【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕54】
2004年10月5日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第53回のあらすじ]
◇ついに正体を明らかにした轟木が人知を越えた力を発したとき、それに対抗する力を見せる優樹。力の均衡は優樹に優勢となり、轟木は膝を折った。「俺は何をすればいいのか?」優樹は轟木に詰め寄る。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
髪に掛かる風が、とても気持ちいい。田村京子は両手を大きく広げると、全身を浄化するつもりで胸一杯に朝の空気を吸い込んだ。
普段暮らしている海辺では聞いたことのない小鳥の囀りに耳を澄ませ、どんな鳥が鳴いているのかと思いめぐらせてみる。朝露を含んだ足下の草に小さな紫の花を見つけて屈み込めば、その瑞々しさが目に滲みた。
でも……期待し待ち望んだ高原の朝を迎えたはずなのに、瞼が重すぎる。ぼんやりとした頭で誰はばかることなく大きな欠伸をすると、隣で親友の村上琴美が笑った。
「良かったじゃない、優樹先輩が元気そうで」
「あいつは馬鹿が付くぐらい頑丈だから、心配してなかったけどね……」
滲んだ涙を手で拭うと、杏子は遊歩道から湖へと小石を蹴り込み不機嫌な顔をしてみせた。小石は朝日に煌めく幾重もの波紋を作り、澄んだ水底へと沈んでいく。本当ならば今朝の散歩相手は琴美じゃなくて、遼くんのはずだったのに……。
遼との約束が反古になったと知り、琴美が牧原美加と村上黎子を誘って杏子を湖に連れ出した。寝不足から部屋でゆっくりしたかったのだが、明日の昼前にはこの地を去るのに遊ばなければ勿体ないと言う琴美に逆らうことが出来なかったのだ。
がっかりはしたけれど、優樹の側に遼がいると思えば安心していられる。幼い頃から、どこか危なっかしくて放っておけない優樹を、一つ下の自分が時には妹のように時には姉のように見守り心配してきたつもりだ。でも年齢が上がるにつれ、それだけでは解決出来ない隔たりを感じるようになっていった……。
愛情や同情とは違う、家族に対する親身な感情と同じものを抱きながら、これ以上守ることも受け止めることも荷が重すぎる気がする。優樹のことは誰よりもよく知っているつもりだった……食べ物の好き嫌いも、好みのタイプも、普段の生活態度も。どんな時に喜び、どんな時に怒り、どんな時に悲しむかも……。だけど肝心なところは、よく見えなかった。後ろめたさを感じながらも、自分ではダメだと気付いてしまったのだ。
「もう、元気だしてよ杏子ォ! ……そうだ昨日焼いたケーキを持って、これから優樹先輩の部屋に行こうよ! せっかく焼いたんだものねっ、美加」
杏子を気遣い、わざと琴美が明るく振る舞うと、俯いて美加が首を振った。
「あまり騒がしくしない方が、いいと思うの」
「はぁん? まったく美加ったら……もっと積極的にならなきゃダメだよ」
呆れ顔で琴美が諭すと、美加は顔を上げて微笑む。
「ううん、違うの。今はね、ゆっくり休んでゆっくり考える時間が優樹先輩には必要なんだと思う……。あたし達が行ったら気を遣うに決まってるもの、邪魔しちゃいけないよ」
「そうかなぁ……こんな時だからこそ、アピールすべきじゃない?」
「だめ、そんなコトしたら嫌われちゃう」
「えっ、あ……そう?」
涙目で訴えられ思わず琴美は身を引いたが、傍で聞いていた杏子も美加の言うことが正しいと思った。優樹のことだから、心配をかけまいとして普段通りに接してくれるだろう。いくら辛くても、苦しくても、優樹は杏子にそんな素振りを見せてはくれない。そして安心できる材料を、探してしまう自分が嫌だった。じっと黙って見守ることなど出来ない、だからといって、もう力にはなれないと解っていた。
優樹を補ってあげられるのは遼であり、受け止めてあげられるのは美加のような女の子だと思う。では、一体自分はどうすればいいのだろうか……切なくて胸が苦しい。
「部屋に押し掛けるのが迷惑だと思うなら、ティータイムに誘ってみたらどうかしら? 個々で思い悩んだりするのは、精神衛生上好ましくないわよ。こっちに来てから色々あってお互い妙に距離感が出来ちゃったじゃない? 館山に帰る前に関係修復しておこうよ、優樹君が来てくれなくても美味しい物とお喋りが良い気晴らしになると思うしね」
村上黎子が美加に向かって笑いかけると、納得の笑顔で美加が頷いた。複雑な気持ちが解消しないままに、杏子は桟橋に向かって歩き出す。すると、その方向から誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆え〜〜と、視点移動が多いと評されてしまいましたが、今回は杏子ちゃん視点で一つ(苦笑)
キャラを個々に可愛がりすぎなんですよね、きっと。でも遼君視点だけで書くのはつまらないから「むらくも」はこのままで。
投稿用を書くときは、注意します。
◆女の子を書くのは実は好きです。ただ、恥ずかしいからあまり書かないだけ。
杏子ちゃん、琴美ちゃん、黎子さん、美加ちゃん、小枝子さん、倉持女史、早川刑事、う〜ん、あまり女の子いないかも?
全員の名前に覚えがある人がいたら、すごいな〜(多分いない・笑)
◆ご感想をお気軽に!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇ついに正体を明らかにした轟木が人知を越えた力を発したとき、それに対抗する力を見せる優樹。力の均衡は優樹に優勢となり、轟木は膝を折った。「俺は何をすればいいのか?」優樹は轟木に詰め寄る。
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<本文>
髪に掛かる風が、とても気持ちいい。田村京子は両手を大きく広げると、全身を浄化するつもりで胸一杯に朝の空気を吸い込んだ。
普段暮らしている海辺では聞いたことのない小鳥の囀りに耳を澄ませ、どんな鳥が鳴いているのかと思いめぐらせてみる。朝露を含んだ足下の草に小さな紫の花を見つけて屈み込めば、その瑞々しさが目に滲みた。
でも……期待し待ち望んだ高原の朝を迎えたはずなのに、瞼が重すぎる。ぼんやりとした頭で誰はばかることなく大きな欠伸をすると、隣で親友の村上琴美が笑った。
「良かったじゃない、優樹先輩が元気そうで」
「あいつは馬鹿が付くぐらい頑丈だから、心配してなかったけどね……」
滲んだ涙を手で拭うと、杏子は遊歩道から湖へと小石を蹴り込み不機嫌な顔をしてみせた。小石は朝日に煌めく幾重もの波紋を作り、澄んだ水底へと沈んでいく。本当ならば今朝の散歩相手は琴美じゃなくて、遼くんのはずだったのに……。
遼との約束が反古になったと知り、琴美が牧原美加と村上黎子を誘って杏子を湖に連れ出した。寝不足から部屋でゆっくりしたかったのだが、明日の昼前にはこの地を去るのに遊ばなければ勿体ないと言う琴美に逆らうことが出来なかったのだ。
がっかりはしたけれど、優樹の側に遼がいると思えば安心していられる。幼い頃から、どこか危なっかしくて放っておけない優樹を、一つ下の自分が時には妹のように時には姉のように見守り心配してきたつもりだ。でも年齢が上がるにつれ、それだけでは解決出来ない隔たりを感じるようになっていった……。
愛情や同情とは違う、家族に対する親身な感情と同じものを抱きながら、これ以上守ることも受け止めることも荷が重すぎる気がする。優樹のことは誰よりもよく知っているつもりだった……食べ物の好き嫌いも、好みのタイプも、普段の生活態度も。どんな時に喜び、どんな時に怒り、どんな時に悲しむかも……。だけど肝心なところは、よく見えなかった。後ろめたさを感じながらも、自分ではダメだと気付いてしまったのだ。
「もう、元気だしてよ杏子ォ! ……そうだ昨日焼いたケーキを持って、これから優樹先輩の部屋に行こうよ! せっかく焼いたんだものねっ、美加」
杏子を気遣い、わざと琴美が明るく振る舞うと、俯いて美加が首を振った。
「あまり騒がしくしない方が、いいと思うの」
「はぁん? まったく美加ったら……もっと積極的にならなきゃダメだよ」
呆れ顔で琴美が諭すと、美加は顔を上げて微笑む。
「ううん、違うの。今はね、ゆっくり休んでゆっくり考える時間が優樹先輩には必要なんだと思う……。あたし達が行ったら気を遣うに決まってるもの、邪魔しちゃいけないよ」
「そうかなぁ……こんな時だからこそ、アピールすべきじゃない?」
「だめ、そんなコトしたら嫌われちゃう」
「えっ、あ……そう?」
涙目で訴えられ思わず琴美は身を引いたが、傍で聞いていた杏子も美加の言うことが正しいと思った。優樹のことだから、心配をかけまいとして普段通りに接してくれるだろう。いくら辛くても、苦しくても、優樹は杏子にそんな素振りを見せてはくれない。そして安心できる材料を、探してしまう自分が嫌だった。じっと黙って見守ることなど出来ない、だからといって、もう力にはなれないと解っていた。
優樹を補ってあげられるのは遼であり、受け止めてあげられるのは美加のような女の子だと思う。では、一体自分はどうすればいいのだろうか……切なくて胸が苦しい。
「部屋に押し掛けるのが迷惑だと思うなら、ティータイムに誘ってみたらどうかしら? 個々で思い悩んだりするのは、精神衛生上好ましくないわよ。こっちに来てから色々あってお互い妙に距離感が出来ちゃったじゃない? 館山に帰る前に関係修復しておこうよ、優樹君が来てくれなくても美味しい物とお喋りが良い気晴らしになると思うしね」
村上黎子が美加に向かって笑いかけると、納得の笑顔で美加が頷いた。複雑な気持ちが解消しないままに、杏子は桟橋に向かって歩き出す。すると、その方向から誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。
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◆え〜〜と、視点移動が多いと評されてしまいましたが、今回は杏子ちゃん視点で一つ(苦笑)
キャラを個々に可愛がりすぎなんですよね、きっと。でも遼君視点だけで書くのはつまらないから「むらくも」はこのままで。
投稿用を書くときは、注意します。
◆女の子を書くのは実は好きです。ただ、恥ずかしいからあまり書かないだけ。
杏子ちゃん、琴美ちゃん、黎子さん、美加ちゃん、小枝子さん、倉持女史、早川刑事、う〜ん、あまり女の子いないかも?
全員の名前に覚えがある人がいたら、すごいな〜(多分いない・笑)
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕53】
2004年9月28日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第52回のあらすじ]
◇再び優樹と対峙した轟木は、挑発するような言葉を吐く。敵意を感じた遼が轟木に意見すると、それを抑えて優樹が自分がやれる事をやりたいという。その気持ちを汲みつつも、轟木の語る新たな事実が遼を困惑させる。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
「そう気炎を吐くな、今の私では貴様に到底敵わんよ。さて、『蜻蛉鬼』を封じるには二つの条件を成就させねばならない。一つは篠宮優樹の力で成すことが出来るだろうが、もう一つは少し厄介だ」
これで二度目だと、遼は思った。轟木は優樹を取り巻く焔を見て、かわすことが出来るのだ。その上、深刻な内容とおぼしき話をしながら楽しんでいるようにも思える。
『あいつは……轟木だけど轟木じゃない』
佐野の語った言葉に真実があると、遼は確信した。ならば信用する前に確かめなければならない。
「待って下さい……轟木先輩は、一体どこから化け物の封じ方を聞いてきたんですか? 先輩の言う方法が確実だと言い切れるんですか? 確証があるなら証拠を見せてください。どう呼べばいいのかな……あなたは轟木先輩じゃない、僕と優樹が霧の中で見た獣だ!」
遼が言い放った瞬間、ざわりと空気が震えた。木の枝が裂けるような音がそこかしこから鳴り響き、急激に気圧が変化して鼓膜の奥を不快な圧迫感が襲う。そして眉間に錐を突き立てられ、脳髄をえぐられるような痛みが全身を貫いた。
薄く笑みを浮かべた轟木の瞳は、眼鏡の奥で朱味を帯びた黄金色に揺らめいている。頭を抱え込むようにしたアキラが膝を折ると、遼も吐き気に襲われ前のめりに倒れ込んだ。
「遼っ! アキラ先輩! くそっ、何のつもりだっ!」
激昂した優樹が轟木の襟首を掴んだ。
「礼を弁えぬからだ……うぬらに呼ばせる名など無い。手を離せ篠宮優樹、貴様はこの連中とは違う」
「ふざけんじゃねぇっ! お前も化け物の仲間だな? 今の俺は俺の意志で行動してるんだ……二人に何かするつもりなら、離さねぇぞ!」
「ほう、力ずくで止めるつもりか?」
閉め切った部屋に風が起こった。風はカーテンを引きちぎらんばかりに渦を巻き、壁時計が落ちて砕ける。床がギシギシと悲鳴を上げ、部屋全体が軋んで揺れ動き、空気中が帯電したように体中の毛が逆立った。だがその中心の二人は微動だにしない。
果たして、この現象は轟木によるものなのか。いや違う、風は優樹を軸に轟木に攻めかけているではないか。
「止め……ろっ、優樹! 挑発に乗るな、君は試されている……」
やっとの思いで遼が声を絞り出すと、落ち着いた声で優樹が応じた。
「心配するな、俺は大丈夫だ。だけど、こいつの正体が解るまでは手を離すわけにはいかない」
「貴様がくびり殺しても、死ぬのは轟木彪留であって我ではないぞ」
轟木の言葉に優樹は、ふっと口元を緩めた。
「殺す? 見くびるんじゃねぇよ、俺はもう二度と力に支配されるものか! 直ぐに先輩から出て行け、轟木先輩を俺たちに帰すんだ!」
渦巻く風が青い焔になった。それは今までのような霞に似た不明瞭なものではなく、鮮明で美しい焔の柱だった。柱は幾筋かに分かれて螺旋を描き、絡みつくように轟木を包み込んだかと思うと、捻りあげ、締め付ける。
「ぐううっ……よせっ、やめろっ、解った、解ったから頼む……収めてくれ! 我には、まだ伝えねばならん事があるんだっ! 『蜻蛉鬼』を封じるには、貴様が必要なのだ!」
苦悶の表情で髪を掻きむしり、悲鳴を上げた轟木を優樹は乱暴に突き放した。蒼ざめた顔で蹌踉めくようにベッドに倒れ込んだ轟木に先ほどの勢いは既に無く、憔悴しきっているように見える。
「仮の依代の身では、やはり敵わぬ……」
轟木の言葉に耳も貸さず、優樹は肩を押さえつけると眼鏡を取り去り顔を近づけた。
「さあ教えろ、俺は何をすればいいんだ?」
脱力した身体をマットに沈め轟木は深く息を吐いた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆サイキックになってきました(笑
コミックでサイキック物を読むのは好きですが、書くのはなかなか難しいですね。出来るだけ普通の高校生のレベルから逸脱したくないと思っています。モンスター紛いの化け物退治は、二部だけになるでしょう。三部の敵はやはり人間です。
◆ぼちぼちと三部の設定を固めてみたり。
「叢雲学園高等部横浜校」の生徒会長「鬼龍」くん。優樹君とは剣道の全国大会でいつも二位に甘んじています。趣味はエアライフル。エリート意識の強い秀才タイプ。久々に来栖君に張る、嫌なキャラを登場させられそうで楽しみです。
そしてやはりターゲットは遼君……(笑)
◆ご感想をお気軽に
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◇再び優樹と対峙した轟木は、挑発するような言葉を吐く。敵意を感じた遼が轟木に意見すると、それを抑えて優樹が自分がやれる事をやりたいという。その気持ちを汲みつつも、轟木の語る新たな事実が遼を困惑させる。
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<本文>
「そう気炎を吐くな、今の私では貴様に到底敵わんよ。さて、『蜻蛉鬼』を封じるには二つの条件を成就させねばならない。一つは篠宮優樹の力で成すことが出来るだろうが、もう一つは少し厄介だ」
これで二度目だと、遼は思った。轟木は優樹を取り巻く焔を見て、かわすことが出来るのだ。その上、深刻な内容とおぼしき話をしながら楽しんでいるようにも思える。
『あいつは……轟木だけど轟木じゃない』
佐野の語った言葉に真実があると、遼は確信した。ならば信用する前に確かめなければならない。
「待って下さい……轟木先輩は、一体どこから化け物の封じ方を聞いてきたんですか? 先輩の言う方法が確実だと言い切れるんですか? 確証があるなら証拠を見せてください。どう呼べばいいのかな……あなたは轟木先輩じゃない、僕と優樹が霧の中で見た獣だ!」
遼が言い放った瞬間、ざわりと空気が震えた。木の枝が裂けるような音がそこかしこから鳴り響き、急激に気圧が変化して鼓膜の奥を不快な圧迫感が襲う。そして眉間に錐を突き立てられ、脳髄をえぐられるような痛みが全身を貫いた。
薄く笑みを浮かべた轟木の瞳は、眼鏡の奥で朱味を帯びた黄金色に揺らめいている。頭を抱え込むようにしたアキラが膝を折ると、遼も吐き気に襲われ前のめりに倒れ込んだ。
「遼っ! アキラ先輩! くそっ、何のつもりだっ!」
激昂した優樹が轟木の襟首を掴んだ。
「礼を弁えぬからだ……うぬらに呼ばせる名など無い。手を離せ篠宮優樹、貴様はこの連中とは違う」
「ふざけんじゃねぇっ! お前も化け物の仲間だな? 今の俺は俺の意志で行動してるんだ……二人に何かするつもりなら、離さねぇぞ!」
「ほう、力ずくで止めるつもりか?」
閉め切った部屋に風が起こった。風はカーテンを引きちぎらんばかりに渦を巻き、壁時計が落ちて砕ける。床がギシギシと悲鳴を上げ、部屋全体が軋んで揺れ動き、空気中が帯電したように体中の毛が逆立った。だがその中心の二人は微動だにしない。
果たして、この現象は轟木によるものなのか。いや違う、風は優樹を軸に轟木に攻めかけているではないか。
「止め……ろっ、優樹! 挑発に乗るな、君は試されている……」
やっとの思いで遼が声を絞り出すと、落ち着いた声で優樹が応じた。
「心配するな、俺は大丈夫だ。だけど、こいつの正体が解るまでは手を離すわけにはいかない」
「貴様がくびり殺しても、死ぬのは轟木彪留であって我ではないぞ」
轟木の言葉に優樹は、ふっと口元を緩めた。
「殺す? 見くびるんじゃねぇよ、俺はもう二度と力に支配されるものか! 直ぐに先輩から出て行け、轟木先輩を俺たちに帰すんだ!」
渦巻く風が青い焔になった。それは今までのような霞に似た不明瞭なものではなく、鮮明で美しい焔の柱だった。柱は幾筋かに分かれて螺旋を描き、絡みつくように轟木を包み込んだかと思うと、捻りあげ、締め付ける。
「ぐううっ……よせっ、やめろっ、解った、解ったから頼む……収めてくれ! 我には、まだ伝えねばならん事があるんだっ! 『蜻蛉鬼』を封じるには、貴様が必要なのだ!」
苦悶の表情で髪を掻きむしり、悲鳴を上げた轟木を優樹は乱暴に突き放した。蒼ざめた顔で蹌踉めくようにベッドに倒れ込んだ轟木に先ほどの勢いは既に無く、憔悴しきっているように見える。
「仮の依代の身では、やはり敵わぬ……」
轟木の言葉に耳も貸さず、優樹は肩を押さえつけると眼鏡を取り去り顔を近づけた。
「さあ教えろ、俺は何をすればいいんだ?」
脱力した身体をマットに沈め轟木は深く息を吐いた。
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◆サイキックになってきました(笑
コミックでサイキック物を読むのは好きですが、書くのはなかなか難しいですね。出来るだけ普通の高校生のレベルから逸脱したくないと思っています。モンスター紛いの化け物退治は、二部だけになるでしょう。三部の敵はやはり人間です。
◆ぼちぼちと三部の設定を固めてみたり。
「叢雲学園高等部横浜校」の生徒会長「鬼龍」くん。優樹君とは剣道の全国大会でいつも二位に甘んじています。趣味はエアライフル。エリート意識の強い秀才タイプ。久々に来栖君に張る、嫌なキャラを登場させられそうで楽しみです。
そしてやはりターゲットは遼君……(笑)
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕52】
2004年9月22日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第51回のあらすじ]
◇怪我の様子を見に来た女の子達に元気に振る舞う優樹だったが、その心中は穏やかとは行かないようだった。その優樹を気遣いながらも遼は、触れられない部分があることが焦れる。その時アキラと共に轟木が部屋を訪ねてきた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
昨日は奇妙な力に気圧され何も言うことが出来なかったが、轟木に対する疑問は計り知れない。何から問い質せばいいか迷う遼の出方を伺うように、轟木が静かに口を開いた。
「何もせずに、この地を去るつもりか?」
眼鏡の奥、研ぎ澄まされた刀身の鋭さを宿した瞳には、普段の知性的な穏やかさはなかった。射止められ、畏怖を感じて身が竦む。高潔な意志と強大な力に相対して、無力な己に恥じ入りたくなる威圧感だった。だが、この瞳を遼は知っている。優樹が友人同士の無益な争いを諫めるとき、意味無く力を誇示する輩を抑えるとき、確かにこの瞳があった。ただ轟木と違い、その瞳には常に暖かく優しい光が宿っていたのだが……。
「あのなぁ……昨夜から何を聞いても無視してたくせに、それが開口一番に言うセリフかねぇ? 二人に話があるって言うから期待してたんだぜ……そろそろ、お前が抱いてる思惑が何か聞かせて欲しいんだけど?」
笑みを浮かべながらも轟木に詰め寄るアキラの口調には、抑えた怒りが伺えた。
「僕らに何が出来ると言うんですか? 轟木先輩。まさか妖怪退治をしろとでも? 冗談でしょう、そんなこと出来るわけない」
遼の反論を鼻であしらい、轟木は優樹に目を向けた。
「また犠牲者が出る……いや、既に出たかも知れない。それでも放っておくつもりか? 篠宮優樹」
「これ以上、優樹を引き合いに出さないで下さい。先輩はいったい、優樹に何をさせるつもりなんだ!」
相手が先輩であろうと関係ない、今や遼にとっての轟木は優樹だけでなく全ての友人を危険に巻き込もうとする敵にしか思えなかった。同じ想いからか、アキラが遼と優樹を庇う様に轟木の前に立つ。が、突然アキラを押しのけ、優樹が前に進み出た。
「俺に何か出来ることがあるなら……やらせてくれ。これ以上あの人に恐ろしい真似をさせたくない」
「君は美月さんを救えない……遅かれ早かれ、あの人は自らの怨念で破滅するしかないと思うよ。気持ちは解るけど、僕たちには何も出来ないんだ」
冷たく言い放った遼を、優樹は無言のまま真摯な瞳で見つめた。その視線に耐えられず、つい顔を背ける。
「いつも君の言うことは正論だ……揺るぎない正義と、それを行う勇気がある。だけど、それだけで解決できることばかりじゃない。そんなことをしたら君が……」
同情の余地はあれど美月に対して冷たい感情しか抱けない遼にとっては、内なる闇の部分と向き合う覚悟が出来たとはいえ、その正体も解決の方向も解らぬままの優樹を危険にさらす様な真似はしたくなかった。これ以上優樹を傷つけない為に、どう思われようとも冷然とした態度を取るつもりだった。しかし優樹の瞳を直視すれば、決意は脆く崩れそうになる。錯綜する想いを読み取ったのか、優樹が遼の腕を掴んだ。
「解ってくれよ、遼。俺は誰かが泣いたり傷ついたりするのは嫌なんだ……助けられるのなら、俺の出来ることをやれるだけやりたい。それが、俺が俺でいられる唯一のやり方なんだ。本当の自分と向き合うためにも、今までの俺を否定するようなことは出来ない」
「優樹……」
保身にまわり、計算してから行動するなど優樹にとっては意味が無いのだ。優樹には優樹のやり方があり、自分らしさを貫きたいという気持ちは理解できた。ならばそれに従ってサポートするのが、遼のやり方になるのだろう。
「敵わないな、君の好きにしたらいいよ」
知らず微笑んだ遼は、重く気負っていた責が軽くなるのを感じた。心配には及ばない、優樹を信じて任せればいいのだ。悪い方向に向かうことはないのだと。
黙したままの轟木に話の先を求めて目を向けると、轟木はすっと目を細め優樹を見つめた。
「かなり意志の力が強くなったな……篠宮優樹が邪念に取り込まれたのは猜疑心や不安から精気が弱くなっていたからだが、今のところ内なる闇に支配される心配はないだろう。内なる闇は自らを殺す、おまえの父のように……。正義感が強いところはよく似ているよ、だだそれが仇になってしまったが」
「え……っ?」
意想外の言葉に、遼は目を見開き優樹を見た。轟木の家が優樹の祖父の系列会社だという話は聞いたばかりだが、父親の死についても何か知っているのだろうか? しかし、その口振りには何か含みが感じ取れた。抗いがたい呪縛の力、人知を越えた言霊の力……。
「今やらなきゃいけないことに、親父は関係ないだろう? 俺が知りたいのは、湖の化け物をどうしたらいいかだっ!」
声を荒げた優樹を再び青白い焔が包み込んだ。それは抑えきれぬ怒りか、それとも闇の支配を受けた別人格なのか、正体を見極めんとして遼は注視する。憎悪、敵意、苛立ち、それらの中から感じるのは悲痛な叫び……? 優樹が求めているものの片鱗が微かに見えそうに思えた時、轟木が片手を挙げ焔は霧散する。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆一部から時々現れていた優樹君の別人格が、顕著になってきました。ますます少女漫画(?)になってきて満足の自分です。
◆しかし、乙女要素がだんだん少なくなってきたかな。
う〜ん、う〜ん、こんなはずでは?
◆絶対に10月に完結するんだっ!
