに笑った。
「ここは一言突っ込みを入れてもらいたかったんだが……君らしい反応だ。そう言えばあまり話したことがなかったから困るのも道理か。」
「えっ、あ、すいません。」
「謝ることはないよ。」
 静かで低い、落ち着きのある声。威圧的ではないが、何故か抗い難い魅力のある声だ。
「あの、俺はまだロードワークの途中だから……。」
 居心地の悪さを感じて、優樹は踵を返す。
「ああ、引き止めて悪かったね。ところで湖の周りを一周した君に聞きたいことがあるんだけど、あの中島に渡れるようなボート乗り場を見なかったかい?」
「ボート乗り場ですか? ……そう言えばこの少し先に桟橋があってボートが繋がれてましたよ。小型のモーターボートでした。」
「そうか、ありがとう。中島に渡れるか緒永さんに聞いてみるよ。」
「中島に渡りたいんですか?」
 優樹は再び向き直り、何となく聞いてみた。
「あの中島の祠には、面白い経緯があるらしいんだ。実は考古学者になるのが俺の夢でね、伝説や伝奇に謂われのある史跡が好きなんだよ。」
「えっと、それはその……。」
 彪留は大学で、経済学部に在籍しているはずである。どう答えたらいいのか解らず複雑な顔をすると、
「これは本当の話、突っ込んでくれなくても結構。」
 彪留がにっこりと微笑んだ。優樹は照れたように笑い返し、ロードワークに戻った。

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◆最近ネットで遊んでばかりいて、作品が進まない。反省。
出来れば一日おきのペースで載せたいところです。どんどん構想がまとまってきたから、がんばらなきゃ。

◆読者様も増えてくださり嬉しい限り。ちゃんと感想を戴くためには完結が一番。二部完結、5月くらいが目安です。平行して三部の構想も考え中。フルキャラクターで、賑やかにやりたいところですが、うーん、まとまり付かないかな?

◆バレンタイン番外、本家ページに13日夜にアップ予定です。かなり短い掛け合いコント仕立て。誰が出るかはお楽しみ。裏番外ではないので期待はしないでね(笑

◆アキラの裏番外書いてる場合じゃないや。本編ざくざく書いて、ドムドムとアップします。(出典解る?・笑)