そう言えば、一部の完結も10月でした。もうすぐ○○才の誕生日かぁ……。毎年誕生月に一本完結できたら、いいかも。そしたら後、○○作は書けそうだな(笑
◆ご感想をお気軽に
〔叢雲掲示板〕
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◇怪我の様子を見に来た女の子達に元気に振る舞う優樹だったが、その心中は穏やかとは行かないようだった。その優樹を気遣いながらも遼は、触れられない部分があることが焦れる。その時アキラと共に轟木が部屋を訪ねてきた。
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<本文>
昨日は奇妙な力に気圧され何も言うことが出来なかったが、轟木に対する疑問は計り知れない。何から問い質せばいいか迷う遼の出方を伺うように、轟木が静かに口を開いた。
「何もせずに、この地を去るつもりか?」
眼鏡の奥、研ぎ澄まされた刀身の鋭さを宿した瞳には、普段の知性的な穏やかさはなかった。射止められ、畏怖を感じて身が竦む。高潔な意志と強大な力に相対して、無力な己に恥じ入りたくなる威圧感だった。だが、この瞳を遼は知っている。優樹が友人同士の無益な争いを諫めるとき、意味無く力を誇示する輩を抑えるとき、確かにこの瞳があった。ただ轟木と違い、その瞳には常に暖かく優しい光が宿っていたのだが……。
「あのなぁ……昨夜から何を聞いても無視してたくせに、それが開口一番に言うセリフかねぇ? 二人に話があるって言うから期待してたんだぜ……そろそろ、お前が抱いてる思惑が何か聞かせて欲しいんだけど?」
笑みを浮かべながらも轟木に詰め寄るアキラの口調には、抑えた怒りが伺えた。
「僕らに何が出来ると言うんですか? 轟木先輩。まさか妖怪退治をしろとでも? 冗談でしょう、そんなこと出来るわけない」
遼の反論を鼻であしらい、轟木は優樹に目を向けた。
「また犠牲者が出る……いや、既に出たかも知れない。それでも放っておくつもりか? 篠宮優樹」
「これ以上、優樹を引き合いに出さないで下さい。先輩はいったい、優樹に何をさせるつもりなんだ!」
相手が先輩であろうと関係ない、今や遼にとっての轟木は優樹だけでなく全ての友人を危険に巻き込もうとする敵にしか思えなかった。同じ想いからか、アキラが遼と優樹を庇う様に轟木の前に立つ。が、突然アキラを押しのけ、優樹が前に進み出た。
「俺に何か出来ることがあるなら……やらせてくれ。これ以上あの人に恐ろしい真似をさせたくない」
「君は美月さんを救えない……遅かれ早かれ、あの人は自らの怨念で破滅するしかないと思うよ。気持ちは解るけど、僕たちには何も出来ないんだ」
冷たく言い放った遼を、優樹は無言のまま真摯な瞳で見つめた。その視線に耐えられず、つい顔を背ける。
「いつも君の言うことは正論だ……揺るぎない正義と、それを行う勇気がある。だけど、それだけで解決できることばかりじゃない。そんなことをしたら君が……」
同情の余地はあれど美月に対して冷たい感情しか抱けない遼にとっては、内なる闇の部分と向き合う覚悟が出来たとはいえ、その正体も解決の方向も解らぬままの優樹を危険にさらす様な真似はしたくなかった。これ以上優樹を傷つけない為に、どう思われようとも冷然とした態度を取るつもりだった。しかし優樹の瞳を直視すれば、決意は脆く崩れそうになる。錯綜する想いを読み取ったのか、優樹が遼の腕を掴んだ。
「解ってくれよ、遼。俺は誰かが泣いたり傷ついたりするのは嫌なんだ……助けられるのなら、俺の出来ることをやれるだけやりたい。それが、俺が俺でいられる唯一のやり方なんだ。本当の自分と向き合うためにも、今までの俺を否定するようなことは出来ない」
「優樹……」
保身にまわり、計算してから行動するなど優樹にとっては意味が無いのだ。優樹には優樹のやり方があり、自分らしさを貫きたいという気持ちは理解できた。ならばそれに従ってサポートするのが、遼のやり方になるのだろう。
「敵わないな、君の好きにしたらいいよ」
知らず微笑んだ遼は、重く気負っていた責が軽くなるのを感じた。心配には及ばない、優樹を信じて任せればいいのだ。悪い方向に向かうことはないのだと。
黙したままの轟木に話の先を求めて目を向けると、轟木はすっと目を細め優樹を見つめた。
「かなり意志の力が強くなったな……篠宮優樹が邪念に取り込まれたのは猜疑心や不安から精気が弱くなっていたからだが、今のところ内なる闇に支配される心配はないだろう。内なる闇は自らを殺す、おまえの父のように……。正義感が強いところはよく似ているよ、だだそれが仇になってしまったが」
「え……っ?」
意想外の言葉に、遼は目を見開き優樹を見た。轟木の家が優樹の祖父の系列会社だという話は聞いたばかりだが、父親の死についても何か知っているのだろうか? しかし、その口振りには何か含みが感じ取れた。抗いがたい呪縛の力、人知を越えた言霊の力……。
「今やらなきゃいけないことに、親父は関係ないだろう? 俺が知りたいのは、湖の化け物をどうしたらいいかだっ!」
声を荒げた優樹を再び青白い焔が包み込んだ。それは抑えきれぬ怒りか、それとも闇の支配を受けた別人格なのか、正体を見極めんとして遼は注視する。憎悪、敵意、苛立ち、それらの中から感じるのは悲痛な叫び……? 優樹が求めているものの片鱗が微かに見えそうに思えた時、轟木が片手を挙げ焔は霧散する。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆一部から時々現れていた優樹君の別人格が、顕著になってきました。ますます少女漫画(?)になってきて満足の自分です。
◆しかし、乙女要素がだんだん少なくなってきたかな。
う〜ん、う〜ん、こんなはずでは?
◆絶対に10月に完結するんだっ!
そう言えば、一部の完結も10月でした。もうすぐ○○才の誕生日かぁ……。毎年誕生月に一本完結できたら、いいかも。そしたら後、○○作は書けそうだな(笑
◆ご感想をお気軽に
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕51】
2004年9月18日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第50回のあらすじ]
◇美月が優樹のために、朝早くから薬を調達に行ったことを及川から聞いた遼は、少し複雑な心境だった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
優樹を心配して訪れた女の子達は、朝から食欲旺盛と聞いて安心した様だ。湿布を取り替えに来た冬也が運んだ厚切りフレンチトーストを平らげ、牛乳の一リットル瓶をあおる姿に呆れて田村杏子が溜息をつく。
「バッカみたい、美加なんか一晩中寝ないで心配してたっていうのに……心配するだけ無駄だったんじゃない?」
牧原美加が杏子の後ろからおずおず顔を出すと、優樹は決まり悪そうに笑った。
「悪ぃな……牧原、有り難う」
「あっ、あのっ、昨夜は雨で寝付けなかっただけなの……でも良かった元気そうで。それじゃ私、部屋に戻らなきゃ」
はにかみながら耳まで真っ赤になった美加は、やっとの様子でそれだけ言うと急いで部屋を出て行った。杏子が、その後ろ姿に溜息を乗せる。
「何やってんのかなぁ……面倒見切れないんだから。とにかく優樹、美加を泣かせる様な真似はもうしないでよねっ! わかった?」
「ええっ? ああ、わかった……」
何時にも増して強気な杏子に優樹は素直に頷いた。しかし女の子達が居なくなり遼と二人になると首を傾げる。
「杏子のヤツ、最近強くなったと思わないか? それにしても……どういう意味かな?」
「さあね」
美加の気持ちをくんで遼は惚けておいたが、ここまで鈍いと杏子が気の毒に思える。優樹の暴力を目撃したショックと怪我の心配から杏子も眠れなかったのだろう疲れた顔をしていたが、それでもなお美加を気遣っているのだ。
「だけど……みんなに心配かけちまった、逃げてないでちゃんと解決しなきゃならねぇよな。でないと、また……杏子や牧原を泣かせちまう。多分そう言う意味なんだろうけど」
微妙に取り違えているようだが、優樹なりの理解に遼は笑った。
「そうだね……もし君が不安や恐怖を抱え込んでいるなら、少しずつで良いから話してくれないかな。抑え込まずに解決しなくちゃ、自分をコントロールできないと思うよ。轟木先輩が横浜の本家の話をした時、君らしくない態度に吃驚した。やっぱりお祖父さんやお姉さんが関係あるの?」
途端、優樹の表情が険しくなり握りしめた拳が小刻みに震えた。間違いなく理由はそこにある様だ。だが、振り払う様に顔を上げて優樹は堪えた笑みを作った。
「ゴメン、今はまだ言いたくねぇんだ……もうちょっと時間を貰えないかな?」
だけど、と言い掛け遼は言葉を飲む。無理に問い質し、傷つけたくはなかった。
「うん……わかった。でも覚えていてくれよ、僕は何があろうと君の味方だ」
「サンキュ! なんだか子供の頃と立場が逆になっちまったな……やっぱり強いのはお前の方だよ、遼」
「何言ってるのさ、君がいたから今の僕があるんだよ。僕が力になれるなら、何でもするからね」
「ちぇっ、言ってくれるよな」
ふざけて口を尖らせて見せた優樹は、ふと真顔になると遼から目を逸らした。
「そう言えば……遥斗と宙はどうしてる?」
「えっ? 彼等なら今日は最後の日だからって、満彦さんと渓流釣りに行くと言ってたけど。雨で水が濁ってるから、沢の上流まで車で行ったらしいよ」
「そっか、それならいいんだ」
「今朝、会わなかったの?」
「……」
昨夜の遥斗と宙の様子では、優樹を避けていると推測できた。おそらく優樹も気が付いているのだろう。
「今朝は早く出かけたみたいだから忙しかったんじゃないかな、帰ったら釣果を聞かせてもらわなきゃね。まあ、あの二人に期待は出来そうもないけど」
「オーナーが付いてるから解らないぜ? 夕飯になるくらい釣ってくるかも知れないじゃないか」
「どうかな?」
肩を竦めた遼の軽口に優樹が笑う。
「俺も午後から少し走ってみようかなぁ」
「だめだ、君はこの部屋からでないこと。僕が付き合ってあげるから大人しくしてるんだ」
「お前、ここで何してるつもりだよ?」
「当然、勉強。よかったら参考書を貸してあげるけど?」
ぐっと喉を鳴らし、優樹は嫌そうな顔になる。
「強くなったっていうより性格悪くなったよな、おまえ」
「そう?」
すまして遼はライティングデスクに向かったが、美月のことや郷田のこと、この地を去る前に何をどうするべきか考えると参考書を開く気にはなれなかった。美月が帰る前にアキラに相談してみようと思い立った時、ノックの音がして返事も待たずドアが開いた。
「轟木が、話があるそうだ」
そう告げたアキラの後ろには、悠然と立つ轟木彪留の姿があった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆進行上、女の子がいるのは良いですね。一部ももう少し女の子を出せば良かったかな?
◆相変わらず鈍い優樹君です。そんな、お馬鹿なところが必要な役どころ(笑
遼君みたいなキャラは、動きにくいですからね。
◆さて、轟木君は何しにきたのかな?
◆ご感想をお気軽に
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◇美月が優樹のために、朝早くから薬を調達に行ったことを及川から聞いた遼は、少し複雑な心境だった。
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<本文>
優樹を心配して訪れた女の子達は、朝から食欲旺盛と聞いて安心した様だ。湿布を取り替えに来た冬也が運んだ厚切りフレンチトーストを平らげ、牛乳の一リットル瓶をあおる姿に呆れて田村杏子が溜息をつく。
「バッカみたい、美加なんか一晩中寝ないで心配してたっていうのに……心配するだけ無駄だったんじゃない?」
牧原美加が杏子の後ろからおずおず顔を出すと、優樹は決まり悪そうに笑った。
「悪ぃな……牧原、有り難う」
「あっ、あのっ、昨夜は雨で寝付けなかっただけなの……でも良かった元気そうで。それじゃ私、部屋に戻らなきゃ」
はにかみながら耳まで真っ赤になった美加は、やっとの様子でそれだけ言うと急いで部屋を出て行った。杏子が、その後ろ姿に溜息を乗せる。
「何やってんのかなぁ……面倒見切れないんだから。とにかく優樹、美加を泣かせる様な真似はもうしないでよねっ! わかった?」
「ええっ? ああ、わかった……」
何時にも増して強気な杏子に優樹は素直に頷いた。しかし女の子達が居なくなり遼と二人になると首を傾げる。
「杏子のヤツ、最近強くなったと思わないか? それにしても……どういう意味かな?」
「さあね」
美加の気持ちをくんで遼は惚けておいたが、ここまで鈍いと杏子が気の毒に思える。優樹の暴力を目撃したショックと怪我の心配から杏子も眠れなかったのだろう疲れた顔をしていたが、それでもなお美加を気遣っているのだ。
「だけど……みんなに心配かけちまった、逃げてないでちゃんと解決しなきゃならねぇよな。でないと、また……杏子や牧原を泣かせちまう。多分そう言う意味なんだろうけど」
微妙に取り違えているようだが、優樹なりの理解に遼は笑った。
「そうだね……もし君が不安や恐怖を抱え込んでいるなら、少しずつで良いから話してくれないかな。抑え込まずに解決しなくちゃ、自分をコントロールできないと思うよ。轟木先輩が横浜の本家の話をした時、君らしくない態度に吃驚した。やっぱりお祖父さんやお姉さんが関係あるの?」
途端、優樹の表情が険しくなり握りしめた拳が小刻みに震えた。間違いなく理由はそこにある様だ。だが、振り払う様に顔を上げて優樹は堪えた笑みを作った。
「ゴメン、今はまだ言いたくねぇんだ……もうちょっと時間を貰えないかな?」
だけど、と言い掛け遼は言葉を飲む。無理に問い質し、傷つけたくはなかった。
「うん……わかった。でも覚えていてくれよ、僕は何があろうと君の味方だ」
「サンキュ! なんだか子供の頃と立場が逆になっちまったな……やっぱり強いのはお前の方だよ、遼」
「何言ってるのさ、君がいたから今の僕があるんだよ。僕が力になれるなら、何でもするからね」
「ちぇっ、言ってくれるよな」
ふざけて口を尖らせて見せた優樹は、ふと真顔になると遼から目を逸らした。
「そう言えば……遥斗と宙はどうしてる?」
「えっ? 彼等なら今日は最後の日だからって、満彦さんと渓流釣りに行くと言ってたけど。雨で水が濁ってるから、沢の上流まで車で行ったらしいよ」
「そっか、それならいいんだ」
「今朝、会わなかったの?」
「……」
昨夜の遥斗と宙の様子では、優樹を避けていると推測できた。おそらく優樹も気が付いているのだろう。
「今朝は早く出かけたみたいだから忙しかったんじゃないかな、帰ったら釣果を聞かせてもらわなきゃね。まあ、あの二人に期待は出来そうもないけど」
「オーナーが付いてるから解らないぜ? 夕飯になるくらい釣ってくるかも知れないじゃないか」
「どうかな?」
肩を竦めた遼の軽口に優樹が笑う。
「俺も午後から少し走ってみようかなぁ」
「だめだ、君はこの部屋からでないこと。僕が付き合ってあげるから大人しくしてるんだ」
「お前、ここで何してるつもりだよ?」
「当然、勉強。よかったら参考書を貸してあげるけど?」
ぐっと喉を鳴らし、優樹は嫌そうな顔になる。
「強くなったっていうより性格悪くなったよな、おまえ」
「そう?」
すまして遼はライティングデスクに向かったが、美月のことや郷田のこと、この地を去る前に何をどうするべきか考えると参考書を開く気にはなれなかった。美月が帰る前にアキラに相談してみようと思い立った時、ノックの音がして返事も待たずドアが開いた。
「轟木が、話があるそうだ」
そう告げたアキラの後ろには、悠然と立つ轟木彪留の姿があった。
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◆進行上、女の子がいるのは良いですね。一部ももう少し女の子を出せば良かったかな?
◆相変わらず鈍い優樹君です。そんな、お馬鹿なところが必要な役どころ(笑
遼君みたいなキャラは、動きにくいですからね。
◆さて、轟木君は何しにきたのかな?
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕50】
2004年9月13日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第49回のあらすじ]
◇郷田の話した美月の姿は、既に人としての良識を失っているように思えた。それは、己の欲望に支配された怪物そのものなのか……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本編>
雨は夜半過ぎには止んだようだ。昨日とはうって変わったように清々しい青空が広がり霧もない。身体の痛みは残っているはずだが気分の良いのだろう、目を覚ますなり優樹は身体を動かしたがったが珍しく早起きをして様子を見に来たアキラにあっけなく押さえ込まれてしまった。
「今日は大人しく休んでろ、俺には逆らえないはずだよなぁ?」
教えた合気道をあのように使われたアキラが、言葉で責めはしないが態度に怒りを含めて諫めると、優樹はしょんぼり毛布を被った。その様子に苦笑しながら遼は、依然と何ら変わらない姿に少し安堵する。たとえカラ元気であれ、暗く落ち込んでいるよりはいい。何よりも大気中に、自分と戦うと決めた優樹の強い気概を感じることが出来るのだ。
本棟に朝食をとりに行くと食堂に美月の姿はなく、代わりに及川と冬也が給仕に付いていた。朝食の用意は美月の仕事で、及川は昼から郷田は夜から仕事に就くはずである。訝りながら遼が用意された席に座ると、及川が御飯と汁椀を運んできた。
「お早うございます……美月さんは?」
「美月ちゃんは町に用があるからって、今朝早く出かけたわ。何か御用かしら?」
昨日の経緯を聞いているのだろう、遼の質問に答えた及川の声は少し固い。
「用があるわけではないんですけど……。今日、出かける事は以前から決まっていたんですか?」
「えっ? いいえ……夕べ遅くに、『明日の朝早く出かけるから朝食の準備をお願い』って頼まれたのよ。どうしてそんなことを聞くの?」
「……すみません、何でもないんです」
少なからず美月のために怪我人が出たのだ、遼達と顔を合わせ難いのは当然だった。この地を去る前に美月と『蜻蛉鬼』の関わりを明らかにして、郷田だけではなくオーナーの緒永満彦や及川に危険を示唆するべきか? しかし、どうすれば信じて貰えるのだろう……邪念に囚われた美月は自覚があると確信していた。郷田を交えて追求するべきか? それとも、これ以上の関わりを避けて去るべきだろうか……。朝食に手を付けず考え込んでいると、厨房に戻り掛けた及川は足を止め遼に向き直った。
「あの男の子……怪我の具合はどう? 病院に行かなくてもいいのかしら?」
「優樹の事なら大丈夫です、ご迷惑掛けました」
「迷惑だなんて……だって悪いのはあの、変な人たちでしょ? お願いだから美月ちゃんを責めないであげてね」
「美月さんのせいだなんて思ってません、その場にいた僕も喧嘩になるのを止められなかったんだから……」
遼が無理に笑顔を作ると、及川が安堵の表情になった。
「美月ちゃん、かなり気にしてるようなの……。実は今日、町に降りたのはコテージにある医薬品じゃ役に立たないからって、冬也さんが以前掛かってた接骨院まで痛み止めのお薬を貰いに行ったのよ。一番近い道路が昨夜の雨で水浸しになって、回り道をすると片道二時間くらい掛かるの。でも、早く手に入れるために6時前には車で出かけたみたい」
及川の言葉に、内心で美月を責めていた気持ちが少しだけ和らいだ。悪いのは美月でなく、湖の邪気だ。だがどうすることも出来ない……。及川に伝えられない歯痒さに遼は苛立つ。何か切っ掛けを掴む事が出来ないだろうか?
「及川さんも、この土地の出身なんですか?」
朝食に箸を付けながら遼が尋ねると、及川は微笑んだ。暖かく安らぎを感じる笑顔に、郷田が及川を選んだ理由が少し解る気がした。
「そうよ、ただ私は町の方に住んでたから大学のテニスサークルで『美月荘』を利用するまで、美月さんや冬也さんに会った事はなかったわ」
「郷田さんは昔から、美月さんと冬也さんを良く知っていたそうですね……」
及川は美月に対してどのような感情を抱いているのだろうか? 内心で探る様に、表情を伺い見る。しかし嬉しそうに目を輝かせた及川に、遼は意表を突かれた。
「ええ、だから子供の頃の話を良く聞かせてもらうの。美月さんと冬也さんが恋人同士の様に仲が良かったとか、美月ちゃんは身体が弱くて泣きながらマゴタロウを飲んでいたとか……。美月ちゃんのお母さんは病気がちで、早くに亡くなったんですって。だからオーナーの緒永さんは美月ちゃんを丈夫にしたかったらしいわ、今でも時々気分が悪くなって休んだりすることもあるけど。美月ちゃんにも支えてくれる素敵な人が早くできると良いのにね……あれだけ美人だから結構交際申し込まれるのよ、ところが首を縦に振らないの」
どうやら及川は、素直で人の良い性格らしい。お喋りの内容からは、美月の気持ちなど微塵も察してはいないようだった。それにしても、郷田の口からも出た『マゴタロウ』とは何か? 遼には優樹が説明してくれたヘビトンボの幼虫しか思い浮かばないが気に掛かる。
「あの……マゴタロウって薬の名前か何かですか?」
遼の質問に、及川はいたずらっぽく笑った。
「民間療法って言うのかしら? この地方ではヘビトンボの幼虫のマゴタロウ虫を焼いた粉を飲ませると、身体に良いと言われてるのよ。でも……今時そんなことする人はいないでしょうね」
途端に悪寒が走り、皮膚が粟立つ。もとより変わり食材は苦手だが、湖で見たヴィジョンまで脳裏に甦り意識が遠のきそうになった。
「どうしたの? 気分が悪いのかしら?」
「トンボの幼虫に咬まれて熱を出したことがあって……虫が苦手なんです、もう平気ですから」
心配して顔を覗き込んだ及川を小さな嘘でどうにか取り繕うと、安心させようと遼は小鉢に箸を付けた。
「ところで……これは何の佃煮ですか?」
「カワニナよ、珍しいでしょう?」
カワニナは淡水に棲む巻き貝の様なものだが、それを聞いて正気を保つことが出来そうになくなった遼は、及川に詫びると急いでトイレに駆け込んだ。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆「イナゴ」「カワニナ」「タニシ」、あたしも苦手ですし、食べたくないかも。でも、変わり食材は滋養強壮に効く物が多いことも確かです。
決して遼君がお上品なわけではなく、優樹の方が野生児なだけ(笑
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◇郷田の話した美月の姿は、既に人としての良識を失っているように思えた。それは、己の欲望に支配された怪物そのものなのか……。
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<本編>
雨は夜半過ぎには止んだようだ。昨日とはうって変わったように清々しい青空が広がり霧もない。身体の痛みは残っているはずだが気分の良いのだろう、目を覚ますなり優樹は身体を動かしたがったが珍しく早起きをして様子を見に来たアキラにあっけなく押さえ込まれてしまった。
「今日は大人しく休んでろ、俺には逆らえないはずだよなぁ?」
教えた合気道をあのように使われたアキラが、言葉で責めはしないが態度に怒りを含めて諫めると、優樹はしょんぼり毛布を被った。その様子に苦笑しながら遼は、依然と何ら変わらない姿に少し安堵する。たとえカラ元気であれ、暗く落ち込んでいるよりはいい。何よりも大気中に、自分と戦うと決めた優樹の強い気概を感じることが出来るのだ。
本棟に朝食をとりに行くと食堂に美月の姿はなく、代わりに及川と冬也が給仕に付いていた。朝食の用意は美月の仕事で、及川は昼から郷田は夜から仕事に就くはずである。訝りながら遼が用意された席に座ると、及川が御飯と汁椀を運んできた。
「お早うございます……美月さんは?」
「美月ちゃんは町に用があるからって、今朝早く出かけたわ。何か御用かしら?」
昨日の経緯を聞いているのだろう、遼の質問に答えた及川の声は少し固い。
「用があるわけではないんですけど……。今日、出かける事は以前から決まっていたんですか?」
「えっ? いいえ……夕べ遅くに、『明日の朝早く出かけるから朝食の準備をお願い』って頼まれたのよ。どうしてそんなことを聞くの?」
「……すみません、何でもないんです」
少なからず美月のために怪我人が出たのだ、遼達と顔を合わせ難いのは当然だった。この地を去る前に美月と『蜻蛉鬼』の関わりを明らかにして、郷田だけではなくオーナーの緒永満彦や及川に危険を示唆するべきか? しかし、どうすれば信じて貰えるのだろう……邪念に囚われた美月は自覚があると確信していた。郷田を交えて追求するべきか? それとも、これ以上の関わりを避けて去るべきだろうか……。朝食に手を付けず考え込んでいると、厨房に戻り掛けた及川は足を止め遼に向き直った。
「あの男の子……怪我の具合はどう? 病院に行かなくてもいいのかしら?」
「優樹の事なら大丈夫です、ご迷惑掛けました」
「迷惑だなんて……だって悪いのはあの、変な人たちでしょ? お願いだから美月ちゃんを責めないであげてね」
「美月さんのせいだなんて思ってません、その場にいた僕も喧嘩になるのを止められなかったんだから……」
遼が無理に笑顔を作ると、及川が安堵の表情になった。
「美月ちゃん、かなり気にしてるようなの……。実は今日、町に降りたのはコテージにある医薬品じゃ役に立たないからって、冬也さんが以前掛かってた接骨院まで痛み止めのお薬を貰いに行ったのよ。一番近い道路が昨夜の雨で水浸しになって、回り道をすると片道二時間くらい掛かるの。でも、早く手に入れるために6時前には車で出かけたみたい」
及川の言葉に、内心で美月を責めていた気持ちが少しだけ和らいだ。悪いのは美月でなく、湖の邪気だ。だがどうすることも出来ない……。及川に伝えられない歯痒さに遼は苛立つ。何か切っ掛けを掴む事が出来ないだろうか?
「及川さんも、この土地の出身なんですか?」
朝食に箸を付けながら遼が尋ねると、及川は微笑んだ。暖かく安らぎを感じる笑顔に、郷田が及川を選んだ理由が少し解る気がした。
「そうよ、ただ私は町の方に住んでたから大学のテニスサークルで『美月荘』を利用するまで、美月さんや冬也さんに会った事はなかったわ」
「郷田さんは昔から、美月さんと冬也さんを良く知っていたそうですね……」
及川は美月に対してどのような感情を抱いているのだろうか? 内心で探る様に、表情を伺い見る。しかし嬉しそうに目を輝かせた及川に、遼は意表を突かれた。
「ええ、だから子供の頃の話を良く聞かせてもらうの。美月さんと冬也さんが恋人同士の様に仲が良かったとか、美月ちゃんは身体が弱くて泣きながらマゴタロウを飲んでいたとか……。美月ちゃんのお母さんは病気がちで、早くに亡くなったんですって。だからオーナーの緒永さんは美月ちゃんを丈夫にしたかったらしいわ、今でも時々気分が悪くなって休んだりすることもあるけど。美月ちゃんにも支えてくれる素敵な人が早くできると良いのにね……あれだけ美人だから結構交際申し込まれるのよ、ところが首を縦に振らないの」
どうやら及川は、素直で人の良い性格らしい。お喋りの内容からは、美月の気持ちなど微塵も察してはいないようだった。それにしても、郷田の口からも出た『マゴタロウ』とは何か? 遼には優樹が説明してくれたヘビトンボの幼虫しか思い浮かばないが気に掛かる。
「あの……マゴタロウって薬の名前か何かですか?」
遼の質問に、及川はいたずらっぽく笑った。
「民間療法って言うのかしら? この地方ではヘビトンボの幼虫のマゴタロウ虫を焼いた粉を飲ませると、身体に良いと言われてるのよ。でも……今時そんなことする人はいないでしょうね」
途端に悪寒が走り、皮膚が粟立つ。もとより変わり食材は苦手だが、湖で見たヴィジョンまで脳裏に甦り意識が遠のきそうになった。
「どうしたの? 気分が悪いのかしら?」
「トンボの幼虫に咬まれて熱を出したことがあって……虫が苦手なんです、もう平気ですから」
心配して顔を覗き込んだ及川を小さな嘘でどうにか取り繕うと、安心させようと遼は小鉢に箸を付けた。
「ところで……これは何の佃煮ですか?」
「カワニナよ、珍しいでしょう?」
カワニナは淡水に棲む巻き貝の様なものだが、それを聞いて正気を保つことが出来そうになくなった遼は、及川に詫びると急いでトイレに駆け込んだ。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆「イナゴ」「カワニナ」「タニシ」、あたしも苦手ですし、食べたくないかも。でも、変わり食材は滋養強壮に効く物が多いことも確かです。
決して遼君がお上品なわけではなく、優樹の方が野生児なだけ(笑
◆ご感想をお気軽に
〔叢雲掲示板〕
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕49】
2004年9月7日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第48回のあらすじ]
◇解決の糸口を捜して郷田を突き詰めた遼は、その様子から自分の考えが正しかったことを知る。しかしまだ、美月が何をしようとしているか解らない。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
『蜻蛉鬼は力の源たる怨念を得て甦ろうとしている。人肉を喰らい、力を蓄え、やがてその姿を現すだろう』
現代に化け物まがいの現象が起きるとは考えられなかった。しかし放っておけば取り返しが付かなくなると解るのだ。恋愛感情には人それぞれの理由があり、なぜ郷田が美月を選ばなかったか遼には知るよしもない。しかし今ほどの様子から、かつて郷田は美月に想いを寄せていたのだと伺い知れた。湖の怪異は美月の仕業と郷田に信じさせれば、何か手が打てるかも知れないのだが……。
「美月ちゃんとは……小学校の頃から仲が良かった。とても優しくて可愛い子だったけど身体が弱くてね、いつも嫌々マゴタロウを飲まされてたな。中学校に入るまではかなりのお兄ちゃん子で、冬也さんがいないとすぐに泣き出す甘えん坊だった」
「付き合っていた事があったんですか?」
「いや……いつも三人一緒だったからね。オフロードレースで大怪我をした冬也さんがレーサーを諦めて上京した時、美月ちゃんも東京の学校に通うって随分言い張ったんだけど叶わなかった。冬也さんと入れ替わりに僕が帰郷して『美月荘』のシェフになり、冬也さんの代わりにお兄ちゃんになれたらなって思ったんだ……」
郷田は寂しそうな顔で笑った。
「結局、冬也さんには敵わないって思い知っただけだったよ。それでも傍にいたいと思っていた……そして辛さは募るばかりだった。そんなとき、以前一緒の職場にいた片瀬由利菜という女の子が僕を慕って訪ねてきたんだ。美月ちゃんの役に立てなくて落ち込んでいた僕は、由利菜に惹かれていった」
「湖で亡くなった女性ですね、洞窟の祠に生けてある花を見つけた時に美月さんから聞きました」
苦渋の表情で深く息を吐き、頭を抱える様に郷田は手を組む。
「由利菜は一人っ子で、地方都市で経営している実家のレストランを継がなくちゃならなかった。でもまだ先の話だと思っていたら婚約する直前に母親が急死して……結婚の日取りは喪が明けてからと言う事になったんだけど、父親だけになったレストランを手伝いに二人で行く事になったんだ。ところが同じ時期に僕が卒業した調理師専門学校からフランス留学の勧めがあって、僕は行きたかったんだけど由利菜に五年も待てないと言われて諦めるつもりだった。そして……あの事件が起きたんだよ」
しばらく黙した郷田が、口を開くまで遼は待った。辛い記憶は容易に他人に話せるものではないからだ。しかし、疑いを持ちながらも美月が関係していると言った遼の真剣な態度は、郷田に話す決意をさせたに違いなかった。
「悲しみや苦痛から逃れたかった……だから僕は留学を決めて逃げ出したんだ。その時初めて、帰ってきて欲しいと言った美月ちゃんが僕に好意を持っていると知ったんだ。美月ちゃんの気持ちは嬉しかった……だけど……次の言葉で僕の血は凍りついた」
「美月さんは、何と言ったんですか?」
遼の動悸は速くなる。
「美月ちゃんは……僕にこう言った『良かったわね郷田君、これで留学できるじゃない。私の望み通りになったわ』と……」
堰を切り押し寄せてきた感情は、計り知れないほどの悲しみだった。愛情と憎悪、寂寥と苦痛、疑問と戸惑い……。あらゆる感傷が綯い交ぜになり、うねりあい、包み込まれて遼の胸は潰されそうになる。苦しさから逃れようと、大きく息を吸い込んだ。もはや疑う余地はない。
「望み通りになったと……言ったんですね」
「ああ……だが待ってくれ、それだけで美月ちゃんが由利菜の死に関係してるとは言えないだろう? 全くの偶然だ」
「本当にそう思いますか? たとえば……及川さんに危険が及ぶ事はないと言い切れるんですか? もし同じ悲劇が……」
「よしたまえ、そんなことあり得ない! 君は……どうかしている!」
そう叫んだ郷田が、否定しながらも気持ちのどこかで美月に疑いを持っているのは明らかだった。しかし、これ以上問いつめても今日の所は無駄なようだ。
「僕らは客にすぎませんから、明後日にはこの地を去ります。でも……関係ないと済ませる事は出来ない。『秋月湖』には何かが居ます……それを止められるのは郷田さんだけかも知れません。……帰ります、ミルクご馳走様でした」
顔を俯け無言のままの郷田に会釈すると、遼は冬也を探して傘を借りた。玄関を出れば、さらに雨足は強くなり横殴りの風が傘を奪おうとする。
しかし遼は濡れるに任せ、コテージに向かって歩き出した。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆この回まででVOL6にまとめます。近日中に(今日とは言わない・笑)ホームページ・ノベルにアップしますので、まとめて読んでみて下さい。
鳥羽山君の登場シーンが、涼しく読めるかも知れません。
◆これから先は「解決編」です。
優樹君の秘密が次々と明らかになります、お楽しみに。
◆女の子も活躍します(どういう風に?)
登場シーンがあるだけか?(苦笑)
◆日下部さん、頑張ります〜!
◆ご感想をお気軽に
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◇解決の糸口を捜して郷田を突き詰めた遼は、その様子から自分の考えが正しかったことを知る。しかしまだ、美月が何をしようとしているか解らない。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
『蜻蛉鬼は力の源たる怨念を得て甦ろうとしている。人肉を喰らい、力を蓄え、やがてその姿を現すだろう』
現代に化け物まがいの現象が起きるとは考えられなかった。しかし放っておけば取り返しが付かなくなると解るのだ。恋愛感情には人それぞれの理由があり、なぜ郷田が美月を選ばなかったか遼には知るよしもない。しかし今ほどの様子から、かつて郷田は美月に想いを寄せていたのだと伺い知れた。湖の怪異は美月の仕業と郷田に信じさせれば、何か手が打てるかも知れないのだが……。
「美月ちゃんとは……小学校の頃から仲が良かった。とても優しくて可愛い子だったけど身体が弱くてね、いつも嫌々マゴタロウを飲まされてたな。中学校に入るまではかなりのお兄ちゃん子で、冬也さんがいないとすぐに泣き出す甘えん坊だった」
「付き合っていた事があったんですか?」
「いや……いつも三人一緒だったからね。オフロードレースで大怪我をした冬也さんがレーサーを諦めて上京した時、美月ちゃんも東京の学校に通うって随分言い張ったんだけど叶わなかった。冬也さんと入れ替わりに僕が帰郷して『美月荘』のシェフになり、冬也さんの代わりにお兄ちゃんになれたらなって思ったんだ……」
郷田は寂しそうな顔で笑った。
「結局、冬也さんには敵わないって思い知っただけだったよ。それでも傍にいたいと思っていた……そして辛さは募るばかりだった。そんなとき、以前一緒の職場にいた片瀬由利菜という女の子が僕を慕って訪ねてきたんだ。美月ちゃんの役に立てなくて落ち込んでいた僕は、由利菜に惹かれていった」
「湖で亡くなった女性ですね、洞窟の祠に生けてある花を見つけた時に美月さんから聞きました」
苦渋の表情で深く息を吐き、頭を抱える様に郷田は手を組む。
「由利菜は一人っ子で、地方都市で経営している実家のレストランを継がなくちゃならなかった。でもまだ先の話だと思っていたら婚約する直前に母親が急死して……結婚の日取りは喪が明けてからと言う事になったんだけど、父親だけになったレストランを手伝いに二人で行く事になったんだ。ところが同じ時期に僕が卒業した調理師専門学校からフランス留学の勧めがあって、僕は行きたかったんだけど由利菜に五年も待てないと言われて諦めるつもりだった。そして……あの事件が起きたんだよ」
しばらく黙した郷田が、口を開くまで遼は待った。辛い記憶は容易に他人に話せるものではないからだ。しかし、疑いを持ちながらも美月が関係していると言った遼の真剣な態度は、郷田に話す決意をさせたに違いなかった。
「悲しみや苦痛から逃れたかった……だから僕は留学を決めて逃げ出したんだ。その時初めて、帰ってきて欲しいと言った美月ちゃんが僕に好意を持っていると知ったんだ。美月ちゃんの気持ちは嬉しかった……だけど……次の言葉で僕の血は凍りついた」
「美月さんは、何と言ったんですか?」
遼の動悸は速くなる。
「美月ちゃんは……僕にこう言った『良かったわね郷田君、これで留学できるじゃない。私の望み通りになったわ』と……」
堰を切り押し寄せてきた感情は、計り知れないほどの悲しみだった。愛情と憎悪、寂寥と苦痛、疑問と戸惑い……。あらゆる感傷が綯い交ぜになり、うねりあい、包み込まれて遼の胸は潰されそうになる。苦しさから逃れようと、大きく息を吸い込んだ。もはや疑う余地はない。
「望み通りになったと……言ったんですね」
「ああ……だが待ってくれ、それだけで美月ちゃんが由利菜の死に関係してるとは言えないだろう? 全くの偶然だ」
「本当にそう思いますか? たとえば……及川さんに危険が及ぶ事はないと言い切れるんですか? もし同じ悲劇が……」
「よしたまえ、そんなことあり得ない! 君は……どうかしている!」
そう叫んだ郷田が、否定しながらも気持ちのどこかで美月に疑いを持っているのは明らかだった。しかし、これ以上問いつめても今日の所は無駄なようだ。
「僕らは客にすぎませんから、明後日にはこの地を去ります。でも……関係ないと済ませる事は出来ない。『秋月湖』には何かが居ます……それを止められるのは郷田さんだけかも知れません。……帰ります、ミルクご馳走様でした」
顔を俯け無言のままの郷田に会釈すると、遼は冬也を探して傘を借りた。玄関を出れば、さらに雨足は強くなり横殴りの風が傘を奪おうとする。
しかし遼は濡れるに任せ、コテージに向かって歩き出した。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆この回まででVOL6にまとめます。近日中に(今日とは言わない・笑)ホームページ・ノベルにアップしますので、まとめて読んでみて下さい。
鳥羽山君の登場シーンが、涼しく読めるかも知れません。
◆これから先は「解決編」です。
優樹君の秘密が次々と明らかになります、お楽しみに。
◆女の子も活躍します(どういう風に?)
登場シーンがあるだけか?(苦笑)
◆日下部さん、頑張ります〜!
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕48】
2004年9月3日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第47回のあらすじ]
◇優樹の暴力を目の当たりにした後輩の心ない会話に、心情を量りながらも込み上げる不安に潰されそうになる遼だった。しかし逃げずに出来ることをしようと、郷田に話を聞きに行く。すると、去ったはずの日下部が戻ってきたのだが……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
及川が宿泊者用の部屋着を渡すと、日下部は申し訳なさそうに頭を下げ浴室に向かった。その後直ぐに着替えと温かいミルクを持ってきてくれた郷田に礼を言い、遼は服を着替えてミルクに口を付ける。
「あの……美月さんは?」
夕食の時から姿の見えなかった美月は、今も厨房の片づけを手伝っている様子がなかった。
「気分が悪いとかで……部屋で休んでいる様だよ。やあ、優樹君は残さず食べてくれたんだね、良かった。冬也さんから怪我の様子を聞いた時は、食事が出来る状態だなんて信じられなかったけど」
「とても美味しかったって言ってました。でも郷田さんはフランス料理が専門なんでしょう? 優樹に用意してくれたのは……」
人懐こい笑顔で、郷田が微笑む。
「和食、中華、エスニック、何でもござれだよ。ペンションのシェフをやるからには、お客さんの要望に応えられなくちゃ。以前つとめていたレストランみたいに、味の分からない客は来るなって態度は嫌いなんだ。美味しいと言って貰えるのが何より嬉しくてね」
郷田が用意してくれたのは、中華粥の様だった。すっかり平らげ物足りなさそうな顔の優樹を、遼はたしなめたのだ。
「郷田さんは……これからもずっと『美月荘』のシェフを続けるんですか? それだけの腕があるんですから、もっと大きな町で独立したら成功すると思いますよ」
「いやぁ、僕なんかまだまだ……でも、そう言って貰えるのは嬉しいな。それにこの土地は僕の生まれ故郷だし、離れたくないんだ」
今までの遼ならば立ち入った事を聞いたりはしないのだが、年の離れた学生に意見されても郷田は不快そうな顔をしなかった。遼は小さく深呼吸すると、意を決して言葉を継ぐ。
「それだけが理由なんですか? たとえば……美月さんの傍を離れたくないとか」
「えっ?」
郷田の顔色が一気に変わる。
「変な事を言わないで欲しいな……。じゃあ僕はまだ仕事があるから……」
「待って下さい、美月さんが理由でないなら亡くなった恋人のためですか?」
「君は何を言ってるんだ! 他人のプライベートに立ち入る権利はないだろう」
声を荒げた郷田は慌てて厨房を見たが、及川には聞こえていないとわかり少し安心した様に息を吐いた。
「大きな声を出して済まなかったね、でも子供が詮索する事じゃないよ。もう部屋に帰った方がいい」
しかし遼は引き下がらなかった。
「僕には聞く権利があるんです、郷田さん。優樹が日下部さん達と喧嘩した事は御存じですね? ではその理由が何か聞いていますか?」
「……美月さんが鳥羽山さんに絡まれていたのを助けたそうだが、それが僕に何の関係があるんだい? 君の友人が勝手にした事だろう?」
「関係あるんです……美月さんは貴方を愛している。そして報われない想いが怨念を生み、湖に眠る邪気を呼び起こした。優樹はそのせいで正気を失ったんだ」
「馬鹿馬鹿しい! 友人を庇う気持ちは分かるが、どう考えても理不尽な言い分だ。君は僕のせいで優樹君が暴力を奮ったと言いたいのか?」
「そうです」
遼が、きっぱり言い切ると郷田は言葉に詰まった。そして複雑に顔を歪め、蹌踉めくように椅子に座る。
「まさか……そんな。僕のせいなのか? 美月ちゃん。僕が君を……追いつめたのか?」
一笑されるかと予想していた遼は、意外にもみるみる青ざめた郷田の様子に確信を持った。
「思い当たる事が……何かあったんですね?」
「君に……話す様な事じゃない」
「お願いします、郷田さん。僕は友達を助けたいんです! 原因を突き止めなくては、また優樹は暴力の衝動に支配されてしまうかもしれない。僕は優樹の力になりたい、彼を助けたいんです。貴方は美月さんを助けてあげようとは思わないんですか?」
「助ける?」
「このままでは、美月さんは救われない。何か……恐ろしい事が起きる」
轟木の残した言葉と、湖で見たヴィジョンが気に掛かっていた。それらは何かを暗示しているのではないか?
:::::::::::::::::::::::::::::
◆自分のためには何も出来ないけれど、誰かのために全てを投げ出せる。多分、男の子でないと出来ないと思う。女の子には、明確な理由があるけど、男の子は理屈じゃないんだよね。
◆あたしは女だから、本当に理解しているとは言えません。でも、男の子が競い合う場所で一緒に行動したりお酒を飲んだりしてると、解らないところが沢山あった。だから色々、理解しようと勤めた。その解った部分と理想の部分を物語に生かしたいと思うだけ。
◆寂しがり屋だけど、精一杯の虚勢を張ってる男の子。がんばれがんばれ、母親の気持ちで応援してるよ。
◆随分と一人前の反乱を起こすようになった5才の息子。「ママが好き」と言ってくれるのは後一年くらいかな?虚勢の中に何があるか見誤らないように、甘やかさないように、ママも頑張らなくちゃ。
素直で正義感溢れる男の子になって欲しいけど、優樹君のような試練があったらかわいそうかな(笑
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◇優樹の暴力を目の当たりにした後輩の心ない会話に、心情を量りながらも込み上げる不安に潰されそうになる遼だった。しかし逃げずに出来ることをしようと、郷田に話を聞きに行く。すると、去ったはずの日下部が戻ってきたのだが……。
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<本文>
及川が宿泊者用の部屋着を渡すと、日下部は申し訳なさそうに頭を下げ浴室に向かった。その後直ぐに着替えと温かいミルクを持ってきてくれた郷田に礼を言い、遼は服を着替えてミルクに口を付ける。
「あの……美月さんは?」
夕食の時から姿の見えなかった美月は、今も厨房の片づけを手伝っている様子がなかった。
「気分が悪いとかで……部屋で休んでいる様だよ。やあ、優樹君は残さず食べてくれたんだね、良かった。冬也さんから怪我の様子を聞いた時は、食事が出来る状態だなんて信じられなかったけど」
「とても美味しかったって言ってました。でも郷田さんはフランス料理が専門なんでしょう? 優樹に用意してくれたのは……」
人懐こい笑顔で、郷田が微笑む。
「和食、中華、エスニック、何でもござれだよ。ペンションのシェフをやるからには、お客さんの要望に応えられなくちゃ。以前つとめていたレストランみたいに、味の分からない客は来るなって態度は嫌いなんだ。美味しいと言って貰えるのが何より嬉しくてね」
郷田が用意してくれたのは、中華粥の様だった。すっかり平らげ物足りなさそうな顔の優樹を、遼はたしなめたのだ。
「郷田さんは……これからもずっと『美月荘』のシェフを続けるんですか? それだけの腕があるんですから、もっと大きな町で独立したら成功すると思いますよ」
「いやぁ、僕なんかまだまだ……でも、そう言って貰えるのは嬉しいな。それにこの土地は僕の生まれ故郷だし、離れたくないんだ」
今までの遼ならば立ち入った事を聞いたりはしないのだが、年の離れた学生に意見されても郷田は不快そうな顔をしなかった。遼は小さく深呼吸すると、意を決して言葉を継ぐ。
「それだけが理由なんですか? たとえば……美月さんの傍を離れたくないとか」
「えっ?」
郷田の顔色が一気に変わる。
「変な事を言わないで欲しいな……。じゃあ僕はまだ仕事があるから……」
「待って下さい、美月さんが理由でないなら亡くなった恋人のためですか?」
「君は何を言ってるんだ! 他人のプライベートに立ち入る権利はないだろう」
声を荒げた郷田は慌てて厨房を見たが、及川には聞こえていないとわかり少し安心した様に息を吐いた。
「大きな声を出して済まなかったね、でも子供が詮索する事じゃないよ。もう部屋に帰った方がいい」
しかし遼は引き下がらなかった。
「僕には聞く権利があるんです、郷田さん。優樹が日下部さん達と喧嘩した事は御存じですね? ではその理由が何か聞いていますか?」
「……美月さんが鳥羽山さんに絡まれていたのを助けたそうだが、それが僕に何の関係があるんだい? 君の友人が勝手にした事だろう?」
「関係あるんです……美月さんは貴方を愛している。そして報われない想いが怨念を生み、湖に眠る邪気を呼び起こした。優樹はそのせいで正気を失ったんだ」
「馬鹿馬鹿しい! 友人を庇う気持ちは分かるが、どう考えても理不尽な言い分だ。君は僕のせいで優樹君が暴力を奮ったと言いたいのか?」
「そうです」
遼が、きっぱり言い切ると郷田は言葉に詰まった。そして複雑に顔を歪め、蹌踉めくように椅子に座る。
「まさか……そんな。僕のせいなのか? 美月ちゃん。僕が君を……追いつめたのか?」
一笑されるかと予想していた遼は、意外にもみるみる青ざめた郷田の様子に確信を持った。
「思い当たる事が……何かあったんですね?」
「君に……話す様な事じゃない」
「お願いします、郷田さん。僕は友達を助けたいんです! 原因を突き止めなくては、また優樹は暴力の衝動に支配されてしまうかもしれない。僕は優樹の力になりたい、彼を助けたいんです。貴方は美月さんを助けてあげようとは思わないんですか?」
「助ける?」
「このままでは、美月さんは救われない。何か……恐ろしい事が起きる」
轟木の残した言葉と、湖で見たヴィジョンが気に掛かっていた。それらは何かを暗示しているのではないか?
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◆自分のためには何も出来ないけれど、誰かのために全てを投げ出せる。多分、男の子でないと出来ないと思う。女の子には、明確な理由があるけど、男の子は理屈じゃないんだよね。
◆あたしは女だから、本当に理解しているとは言えません。でも、男の子が競い合う場所で一緒に行動したりお酒を飲んだりしてると、解らないところが沢山あった。だから色々、理解しようと勤めた。その解った部分と理想の部分を物語に生かしたいと思うだけ。
◆寂しがり屋だけど、精一杯の虚勢を張ってる男の子。がんばれがんばれ、母親の気持ちで応援してるよ。
◆随分と一人前の反乱を起こすようになった5才の息子。「ママが好き」と言ってくれるのは後一年くらいかな?虚勢の中に何があるか見誤らないように、甘やかさないように、ママも頑張らなくちゃ。
素直で正義感溢れる男の子になって欲しいけど、優樹君のような試練があったらかわいそうかな(笑
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕47】
2004年8月30日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第46回のあらすじ]
◇増殖する邪気は、新たな犠牲者を生んだ。何事もなく静まりかえった湖は、次に何を求めるのだろうか。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
日暮れと同時に風が戻ったが、どうやら運んできたのは雨雲らしい。突然雷と共に大粒の雨が降り出したため、秋本遼はコテージの自室の窓を閉めるとカーテンを引いた。激しい雨がうるさくガラス窓に叩き付け、時折耳を覆いたくなるほどの雷鳴が鳴り響く。しかし優樹は身じろぎもせず、静かに寝息を立てていた。
「……さん」
小さく寝言が聞こえて、遼はベットに近付いた。汗で額に張り付いた優樹の髪を掻き上げると、彫りの整った顔に紫色の痣が痛々しい。背を丸め、膝を抱えるようにして眠る姿はいつ見ても子供のようだと苦笑しながら夢見て呼んだのは母親だろうか? 父親だろうか? と考える。どちらにせよ穏やかな寝顔に悪夢ではなさそうだと安心して、遼は郷田が優樹のために用意してくれた食事のトレーを手に部屋を出た。
階下のリビングでは部屋に引きこもった轟木彪留を除く全員が揃っていたが、楽しい雰囲気とはいかないようだ。地図を広げて明日の撮影場所を相談する須刈アキラと佐野和紀も身の入らない様子で、時折考え込むように会話が止まる。カードゲームをしている忠見遥斗と真崎宙も、ぼんやり手元を見つめているだけだった。
「俺、優樹先輩が怖くなった……。大人二人を半殺しにしたんだぜ? なんか、すげぇよな……」
遥斗が呟くと、佐野と宙が顔を上げた。
「俺はカッコイイと思ったけど? 強いくせにそれを隠してるなんて馬鹿馬鹿しいじゃないか。気取ってないで力に訴える方が先輩らしいのかも知れないぜ」
冷ややかに宙がそう言うと、テーブルの地図に目を落としたままアキラが上を指さした。
「口が過ぎるぞ、真崎」
上を見上げて遼に気付き、宙は真っ赤になる。
「えっと、あのっ、俺は別に……」
大人げないとは思いながらも弁解しようとする宙を無視して、遼はコテージを出た。遥斗も宙も、知らない方がいいのかも知れない。そして知らなければ、力に恐怖を感じたり憧れたりするのも当然なのだろう。それでも改めて普通の人間からの見方を知れば、差別や偏見に苦しんできた数年前の自分を思い出し涙が込み上げる。
「優……樹……優樹……!」
逃げない、恐れない、そう誓ったはずだった。だが今は、少しだけ泣きたかった。
雨合羽を着てはいたが、服に染み込むほどにずぶ濡れになった遼は本棟にはいるのを躊躇った。玄関先でビニール袋から出したトレーを渡して引き返そうかと思案している所に車の音がすると、中から様子を見に出てきた緒永冬也に見つかった。
「遼君じゃないか! ずぶ濡れで風邪引くぞ、早く中に入って! 美……いや、及川君! タオルを持ってきてくれ」
厨房で後片づけをしていた及川睦美が急いでタオルを取りに行き、何事かと顔を出した郷田が駆け寄ってきてトレーを受け取った。
「明日の朝取りに行くつもりで居たんだ、わざわざ有り難う。 少し濡れちゃった? 僕のトレーナーを貸してあげるから着替えたらどうだい?」
にこやかに微笑みかけられ、遼は申し出を受ける事にした。雨の中、本棟を訪れたのは郷田から話が聞きたかったからだ。暖かな食堂で待つように言われ、及川から受け取ったタオルで髪を拭いていると玄関から怒ったような冬也の声が聞こえてきた。
「帰ってくれと言ったはずだ!」
「解っている、しかし……」
聞き覚えのある声に、車の音が戻ってきた日下部だと遼は知った。
「鳥羽山さんは来ていません、何かの間違いじゃないんですか? 連絡くらい取れるでしょう?」
遼と同じくずぶ濡れの日下部に、タオルを差しだそうとした及川を冬也は手で押しとどめる。
「日下部さんは直ぐにお帰りになる、必要ない」
ぞんざいな態度に苦笑して、日下部は水の滴る髪を後ろに撫でつけた。
「それが携帯も通じないんですよ……病院から最後に連絡があった時、手伝いに戻ると聞かなくてね。最終バスで近くまで来て、後は歩くと言っていたのですがこの雨だ。所々、鉄砲水も出ているようだし心配なんですよ。無理を承知でお願いします、もう一晩だけここで鳥羽山を待たせちゃくれませんか? ご迷惑は掛けないと約束します」
「もう十分迷惑だ、そんなに心配なら探しに行かれたらいいでしょう?」
「いや、そうしたいのはやまやまですが……雨であちこちの路肩が崩れていましてね。沢が溢れたのか川のようになっている道もあるし、二人揃って遭難したくはないんですよ。雨が上がって水が引き、明るくなるまでは動かない方がいい」
日下部の言う事は正しかった。いくら迷惑な客とはいえ悪天候の夜中に追い出すわけにはいかず、冬也は苦り切った顔で及川からタオルを取ると日下部に手渡した。
「具合でも悪くなられたら、なお迷惑だ。風呂に入って着替えたらいい、ロビーに毛布を用意しましょう」
「有り難う御座います」
深々と頭を下げた日下部が、ちらりと食堂に視線を投げた。遼は不快な気分で顔をしかめたが、ふと疑問がわき上がる。日下部の言い分はもっともながら、何か不自然なものを感じるのだ。落ち着かない様子は、本気で心配している様に思える。しかし、ここで待つより手がないといった切迫感があった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆謎解きと解決に向かって駆け足にならないように気を付けないと(笑
ああでも、全ての伏線をクリア出来るかな?