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『美月荘』には、本棟である山荘にツインの洋室が三室、他にログハウス風のコテージが二棟ある。3LDKの大きい方を遼たち男子が使い、もう一方の2DKの方を明日電車で来ることになっている女子、田村杏子と村上琴美、牧原美加、琴美の姉の黎子が借りることになっていた。
 田村杏子は『ゆりあらす』オーナー、田村夫妻の一人娘で同じ叢雲学園の二年生である。田村が優樹の母親の実兄に当たるため優樹にとっては従妹になるが、一緒に行きたいと言い出された時にはかなり不満顔だった。しかしアキラを始め、他の男子が歓迎するのをみて渋々承知せざるを得なかったようだ。女子であることを田村はかなり心配したが、小枝子は時期的に『ゆりあらす』が忙しく付き添う事が出来ない。結局、琴美の社会人である姉が代わりを努めることになり、杏子の願いは聞き届けられたのだった。
 ドライブ中は意識していなくても車中で一睡もしていない遼はやはり疲れが出たようで、食事の後コテージに案内された途端リビングのソファーですっかり寝入ってしまった。
 肩を揺する手に、うっすらと目を開けると優樹が顔を覗き込んでいる。
「風邪引くぞ、寝るなら部屋で寝ろよ。」
「んっ? ああ、寝ちゃったんだ。」
「そりゃあ、もう、風呂いくぞって声かけても返事もなかったぜ。目が覚めたんなら本棟の風呂に行ってみたらどうだ? 遥斗と宙と一緒に行ってきたんだけど、露天風呂があって気持ちよかった。俺達と入れ替わりに今先輩達が行ったところだけど、結構飲んでたから心配だな。」
 優樹が持っているのは、近くの牧場から届けてもらっているという牛乳だ。一リットル入りのガラス瓶だが、もう一口しか残っていなかった。あれだけ食べて、まだこれだけ飲める事が遼には信じられない。
「この牛乳、美味いぜ。美月さんがくれたんだ。館山の牧場で飲んだのと似たかんじかな?」
「……熊。」
「なんか言ったか?」
「何でもない。ところでその美月さんという人、綺麗な人だよね。」
 突然、優樹が牛乳にむせて咳き込んだ。
「何やってんのさ。……ははん、さてはタイプなんだろ。」
「んなわけねぇだろっ! あの人二十五歳だって言うし、相手になんかされねぇよ。」
 わかりやすい性格に、遼は笑った。それにしてもいつの間に年齢まで聞きだしたのか? 優樹のことだ、牛乳をもらったときに単刀直入に聞いたに違いない。
「俺はもう寝るぞ、朝ロードワーク行くのに早く起きるつもりなんだ。湖の周りを一周する道が、走るのに丁度良いって聞いたからさ。おまえはどうすんだ?」
「僕は……少し勉強してからここのシャワーを浴びて寝るよ。ところで真崎と忠見は?」
「あいつらなら風呂の後、轟木先輩と天体観測ドームに行ったよ。備え付けの反射望遠鏡は緒永さんの手作りなんだって。それから本棟のプレイルームでテレビゲームするとか言ってたな。」
 遼にとっては、今年高校に入学したばかりであり、TVゲームに余念のない彼等はまだ幼く見えた。屈託なく、子犬のようにまとわりつく忠見遥斗。少し斜に構えて無口な真崎宙。この二人が何故一緒にいるのかわからない。轟木についてきて、いつの間にか写真部に出入りするようになった二人の勉強を見てやることもあったが、どうやらこのかわいい後輩達は、特に優樹が気に入っているらしかった。好かれて悪い気がしないのだろう、優樹も良く面倒を見てやっているようだ。
「ここの部屋割は一階の広いところが先輩達で、二階の右側が遥斗と宙。左が俺とおまえ。荷物は運んどいたから。」
「ありがとう、君が寝られないと悪いからリビングで勉強するよ。」
 おそらくそれはないだろうと思ったが、一人の方が集中できる。
「あ、言い忘れてた。後で緒永さんが来て、先輩達に麻雀教えてくれるんだってさ。」
 二階への階段を上りかけて振り返った優樹の言葉に、遼は考えを変え部屋で勉強することにした。

 コテージ内装と調和した木製のドアを開けると、居心地の良さそうな部屋の壁に掛けられたトールペイントが何点か目に入った。どれも高原が花をモチーフだ。窓際のカントリー調チェストを挟んでベッドが二つ並び、入り口横には小さなライティングデスクが備え付けてあった。デスクライトを使えば優樹に迷惑をかけず勉強が出来るだろう。
 遼は自分の荷物が置かれた方のベッドに着替えを出し、服を脱ごうとして窓が開いていることに気付いた。おそらく暑がりの優樹が開けたに違いないが、本人は既にランニングにトレパン姿のままベッドに大の字になっている。
「風邪引きそうなのは、君の方だ。」
 呆れたように呟いて、遼は窓を閉めカーテンを引いた。が、ふと窓の外、本棟の二階に目を移す。一階は窓から明るい光が外まで漏れて人の動く影を見ることが出来たが、二階は真っ暗だ。ここに着いたときに美月が見ていた窓も、本棟の宿泊客のない今日は当然人の気配はない。しかし遼には、何かが引っかかっていた。
 食堂で見た美月は、二階の窓から見ていた女性と確かに同じ人物だった。肩までの明るく染めた髪、白いブラウス。優しそうな顔立ち。
(何だろう? 何か印象が違って見えたんだけど……。)
 あるいは夕闇が迫る時間帯と、ライトアップされた建物のせいかもしれなかった。深く考える必要も無いのだろうが、どこか陰りがなかったか……。
「ねえ、優樹。君が……。」
 優樹の感じた印象を聞いてみようとして、遼は声をかけた。が、諦めて肩をすくめる。優樹はとうに、夢の中だった。

:::::::::::::::::::::::::::::
◆1〜7回をまとめてホームにアップする予定が、htmlでやろうとして挫折。まあいいやと、今回までをまとめてアップします。一部改稿あり。

◆「かざと」のネタ振りは、料理中や買い物に行くときに浮かびます。タマネギみじん切り、にんじん千切りしながら考えてるわけですね。単純作業中は頭が働きやすいようです。
高校生の時は、グランドの草取り時間が一番妄想できました(笑
そうだ、今日はハンバーグにしよう。