◆何だか最近性格悪いと言われる遼君です。さて、彼は血液型で言うと何型でしょうね?誕生日で言うなら優樹は初夏の生まれ、遼は冬の生まれです。血液型や星座に性格が影響されるという話は科学的根拠はないですが、かなり正確に分析出来る気がしませんか?
ちなみに「かざと」は、天秤座のA型です(笑
遼君はB型?異論のある方は、ご意見お待ちしています(笑
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◇増殖する邪気は、新たな犠牲者を生んだ。何事もなく静まりかえった湖は、次に何を求めるのだろうか。
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<本文>
日暮れと同時に風が戻ったが、どうやら運んできたのは雨雲らしい。突然雷と共に大粒の雨が降り出したため、秋本遼はコテージの自室の窓を閉めるとカーテンを引いた。激しい雨がうるさくガラス窓に叩き付け、時折耳を覆いたくなるほどの雷鳴が鳴り響く。しかし優樹は身じろぎもせず、静かに寝息を立てていた。
「……さん」
小さく寝言が聞こえて、遼はベットに近付いた。汗で額に張り付いた優樹の髪を掻き上げると、彫りの整った顔に紫色の痣が痛々しい。背を丸め、膝を抱えるようにして眠る姿はいつ見ても子供のようだと苦笑しながら夢見て呼んだのは母親だろうか? 父親だろうか? と考える。どちらにせよ穏やかな寝顔に悪夢ではなさそうだと安心して、遼は郷田が優樹のために用意してくれた食事のトレーを手に部屋を出た。
階下のリビングでは部屋に引きこもった轟木彪留を除く全員が揃っていたが、楽しい雰囲気とはいかないようだ。地図を広げて明日の撮影場所を相談する須刈アキラと佐野和紀も身の入らない様子で、時折考え込むように会話が止まる。カードゲームをしている忠見遥斗と真崎宙も、ぼんやり手元を見つめているだけだった。
「俺、優樹先輩が怖くなった……。大人二人を半殺しにしたんだぜ? なんか、すげぇよな……」
遥斗が呟くと、佐野と宙が顔を上げた。
「俺はカッコイイと思ったけど? 強いくせにそれを隠してるなんて馬鹿馬鹿しいじゃないか。気取ってないで力に訴える方が先輩らしいのかも知れないぜ」
冷ややかに宙がそう言うと、テーブルの地図に目を落としたままアキラが上を指さした。
「口が過ぎるぞ、真崎」
上を見上げて遼に気付き、宙は真っ赤になる。
「えっと、あのっ、俺は別に……」
大人げないとは思いながらも弁解しようとする宙を無視して、遼はコテージを出た。遥斗も宙も、知らない方がいいのかも知れない。そして知らなければ、力に恐怖を感じたり憧れたりするのも当然なのだろう。それでも改めて普通の人間からの見方を知れば、差別や偏見に苦しんできた数年前の自分を思い出し涙が込み上げる。
「優……樹……優樹……!」
逃げない、恐れない、そう誓ったはずだった。だが今は、少しだけ泣きたかった。
雨合羽を着てはいたが、服に染み込むほどにずぶ濡れになった遼は本棟にはいるのを躊躇った。玄関先でビニール袋から出したトレーを渡して引き返そうかと思案している所に車の音がすると、中から様子を見に出てきた緒永冬也に見つかった。
「遼君じゃないか! ずぶ濡れで風邪引くぞ、早く中に入って! 美……いや、及川君! タオルを持ってきてくれ」
厨房で後片づけをしていた及川睦美が急いでタオルを取りに行き、何事かと顔を出した郷田が駆け寄ってきてトレーを受け取った。
「明日の朝取りに行くつもりで居たんだ、わざわざ有り難う。 少し濡れちゃった? 僕のトレーナーを貸してあげるから着替えたらどうだい?」
にこやかに微笑みかけられ、遼は申し出を受ける事にした。雨の中、本棟を訪れたのは郷田から話が聞きたかったからだ。暖かな食堂で待つように言われ、及川から受け取ったタオルで髪を拭いていると玄関から怒ったような冬也の声が聞こえてきた。
「帰ってくれと言ったはずだ!」
「解っている、しかし……」
聞き覚えのある声に、車の音が戻ってきた日下部だと遼は知った。
「鳥羽山さんは来ていません、何かの間違いじゃないんですか? 連絡くらい取れるでしょう?」
遼と同じくずぶ濡れの日下部に、タオルを差しだそうとした及川を冬也は手で押しとどめる。
「日下部さんは直ぐにお帰りになる、必要ない」
ぞんざいな態度に苦笑して、日下部は水の滴る髪を後ろに撫でつけた。
「それが携帯も通じないんですよ……病院から最後に連絡があった時、手伝いに戻ると聞かなくてね。最終バスで近くまで来て、後は歩くと言っていたのですがこの雨だ。所々、鉄砲水も出ているようだし心配なんですよ。無理を承知でお願いします、もう一晩だけここで鳥羽山を待たせちゃくれませんか? ご迷惑は掛けないと約束します」
「もう十分迷惑だ、そんなに心配なら探しに行かれたらいいでしょう?」
「いや、そうしたいのはやまやまですが……雨であちこちの路肩が崩れていましてね。沢が溢れたのか川のようになっている道もあるし、二人揃って遭難したくはないんですよ。雨が上がって水が引き、明るくなるまでは動かない方がいい」
日下部の言う事は正しかった。いくら迷惑な客とはいえ悪天候の夜中に追い出すわけにはいかず、冬也は苦り切った顔で及川からタオルを取ると日下部に手渡した。
「具合でも悪くなられたら、なお迷惑だ。風呂に入って着替えたらいい、ロビーに毛布を用意しましょう」
「有り難う御座います」
深々と頭を下げた日下部が、ちらりと食堂に視線を投げた。遼は不快な気分で顔をしかめたが、ふと疑問がわき上がる。日下部の言い分はもっともながら、何か不自然なものを感じるのだ。落ち着かない様子は、本気で心配している様に思える。しかし、ここで待つより手がないといった切迫感があった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆謎解きと解決に向かって駆け足にならないように気を付けないと(笑
ああでも、全ての伏線をクリア出来るかな?
◆何だか最近性格悪いと言われる遼君です。さて、彼は血液型で言うと何型でしょうね?誕生日で言うなら優樹は初夏の生まれ、遼は冬の生まれです。血液型や星座に性格が影響されるという話は科学的根拠はないですが、かなり正確に分析出来る気がしませんか?
ちなみに「かざと」は、天秤座のA型です(笑
遼君はB型?異論のある方は、ご意見お待ちしています(笑
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕46】
2004年8月21日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚★45・46回連続アップしました、読んで下さる方はご確認下さい。
[第45回のあらすじ]
◇病院に行ったはずの鳥羽山は、別の目的で湖に残っていた。その目的とは……?
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
湖面は刻々と暗さを増していく。そろそろ日下部が来る頃だろうと鳥羽山は目をこらして車のライトを探した。昼間に下見をしてから島に渡るつもりでいたのだが、これ以上『美月荘』に居られなくなってしまったため目的を今夜果たさなくてはならないのだ。組にいた時に見よう見まねで覚えたボートの操船が、日下部の役に立てて嬉しかった。何としても、お宝を頂いて面目躍如しなければならない。
「うっしゃあ!」
気合いを入れて立ち上がり、つい声を誰かに聞かれなかったか心配になって辺りを見回す。外灯もないこの場所に、暗くなって人が来るはずもないのだが。
墨を流したように暗くなった湖面から、筋のような霧が流れてくるのが見えた。考え事にとらわれ気付かぬうちに、既に辺りは真っ暗で月明かりさえない。いきなりぞっとするような寒気に襲われ、遠くにライトアップされた『美月荘』の明かりを頼りにようやく足下を確かめて、鳥羽山はポケットから懐中電灯を出した。が、スイッチを入れても明かりはともらなかった。
「ちっ、こんな時に電池切れかぁ? おっかしいなぁ……新しい電池を入れたばかりなんだが」
点く事を確かめてきたはずだが、間違ってまた古い方の電池を入れてしまったのかもしれない。確認のため電池ケースの蓋をひねった時、すっと首筋を何かか横切った。
「ひゃっ!」
うっかり取り落とした懐中電灯は、桟橋を転がり水音と共に湖に沈む。
「やべぇなぁ……まあ、日下部さんが持ってきてくれるだろうけど……」
それにしても首筋を横切ったのは何だったのか?
「水辺だからなぁ、虫か何かかな?」
刺すような毒虫がいるとも思わないが、鳥羽山は無意識に頚に手をやった。すると生暖かなぬるりとした手触りがして、慌てて手のひらを見る。
「……へっ?」
手のひらには、おびただしい血のりが付いていた。
「何だぁ……? この湖には切り傷が出来るような虫でもいるのか?」
ちらりと脳裏に『人喰い湖』の噂が浮かんだが、馬鹿馬鹿しいと振り払う。自分を臆病者と認めてはいるが、幽霊や怪談話に脅えた事など無いのだ。耳を澄ませばかすかに羽音がするではないか、近くで虫が飛んでいるだけだ。再び頬を横切った感触に、鳥羽山は素早くそれを叩き落とした。足下に落ちた虫を見れば、薄茶色の大きな羽を持つトンボのような蜻蛉のような姿をしている。
「うへぇ……気味悪い虫だぜ、頭がまるで蛇みたいじゃねえか」
苦々しく虫の死骸を踏みつぶしたが、サンダルの裏に意外なほどの硬さを感じて足をどければボロボロになった羽根と比べ本体は原形をとどめている。
「やけに頑丈な虫だなぁ……後で名前を調べてみっかな?」
呟きながら、むず痒を感じた頬を手の甲で拭うとやはり血が付いている。この薄羽根が傷を付けたとは思えず、かといって咬まれたような痛みもない。しかしトクトクと肌を伝い落ちる血が、やがてTシャツをぐっしょり濡らすに至り鳥羽山は焦りを感じ始めた。
「どういう訳だ? たかが掠り傷じゃねぇか……ナンでこんなに血が流れるんだよ」
はたはたと軽い羽音が、そこかしこから聞こえてくる。剥き出しの腕や顔、頚を何かが横切るたびに血が流れ出し、赤く細い筋を幾つも作り出した。羽音は次第に増えていき、目の下や鼻の上をかすめ飛び、滴るほどに血に濡れたTシャツに黒い虫が集り出す。朦朧とする意識の中で必死に払い落とし、鳥羽山は力を失い膝を突いた。
「誰かっ……助けてくれよぉ……うわっ……ああっ! ひいい……っ!」
蹲るように身を守ろうとした時、湖から這い登ってくる黒い固まりが、桟橋をざわざわと近付いてくるのが解った。固まりは瞬く間に鳥羽山を取り巻き、ダブついたパンツの隙間やTシャツの袖口から入り込んでくる。そのおぞましい感触に、総毛が立った。ちりちりと火であぶられるような痛みは、小さな虫が皮膚を喰破っているからに違いない。その時、一匹の虫が鼻の頭に喰付いた。いくつもの節を持つ身体をくねらせ、鋭いあごで皮膚を破り鼻の穴から身体に入り込もうとしている。鳥羽山は我を忘れて大声で助けを呼んだ。
「誰か助けてくれぇ! 死んじまうよぉ……死んじまうよぉ! 日下部さん! 日下部さぁあん! ぐっ……がふっ!」
口から進入した虫に喉を塞がれ、叫びは長く続かなかった。やがて黒い固まりは鳥羽山をすっぽりと覆い隠し、湖は再び静寂につつまれた。
::::::::::::::::::::::
◆ごめんね、鳥羽山君……(苦笑)
◆さて、これから遼と優樹はどう行動するでしょう?もちろん何事もなかったかの様に去ったりはしません。少し優樹君に、格好いいところを見せてもらおうかな?
[第45回のあらすじ]
◇病院に行ったはずの鳥羽山は、別の目的で湖に残っていた。その目的とは……?
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
湖面は刻々と暗さを増していく。そろそろ日下部が来る頃だろうと鳥羽山は目をこらして車のライトを探した。昼間に下見をしてから島に渡るつもりでいたのだが、これ以上『美月荘』に居られなくなってしまったため目的を今夜果たさなくてはならないのだ。組にいた時に見よう見まねで覚えたボートの操船が、日下部の役に立てて嬉しかった。何としても、お宝を頂いて面目躍如しなければならない。
「うっしゃあ!」
気合いを入れて立ち上がり、つい声を誰かに聞かれなかったか心配になって辺りを見回す。外灯もないこの場所に、暗くなって人が来るはずもないのだが。
墨を流したように暗くなった湖面から、筋のような霧が流れてくるのが見えた。考え事にとらわれ気付かぬうちに、既に辺りは真っ暗で月明かりさえない。いきなりぞっとするような寒気に襲われ、遠くにライトアップされた『美月荘』の明かりを頼りにようやく足下を確かめて、鳥羽山はポケットから懐中電灯を出した。が、スイッチを入れても明かりはともらなかった。
「ちっ、こんな時に電池切れかぁ? おっかしいなぁ……新しい電池を入れたばかりなんだが」
点く事を確かめてきたはずだが、間違ってまた古い方の電池を入れてしまったのかもしれない。確認のため電池ケースの蓋をひねった時、すっと首筋を何かか横切った。
「ひゃっ!」
うっかり取り落とした懐中電灯は、桟橋を転がり水音と共に湖に沈む。
「やべぇなぁ……まあ、日下部さんが持ってきてくれるだろうけど……」
それにしても首筋を横切ったのは何だったのか?
「水辺だからなぁ、虫か何かかな?」
刺すような毒虫がいるとも思わないが、鳥羽山は無意識に頚に手をやった。すると生暖かなぬるりとした手触りがして、慌てて手のひらを見る。
「……へっ?」
手のひらには、おびただしい血のりが付いていた。
「何だぁ……? この湖には切り傷が出来るような虫でもいるのか?」
ちらりと脳裏に『人喰い湖』の噂が浮かんだが、馬鹿馬鹿しいと振り払う。自分を臆病者と認めてはいるが、幽霊や怪談話に脅えた事など無いのだ。耳を澄ませばかすかに羽音がするではないか、近くで虫が飛んでいるだけだ。再び頬を横切った感触に、鳥羽山は素早くそれを叩き落とした。足下に落ちた虫を見れば、薄茶色の大きな羽を持つトンボのような蜻蛉のような姿をしている。
「うへぇ……気味悪い虫だぜ、頭がまるで蛇みたいじゃねえか」
苦々しく虫の死骸を踏みつぶしたが、サンダルの裏に意外なほどの硬さを感じて足をどければボロボロになった羽根と比べ本体は原形をとどめている。
「やけに頑丈な虫だなぁ……後で名前を調べてみっかな?」
呟きながら、むず痒を感じた頬を手の甲で拭うとやはり血が付いている。この薄羽根が傷を付けたとは思えず、かといって咬まれたような痛みもない。しかしトクトクと肌を伝い落ちる血が、やがてTシャツをぐっしょり濡らすに至り鳥羽山は焦りを感じ始めた。
「どういう訳だ? たかが掠り傷じゃねぇか……ナンでこんなに血が流れるんだよ」
はたはたと軽い羽音が、そこかしこから聞こえてくる。剥き出しの腕や顔、頚を何かが横切るたびに血が流れ出し、赤く細い筋を幾つも作り出した。羽音は次第に増えていき、目の下や鼻の上をかすめ飛び、滴るほどに血に濡れたTシャツに黒い虫が集り出す。朦朧とする意識の中で必死に払い落とし、鳥羽山は力を失い膝を突いた。
「誰かっ……助けてくれよぉ……うわっ……ああっ! ひいい……っ!」
蹲るように身を守ろうとした時、湖から這い登ってくる黒い固まりが、桟橋をざわざわと近付いてくるのが解った。固まりは瞬く間に鳥羽山を取り巻き、ダブついたパンツの隙間やTシャツの袖口から入り込んでくる。そのおぞましい感触に、総毛が立った。ちりちりと火であぶられるような痛みは、小さな虫が皮膚を喰破っているからに違いない。その時、一匹の虫が鼻の頭に喰付いた。いくつもの節を持つ身体をくねらせ、鋭いあごで皮膚を破り鼻の穴から身体に入り込もうとしている。鳥羽山は我を忘れて大声で助けを呼んだ。
「誰か助けてくれぇ! 死んじまうよぉ……死んじまうよぉ! 日下部さん! 日下部さぁあん! ぐっ……がふっ!」
口から進入した虫に喉を塞がれ、叫びは長く続かなかった。やがて黒い固まりは鳥羽山をすっぽりと覆い隠し、湖は再び静寂につつまれた。
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◆ごめんね、鳥羽山君……(苦笑)
◆さて、これから遼と優樹はどう行動するでしょう?もちろん何事もなかったかの様に去ったりはしません。少し優樹君に、格好いいところを見せてもらおうかな?
【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕45】
2004年8月21日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚★45・46回連続アップしました、読んで下さる方はご確認下さい。
[第44回のあらすじ]
◇轟木の、らしからぬ態度に疑問を持ちながらもアキラは遼に邪気の正体を尋ねる。しかし説明しようとする遼に優樹が反論した。その時ようやく、優樹の抱える孤独の深さと自分を制御できなくなる恐怖を遼は理解し、共に戦おうと告げたのだった。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
細波さえなく鉛を流したような湖面が、やけに薄気味悪く思えるのは日暮れが近いためだろう。それにしても鳥のさえずりさえ聞こえず、飛び交う姿もないのはどういう訳か?ズキズキと痛む鼻をアイスパックで冷やしながら、鳥羽山はボートが繋がれた桟橋に腰掛け暗くなるのを待っていた。
事故処理業者に引き上げてもらった車は幸いなことに故障もなく、木や岩にぶつかって出来た何カ所かの凹みや傷だけで済んでいた。昼間に学生との喧嘩で怪我した鳥羽山を病院に運び、日下部だけ『美月荘』に戻って荷物を積み込み次第引き払う約束でオーナーを取りなしたのだが……。
「けっ、糞面白くもねぇっ!」
警察沙汰にするのは賢くないと双方が納得したとはいえ、低姿勢でひたすら詫びる日下部に鳥羽山は苛立ちを抑えられなかった。日下部が本気になれば、あんな連中の口を塞ぐことなど造作もないはずだ。しかし鳥羽山を咎めることもせず、病院に連れて行くと偽って桟橋に連れてくると暗くなるまで待つように命じて去っていった。おそらく予てからの計画を実行するため必要な機材を調達に行ったに違いない。その計画とは、『秋月島』の祠から仏像を盗み出し闇ルートで売りさばくことだった。
暴力団のパシリをしていた鳥羽山が日下部と知り合ったのは、抗争相手の組員を半殺しにして刑務所に入った時である。生来、気弱なくせに激昂しやすく手が早い為に刑務所内でもトラブルが絶えなかったが、他の受刑者達から怖がられ好い気になっていた鼻っ柱を日下部にへし折られたのだ。ボクシングの試合で人を殺してしまい刑務所に入った日下部は、義に厚く面倒見が良いため他の受刑者から信頼されていた。鳥羽山より半年ほど早く出所し、その時に「行くところがなかったら頼ってこい」と言われ迷わず訪ねていったのだ。これ以上、暴力団のパシリや鉄砲をさせられて怖い思いをするのは真っ平だ。だが出所したことが解れば連れ戻されてしまうだろう。日下部なら自分を守ってくれるかもしれないと思ったからだった。
力がものを言う世界で一目置かれていたらしい日下部は、組の幹部に掛け合って鳥羽山を譲り受けてくれた。もうキレたふりを装って人を脅したり、ヤバイ取引の斥候に立ったり、女を殴ったりしなくて済む。鳥羽山は日下部のためなら何でもしようと自分に誓いを立てた。死ぬことだって厭わない。今までの生き方からすれば、意味があるとさえ思えるからだった。
日下部が始めた山師まがいの古物商は、意外に楽な商売だった。山村を訪れ軒先で農作業をしている人の良さそうな年寄りに声を掛け、少し力仕事などを手伝いながら上手く取り入り家のお宝を見せてもらうのだ。そして電化製品や他の美術品、もしくはわずかな現金で手に入れ都心で高く売りさばく。若い世代が出てきた場合は、早々に切り上げるのがコツだった。今回も悪い噂が立って人気の無くなった村があると知り、商売もしくは無人の民家にちょいとお邪魔してお宝を集めるつもりで来たのだが、途中立ち寄った役場で価値ある仏像の事を知り、ついでに頂いて帰るつもりでいたのだ。
「気にいらねぇ、ぜってぇぶっ潰してやる!」
学生に殴られ無様を晒したことは、爪の垢程しかないとはいえ鳥羽山の自尊心を傷つけた。何より悔しいのは初めから勝てる気がしなかった事もあるが、どうやら日下部があの学生に一目置いているようだったからだ。もしや日下部は同じ気質をあの学生に感じて、鳥羽山を使い何かを測ろうとしているのか? 確かに底知れない強さに臆したが、何かが違った。力に気圧されたというよりも、得体の知れない気迫に身が竦んだのだ。思い返せば惨めな気持ちになり、日下部に対して恥ずかしかった。
::::::::::::::::::::::::
◆ここで鳥羽山君活躍(?)ですが……。連続アップしました、続けてお楽しみいただけたら幸いです。
[第44回のあらすじ]
◇轟木の、らしからぬ態度に疑問を持ちながらもアキラは遼に邪気の正体を尋ねる。しかし説明しようとする遼に優樹が反論した。その時ようやく、優樹の抱える孤独の深さと自分を制御できなくなる恐怖を遼は理解し、共に戦おうと告げたのだった。
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細波さえなく鉛を流したような湖面が、やけに薄気味悪く思えるのは日暮れが近いためだろう。それにしても鳥のさえずりさえ聞こえず、飛び交う姿もないのはどういう訳か?ズキズキと痛む鼻をアイスパックで冷やしながら、鳥羽山はボートが繋がれた桟橋に腰掛け暗くなるのを待っていた。
事故処理業者に引き上げてもらった車は幸いなことに故障もなく、木や岩にぶつかって出来た何カ所かの凹みや傷だけで済んでいた。昼間に学生との喧嘩で怪我した鳥羽山を病院に運び、日下部だけ『美月荘』に戻って荷物を積み込み次第引き払う約束でオーナーを取りなしたのだが……。
「けっ、糞面白くもねぇっ!」
警察沙汰にするのは賢くないと双方が納得したとはいえ、低姿勢でひたすら詫びる日下部に鳥羽山は苛立ちを抑えられなかった。日下部が本気になれば、あんな連中の口を塞ぐことなど造作もないはずだ。しかし鳥羽山を咎めることもせず、病院に連れて行くと偽って桟橋に連れてくると暗くなるまで待つように命じて去っていった。おそらく予てからの計画を実行するため必要な機材を調達に行ったに違いない。その計画とは、『秋月島』の祠から仏像を盗み出し闇ルートで売りさばくことだった。
暴力団のパシリをしていた鳥羽山が日下部と知り合ったのは、抗争相手の組員を半殺しにして刑務所に入った時である。生来、気弱なくせに激昂しやすく手が早い為に刑務所内でもトラブルが絶えなかったが、他の受刑者達から怖がられ好い気になっていた鼻っ柱を日下部にへし折られたのだ。ボクシングの試合で人を殺してしまい刑務所に入った日下部は、義に厚く面倒見が良いため他の受刑者から信頼されていた。鳥羽山より半年ほど早く出所し、その時に「行くところがなかったら頼ってこい」と言われ迷わず訪ねていったのだ。これ以上、暴力団のパシリや鉄砲をさせられて怖い思いをするのは真っ平だ。だが出所したことが解れば連れ戻されてしまうだろう。日下部なら自分を守ってくれるかもしれないと思ったからだった。
力がものを言う世界で一目置かれていたらしい日下部は、組の幹部に掛け合って鳥羽山を譲り受けてくれた。もうキレたふりを装って人を脅したり、ヤバイ取引の斥候に立ったり、女を殴ったりしなくて済む。鳥羽山は日下部のためなら何でもしようと自分に誓いを立てた。死ぬことだって厭わない。今までの生き方からすれば、意味があるとさえ思えるからだった。
日下部が始めた山師まがいの古物商は、意外に楽な商売だった。山村を訪れ軒先で農作業をしている人の良さそうな年寄りに声を掛け、少し力仕事などを手伝いながら上手く取り入り家のお宝を見せてもらうのだ。そして電化製品や他の美術品、もしくはわずかな現金で手に入れ都心で高く売りさばく。若い世代が出てきた場合は、早々に切り上げるのがコツだった。今回も悪い噂が立って人気の無くなった村があると知り、商売もしくは無人の民家にちょいとお邪魔してお宝を集めるつもりで来たのだが、途中立ち寄った役場で価値ある仏像の事を知り、ついでに頂いて帰るつもりでいたのだ。
「気にいらねぇ、ぜってぇぶっ潰してやる!」
学生に殴られ無様を晒したことは、爪の垢程しかないとはいえ鳥羽山の自尊心を傷つけた。何より悔しいのは初めから勝てる気がしなかった事もあるが、どうやら日下部があの学生に一目置いているようだったからだ。もしや日下部は同じ気質をあの学生に感じて、鳥羽山を使い何かを測ろうとしているのか? 確かに底知れない強さに臆したが、何かが違った。力に気圧されたというよりも、得体の知れない気迫に身が竦んだのだ。思い返せば惨めな気持ちになり、日下部に対して恥ずかしかった。
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◆ここで鳥羽山君活躍(?)ですが……。連続アップしました、続けてお楽しみいただけたら幸いです。
【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕44】
2004年8月13日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第43回のあらすじ]
◇轟木が語った四獣神の伝承。遼に説明されなおも訝るアキラと佐野は、『魄王丸』が姿を現したと聞いて愕然とする。それも遼と優樹が見ているというのだ。『魄王丸』の正体が四獣神の『白虎』だと言うと、その役割と過去の出来事を轟木は話し始めた。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
ドアが閉じた音で、遼は呪縛から解放された。今までの出来事が全て夢の中で起きたように感じてアキラや佐野を伺い見れば、同じように狐に撮まれたような顔で戸惑いの色を露わにしている。
「あれは……轟木だけど轟木じゃない」
全員の気持ちを代弁し、佐野が呟いた。
「轟木とは一年の時にクラスが一緒でさ、俺が教室で写真を整理してたら山間のしなびた神社の写真を見つけて場所を聞いてきたんだ。歴史学者になるのが夢で、日本中の神社仏閣や世界中の遺跡を見て歩きたいって言っていた。俺もそういった写真を撮るのが好きだったからよく話すようになって、一緒に写真部に出入りするようになったんだ……。だけど二年生の夏休みが終わってからは人が変わったようになってさ、それが好きなことを諦めて事業を継ぐ為だって知ったのは少し後になってからだった。それでも俺には解るんだ、あいつの本質は変わっちゃいないって。俺は被写体にレンズを向ける前に、頭の中でファインダーを覗く。そうすると、被写体の何を取ればいいかがイメージできるからだ。話を聞きながらファインダーを覗いた時、そこにいたのは轟木じゃなかった……」
俯いた佐野が泣いているようにも見えたが、遼には掛ける言葉が見つからない。轟木が轟木でないというならいったい何だろう? 同じ確信を抱きながら誰も答えられずにいると、小さく溜息をついてアキラが立ち上がった。
「彪留のことは後で考えるとして……秋本、おまえが邪気の正体を知っているなら教えてほしい。俺はおまえの言葉を信じる、だから隠し事はしないでくれ……頼むよ」
「……はい」
アキラの言葉が、遼の胸には痛かった。自分だけで解決しようとするあまり、大切な友人の信頼を図らずも裏切ってしまう。だが既に、事態が遼の手に余るところまで来ているのは確かだった。優樹を救うためには、助けがいる。
「邪気の正体は……美月さんです。恨みや怒り、嫉妬といった怨念があの人を取り巻き、死の影を作り出している。理由は推測ですが、郷田さんと及川さんにあると……」
「あの人は関係ない!」
怒気を孕んだ優樹の声に驚いて、遼は言葉を飲んだ。が、新たに怒りが込み上げる。
「まだ、そんなことを言うつもりなのかい? 君が暴力の衝動に取り込まれたのは、あの人が……」
「あれは俺のせいだ、美月さんは関係ない」
「優樹、君は信じてくれないのか? 僕には解るんだ、湖から感じる邪気は美月さんを取り巻く邪気と同じものだ」
「おまえに、何が解るんだよ! いったい俺の……何が……解る……!」
身を震わせ、言葉に詰まった優樹を見てようやく遼は理解した。優樹は恐れているのだ、制御できなくなった自分を。そして誰かの責任にして逃れようとする自分が許せないのだ。
「俺は……人を殺すところだったんだ。美月さんのせいじゃない……自分の中にある衝動が、いつか抑えられなくなると思っていた。俺はどこかでいつも、力を奮いたがっていたんだ。暴力の衝動を解放した時、俺は確かに喜んでいた……殴られた時も殴った時も高揚感で身体が震えたんだぜ? どうかしてるんだ、おかしいんだ、俺は……俺は……」
優樹のベッドに腰掛け、遼はその肩を抱いた。
「大丈夫だよ、優樹。君は決して力に飲み込まれたりしない」
「無理だ……もう俺には抑えきれる自信がないんだ。きっと誰かを傷つける、取り返しの付かないことになる。そして誰もいなくなるんだ……俺の傍から……」
深い、深い孤独が胸に染み込むように伝わり、優樹が自らを覆っていた壁の正体を遼はやっと知ることが出来た。衝動を抑えられなくなった自分が、見捨てられる事への恐怖。必要とされなくなる事への喪失感。壁への入り口は見つかった。
「無理なんかじゃない、君には出来る。君は、必ず君のままでいることが出来るよ」
「なんで……お前にそう言いきれるんだよ?」
遼は両手で優樹の肩を掴み、屈したままの上体を起こした。
「顔を上げるんだ優樹! 君は一人じゃない、僕が一緒に戦う。だから何があろうと君は負けない、自分を信じるんだ!」
顔を上げて、優樹は遼を見つめる。
「俺が……怖くないのか? 傍にいてくれるのか?」
「あたりまえだ」
言葉もなく、優樹は唇をかんでいた。まなじりに溢れそうになるものを堪えているのだ。優樹の涙を遼が見たのは、父親を亡くした時だけである。何かとすぐに涙する遼と違って、いったいどれだけのやりきれなさと涙を堪えてきたのだろう。もっと早く気付いてあげれば良かった。己を守ることで手一杯だった自分が、ようやく同じフィールドに立つことが出来た気がする。他人の内面にふれ、踏み込むことが怖かった。ただ待つことしかできなかった。優樹の孤独の原因は他にも奥深くある気がしたが、共に戦うために突き止めて入り口を開けてみせる。それが自分のやるべき事だと遼は思った。
「僕はもう待たないよ、優樹。覚悟は出来た、何が来ようと恐れはしない。僕は君と一緒だ」
優樹の頬を、一筋の光が伝った。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
◆遼君は強くなりましたねぇ……(笑) 主人公という者は成長していくものです。今回はちょっと優樹君が可愛かったかな?
◆原稿は着々と進んでいます、上手くすれば今月中に完結できるかも知れません。出来る限りがんばって、終わらせたいですね。
◆新潟は朝夕の風が涼しくなって参りました、もう秋の気配です。しかし、まだまだ日中の残暑は厳しいです。皆様もお体ご自愛下さいませ。
所沢に帰りたくないなぁ〜(笑)
◇轟木が語った四獣神の伝承。遼に説明されなおも訝るアキラと佐野は、『魄王丸』が姿を現したと聞いて愕然とする。それも遼と優樹が見ているというのだ。『魄王丸』の正体が四獣神の『白虎』だと言うと、その役割と過去の出来事を轟木は話し始めた。
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<本文>
ドアが閉じた音で、遼は呪縛から解放された。今までの出来事が全て夢の中で起きたように感じてアキラや佐野を伺い見れば、同じように狐に撮まれたような顔で戸惑いの色を露わにしている。
「あれは……轟木だけど轟木じゃない」
全員の気持ちを代弁し、佐野が呟いた。
「轟木とは一年の時にクラスが一緒でさ、俺が教室で写真を整理してたら山間のしなびた神社の写真を見つけて場所を聞いてきたんだ。歴史学者になるのが夢で、日本中の神社仏閣や世界中の遺跡を見て歩きたいって言っていた。俺もそういった写真を撮るのが好きだったからよく話すようになって、一緒に写真部に出入りするようになったんだ……。だけど二年生の夏休みが終わってからは人が変わったようになってさ、それが好きなことを諦めて事業を継ぐ為だって知ったのは少し後になってからだった。それでも俺には解るんだ、あいつの本質は変わっちゃいないって。俺は被写体にレンズを向ける前に、頭の中でファインダーを覗く。そうすると、被写体の何を取ればいいかがイメージできるからだ。話を聞きながらファインダーを覗いた時、そこにいたのは轟木じゃなかった……」
俯いた佐野が泣いているようにも見えたが、遼には掛ける言葉が見つからない。轟木が轟木でないというならいったい何だろう? 同じ確信を抱きながら誰も答えられずにいると、小さく溜息をついてアキラが立ち上がった。
「彪留のことは後で考えるとして……秋本、おまえが邪気の正体を知っているなら教えてほしい。俺はおまえの言葉を信じる、だから隠し事はしないでくれ……頼むよ」
「……はい」
アキラの言葉が、遼の胸には痛かった。自分だけで解決しようとするあまり、大切な友人の信頼を図らずも裏切ってしまう。だが既に、事態が遼の手に余るところまで来ているのは確かだった。優樹を救うためには、助けがいる。
「邪気の正体は……美月さんです。恨みや怒り、嫉妬といった怨念があの人を取り巻き、死の影を作り出している。理由は推測ですが、郷田さんと及川さんにあると……」
「あの人は関係ない!」
怒気を孕んだ優樹の声に驚いて、遼は言葉を飲んだ。が、新たに怒りが込み上げる。
「まだ、そんなことを言うつもりなのかい? 君が暴力の衝動に取り込まれたのは、あの人が……」
「あれは俺のせいだ、美月さんは関係ない」
「優樹、君は信じてくれないのか? 僕には解るんだ、湖から感じる邪気は美月さんを取り巻く邪気と同じものだ」
「おまえに、何が解るんだよ! いったい俺の……何が……解る……!」
身を震わせ、言葉に詰まった優樹を見てようやく遼は理解した。優樹は恐れているのだ、制御できなくなった自分を。そして誰かの責任にして逃れようとする自分が許せないのだ。
「俺は……人を殺すところだったんだ。美月さんのせいじゃない……自分の中にある衝動が、いつか抑えられなくなると思っていた。俺はどこかでいつも、力を奮いたがっていたんだ。暴力の衝動を解放した時、俺は確かに喜んでいた……殴られた時も殴った時も高揚感で身体が震えたんだぜ? どうかしてるんだ、おかしいんだ、俺は……俺は……」
優樹のベッドに腰掛け、遼はその肩を抱いた。
「大丈夫だよ、優樹。君は決して力に飲み込まれたりしない」
「無理だ……もう俺には抑えきれる自信がないんだ。きっと誰かを傷つける、取り返しの付かないことになる。そして誰もいなくなるんだ……俺の傍から……」
深い、深い孤独が胸に染み込むように伝わり、優樹が自らを覆っていた壁の正体を遼はやっと知ることが出来た。衝動を抑えられなくなった自分が、見捨てられる事への恐怖。必要とされなくなる事への喪失感。壁への入り口は見つかった。
「無理なんかじゃない、君には出来る。君は、必ず君のままでいることが出来るよ」
「なんで……お前にそう言いきれるんだよ?」
遼は両手で優樹の肩を掴み、屈したままの上体を起こした。
「顔を上げるんだ優樹! 君は一人じゃない、僕が一緒に戦う。だから何があろうと君は負けない、自分を信じるんだ!」
顔を上げて、優樹は遼を見つめる。
「俺が……怖くないのか? 傍にいてくれるのか?」
「あたりまえだ」
言葉もなく、優樹は唇をかんでいた。まなじりに溢れそうになるものを堪えているのだ。優樹の涙を遼が見たのは、父親を亡くした時だけである。何かとすぐに涙する遼と違って、いったいどれだけのやりきれなさと涙を堪えてきたのだろう。もっと早く気付いてあげれば良かった。己を守ることで手一杯だった自分が、ようやく同じフィールドに立つことが出来た気がする。他人の内面にふれ、踏み込むことが怖かった。ただ待つことしかできなかった。優樹の孤独の原因は他にも奥深くある気がしたが、共に戦うために突き止めて入り口を開けてみせる。それが自分のやるべき事だと遼は思った。
「僕はもう待たないよ、優樹。覚悟は出来た、何が来ようと恐れはしない。僕は君と一緒だ」
優樹の頬を、一筋の光が伝った。
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◆遼君は強くなりましたねぇ……(笑) 主人公という者は成長していくものです。今回はちょっと優樹君が可愛かったかな?
◆原稿は着々と進んでいます、上手くすれば今月中に完結できるかも知れません。出来る限りがんばって、終わらせたいですね。
◆新潟は朝夕の風が涼しくなって参りました、もう秋の気配です。しかし、まだまだ日中の残暑は厳しいです。皆様もお体ご自愛下さいませ。
所沢に帰りたくないなぁ〜(笑)
【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕43】
2004年8月7日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕43】
[第42回のあらすじ]
◇轟木の口から語られた話は、遼やアキラに混乱と戸惑いを与えた。理屈で割り切れない事象が我が身に降りかかってきたとは信じられず、アキラが轟木に詰め寄る。だが言葉を継いだ轟木は、ある伝承を語り始めた。
::::::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
眉をひそめ顔を見合わせたアキラと佐野のために、遼が説明を買って出た。
「風水方位学では、天上東西南北の四方位にそれぞれ守り神があるとされていて、それらの名称を青龍・白虎・玄武・朱雀と言います。もとは中国から伝来し、姿の由来は星座の形と結びついたものらしいのですが、中国でも日本でも多くの絵や名称が残っています。まず東方の守り神が青龍、出世と成功を意味するもので青い鱗を持つ龍の姿をしているとされ、その性は水に生じ木に遊び自然を司る聖獣。次に西方の守り神が白虎、子孫繁栄と文化の発展を意味するもので純白の猛虎を模した姿で知られ、その性は土に生じ金に遊ぶとされる聖獣。そして南方の守り神が朱雀、美と芸術、名誉と招福を意味するもので頭に冠をいただき美しい炎の翼を持つ霊鳥のすがたとされ、その性は木に生じ火に遊ぶと言われる聖獣。最後が北方の守り神玄武、長寿と再生を意味し蛇と亀が絡み合った姿でその性は金に生じ水に遊ぶとされる聖獣。属性は四神の相性にも関係しているようです。四季に準じて称されることもあり、その場合は青龍が春、白虎は秋、朱雀は夏、玄武は冬。僕が知っていることはこれだけですが……」
話し終えた遼が轟木を伺い見ると、十分だというように頷いて轟木は優樹に目を向けた。
「篠宮優樹と秋本遼は、既に『魄王丸』に出会っているはずだ」
意想外の状況に苛立ちを隠せず、アキラが再び腰を浮かせた。
「なん……だと? さっきから黙って聞いてれば四獣神だの時間が無かっただの……挙げ句、こいつ等が『魄王丸』に出会っているって? 本当なのか、秋本?」
轟木には全てを見透かされている。遼は覚悟を決め、アキラの質問に平静な表情で頷いた。混乱から立ち直り切れていないのか、優樹の反応はない。
「あのなぁ……」
大きく溜息をついたアキラの肩に、佐野が慰めるように手を置いた。
「別におまえが蚊帳の外に置かれてた訳じゃないと思うぜ、須刈。秋本だって、そんな突拍子もないこと誰彼無く言えるわけないだろ? まあ落ち込むなって! 轟木の話はワケわかんないけど……多分、俺たちが納得できるように説明しようとしてるんだから信じて最後まで聞いてやろうぜ」
「やれやれ、おまえに慰められるようじゃ俺もヤキが回ったなぁ……」
「だいたい須刈は秋本がらみになると……」
「あー、うるさい! もういいよ、佐野」
佐野を追い払うかのように手をひらひらさせて、アキラは体裁悪そうな顔になる。
「それで? 秋本が見た『魄王丸』ってヤツはどんな姿をしていたんだ?」
張りつめた空気が少し緩和され、遼は落ち着きを取り戻すと記憶を巡らせた。
「轟木先輩の言葉を借りるなら、『魄王丸』は『白虎』と称するに相応しい姿をしていました。全身は銀白色の毛皮に覆われ、サーベルのような牙を持ち、双眼は赤みを帯びた焔色に輝いていた。頚から背中にかけて黄金の鬣をなびかせ、神々しいほどに美しい獣でした……」
「然り、『魄王丸』は紛れもなく『白虎』なのだからな」
満足そうな笑みを浮かべた轟木に、アキラが静かに問い質した。
「『魄王丸』が西方を守る守護神『白虎』なら、なぜ『蜻蛉鬼』と戦って勝てなかったんだ? 轟木と秋本の話では、湖の底に封じられた妖怪は再び悪さを仕掛けているようだが、今度は俺たちを助けてくれるつもりなのかねぇ……」
「それは出来ない相談だ……四獣神はおよそ百年から二百年の周期で、宿縁を持つ依代を介し順に現世に蘇る。そして、その時代の災厄を見守り時に民の手助けをしているのだが、あいにく現世は『白虎』の時代にあらず……依代なき時代に存在は許されず、すなわち手を貸すことは出来ないのだ。『蜻蛉鬼』と戦った時、京の戦乱を収めるため『白虎』は力尽き掛けていた。尚かつ依代たる者を失い、守りを替わる時を待っていたのだ。しかし、一人の女の命を賭けた願いが『白虎』を……『魄王丸』を動かした」
「園部の姫君……美那様のことですね」
頭のどこかで、その時代を生きてきたかのように語る轟木を疑問に思いながらも、遼の思考は霞がかかったように停止し答えを求めようとはしなかった。思慮深く穏やかな普段の表情は変わらないが、その言葉にはいつにまして逆らえないのだ。
「美那の願いを聞き届け『魄王丸』は最後の力を貸したが、無念にも『蜻蛉鬼』を滅するに至らなかった。どうにか湖の底に封印したが……永き時を抑えるには、霊力の強い法師に頼んで念を込めた像を祀るしかなかった」
「『魄王丸』に時間と力が不足していた理由はわかったけど……『秋月島』の祠には、ちゃんと仏像が祀ってあるじゃないか」
首を傾げた佐野に、遼が答える。
「管理を任されていた神社の宮司さんが亡くなって、盗難防止のため暫く村役場に置かれていたそうです」
「恐らくそれも必然に成されたのだ。宮司の死、仏像による結界の消失……そして『蜻蛉鬼』は、力の源たる怨念を得て甦ろうとしている。人肉を喰らい、力を蓄え、やがてその姿を現すだろう」
眉根を寄せ、苦渋の表情で轟木が目を向けた窓の外は、どんよりとした暗い色の雲が重いカーテンのように垂れ込めている。そよとも吹かない風に木々は沈黙し、小鳥のさえずりさえ聞こえてはこなかった。重苦しい空気に止められてしまった時間を破り、口を開いたのは優樹だった。
「そいつは何をしようとしている? 怨念の源ってのは、いったい何だ?」
途端、張りつめた空気が一気に部屋を満たした。肌が粟立つほどの、ぴりぴりとした緊張感が遼を襲う。驚いて優樹に目を向けると、またあの青白い焔に身体が包まれているのが解った。だが一瞬のうちにその焔は弾かれ、空気は元に戻る。その時、遼には確かに見えた。青白い焔を打ち砕いた、紅みがかった黄金色の光を。
「私には言えない……ある意味、責は私にもあるからな。秋本遼に聞くがいい」
そう言ってドアに向かった轟木を、誰も止めることは出来なかった。
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◇伏線を繋げるのに一苦労です。だいたいフォロー出来ていると思うのですが、いかがなものでしょう?(苦笑
◇現在実家で飯炊きおばさん(笑)をしながら書いています。広い家なので(マンションよりは)日中も子供から離れて執筆できますが、Dial-upは辛いですね。小説の更新は週一回しか出来そうにありませんが、その分書き進めていきたいと思います。
[第42回のあらすじ]
◇轟木の口から語られた話は、遼やアキラに混乱と戸惑いを与えた。理屈で割り切れない事象が我が身に降りかかってきたとは信じられず、アキラが轟木に詰め寄る。だが言葉を継いだ轟木は、ある伝承を語り始めた。
::::::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
眉をひそめ顔を見合わせたアキラと佐野のために、遼が説明を買って出た。
「風水方位学では、天上東西南北の四方位にそれぞれ守り神があるとされていて、それらの名称を青龍・白虎・玄武・朱雀と言います。もとは中国から伝来し、姿の由来は星座の形と結びついたものらしいのですが、中国でも日本でも多くの絵や名称が残っています。まず東方の守り神が青龍、出世と成功を意味するもので青い鱗を持つ龍の姿をしているとされ、その性は水に生じ木に遊び自然を司る聖獣。次に西方の守り神が白虎、子孫繁栄と文化の発展を意味するもので純白の猛虎を模した姿で知られ、その性は土に生じ金に遊ぶとされる聖獣。そして南方の守り神が朱雀、美と芸術、名誉と招福を意味するもので頭に冠をいただき美しい炎の翼を持つ霊鳥のすがたとされ、その性は木に生じ火に遊ぶと言われる聖獣。最後が北方の守り神玄武、長寿と再生を意味し蛇と亀が絡み合った姿でその性は金に生じ水に遊ぶとされる聖獣。属性は四神の相性にも関係しているようです。四季に準じて称されることもあり、その場合は青龍が春、白虎は秋、朱雀は夏、玄武は冬。僕が知っていることはこれだけですが……」
話し終えた遼が轟木を伺い見ると、十分だというように頷いて轟木は優樹に目を向けた。
「篠宮優樹と秋本遼は、既に『魄王丸』に出会っているはずだ」
意想外の状況に苛立ちを隠せず、アキラが再び腰を浮かせた。
「なん……だと? さっきから黙って聞いてれば四獣神だの時間が無かっただの……挙げ句、こいつ等が『魄王丸』に出会っているって? 本当なのか、秋本?」
轟木には全てを見透かされている。遼は覚悟を決め、アキラの質問に平静な表情で頷いた。混乱から立ち直り切れていないのか、優樹の反応はない。
「あのなぁ……」
大きく溜息をついたアキラの肩に、佐野が慰めるように手を置いた。
「別におまえが蚊帳の外に置かれてた訳じゃないと思うぜ、須刈。秋本だって、そんな突拍子もないこと誰彼無く言えるわけないだろ? まあ落ち込むなって! 轟木の話はワケわかんないけど……多分、俺たちが納得できるように説明しようとしてるんだから信じて最後まで聞いてやろうぜ」
「やれやれ、おまえに慰められるようじゃ俺もヤキが回ったなぁ……」
「だいたい須刈は秋本がらみになると……」
「あー、うるさい! もういいよ、佐野」
佐野を追い払うかのように手をひらひらさせて、アキラは体裁悪そうな顔になる。
「それで? 秋本が見た『魄王丸』ってヤツはどんな姿をしていたんだ?」
張りつめた空気が少し緩和され、遼は落ち着きを取り戻すと記憶を巡らせた。
「轟木先輩の言葉を借りるなら、『魄王丸』は『白虎』と称するに相応しい姿をしていました。全身は銀白色の毛皮に覆われ、サーベルのような牙を持ち、双眼は赤みを帯びた焔色に輝いていた。頚から背中にかけて黄金の鬣をなびかせ、神々しいほどに美しい獣でした……」
「然り、『魄王丸』は紛れもなく『白虎』なのだからな」
満足そうな笑みを浮かべた轟木に、アキラが静かに問い質した。
「『魄王丸』が西方を守る守護神『白虎』なら、なぜ『蜻蛉鬼』と戦って勝てなかったんだ? 轟木と秋本の話では、湖の底に封じられた妖怪は再び悪さを仕掛けているようだが、今度は俺たちを助けてくれるつもりなのかねぇ……」
「それは出来ない相談だ……四獣神はおよそ百年から二百年の周期で、宿縁を持つ依代を介し順に現世に蘇る。そして、その時代の災厄を見守り時に民の手助けをしているのだが、あいにく現世は『白虎』の時代にあらず……依代なき時代に存在は許されず、すなわち手を貸すことは出来ないのだ。『蜻蛉鬼』と戦った時、京の戦乱を収めるため『白虎』は力尽き掛けていた。尚かつ依代たる者を失い、守りを替わる時を待っていたのだ。しかし、一人の女の命を賭けた願いが『白虎』を……『魄王丸』を動かした」
「園部の姫君……美那様のことですね」
頭のどこかで、その時代を生きてきたかのように語る轟木を疑問に思いながらも、遼の思考は霞がかかったように停止し答えを求めようとはしなかった。思慮深く穏やかな普段の表情は変わらないが、その言葉にはいつにまして逆らえないのだ。
「美那の願いを聞き届け『魄王丸』は最後の力を貸したが、無念にも『蜻蛉鬼』を滅するに至らなかった。どうにか湖の底に封印したが……永き時を抑えるには、霊力の強い法師に頼んで念を込めた像を祀るしかなかった」
「『魄王丸』に時間と力が不足していた理由はわかったけど……『秋月島』の祠には、ちゃんと仏像が祀ってあるじゃないか」
首を傾げた佐野に、遼が答える。
「管理を任されていた神社の宮司さんが亡くなって、盗難防止のため暫く村役場に置かれていたそうです」
「恐らくそれも必然に成されたのだ。宮司の死、仏像による結界の消失……そして『蜻蛉鬼』は、力の源たる怨念を得て甦ろうとしている。人肉を喰らい、力を蓄え、やがてその姿を現すだろう」
眉根を寄せ、苦渋の表情で轟木が目を向けた窓の外は、どんよりとした暗い色の雲が重いカーテンのように垂れ込めている。そよとも吹かない風に木々は沈黙し、小鳥のさえずりさえ聞こえてはこなかった。重苦しい空気に止められてしまった時間を破り、口を開いたのは優樹だった。
「そいつは何をしようとしている? 怨念の源ってのは、いったい何だ?」
途端、張りつめた空気が一気に部屋を満たした。肌が粟立つほどの、ぴりぴりとした緊張感が遼を襲う。驚いて優樹に目を向けると、またあの青白い焔に身体が包まれているのが解った。だが一瞬のうちにその焔は弾かれ、空気は元に戻る。その時、遼には確かに見えた。青白い焔を打ち砕いた、紅みがかった黄金色の光を。
「私には言えない……ある意味、責は私にもあるからな。秋本遼に聞くがいい」
そう言ってドアに向かった轟木を、誰も止めることは出来なかった。
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◇伏線を繋げるのに一苦労です。だいたいフォロー出来ていると思うのですが、いかがなものでしょう?(苦笑
◇現在実家で飯炊きおばさん(笑)をしながら書いています。広い家なので(マンションよりは)日中も子供から離れて執筆できますが、Dial-upは辛いですね。小説の更新は週一回しか出来そうにありませんが、その分書き進めていきたいと思います。
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕42】
2004年7月23日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第41回のあらすじ]
◇コテージに戻り冬也から傷の手当てを受けた優樹を取り巻いて、アキラは疑問を遼に質した。しかし、その問いに答えたのは、意外にも轟木彪留だったのだ。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
「一体の……?」
ごくりと、遼は息を飲んだ。自分はその答えを知っている。優樹を取り巻く青白い光が成す、それは人の姿ならぬ獣の姿。それが優樹の本性だというのだろうか? だとすれば、優樹は一体何者なのだろう……人としてあり得ないものなど信じられるはずがなかった。しかし、あれはまさに……。遼は喉元まで出かけた言葉を発する事が出来なかった。心中を察するかのように、轟木が目を細める。
「いずれ、このままでは済まないだろう。在るべき覚醒の時期ではない故、他の力に振り回されてしまった。秋本遼、お前は篠宮の力を抑えることが出来るようだ……決して側を離れるな」
窓際を離れ、部屋を出ようとした轟木の前に突然アキラが立ち塞がった。
「待てよ彪留……お前、何か知ってるな? 思わせぶりな事を言ってないで、ちゃんと説明して貰えないかなぁ。……返答次第じゃ、このまま済まないのは貴様の方だ!」
アキラが怒っている。初めて見るその姿に、遼の背は凍り付いた。飄々として捕らえどころが無く、しかし達観した物の見方で肝心な時にいつも遼や優樹を助けてくれた。的を射た助言をする事はあっても立ち入らず、常に距離を置いて見守っているような所があるアキラが、剥き出しの感情を轟木にぶつけているのだ。その想いを感じ取り、遼は息苦しさを感じた。学園での事件とは違う強い危機感と不安から、アキラは本気で遼と優樹を案じている。
「須刈を怒らせるとヤバイぜ、轟木。こいつは陰険な性格だから、潰したい相手に対して裏から仕掛けてくるんだ。……厭だぜ、俺は。二人が仲違いするのを見るのなんか……。大事な友達だからさ、須刈も轟木も……」
ぽつりと佐野が呟き、気勢をそがれたアキラは収まらないといった顔をしながらも轟木から一歩身を引いた。微塵の動揺も見せず、轟木はアキラに冷たい目を向ける。
「己の目で見た物しか信じないのが人間だが、真実を知らねば疑惑から妄想の怪物を生み出すも、また然り。いいだろう、『魄王丸』と『蜻蛉鬼』について私が知りうる事を話そう。『秋月島』の伝説は知っていると思うが、『蜻蛉鬼』という化け物について聞き及んでいるか?」
「『秋月島』の別名、謂われとなった伝説でしたら僕から話します」
遼がスケッチブックを開いて美月から聞いたもう一つの伝説を語ると、神妙に耳を傾けていたアキラが訝しそうに轟木を睨む。
「……ここに来る前から解っていた様な口振りだったな、彪留。お前が伝説や古い謂われに興味を持っていることは知っていたが、調べたのか?」
「……まあ、そんなところだ」
「何故、黙っていた」
「面白い事を言う……。得体の知れない化け物の存在を教え、気を付けろと警告すれば良かったか? 誰もが一笑するだろう、違うか? 現世の人間達は魑魅魍魎、妖怪変化の類など既に信じてはいない。神仏でさえ、形の上で敬えども信仰はない。森羅万象の霊力を蔑ろにし、意のままにならない物はないと思い上がっている……。ただし、秋本遼は別だな、妙な力を持っているために関わらずにはいられなかったようだ」
思わず遼は、目を伏せた。奇妙な威圧感から、轟木を直視する事が出来ない。
「だからって、なんで篠宮があんな事になっちまうんだよ? 『蜻蛉鬼』って化け物は、俺たちに殺し合いでもさせようってつもりなのか?」
佐野の言葉に、優樹の身体がびくりと反応した。自分がやろうとした事を思い出したのだろう、握りしめた両拳が小刻みに震えている。痛々しく包帯の巻かれたその手に、遼は自分の手を添えた。
「『魄王丸』に、もう少し時間があれば『蜻蛉鬼』を完全に滅する事が出来たのだ」
「時間……だと?」
落ち着きを取り戻したアキラは再びベッドに腰掛け轟木を見上げる。
「この国……倭の国は古来より四体の聖獣に守られている。大陸から伝来した呼び名に倣い、それらは何時しか『青龍』『白虎』『朱雀』『玄武』の四獣神と呼ばれるようになったが、方位学などで言われる役割とは本来違った役目を持っていた」
眉をひそめ顔を見合わせたアキラと佐野のために、遼が説明を買って出た。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆長らくお待たせしました……あ、誰も待ってない?はっはっはっ、まあ、ご挨拶と言う事で。
◆一部の方々より、ご指摘を頂きましたが「轟木 彪留」君は「とどろき たける」と読みます。何だかサブキャラの名が、ますます複雑かつ怪奇になりつつあります。
◆さて、お約束の伝承伝説が出てきましたね。この先、主人公達にどう絡むかは、お楽しみ。
作者、脳みそが暑さで溶け始めているのでウンチクに信憑性は期待出来ませ〜ん(逃げ
でも無い知恵絞ってがんばります。
◆励ましの言葉、お待ちしております。最近活力が乏しい「かざと」です。
★ご意見ご感想はこちらの掲示板にどうぞ!