◆終了章・全文アップ!番外編も掲載してありなす。(なお裏番外は腐女子的内容のためパスワード制です、ごめんなさい。興味があるかたはメールで問い合わせてください。ホームページ・掲示板からメールで問い合わせできます)

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 やりとりを聞いていた冬也が、ビールを持って厨房から出てきた満彦に向かって声をかけた。
「おお、そうか、それは悪かったね。おい美月、イノシシがダメな子がいるそうだから、他の肉を用意してくれるか?」
「あっ、いえっ、食べられます……。」
 慌てて否定した遼に、満彦が笑う。
「無理しなくて良いんだよ、山肉が苦手な人は結構いるからね。現に娘の美月も苦手で、シカ肉なんかは見るだけで真っ青になる。カモやウサギは可愛そうだといって口にしないしね。」
「それはお父様がいけないんです。」
 咎めるような口調がしたかとおもうと、厨房からトレーを持った若い女性があらわれた。
「自家製ローストポークよ。これなら大丈夫かしら?」
 テーブルに置かれたディナー皿には、ワインの香りのアップルソースが添えられたローストポークが、色とりどりの温野菜と一緒に美しく盛りつけられていた。
「あのっ、わざわざすみません。すごく美味しそうだ。」
 礼を述べて顔を上げると、白いシャツとジーパンの上から丈の短い黒いエプロンをした優しい顔立ちの女性が、安心したように微笑んだ。
「あっ……。」
 窓から見えた女性だ。
「何かしら?」
「さっき、二階の窓から僕等を見ていましたか?」
「ええ、見てたわ。ごめんなさい、兄さんのお客様がどんな方達なのか気になっていたの。気を悪くした?」
「いえ、そんなこと、全然。」
 戸惑いがちに答えながら、遼は安心した。どうやらヴィジョンを見たわけではないらしい。優樹も納得顔で、こちらを見ている。
 厨房に戻る美月の背を見ながら冬也は困ったように笑った。
「美月が小学校三年の時、父さんが山ウサギを生きたまま捕まえてきたんだ。翌日の朝そのウサギに餌をやって、すっかり自分で世話して飼うつもりでいたのに、夜にはシチューになっていた。あの子は一晩中泣いて、一ヶ月くらい父さんと口を利かなかったんだ。しかしどうにか食べるために狩るということを理解してくれてね。今では自分で料理する事も出来るようになった。決して口にはしないが。」
 冬也の話に満彦は決まり悪そうな顔をすると、頭を掻きながら姿を消した。
「さあ、さあ、食事にしよう。これ以上待たせたら優樹が暴れるかも知れないからな。」
「人のこと、熊みたいに言わないでくれよ。ひでぇなあ、緒永さん。遼、おまえの分は俺が食うから安心していいぞ。」
「後輩の分まで取るなよ。」
 遼の言葉が聞こえているのか、知らん顔で優樹は真っ先に席に着いた。苦笑しながらも自分のためにわざと、からかうような事を言った優樹の気遣いが嬉しい。おかげで苦手なものを前にして、気を遣う必要が無くなったからだ。
 自分から行動出来ないとき、いつも優樹は助けてくれる。それを煩わしく感じたときもあったが、今は素直に受け入れる事が出来る。 美月が白飯を配り終え、緒永達がグラスを鳴らした。我先にと鍋をつつく優樹や後輩達を前にして、急に空腹感をおぼえた遼も箸を取った。

:::::::::::::::::::::::::::::
◆ウサギの話は「かざと」の実体験に基づいています(笑)
オオバコの葉をあげて、食べる様子を見ていたそのウサギが、夜には鍋になりました(T_T)
子供心にショックだったなー。

◆実は今回、舞台が山なのでかなりやりやすいです。所々、妙にリアリティのあるローカルネタが振れるかも?「かざと」は長野よりの新潟出身で、長野にはツーリングに行きました。心の原風景があります。

◆終了章・全文アップ!番外編も掲載してありなす。(なお裏番外は腐女子的内容のためパスワード制です、ごめんなさい。興味があるかたはメールで問い合わせてください。ホームページ・掲示板からメールで問い合わせできます)

[MURAKUMO]ホームページ
http://happytown.orahoo.com/murakumo/

◆ご意見ご感想はこちらへどうぞ!
[叢雲掲示板]
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki

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