「一部」改訂版もご覧になれます。
「MURAKUMO」
http://mypage.odn.ne.jp/home/kazatoyou
◆hotmail:youkazato@hotmail.com
でも、お気軽に。MSNメッセアドにもなっています。
◇コテージに戻り冬也から傷の手当てを受けた優樹を取り巻いて、アキラは疑問を遼に質した。しかし、その問いに答えたのは、意外にも轟木彪留だったのだ。
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<本文>
「一体の……?」
ごくりと、遼は息を飲んだ。自分はその答えを知っている。優樹を取り巻く青白い光が成す、それは人の姿ならぬ獣の姿。それが優樹の本性だというのだろうか? だとすれば、優樹は一体何者なのだろう……人としてあり得ないものなど信じられるはずがなかった。しかし、あれはまさに……。遼は喉元まで出かけた言葉を発する事が出来なかった。心中を察するかのように、轟木が目を細める。
「いずれ、このままでは済まないだろう。在るべき覚醒の時期ではない故、他の力に振り回されてしまった。秋本遼、お前は篠宮の力を抑えることが出来るようだ……決して側を離れるな」
窓際を離れ、部屋を出ようとした轟木の前に突然アキラが立ち塞がった。
「待てよ彪留……お前、何か知ってるな? 思わせぶりな事を言ってないで、ちゃんと説明して貰えないかなぁ。……返答次第じゃ、このまま済まないのは貴様の方だ!」
アキラが怒っている。初めて見るその姿に、遼の背は凍り付いた。飄々として捕らえどころが無く、しかし達観した物の見方で肝心な時にいつも遼や優樹を助けてくれた。的を射た助言をする事はあっても立ち入らず、常に距離を置いて見守っているような所があるアキラが、剥き出しの感情を轟木にぶつけているのだ。その想いを感じ取り、遼は息苦しさを感じた。学園での事件とは違う強い危機感と不安から、アキラは本気で遼と優樹を案じている。
「須刈を怒らせるとヤバイぜ、轟木。こいつは陰険な性格だから、潰したい相手に対して裏から仕掛けてくるんだ。……厭だぜ、俺は。二人が仲違いするのを見るのなんか……。大事な友達だからさ、須刈も轟木も……」
ぽつりと佐野が呟き、気勢をそがれたアキラは収まらないといった顔をしながらも轟木から一歩身を引いた。微塵の動揺も見せず、轟木はアキラに冷たい目を向ける。
「己の目で見た物しか信じないのが人間だが、真実を知らねば疑惑から妄想の怪物を生み出すも、また然り。いいだろう、『魄王丸』と『蜻蛉鬼』について私が知りうる事を話そう。『秋月島』の伝説は知っていると思うが、『蜻蛉鬼』という化け物について聞き及んでいるか?」
「『秋月島』の別名、謂われとなった伝説でしたら僕から話します」
遼がスケッチブックを開いて美月から聞いたもう一つの伝説を語ると、神妙に耳を傾けていたアキラが訝しそうに轟木を睨む。
「……ここに来る前から解っていた様な口振りだったな、彪留。お前が伝説や古い謂われに興味を持っていることは知っていたが、調べたのか?」
「……まあ、そんなところだ」
「何故、黙っていた」
「面白い事を言う……。得体の知れない化け物の存在を教え、気を付けろと警告すれば良かったか? 誰もが一笑するだろう、違うか? 現世の人間達は魑魅魍魎、妖怪変化の類など既に信じてはいない。神仏でさえ、形の上で敬えども信仰はない。森羅万象の霊力を蔑ろにし、意のままにならない物はないと思い上がっている……。ただし、秋本遼は別だな、妙な力を持っているために関わらずにはいられなかったようだ」
思わず遼は、目を伏せた。奇妙な威圧感から、轟木を直視する事が出来ない。
「だからって、なんで篠宮があんな事になっちまうんだよ? 『蜻蛉鬼』って化け物は、俺たちに殺し合いでもさせようってつもりなのか?」
佐野の言葉に、優樹の身体がびくりと反応した。自分がやろうとした事を思い出したのだろう、握りしめた両拳が小刻みに震えている。痛々しく包帯の巻かれたその手に、遼は自分の手を添えた。
「『魄王丸』に、もう少し時間があれば『蜻蛉鬼』を完全に滅する事が出来たのだ」
「時間……だと?」
落ち着きを取り戻したアキラは再びベッドに腰掛け轟木を見上げる。
「この国……倭の国は古来より四体の聖獣に守られている。大陸から伝来した呼び名に倣い、それらは何時しか『青龍』『白虎』『朱雀』『玄武』の四獣神と呼ばれるようになったが、方位学などで言われる役割とは本来違った役目を持っていた」
眉をひそめ顔を見合わせたアキラと佐野のために、遼が説明を買って出た。
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◆長らくお待たせしました……あ、誰も待ってない?はっはっはっ、まあ、ご挨拶と言う事で。
◆一部の方々より、ご指摘を頂きましたが「轟木 彪留」君は「とどろき たける」と読みます。何だかサブキャラの名が、ますます複雑かつ怪奇になりつつあります。
◆さて、お約束の伝承伝説が出てきましたね。この先、主人公達にどう絡むかは、お楽しみ。
作者、脳みそが暑さで溶け始めているのでウンチクに信憑性は期待出来ませ〜ん(逃げ
でも無い知恵絞ってがんばります。
◆励ましの言葉、お待ちしております。最近活力が乏しい「かざと」です。
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕41】
2004年7月5日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第40回のあらすじ]
◇アキラとのやり取りの末、日下部は取り敢えず引き下がった。誰もが事態を理解できずにいたその時、轟木の発言に遼は驚かずにいられなかった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
黙したまま優樹の手当をしていた冬也は、一通り済むと大きく息をついた。服の上からは見えない随所におびただしい内出血の跡があり、考えていたよりも多くのダメージが与えられていた事が遼にも解る。
「よくこれで、桟橋から歩いて来られたものだ。骨に異常はないが、内臓にかなりきてるはずだぞ……。まあ、若い時は色々と無茶をするものだが、私が付いていて起きた事となると田村氏に申し訳が立たないよ」
「……すみません」
冬也には隠さず経緯を話したが、やはり警察沙汰は避ける判断をしてくれた。消え入りそうな声で詫びた優樹は、俯けた顔を上げようとはしない。
「田村氏には電話でよく説明しておくよ。生来頑丈なお前の事だから明日には動けるようになるだろうが、大事を取って残りの日程二日は安静にしていろ。熱が出たらすぐに言え、その時は病院に放り込んでやる」
穏やかな口調に込められた怒りが、優樹の無茶に対してなのか日下部に対してなのか判断つきかねたが、冬也はそれ以上何も言わずに救急箱を片付けると優樹に一瞥を投げ部屋を出て行った。
「悪いが、遥斗と宙も席を外してくれ」
アキラに言われて異論を唱えようとした遥斗の背中を、佐野が押すようにしてドアの外に出す。アキラが遼の使っているベッドに腰掛けると、戻ってきた佐野もその隣に座った。轟木は窓際で腕を組み遼を見つめている。ライティングデスクの椅子を引き、遼は優樹が横になっているベッドサイドに座った。
「秋本の能力は知っているが……」
言い掛けてアキラは轟木に目を向けたが、無表情なその顔に暗黙の了解を読み取ったようだった。もしや轟木は、誰も知らない何かを知っているのだろうか? 不思議な気持ちで遼は轟木を見つめ返した。
「篠宮に冷静さを失わせた邪気か……。例の噂、湖の怪事件が関係しているのかも知れないなぁ。おまえが湖で倒れたのは気味悪いモノを見たからだと、ゆうべ篠宮から聞いてはいたが……」
「あれっ、俺は聞いてないぜ? なんだ寝不足のせいじゃなかったのか……轟木もいる事だし俺たちにも話してくれよ、厭なら別にいいけど……」
アキラを押しのけるように佐野が身を乗り出した。本棟で遼が日下部と口論した時にも居合わせており、全てに関わるのは当然といった顔をしている。
「大丈夫です、実は……」
紅く波立つ湖の底に黒いタールのような蟲の塊が蠢き、その中から白い骨の浮かび上がる様を遼は語った。しかし白い獣を見た事と、美月が関係しているかも知れない事実は伏せておいた。遼が話し終えると、腕を組んだアキラが佐野の前に立つ。
「そもそも俺たちがここに来る事になった経緯は、『美月荘』にキャンセルが出て冬也さんが安く泊めてくれると言ったからだ。キャンセルが出た理由……冬也さんが気にならなければと前もって念を押した時、誰も反対はしなかった」
杏子に口止めし、鳥羽山が意味ありげに言った良くない噂……。
「『人喰い湖』の噂、秋本のヴィジョンが裏付ける事になったようだな……それにこの騒ぎだ」
「素材として、面白そうだと言ったのは須刈だぜ? っと、俺も賛成したけどさ」
体裁悪そうに佐野が苦笑すると、アキラが肩をすくめた。
「ここ数年の間に『秋月湖』で四人の死体が上がり、それら全てが見るも無惨な姿をしていた事から『秋月湖』は『人喰い湖』の噂を立てられるようになった。そのために観光客は減り、犠牲者が立て続けに出た近くの小さな村は、住民が気味悪がって廃村になってしまった。冬也さんの話を聞いた時点では、そんな曰く付きの場所が興味深くもあったし、はたから信じちゃいない妖怪やら化け物やら噂の真相を確かめたくもあったが……考えを改めるべきかなぁ。秋本の見た蟲の塊とやらが、例の伝説の妖怪『魄王丸』なんだろうか?」
「それは違います」
確信を持って、きっぱりと言い切った遼にアキラは意外そうな顔をした。
「えっと……じゃあ何だ?」
「人喰いの嫌疑、『魄王丸』に掛けられてはかなわんな。あれは『蜻蛉鬼』が仕業、秋本遼は既に気付いているはずだ」
低く静かな声が、しかし明確な響きとして耳に聞こえた。
「轟木……先輩」
遼が目を向けた先で、轟木彪留が意味ありげに微笑む。
「邪気に満ちた篠宮優樹の肉体が、あの時血に汚されずに済んだのはお前のおかげだな。間に合わないかと思ったが、感謝せねばなるまい。危うく手遅れになるところだった」
「何を……言ってるんですか? 手遅れって、優樹がいったい……」
「あの強い『気』を持つ男、日下部との戦いで解っただろう? 篠宮の身中に在る破壊の衝動、そして底知れぬ力を。もしもお前が止めていなければ、篠宮の手は血で汚され、邪気は精神までも侵していた。そうなれば既に人にあらず、猛り狂う一体の……」
「一体の……?」
ごくりと、遼は息を飲んだ。自分はその答えを知っている。しかし、喉元まで出かけた言葉を発する事が出来い。心中を察するかのように、轟木が目を細めた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆轟木君は、何を知るのでしょう? そして優樹君の力の源は何か? 遼君は優樹君を守れるのかしら(笑
◆ウンチクを練り込むために次回は来週アップです。
木曜日(7月15日)の予定。
まあ〜たいしたウンチクじゃないのですが、なるべく納得のいくお話にするために努力しています。
◆資料本を読み込んでいる間、時間が止まればいいのに。
でも納得いくまで勉強してたら多分続きは書けない。在る程度は思い込みと読者の想像力に頼ります(苦笑
◆さて勘のいい人は、轟木君の正体がわかるはず(笑
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でも、お気軽に。MSNメッセアドにもなっています。
◇アキラとのやり取りの末、日下部は取り敢えず引き下がった。誰もが事態を理解できずにいたその時、轟木の発言に遼は驚かずにいられなかった。
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<本文>
黙したまま優樹の手当をしていた冬也は、一通り済むと大きく息をついた。服の上からは見えない随所におびただしい内出血の跡があり、考えていたよりも多くのダメージが与えられていた事が遼にも解る。
「よくこれで、桟橋から歩いて来られたものだ。骨に異常はないが、内臓にかなりきてるはずだぞ……。まあ、若い時は色々と無茶をするものだが、私が付いていて起きた事となると田村氏に申し訳が立たないよ」
「……すみません」
冬也には隠さず経緯を話したが、やはり警察沙汰は避ける判断をしてくれた。消え入りそうな声で詫びた優樹は、俯けた顔を上げようとはしない。
「田村氏には電話でよく説明しておくよ。生来頑丈なお前の事だから明日には動けるようになるだろうが、大事を取って残りの日程二日は安静にしていろ。熱が出たらすぐに言え、その時は病院に放り込んでやる」
穏やかな口調に込められた怒りが、優樹の無茶に対してなのか日下部に対してなのか判断つきかねたが、冬也はそれ以上何も言わずに救急箱を片付けると優樹に一瞥を投げ部屋を出て行った。
「悪いが、遥斗と宙も席を外してくれ」
アキラに言われて異論を唱えようとした遥斗の背中を、佐野が押すようにしてドアの外に出す。アキラが遼の使っているベッドに腰掛けると、戻ってきた佐野もその隣に座った。轟木は窓際で腕を組み遼を見つめている。ライティングデスクの椅子を引き、遼は優樹が横になっているベッドサイドに座った。
「秋本の能力は知っているが……」
言い掛けてアキラは轟木に目を向けたが、無表情なその顔に暗黙の了解を読み取ったようだった。もしや轟木は、誰も知らない何かを知っているのだろうか? 不思議な気持ちで遼は轟木を見つめ返した。
「篠宮に冷静さを失わせた邪気か……。例の噂、湖の怪事件が関係しているのかも知れないなぁ。おまえが湖で倒れたのは気味悪いモノを見たからだと、ゆうべ篠宮から聞いてはいたが……」
「あれっ、俺は聞いてないぜ? なんだ寝不足のせいじゃなかったのか……轟木もいる事だし俺たちにも話してくれよ、厭なら別にいいけど……」
アキラを押しのけるように佐野が身を乗り出した。本棟で遼が日下部と口論した時にも居合わせており、全てに関わるのは当然といった顔をしている。
「大丈夫です、実は……」
紅く波立つ湖の底に黒いタールのような蟲の塊が蠢き、その中から白い骨の浮かび上がる様を遼は語った。しかし白い獣を見た事と、美月が関係しているかも知れない事実は伏せておいた。遼が話し終えると、腕を組んだアキラが佐野の前に立つ。
「そもそも俺たちがここに来る事になった経緯は、『美月荘』にキャンセルが出て冬也さんが安く泊めてくれると言ったからだ。キャンセルが出た理由……冬也さんが気にならなければと前もって念を押した時、誰も反対はしなかった」
杏子に口止めし、鳥羽山が意味ありげに言った良くない噂……。
「『人喰い湖』の噂、秋本のヴィジョンが裏付ける事になったようだな……それにこの騒ぎだ」
「素材として、面白そうだと言ったのは須刈だぜ? っと、俺も賛成したけどさ」
体裁悪そうに佐野が苦笑すると、アキラが肩をすくめた。
「ここ数年の間に『秋月湖』で四人の死体が上がり、それら全てが見るも無惨な姿をしていた事から『秋月湖』は『人喰い湖』の噂を立てられるようになった。そのために観光客は減り、犠牲者が立て続けに出た近くの小さな村は、住民が気味悪がって廃村になってしまった。冬也さんの話を聞いた時点では、そんな曰く付きの場所が興味深くもあったし、はたから信じちゃいない妖怪やら化け物やら噂の真相を確かめたくもあったが……考えを改めるべきかなぁ。秋本の見た蟲の塊とやらが、例の伝説の妖怪『魄王丸』なんだろうか?」
「それは違います」
確信を持って、きっぱりと言い切った遼にアキラは意外そうな顔をした。
「えっと……じゃあ何だ?」
「人喰いの嫌疑、『魄王丸』に掛けられてはかなわんな。あれは『蜻蛉鬼』が仕業、秋本遼は既に気付いているはずだ」
低く静かな声が、しかし明確な響きとして耳に聞こえた。
「轟木……先輩」
遼が目を向けた先で、轟木彪留が意味ありげに微笑む。
「邪気に満ちた篠宮優樹の肉体が、あの時血に汚されずに済んだのはお前のおかげだな。間に合わないかと思ったが、感謝せねばなるまい。危うく手遅れになるところだった」
「何を……言ってるんですか? 手遅れって、優樹がいったい……」
「あの強い『気』を持つ男、日下部との戦いで解っただろう? 篠宮の身中に在る破壊の衝動、そして底知れぬ力を。もしもお前が止めていなければ、篠宮の手は血で汚され、邪気は精神までも侵していた。そうなれば既に人にあらず、猛り狂う一体の……」
「一体の……?」
ごくりと、遼は息を飲んだ。自分はその答えを知っている。しかし、喉元まで出かけた言葉を発する事が出来い。心中を察するかのように、轟木が目を細めた。
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◆轟木君は、何を知るのでしょう? そして優樹君の力の源は何か? 遼君は優樹君を守れるのかしら(笑
◆ウンチクを練り込むために次回は来週アップです。
木曜日(7月15日)の予定。
まあ〜たいしたウンチクじゃないのですが、なるべく納得のいくお話にするために努力しています。
◆資料本を読み込んでいる間、時間が止まればいいのに。
でも納得いくまで勉強してたら多分続きは書けない。在る程度は思い込みと読者の想像力に頼ります(苦笑
◆さて勘のいい人は、轟木君の正体がわかるはず(笑
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕40】
2004年7月1日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第39回のあらすじ]
◇危ういところで遼は優樹の暴走を止める事が出来た。しかし優樹自身さえ戸惑う暴力の発露、このまま優樹は己の衝動に飲み込まれてしまうのだろうか。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
切迫した呼び声に遼が目を向けると、遊歩道を駆けてくるアキラと轟木、佐野の姿があった。少し離れて遥斗と宙もこちらに向かっている。
「アキラ先輩……」
苦渋の表情の遼と、只ならぬ様子の優樹にアキラは顔を曇らせた。
「雲もないのに、雷が落ちたような音がした。すぐに轟木が、篠宮が危ないと言って駆けだしたから後を追ってきたんだ……。説明してくれませんか日下部さん、場合によっては警察を呼びますよ」
日下部は、気を失っている鳥羽山を担ぎ上げてニヤリと笑った。
「警察は、有難くないな……。ここはお互い、不問に付した方が良いのではないかな? どう見ても篠宮君はやりすぎたと思うし、学生の身で暴力沙汰が表立てば困るのはそちらの方でしょう?」
返す言葉を失い、アキラは苦虫を噛み潰したような顔になった。が、
「……いいでしょう、この場はお互い不問に付しますが金輪際我々に近付かないで頂きたい。私は千葉県警に神崎という友人がいますが、これ以上事を起こすようでしたら我々の都合の良いように取り計らってもらう事も出来ます」
そう言い放ち日下部を睨み返す。
「神崎?」
「機動隊上がりの屈強な大男で、正義感の強い叩き上げの刑事です」
くっと、日下部は咽を鳴らした。
「それは敵わない……承知した、君等には近付かないし鳥羽山はすぐに病院に行かせてそのまま家に帰そう。だからその刑事さんは勘弁してくれたまえ……さっさと自分で歩かないか鳥羽山、行くぞ!」
渇を入れられ我に返った鳥羽山の、ふらつく足下を支えて日下部はその場を後にする。
「あの……私のせいでこんな事に……」
困惑の表情を浮かべ、美月が湖の水で濡らしたハンカチを差し出した。遼は視線を合わせずに受け取ると、ハンカチを優樹の手に添える。
「美月さんは本棟の仕事に戻って下さい……お願いします」
躊躇うように美月は遼からアキラ達へと視線を移したが、目を伏せ「わかったわ」と答え立ち去った。その姿が見えなくなった事を確認し、遼は美月のハンカチを外し自分のハンカチで優樹の手を縛る。
「悪いけど杏子ちゃん、これ美月さんに返しておいてくれないか? それから冬也さんを捜して僕等のコテージまで連れてきて欲しいんだ、優樹の手当をしなくちゃならない」
「……うん、わかった!」
鼻をすすりあげ涙の跡を手の甲で拭って、杏子は力強く頷き急いで本棟に向かう。膝の間に頭を埋め、身動ぎもしない優樹をそのままに遼はアキラに向き直った。
「いつもの……優樹じゃなかった」
遼から経緯を聞かされたアキラは、眉根を寄せ悔恨の表情を浮かべた。
「篠宮は力を使い誤らないと信じていた。合気道を教えた事が仇になったな……俺の責任だ」
「アキラ先輩のせいじゃない」
「おまえは、正体のわからない邪気が働きかけて篠宮の精神をねじ曲げてしまったと言うが……それは一体何だ? 何か知っているなら話してくれ」
「それは……」
遼は顔を俯けた。何を何処まで話せばいいのだろう? 日下部の言葉そのままに、いつかこうなる事を予感していた。優樹を守るために、自分は見えないものを見る力を与えられたのではないのか? そのための力ではなかったのか? 手遅れなのか……一度破壊の衝動に飲み込まれてしまった優樹は、もう元には戻らないのだろうか?
「秋本遼、お前が知りうる全てを話した方が身のためだ。ただし、その男の手当が先だな……拳だけではなく随所に傷を負っている。一人で歩けるか? 篠宮優樹」
隣に屈み込んだ轟木に、遼は意想外の目を向けた。普段この様な物言いをした事はなく、眼鏡の奥の瞳が何かを了解しているように見える。そう言えば、アキラ達は轟木に連れて来られたと言った。大気が裂けた音、青白い炎が黒い霞と混じり合い優樹が殺意に支配された空気。轟木には解ったのだろうか? しかしなぜ?
優樹がゆっくりと立ち上がり、轟木に向かって小さく頷いた。
「とにかくコテージに戻ろう。話はそれからだ……いいな、秋本」
頷いて遼は、アキラと轟木に両肩を支えられながら歩く優樹に続いた。佐野が力づけるように、肩を叩いた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆ここまでをVOL5としてまとめます。起・承・転・決でいうところの「転・前半」まで来ました。
◆アキラ君のハッタリは、ちょっとしたサービスです。にやりとして貰えると嬉しいです(笑
神崎君、千葉県警でクシャミしてるかも知れませんね。
★ご意見ご感想はこちらの掲示板にどうぞ!
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「MURAKUMO」
http://mypage.odn.ne.jp/home/kazatoyou
◆hotmail:youkazato@hotmail.com
でも、お気軽に。MSNメッセアドにもなっています。
★次回は火曜日(7/6)の予定です!!
◇危ういところで遼は優樹の暴走を止める事が出来た。しかし優樹自身さえ戸惑う暴力の発露、このまま優樹は己の衝動に飲み込まれてしまうのだろうか。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
切迫した呼び声に遼が目を向けると、遊歩道を駆けてくるアキラと轟木、佐野の姿があった。少し離れて遥斗と宙もこちらに向かっている。
「アキラ先輩……」
苦渋の表情の遼と、只ならぬ様子の優樹にアキラは顔を曇らせた。
「雲もないのに、雷が落ちたような音がした。すぐに轟木が、篠宮が危ないと言って駆けだしたから後を追ってきたんだ……。説明してくれませんか日下部さん、場合によっては警察を呼びますよ」
日下部は、気を失っている鳥羽山を担ぎ上げてニヤリと笑った。
「警察は、有難くないな……。ここはお互い、不問に付した方が良いのではないかな? どう見ても篠宮君はやりすぎたと思うし、学生の身で暴力沙汰が表立てば困るのはそちらの方でしょう?」
返す言葉を失い、アキラは苦虫を噛み潰したような顔になった。が、
「……いいでしょう、この場はお互い不問に付しますが金輪際我々に近付かないで頂きたい。私は千葉県警に神崎という友人がいますが、これ以上事を起こすようでしたら我々の都合の良いように取り計らってもらう事も出来ます」
そう言い放ち日下部を睨み返す。
「神崎?」
「機動隊上がりの屈強な大男で、正義感の強い叩き上げの刑事です」
くっと、日下部は咽を鳴らした。
「それは敵わない……承知した、君等には近付かないし鳥羽山はすぐに病院に行かせてそのまま家に帰そう。だからその刑事さんは勘弁してくれたまえ……さっさと自分で歩かないか鳥羽山、行くぞ!」
渇を入れられ我に返った鳥羽山の、ふらつく足下を支えて日下部はその場を後にする。
「あの……私のせいでこんな事に……」
困惑の表情を浮かべ、美月が湖の水で濡らしたハンカチを差し出した。遼は視線を合わせずに受け取ると、ハンカチを優樹の手に添える。
「美月さんは本棟の仕事に戻って下さい……お願いします」
躊躇うように美月は遼からアキラ達へと視線を移したが、目を伏せ「わかったわ」と答え立ち去った。その姿が見えなくなった事を確認し、遼は美月のハンカチを外し自分のハンカチで優樹の手を縛る。
「悪いけど杏子ちゃん、これ美月さんに返しておいてくれないか? それから冬也さんを捜して僕等のコテージまで連れてきて欲しいんだ、優樹の手当をしなくちゃならない」
「……うん、わかった!」
鼻をすすりあげ涙の跡を手の甲で拭って、杏子は力強く頷き急いで本棟に向かう。膝の間に頭を埋め、身動ぎもしない優樹をそのままに遼はアキラに向き直った。
「いつもの……優樹じゃなかった」
遼から経緯を聞かされたアキラは、眉根を寄せ悔恨の表情を浮かべた。
「篠宮は力を使い誤らないと信じていた。合気道を教えた事が仇になったな……俺の責任だ」
「アキラ先輩のせいじゃない」
「おまえは、正体のわからない邪気が働きかけて篠宮の精神をねじ曲げてしまったと言うが……それは一体何だ? 何か知っているなら話してくれ」
「それは……」
遼は顔を俯けた。何を何処まで話せばいいのだろう? 日下部の言葉そのままに、いつかこうなる事を予感していた。優樹を守るために、自分は見えないものを見る力を与えられたのではないのか? そのための力ではなかったのか? 手遅れなのか……一度破壊の衝動に飲み込まれてしまった優樹は、もう元には戻らないのだろうか?
「秋本遼、お前が知りうる全てを話した方が身のためだ。ただし、その男の手当が先だな……拳だけではなく随所に傷を負っている。一人で歩けるか? 篠宮優樹」
隣に屈み込んだ轟木に、遼は意想外の目を向けた。普段この様な物言いをした事はなく、眼鏡の奥の瞳が何かを了解しているように見える。そう言えば、アキラ達は轟木に連れて来られたと言った。大気が裂けた音、青白い炎が黒い霞と混じり合い優樹が殺意に支配された空気。轟木には解ったのだろうか? しかしなぜ?
優樹がゆっくりと立ち上がり、轟木に向かって小さく頷いた。
「とにかくコテージに戻ろう。話はそれからだ……いいな、秋本」
頷いて遼は、アキラと轟木に両肩を支えられながら歩く優樹に続いた。佐野が力づけるように、肩を叩いた。
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕39】
2004年6月29日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第38回のあらすじ]
◇内なる暴力に支配され、戦おうとする優樹を遼は止めようとする。しかし、そこに現れた日下部に事態はなおも悪い方向へと動きつつあった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
日下部が顎で示した方に遼が目を向けると、優樹がゆっくりと立ち上がるところだった。その表情は敗北を認めず、剥き出しの敵意を込めて日下部を睨んでいる。
「もう止めるんだ、優樹! 君の敵う相手じゃない」
「その通り、落とし前は一発で済ませておいてやる。これ以上やると怪我じゃ終わらねぇぞ」
だが優樹は、低い姿勢から日下部の懐に向かって跳躍した。日下部はバックステップで素早く後ろに下がり、繰り出された優樹の蹴りは空振りに終わる。その無防備になった左脇にステップインで滑り込むと左フックを狙って顔面に注意を逸らし、日下部は空いたみぞおちにボディアッパーをめり込ませた。
「ぐっ、はあっ!」
仰け反って背から地面に叩き付けられ、優樹は血を吐いた。
「切り抜けてきた場数が違うんだよ、坊や。その根性は認めるが、俺にも忍耐の限度がある。いい加減にしねぇと、アバラの二・三本いただくぜっ!」
脅しつけるような怒声に優樹は一瞬、顔を俯けた。諦めてくれたかと遼がほっとしたのも束の間、弾かれたように地を蹴り日下部の右脇に滑り込む。そして、かざした左腕で動きを抑え込み右手で顎に掌底を打ち据えた。虚を突かれ、多々良を踏んだ日下部のみぞおちに突き上げるように肘打ちを入れると、さすがの日下部も顔を歪めバランスを崩して倒れ込む。その肩を膝で押さえつけ優樹は高く手刀をかざした。突然、パシリと虚空に大気を裂くような音が走り抜ける。
優樹は、日下部を殺すつもりなのだ。どす黒い霞が入り交じった、青白い炎のようなものが身体を取り巻き、瞳の奥に紅い光が揺らめいている。それを見て、遼の自我は怒りに飲み込まれそうになった。この状況が、全ての要因が、抗えない意思によって行われようとしている。許せなかった。これほど強い怒りを、感じた事は未だかつて無い。
「やめろっ優樹! 僕の声を聞くんだっ!」
全霊を託し、遼は叫んだ。と、鋭く振り下ろされた手刀が、喉笛をえぐる紙一重のところでピタリと止まった。機を逃さず、日下部が素早く優樹の股間を蹴り上げる。
「……!」
声にならない声を上げ、蹲った優樹の髪を掴み上げた日下部は左拳を振り上げた。が、思い留まりその手を下ろす。
「有難いお友達のおかげで、人殺しになり損なったな。それにしても……」
気持ち青ざめた顔色で、日下部は服に付いた土埃を払った。
「いったい……このガキは何者だ? 認めたくはないが、この俺でさえ冷や汗をかいちまった。こいつは……下手すりゃ自分さえも破壊しかねないような底の知れねぇ暴力の衝動を抱え込んでいやがる。そいつと覚悟して向き合えば、どの世界でも通じる力を持てるだろうが、一歩使い方を間違えば……」
頬を引きつらせ、日下部は優樹を見据えた。膝を突き、茫然自失の表情で宙を見つめる優樹は、既に殺意に支配されてはいなかった。
「俺は……何をした?」
まるで幼い子供のように泣きそうな顔で、優樹は何度となく両拳を地面に叩き付けた。皮膚が裂け、血の滲む手を遼はそっと包み込むように握る。
「大丈夫だ、優樹……。大丈夫だから……」
恐れていた事が現実となり、絶望に似た虚脱感が遼を包んだ。それは今まで抑え続け、決して表に出てはいけないものだった。向かい合う時が来たならば、遼が助けてやれるはずだった。しかし、こんな形で現れてしまうとは……。手をこまねいて見ていた事が仇になったのか? 後悔する前に、何とか出来たかも知れなかった。
「秋本、篠宮! 何があった!」
切迫した呼び声に遼が目を向けると、遊歩道を駆けてくるアキラと轟木、佐野の姿があった。少し離れて遥斗と宙もこちらに向かっている。
「アキラ先輩……」
苦渋の表情の遼と、只ならぬ様子の優樹にアキラは顔を曇らせた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆暴力シーンを書くのは初めてですが、雰囲気は伝わってくれたでしょうか?もう少し長くても良かったかな……。
アニメや映画なら見せ場ですが、小説ではどの程度描けばいいかちょっと解らない。意見があったら聞かせて下さいね。
◆大事に至る前に止まって良かったですね、優樹君。まあ、お約束と言う事で(笑
少しはハラハラしてもらえたかな?書いてる方は楽しかったけど。
男の子が主人公だし、アクションは外せません。実は「叢雲」で一番強いのはアキラ君なんですよ。アキラ君のアクションも、機会があったら披露して欲しいところです。
◆これから先は、今までの伏線の解決になります。
40回を区切りにVOL5としてまとめますので、続けて読んで貰えると、解りやすいと思います(多分・苦笑)
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★次回は金曜日の予定!!(7/2)
◇内なる暴力に支配され、戦おうとする優樹を遼は止めようとする。しかし、そこに現れた日下部に事態はなおも悪い方向へと動きつつあった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
日下部が顎で示した方に遼が目を向けると、優樹がゆっくりと立ち上がるところだった。その表情は敗北を認めず、剥き出しの敵意を込めて日下部を睨んでいる。
「もう止めるんだ、優樹! 君の敵う相手じゃない」
「その通り、落とし前は一発で済ませておいてやる。これ以上やると怪我じゃ終わらねぇぞ」
だが優樹は、低い姿勢から日下部の懐に向かって跳躍した。日下部はバックステップで素早く後ろに下がり、繰り出された優樹の蹴りは空振りに終わる。その無防備になった左脇にステップインで滑り込むと左フックを狙って顔面に注意を逸らし、日下部は空いたみぞおちにボディアッパーをめり込ませた。
「ぐっ、はあっ!」
仰け反って背から地面に叩き付けられ、優樹は血を吐いた。
「切り抜けてきた場数が違うんだよ、坊や。その根性は認めるが、俺にも忍耐の限度がある。いい加減にしねぇと、アバラの二・三本いただくぜっ!」
脅しつけるような怒声に優樹は一瞬、顔を俯けた。諦めてくれたかと遼がほっとしたのも束の間、弾かれたように地を蹴り日下部の右脇に滑り込む。そして、かざした左腕で動きを抑え込み右手で顎に掌底を打ち据えた。虚を突かれ、多々良を踏んだ日下部のみぞおちに突き上げるように肘打ちを入れると、さすがの日下部も顔を歪めバランスを崩して倒れ込む。その肩を膝で押さえつけ優樹は高く手刀をかざした。突然、パシリと虚空に大気を裂くような音が走り抜ける。
優樹は、日下部を殺すつもりなのだ。どす黒い霞が入り交じった、青白い炎のようなものが身体を取り巻き、瞳の奥に紅い光が揺らめいている。それを見て、遼の自我は怒りに飲み込まれそうになった。この状況が、全ての要因が、抗えない意思によって行われようとしている。許せなかった。これほど強い怒りを、感じた事は未だかつて無い。
「やめろっ優樹! 僕の声を聞くんだっ!」
全霊を託し、遼は叫んだ。と、鋭く振り下ろされた手刀が、喉笛をえぐる紙一重のところでピタリと止まった。機を逃さず、日下部が素早く優樹の股間を蹴り上げる。
「……!」
声にならない声を上げ、蹲った優樹の髪を掴み上げた日下部は左拳を振り上げた。が、思い留まりその手を下ろす。
「有難いお友達のおかげで、人殺しになり損なったな。それにしても……」
気持ち青ざめた顔色で、日下部は服に付いた土埃を払った。
「いったい……このガキは何者だ? 認めたくはないが、この俺でさえ冷や汗をかいちまった。こいつは……下手すりゃ自分さえも破壊しかねないような底の知れねぇ暴力の衝動を抱え込んでいやがる。そいつと覚悟して向き合えば、どの世界でも通じる力を持てるだろうが、一歩使い方を間違えば……」
頬を引きつらせ、日下部は優樹を見据えた。膝を突き、茫然自失の表情で宙を見つめる優樹は、既に殺意に支配されてはいなかった。
「俺は……何をした?」
まるで幼い子供のように泣きそうな顔で、優樹は何度となく両拳を地面に叩き付けた。皮膚が裂け、血の滲む手を遼はそっと包み込むように握る。
「大丈夫だ、優樹……。大丈夫だから……」
恐れていた事が現実となり、絶望に似た虚脱感が遼を包んだ。それは今まで抑え続け、決して表に出てはいけないものだった。向かい合う時が来たならば、遼が助けてやれるはずだった。しかし、こんな形で現れてしまうとは……。手をこまねいて見ていた事が仇になったのか? 後悔する前に、何とか出来たかも知れなかった。
「秋本、篠宮! 何があった!」
切迫した呼び声に遼が目を向けると、遊歩道を駆けてくるアキラと轟木、佐野の姿があった。少し離れて遥斗と宙もこちらに向かっている。
「アキラ先輩……」
苦渋の表情の遼と、只ならぬ様子の優樹にアキラは顔を曇らせた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆暴力シーンを書くのは初めてですが、雰囲気は伝わってくれたでしょうか?もう少し長くても良かったかな……。
アニメや映画なら見せ場ですが、小説ではどの程度描けばいいかちょっと解らない。意見があったら聞かせて下さいね。
◆大事に至る前に止まって良かったですね、優樹君。まあ、お約束と言う事で(笑
少しはハラハラしてもらえたかな?書いてる方は楽しかったけど。
男の子が主人公だし、アクションは外せません。実は「叢雲」で一番強いのはアキラ君なんですよ。アキラ君のアクションも、機会があったら披露して欲しいところです。
◆これから先は、今までの伏線の解決になります。
40回を区切りにVOL5としてまとめますので、続けて読んで貰えると、解りやすいと思います(多分・苦笑)
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★次回は金曜日の予定!!(7/2)
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕38】
2004年6月26日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第37回のあらすじ]
◇島から戻った優樹は、自分らしくない言動に戸惑っていた。遼が何かを隠しているような不安を確かめようとした時、鳥羽山が美月に絡んでいるところを目撃する。そして優樹が取った行動は……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
自分の拳を見つめ、優樹は呆然とした。否定しようとしたが、紛れもなくそれは陶酔感だった。
「やって、くれるじゃねえか……」
腹を押さえ、ようやく立ち上がった鳥羽山は、尻のポケットから取りだしたフォールディングナイフのスイッチを外した。カチリと言う小さな音がして、鋭い光が陽光を跳ね返す。右手に構えられたそれを見た優樹は、己の内なる感情がゆっくりと目覚めていくのが解った。
(……俺はこの状況を、楽しんでいるのか?)
混沌とした闇の中に、自分の中の何かが沈んでいく。意識はそれを見放し、醒めた思考が身体を支配していった。下腹部に熱が渦を巻き、背に震えが走る。
『相手は凶器を持っている、遠慮はいらない……殺してしまえ!』
耳元をかすめた風に、声を聞いた。
「なめやがって!」
ナイフを構えた鳥羽山が、体当たりの勢いで懐に飛び込んできた。が、刃先が届くよりも早く半身の構えから一歩踏み出した優樹は、瞬時にその手首を掴んで強く引く。そして勢い余り体勢を崩した鳥羽山に対して向きを変えると、腕を逆に捻り上げた。
「ひいっ!」
ミシリと、鳥羽山の上腕骨が悲鳴を上げる。しかし手を緩めることなく、優樹は左腕をフルスイングさせ仰け反った顔面に向けて肘打ちを見舞った。ぐしゃりと耳障りな音がして、血まみれの顔面を抑えもんどり打って倒れ込んだ鳥羽山の背を、なおも優樹は勢いよく踏みつける。
「いやあっ! お願い、もう止めて! 優樹、優樹! 聞こえないのっ?」
杏子が悲鳴をあげた。が、意味のない雑音でしかなかった。
「だから、てめぇの敵う相手じゃねえと忠告したんだがなぁ……。ナイフなんか出すから気がでかくなっちまったようだ、馬鹿者が」
からかうような男の声に優樹が向き直ると、にやついた顔の日下部の姿がそこにあった。
初めて目の当たりにした優樹の暴力……。遼はそれを止められなかった自分を責めた。優樹が走り出した時、「行くな!」と叫んだ。これは何者かの意思による罠だと感じたからだった。普通ならば、チンピラの挑発に乗るような優樹ではない。だが、冷静な判断力をねじ曲げる要因が、そこにあった。……美月だ。
杏子が悲鳴を上げるまで、呆然と見ている事しかできなかった。正確には止める間もないほどの素早い動作で、気が付いた時は既に鳥羽山は地面に突っ伏し、流れ出したおびただしい血が砂に黒く染み込んでいた。口腔内を満たす苦い唾液を飲み込み、深く息を吸う。力では敵わないと解っていたが、何としても優樹を抑えなくてはならないと覚悟した時、日下部の声がした。
両手をパンツのポケットに突っ込んだまま、日下部は鳥羽山を醒めた目で暫く見下ろしていた。が、意外なほど明るい笑顔で顔を上げる。
「すまねぇが、その足をどかしちゃくれねぇかな? やりすぎは、お前のためにならねぇぜ? しかし、まあ……このままじゃおさまらねぇってツラしてるが」
ポケットから手を出し、上着を脱いで草むらに放った日下部に、遼はさらなる危機感を感じとった。
「……ナイフを出して先に襲いかかってきたのは鳥羽山さんですが、優樹もやり過ぎました。後でお詫びに伺いますから、取り急ぎ鳥羽山さんを病院に連れて行って貰えませんか?」
にこやかに、日下部は遼に向き直る。
「心配いらねぇよ、鳥羽山は鼻の骨を折るのに慣れてんだ。鉄砲玉だからなぁ、後先考えやしねぇ……。それより、お友達の心配をした方がいいぜ? 目の色が、変わっちまってる。だから、忠告してやったのになぁ」
その、いかにも嬉しそうな顔に遼は怒りが込み上げた。
「……忠告、だと?」
「そうよ、言ったはずだぜ……この坊やの強さは諸刃の剣だってな。鳥羽山は、この優樹ってガキの中にある殺意に脅えたのさ。だからナイフを持ち出した……臆病モンにありがちな行動だ」
「優樹は、殺意なんか持っていない」
「まぁだ、そんな事言ってんのか? 見ただろう? この坊やは底の知れねぇ憎悪と殺意を腹のナカに抱えていやがるのさ。おまえ、本当は思い当たる事があるんじゃねぇのか? どうもそんな感じがするんだがなぁ……」
「あんたには、関係ない! 優樹に近づくなっ!」
遼の叫びを無視して、日下部は優樹と向かい合った。優樹は足下の鳥羽山に踵で蹴りを入れてから、煽るように日下部を見据える。
「近づくな……ってか? そうはいかねぇよ、俺も可愛い舎弟のために一発くらいは礼をしたいんでねっ!」
言うなり日下部は、目にも留まらぬ早さで左拳を繰り出した。拳は鈍い音を立てて右頬にめり込み、衝撃で優樹は後ろに弾き飛んだ。 どさりと、いう音と共に土埃が舞い上がる。瞬時に日下部は体制を整え、胸に両拳を構えたスタイルで軽く身体を揺らしている。そのリズムカルな動きに、遼は察した。
「ボクシング……」
「ビンゴ! 5年前まで現役だったんだぜ? まあ、あの坊やが本気で掛かってきたとしても俺には勝てねぇよ、サウスポーにも慣れちゃいねぇだろうしな……しかし、もう二・三発くらわねぇと諦められないようだが」
日下部が顎で示した方に遼が目を向けると、優樹がゆっくりと立ち上がるところだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆続きは来週火曜日(6/26)の予定です。
★ご意見ご感想はこちらの掲示板にどうぞ!
「一部」改訂版もご覧になれます。
「MURAKUMO」
http://mypage.odn.ne.jp/home/kazatoyou
◆hotmail:youkazato@hotmail.com
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◇島から戻った優樹は、自分らしくない言動に戸惑っていた。遼が何かを隠しているような不安を確かめようとした時、鳥羽山が美月に絡んでいるところを目撃する。そして優樹が取った行動は……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
自分の拳を見つめ、優樹は呆然とした。否定しようとしたが、紛れもなくそれは陶酔感だった。
「やって、くれるじゃねえか……」
腹を押さえ、ようやく立ち上がった鳥羽山は、尻のポケットから取りだしたフォールディングナイフのスイッチを外した。カチリと言う小さな音がして、鋭い光が陽光を跳ね返す。右手に構えられたそれを見た優樹は、己の内なる感情がゆっくりと目覚めていくのが解った。
(……俺はこの状況を、楽しんでいるのか?)
混沌とした闇の中に、自分の中の何かが沈んでいく。意識はそれを見放し、醒めた思考が身体を支配していった。下腹部に熱が渦を巻き、背に震えが走る。
『相手は凶器を持っている、遠慮はいらない……殺してしまえ!』
耳元をかすめた風に、声を聞いた。
「なめやがって!」
ナイフを構えた鳥羽山が、体当たりの勢いで懐に飛び込んできた。が、刃先が届くよりも早く半身の構えから一歩踏み出した優樹は、瞬時にその手首を掴んで強く引く。そして勢い余り体勢を崩した鳥羽山に対して向きを変えると、腕を逆に捻り上げた。
「ひいっ!」
ミシリと、鳥羽山の上腕骨が悲鳴を上げる。しかし手を緩めることなく、優樹は左腕をフルスイングさせ仰け反った顔面に向けて肘打ちを見舞った。ぐしゃりと耳障りな音がして、血まみれの顔面を抑えもんどり打って倒れ込んだ鳥羽山の背を、なおも優樹は勢いよく踏みつける。
「いやあっ! お願い、もう止めて! 優樹、優樹! 聞こえないのっ?」
杏子が悲鳴をあげた。が、意味のない雑音でしかなかった。
「だから、てめぇの敵う相手じゃねえと忠告したんだがなぁ……。ナイフなんか出すから気がでかくなっちまったようだ、馬鹿者が」
からかうような男の声に優樹が向き直ると、にやついた顔の日下部の姿がそこにあった。
初めて目の当たりにした優樹の暴力……。遼はそれを止められなかった自分を責めた。優樹が走り出した時、「行くな!」と叫んだ。これは何者かの意思による罠だと感じたからだった。普通ならば、チンピラの挑発に乗るような優樹ではない。だが、冷静な判断力をねじ曲げる要因が、そこにあった。……美月だ。
杏子が悲鳴を上げるまで、呆然と見ている事しかできなかった。正確には止める間もないほどの素早い動作で、気が付いた時は既に鳥羽山は地面に突っ伏し、流れ出したおびただしい血が砂に黒く染み込んでいた。口腔内を満たす苦い唾液を飲み込み、深く息を吸う。力では敵わないと解っていたが、何としても優樹を抑えなくてはならないと覚悟した時、日下部の声がした。
両手をパンツのポケットに突っ込んだまま、日下部は鳥羽山を醒めた目で暫く見下ろしていた。が、意外なほど明るい笑顔で顔を上げる。
「すまねぇが、その足をどかしちゃくれねぇかな? やりすぎは、お前のためにならねぇぜ? しかし、まあ……このままじゃおさまらねぇってツラしてるが」
ポケットから手を出し、上着を脱いで草むらに放った日下部に、遼はさらなる危機感を感じとった。
「……ナイフを出して先に襲いかかってきたのは鳥羽山さんですが、優樹もやり過ぎました。後でお詫びに伺いますから、取り急ぎ鳥羽山さんを病院に連れて行って貰えませんか?」
にこやかに、日下部は遼に向き直る。
「心配いらねぇよ、鳥羽山は鼻の骨を折るのに慣れてんだ。鉄砲玉だからなぁ、後先考えやしねぇ……。それより、お友達の心配をした方がいいぜ? 目の色が、変わっちまってる。だから、忠告してやったのになぁ」
その、いかにも嬉しそうな顔に遼は怒りが込み上げた。
「……忠告、だと?」
「そうよ、言ったはずだぜ……この坊やの強さは諸刃の剣だってな。鳥羽山は、この優樹ってガキの中にある殺意に脅えたのさ。だからナイフを持ち出した……臆病モンにありがちな行動だ」
「優樹は、殺意なんか持っていない」
「まぁだ、そんな事言ってんのか? 見ただろう? この坊やは底の知れねぇ憎悪と殺意を腹のナカに抱えていやがるのさ。おまえ、本当は思い当たる事があるんじゃねぇのか? どうもそんな感じがするんだがなぁ……」
「あんたには、関係ない! 優樹に近づくなっ!」
遼の叫びを無視して、日下部は優樹と向かい合った。優樹は足下の鳥羽山に踵で蹴りを入れてから、煽るように日下部を見据える。
「近づくな……ってか? そうはいかねぇよ、俺も可愛い舎弟のために一発くらいは礼をしたいんでねっ!」
言うなり日下部は、目にも留まらぬ早さで左拳を繰り出した。拳は鈍い音を立てて右頬にめり込み、衝撃で優樹は後ろに弾き飛んだ。 どさりと、いう音と共に土埃が舞い上がる。瞬時に日下部は体制を整え、胸に両拳を構えたスタイルで軽く身体を揺らしている。そのリズムカルな動きに、遼は察した。
「ボクシング……」
「ビンゴ! 5年前まで現役だったんだぜ? まあ、あの坊やが本気で掛かってきたとしても俺には勝てねぇよ、サウスポーにも慣れちゃいねぇだろうしな……しかし、もう二・三発くらわねぇと諦められないようだが」
日下部が顎で示した方に遼が目を向けると、優樹がゆっくりと立ち上がるところだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆続きは来週火曜日(6/26)の予定です。
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕37】
2004年6月25日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第36回のあらすじ]
◇遼が最初に感じた、美月に対する不信感が姿を現し始める。その正体はまだわからないが、良くない事が起こりそうな予感から遼は優樹に忠告をする。しかし優樹は信じてはくれなかった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
島に渡る時に感じた心地よい風が、何故か今は、粘り着くような不快な湿り気をもって肌に絡みついてくる。それが自分の気持ちから来るものなのか、それともただ、大気の流れによるものなのか判断する気も起きない。
なぜ、あんな言い方をしたのだろうか? らしくないのは自分の方だ。ボートの舳先で、澄み渡る湖面を泡立てながら後ろに流れてゆく波を見つめ、篠宮優樹は小さく溜息を吐いた。
遼の美月を疑う発言に、今まで一度も感じた事の無いような胸を圧迫する不快感が湧き上がった。友人のために怒る事はあっても、自らに関する不条理には常に怒りを抑え込み、感情として表に出さないように勤めてきた。ましてや遼の言葉に対して不信感を露わにするなど考えられない……。ちらりと、後部シートに杏子と並んで座る遼を盗み見た途端、いつになく険しい表情で見つめ返され優樹は慌てて顔を背けた。
(遼は、俺に何かを隠している……)
この旅行に来る前から、優樹はそんな気がしてならなかった。恐らくそれは優樹自身に関わる事に違いなく、だからこそ、この機会に話してくれると期待していたのだ。
(なんで、何も言わないんだ? 隠さなきゃならない事なのかよ……)
そんな苛立ちから出た言葉かも知れず、子供のように拗ねている自分が厭でたまらなかった。頭の回転が速く、常に冷静で分析力に長けている遼の、ある意味自己完結した雰囲気が羨ましいと思う。直感で行動し、強引に結末を導き出す自分とは違う人種なのだ。
(俺に話しても、無駄だと思ってるのかな……?)
そうじゃない、と、優樹は自分に言い聞かせた。遼は、絶対そんなヤツじゃない。何かしら理由があると思いながらも、胸の内全てを明かしてくれない事が寂しかった。
岸辺に近付くにつれボートが速度を落とすと、まだかなりの間が開いているのをものともせず、桟橋に飛び移った優樹は舫綱を受け取った。
「私は仕事があるから、これで失礼するわね。……遼君は本当に大丈夫? 部屋で休んだ方が良いと思うけど」
「いえ、お昼までは時間がありますから暫くここでスケッチしています」
笑顔の美月に、感情を抑えて返答する遼を見ればなお、胸に苛立ちが湧き上がってくる。
「そう……空も晴れてきたし、きっと良い絵が描けるわ。優樹君は?」
「俺は……午後から冬也さんと林道に行くから、バイクの給油とメンテ、やっとくつもりです」
「それじゃあ、またお昼にね」
手を振る仕草で微笑むと、美月は背を向けた。優樹は、そのまま立ち去る事が躊躇われて遼に向き直る。何か言いたかった。が、何を言えばいいのか解らない。
「あのさ、遼……島で言った事なんだけど……」
自分に隠している事があるのではないかと、問い質したかった。二人の間の空気を読んで、杏子が居心地悪そうに身動ぐ。
「あたし、ケーキが出来たか見てこよっと! じゃあ遼君、テニスの約束忘れないで……」
言いかけた言葉が止まった。
「ねえ、ちょっと……何だか美月さんが困ってるみたいだよ」
杏子が指さした方に優樹が目を向けると、鳥羽山が嫌がる美月の腕を掴んで絡んでいるのが見えた。
「助けて! 優樹君!」
美月の声を聞いた刹那、優樹は駆けだしていた。背後で遼が何かを叫んだ気がしたが、言葉として意識に届かない。
「その手を放せ!」
怒気を抑えた低い声に鳥羽山は一瞬たじろいだそぶりを見せたが、すぐに優樹を睨め付けると鼻を鳴らして笑った。
「なんでぇ、昨日のガキじゃねぇか……。てめぇの出る幕じゃねぇんだよっ! 俺はなぁ、このお嬢さんに島に渡りたいって頼んでるだけなんだ、引っこんでなっ!」
「美月さんは嫌がっている」
ずいと、優樹が足を踏み出すと、鳥羽山は美月を掴んだ腕を放した。
「ははぁ、ヒーロー気取りか? こちとら客だぜ、宿主は客の希望に応えるモンだろっ? サービス業なんだしなぁ……。それでなくても、この湖は最近良くない噂があるって言うじゃねぇか。これ以上客足が遠のかないようにサービスしといた方が得だと思うぜ」
「貴様には必要ない」
「生意気なガキだなぁ……昨夜のようにいくと、思うんじゃねえぞっ!」
「だめだっ! 優樹!」
手を出すつもりはなかった。昨夜のように体裁きでかわし続け、相手の戦意を失わせるつもりでいた。だが身体が無意識に動き、ずしりと、自分の拳が鳥羽山のみぞおちに食い込む感触があった。
「げ、がふっ!」
ヒキガエルのような押しつぶされた叫びを漏らし、目を剥いた鳥羽山は前のめりになって優樹に覆い被さった。慌てて後ずさると、その身体は音を立てて地面に突っ伏す。
「俺は……」
なぜ? そんなつもりはなかった。遼が止める声を、いらぬ世話だと聞き捨て、鳥羽山が下から繰り出した拳を斜めに肩でかわした瞬間、意識が飛んだ。そして、猛々しい感情の渦が波となって押し寄せてきたのだ。肉に食い込んだ拳の先から一瞬、訪れた感覚は……。
(まさか……そんなはず、無い……)
自分の拳を見つめ、優樹は呆然とした。否定しようとしたが、紛れもなくそれは陶酔感だった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆続きは明日アップします(^_^)v
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<本文>
島に渡る時に感じた心地よい風が、何故か今は、粘り着くような不快な湿り気をもって肌に絡みついてくる。それが自分の気持ちから来るものなのか、それともただ、大気の流れによるものなのか判断する気も起きない。
なぜ、あんな言い方をしたのだろうか? らしくないのは自分の方だ。ボートの舳先で、澄み渡る湖面を泡立てながら後ろに流れてゆく波を見つめ、篠宮優樹は小さく溜息を吐いた。
遼の美月を疑う発言に、今まで一度も感じた事の無いような胸を圧迫する不快感が湧き上がった。友人のために怒る事はあっても、自らに関する不条理には常に怒りを抑え込み、感情として表に出さないように勤めてきた。ましてや遼の言葉に対して不信感を露わにするなど考えられない……。ちらりと、後部シートに杏子と並んで座る遼を盗み見た途端、いつになく険しい表情で見つめ返され優樹は慌てて顔を背けた。
(遼は、俺に何かを隠している……)
この旅行に来る前から、優樹はそんな気がしてならなかった。恐らくそれは優樹自身に関わる事に違いなく、だからこそ、この機会に話してくれると期待していたのだ。
(なんで、何も言わないんだ? 隠さなきゃならない事なのかよ……)
そんな苛立ちから出た言葉かも知れず、子供のように拗ねている自分が厭でたまらなかった。頭の回転が速く、常に冷静で分析力に長けている遼の、ある意味自己完結した雰囲気が羨ましいと思う。直感で行動し、強引に結末を導き出す自分とは違う人種なのだ。
(俺に話しても、無駄だと思ってるのかな……?)
そうじゃない、と、優樹は自分に言い聞かせた。遼は、絶対そんなヤツじゃない。何かしら理由があると思いながらも、胸の内全てを明かしてくれない事が寂しかった。
岸辺に近付くにつれボートが速度を落とすと、まだかなりの間が開いているのをものともせず、桟橋に飛び移った優樹は舫綱を受け取った。
「私は仕事があるから、これで失礼するわね。……遼君は本当に大丈夫? 部屋で休んだ方が良いと思うけど」
「いえ、お昼までは時間がありますから暫くここでスケッチしています」
笑顔の美月に、感情を抑えて返答する遼を見ればなお、胸に苛立ちが湧き上がってくる。
「そう……空も晴れてきたし、きっと良い絵が描けるわ。優樹君は?」
「俺は……午後から冬也さんと林道に行くから、バイクの給油とメンテ、やっとくつもりです」
「それじゃあ、またお昼にね」
手を振る仕草で微笑むと、美月は背を向けた。優樹は、そのまま立ち去る事が躊躇われて遼に向き直る。何か言いたかった。が、何を言えばいいのか解らない。
「あのさ、遼……島で言った事なんだけど……」
自分に隠している事があるのではないかと、問い質したかった。二人の間の空気を読んで、杏子が居心地悪そうに身動ぐ。
「あたし、ケーキが出来たか見てこよっと! じゃあ遼君、テニスの約束忘れないで……」
言いかけた言葉が止まった。
「ねえ、ちょっと……何だか美月さんが困ってるみたいだよ」
杏子が指さした方に優樹が目を向けると、鳥羽山が嫌がる美月の腕を掴んで絡んでいるのが見えた。
「助けて! 優樹君!」
美月の声を聞いた刹那、優樹は駆けだしていた。背後で遼が何かを叫んだ気がしたが、言葉として意識に届かない。
「その手を放せ!」
怒気を抑えた低い声に鳥羽山は一瞬たじろいだそぶりを見せたが、すぐに優樹を睨め付けると鼻を鳴らして笑った。
「なんでぇ、昨日のガキじゃねぇか……。てめぇの出る幕じゃねぇんだよっ! 俺はなぁ、このお嬢さんに島に渡りたいって頼んでるだけなんだ、引っこんでなっ!」
「美月さんは嫌がっている」
ずいと、優樹が足を踏み出すと、鳥羽山は美月を掴んだ腕を放した。
「ははぁ、ヒーロー気取りか? こちとら客だぜ、宿主は客の希望に応えるモンだろっ? サービス業なんだしなぁ……。それでなくても、この湖は最近良くない噂があるって言うじゃねぇか。これ以上客足が遠のかないようにサービスしといた方が得だと思うぜ」
「貴様には必要ない」
「生意気なガキだなぁ……昨夜のようにいくと、思うんじゃねえぞっ!」
「だめだっ! 優樹!」
手を出すつもりはなかった。昨夜のように体裁きでかわし続け、相手の戦意を失わせるつもりでいた。だが身体が無意識に動き、ずしりと、自分の拳が鳥羽山のみぞおちに食い込む感触があった。
「げ、がふっ!」
ヒキガエルのような押しつぶされた叫びを漏らし、目を剥いた鳥羽山は前のめりになって優樹に覆い被さった。慌てて後ずさると、その身体は音を立てて地面に突っ伏す。
「俺は……」
なぜ? そんなつもりはなかった。遼が止める声を、いらぬ世話だと聞き捨て、鳥羽山が下から繰り出した拳を斜めに肩でかわした瞬間、意識が飛んだ。そして、猛々しい感情の渦が波となって押し寄せてきたのだ。肉に食い込んだ拳の先から一瞬、訪れた感覚は……。
(まさか……そんなはず、無い……)
自分の拳を見つめ、優樹は呆然とした。否定しようとしたが、紛れもなくそれは陶酔感だった。
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕36】
2004年6月18日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第35回のあらすじ]
◇洞窟の中にある小さな祠には、8年前この島で死体が見つかった郷田の恋人を弔う花が供えてあった。猟奇的な死に方をしたその恋人に、島の伝説は関係あるのだろうか?
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
マゴタロウムシの話に興味はひかれたが、これ以上杏子を泣かせる話は避けて遼は美月に別の話題を振った。
「郷田君は、ここにいるのが辛いからってフランスへ料理の勉強に行ってしまったわ。出発の日、私は郷田君に何年かかってもいいから帰ってきて欲しいと言った……。彼は解らないと答えたけれど、また帰ってきてくれたわ。そして再び『美月荘』で働いてくれる事になった。嬉しかった……」
そう言って寂しげに微笑んだ美月は、もしや郷田を愛しているのかも知れないと遼は思い至った。それならば、あの影の正体も納得できる。叶わぬ思慕の念が、妖しい影となって美月を取り巻いているだけなのだろう。今までも何度か邪念や情念を持つ人間の、黒い霞のような影を見た事があった。しかし、大抵それらは害のないもので心配には及ばない。遼は内心ホッとしていた。危うく疑うところだったのだ、美月の影に邪気が潜んでいるのではないかと……。
「その話、今の彼女は知ってるんですか?」
「優樹、これ以上立ち入った話は……」
相変わらずの遠慮無い質問をする優樹に遼は慌てたが、意外にも美月は待っていたかのように笑みを浮かべた。
「及川さんの事ね? 彼女は大学のテニスサークルで『美月荘』に来てから、すっかりこの湖が気に入って夏休み事にアルバイトに来てくれるようになったの。だから当然、噂話は耳に入ったわ……。郷田君が帰ってきてからは同情心で色々世話を焼いていたらしいけど、いつしか彼は及川さんを心の支えにするようになった。なぜ……私ではダメだったのかしら? 私なら、彼のために何でも出来るのに……私が一番彼の事を解っているのに……。彼に必要なのは……あの女じゃない」
ざわりと、湖の波立つ気配がした。美月は質問をした優樹ではなく、真っ直ぐ遼を見つめている。その瞳を見返し身を固くした遼の足下に、ざわざわとしたおぞましさが集まってくるのが解った。息を飲み、下を見たが何も見えない。しかしそれは、ふくらはぎから膝へ、腿から腰へ、背中から項へと、細い糸のように絡まり合いながら肌を這い登ってくるのだ。ちりちりと皮膚が焼けるような感覚。目に見えない数多の蟲が、まさに表皮を食い破り身体の奥深くへ入り込もうとしている。
(う……ああっ、厭……だ、優樹!)
声を発する事も、指一本動かす事も出来ない。喉がざらつき、意識が薄らいだ。
「遼!」
鋭い声が発せられた瞬間、邪気は霧散し、掻き消えた。
「優……樹」
「遼、大丈夫か? 急に人形みたいに固まって、見る間に顔が真っ青になっちまったから……何か、見えたのか?」
気付けば、優樹の腕が遼の身体を抱きとめていた。今、感じていたおぞましさは微塵もなく、暖かな安堵感が全身を浄化していく。
「違う……んだ……、優樹」
やはり、あれは邪気だ。それも得体の知れない強い力を持っている……。
「ごめんなさい、やはりここに来るべきじゃなかったわ。遼君、体調が悪そうだったのに……」
「いえ、僕が来たいと言ったんです。お気遣い、いりません」
疑念の意思を込めた睨む様な視線を、美月はするりとかわして優樹に向き直った。
「……もうお昼になるわね、そろそろ帰りましょうか? 下りる時は簡単だけど、この崖を登るのは少し大変なの……優樹君、手を貸してくれないかしら?」
「あっ、はい!」
踵を返し下りてきた岩場に向かう美月に先立つため、優樹が走り出そうとした。が、その腕を遼が掴む。
「あの人に……近付いたらダメだ、優樹。美月さんには、危ない何かが取り憑いている」
優樹は怪訝そうな顔で振り返り、掴まれた腕を振りほどいた。
「さっきの言い方もそうだけど、なんか、らしくねぇよ……遼。おまえ、やっぱり疲れてるんだよ昨日の事で。美月さんを、そんな風に言うのは厭だな」
「……優樹」
全身に冷水を浴びたような衝撃だった。
(信じてくれないのか? 僕の言う事を?)
目に見える証拠は何もなく、説明する事は難しい。だが、優樹は遼の言葉を迷うことなく信じてくれると思っていた。先に崖を登り、美月の腕を取って引き上げる優樹を霞のような邪気が取り巻いている。今はまだ、優樹の気に弾かれ遠巻きに漂っているが、つけいる隙を狙っているのが解るのだ。
崖を登り切り、美月が遼を見て微笑んだ。湧き上がる怒りに似た気持ちで唇を噛む。
「あたし達も行こっ! 遼くん……遼くん?」
杏子の声が、遠くから聞こえるような気がした。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆有言不実行が多い「かざと」ですが、ちゃんと2回アップしました(笑
いやぁ、プライベートで凹みまして、ナイロンザイルと思っていたあたしの神経が、意外と細い事が判明。飯が喉を通らないなんて事、滅多にないのですが。
◆そんな経験を活かして(?)
何だか美月さんが、妖しい女に。優樹君は大丈夫なんでしょうか? 杏子ちゃんも気になりますが、優樹君も守らなくちゃいけない遼君です(笑
姿無き『魄王丸』、どんなかたちで登場するかしら?
◆来週も2回あげられるようにがんばります。
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◇洞窟の中にある小さな祠には、8年前この島で死体が見つかった郷田の恋人を弔う花が供えてあった。猟奇的な死に方をしたその恋人に、島の伝説は関係あるのだろうか?
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<本文>
マゴタロウムシの話に興味はひかれたが、これ以上杏子を泣かせる話は避けて遼は美月に別の話題を振った。
「郷田君は、ここにいるのが辛いからってフランスへ料理の勉強に行ってしまったわ。出発の日、私は郷田君に何年かかってもいいから帰ってきて欲しいと言った……。彼は解らないと答えたけれど、また帰ってきてくれたわ。そして再び『美月荘』で働いてくれる事になった。嬉しかった……」
そう言って寂しげに微笑んだ美月は、もしや郷田を愛しているのかも知れないと遼は思い至った。それならば、あの影の正体も納得できる。叶わぬ思慕の念が、妖しい影となって美月を取り巻いているだけなのだろう。今までも何度か邪念や情念を持つ人間の、黒い霞のような影を見た事があった。しかし、大抵それらは害のないもので心配には及ばない。遼は内心ホッとしていた。危うく疑うところだったのだ、美月の影に邪気が潜んでいるのではないかと……。
「その話、今の彼女は知ってるんですか?」
「優樹、これ以上立ち入った話は……」
相変わらずの遠慮無い質問をする優樹に遼は慌てたが、意外にも美月は待っていたかのように笑みを浮かべた。
「及川さんの事ね? 彼女は大学のテニスサークルで『美月荘』に来てから、すっかりこの湖が気に入って夏休み事にアルバイトに来てくれるようになったの。だから当然、噂話は耳に入ったわ……。郷田君が帰ってきてからは同情心で色々世話を焼いていたらしいけど、いつしか彼は及川さんを心の支えにするようになった。なぜ……私ではダメだったのかしら? 私なら、彼のために何でも出来るのに……私が一番彼の事を解っているのに……。彼に必要なのは……あの女じゃない」
ざわりと、湖の波立つ気配がした。美月は質問をした優樹ではなく、真っ直ぐ遼を見つめている。その瞳を見返し身を固くした遼の足下に、ざわざわとしたおぞましさが集まってくるのが解った。息を飲み、下を見たが何も見えない。しかしそれは、ふくらはぎから膝へ、腿から腰へ、背中から項へと、細い糸のように絡まり合いながら肌を這い登ってくるのだ。ちりちりと皮膚が焼けるような感覚。目に見えない数多の蟲が、まさに表皮を食い破り身体の奥深くへ入り込もうとしている。
(う……ああっ、厭……だ、優樹!)
声を発する事も、指一本動かす事も出来ない。喉がざらつき、意識が薄らいだ。
「遼!」
鋭い声が発せられた瞬間、邪気は霧散し、掻き消えた。
「優……樹」
「遼、大丈夫か? 急に人形みたいに固まって、見る間に顔が真っ青になっちまったから……何か、見えたのか?」
気付けば、優樹の腕が遼の身体を抱きとめていた。今、感じていたおぞましさは微塵もなく、暖かな安堵感が全身を浄化していく。
「違う……んだ……、優樹」
やはり、あれは邪気だ。それも得体の知れない強い力を持っている……。
「ごめんなさい、やはりここに来るべきじゃなかったわ。遼君、体調が悪そうだったのに……」
「いえ、僕が来たいと言ったんです。お気遣い、いりません」
疑念の意思を込めた睨む様な視線を、美月はするりとかわして優樹に向き直った。
「……もうお昼になるわね、そろそろ帰りましょうか? 下りる時は簡単だけど、この崖を登るのは少し大変なの……優樹君、手を貸してくれないかしら?」
「あっ、はい!」
踵を返し下りてきた岩場に向かう美月に先立つため、優樹が走り出そうとした。が、その腕を遼が掴む。
「あの人に……近付いたらダメだ、優樹。美月さんには、危ない何かが取り憑いている」
優樹は怪訝そうな顔で振り返り、掴まれた腕を振りほどいた。
「さっきの言い方もそうだけど、なんか、らしくねぇよ……遼。おまえ、やっぱり疲れてるんだよ昨日の事で。美月さんを、そんな風に言うのは厭だな」
「……優樹」
全身に冷水を浴びたような衝撃だった。
(信じてくれないのか? 僕の言う事を?)
目に見える証拠は何もなく、説明する事は難しい。だが、優樹は遼の言葉を迷うことなく信じてくれると思っていた。先に崖を登り、美月の腕を取って引き上げる優樹を霞のような邪気が取り巻いている。今はまだ、優樹の気に弾かれ遠巻きに漂っているが、つけいる隙を狙っているのが解るのだ。
崖を登り切り、美月が遼を見て微笑んだ。湧き上がる怒りに似た気持ちで唇を噛む。
「あたし達も行こっ! 遼くん……遼くん?」
杏子の声が、遠くから聞こえるような気がした。
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◆有言不実行が多い「かざと」ですが、ちゃんと2回アップしました(笑
いやぁ、プライベートで凹みまして、ナイロンザイルと思っていたあたしの神経が、意外と細い事が判明。飯が喉を通らないなんて事、滅多にないのですが。
◆そんな経験を活かして(?)
何だか美月さんが、妖しい女に。優樹君は大丈夫なんでしょうか? 杏子ちゃんも気になりますが、優樹君も守らなくちゃいけない遼君です(笑
姿無き『魄王丸』、どんなかたちで登場するかしら?
◆来週も2回あげられるようにがんばります。
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【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕35】
2004年6月15日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第34回のあらすじ]
◇『秋月島』の岩場にある洞窟には、花が飾られた小さな祠があった。美月が管理しているとばかり思っていた遼達は、意外な事実を知る事になる。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
言われて洞窟の中を覗き込んだ遼は、先の見えない暗闇の手前にある小さな祠に気が付いた。優樹の言うように、飾られた花はまだ新しい。隣で疑わしそうな顔をしていた杏子も、屈み込んで首を傾げる。
「あっ、ホントだ……。でもそれは、管理を任されてる美月さんが……」
「私じゃないわ……あの花は、郷田君が供えたのよ」
「えっ? 郷田さんが?」
何故と問いかける瞳で、杏子は美月に向き直った。
「……郷田君は、八年前に恋人をこの湖で亡くしているの」
「恋人を? だって郷田さんの恋人は……」
寂寥を湛えた瞳で、美月は杏子から祠にと視線を移した。
「郷田君は元々この近くの出身なんだけど、自分の小さな洋食屋を持つのが夢だと言って高校を出てからすぐに東京の調理師専門学校に入ったわ。だけど学校を出て二年ほど大きな店で修行したら、結局、生まれ育った土地で働きたいって帰ってきちゃったの。それで『美月荘』のシェフとして働くようになったんだけど……」
美月は、しめ縄を持ち上げると下を潜り、祠の前に屈んで両手を会わせた。
「郷田君が帰ってきて半年くらい経った頃、東京の同じレストランで働いていたという女の子が『美月荘』で働かせてくれって訪ねてきたの。その子は郷田君を好きになったから、追いかけてきたんだって。私とは正反対の、積極的で明るい、とても可愛い子だった……。最初は迷惑がっていた郷田君も、そのうち彼女に好意を寄せるようになって一年もしないうちに婚約する事になったわ」
突然、話に聞き入る遼の背に、ざわりとした厭な感触が走った。その感触には確か覚えがある。美月から島の別名を聞き、揺らめく瞳の中に影を見た時感じたものだ。しかし何故、今その感触を思い出したのか? また何かが見える前兆なのだろうか……? だが遼は、むしろ美月自身に理由があるような気がしていた。細い肩から背にかけて、弱々しい女らしさとは別の強い気が感じられる。それは言葉にする事がはばかられる気だった。
「……ところが婚約から数日後、突然彼女は姿を消してしまった。山で事故にあったか熊に襲われたのかもしれないと、近隣の村人総出で捜したけれど見つからず、警察に頼んで山狩りしても見つけられなかった。実家や友人の所にも連絡はなく、突然気が変わって婚約から逃げ出したという人もいたわ……でも一週間後、この洞窟の前で彼女は見つかったのよ。半身を食いちぎられたような無惨な姿で……」
「いやっ!」
杏子が、口元を押さえて小さく叫ぶ。
「熊に襲われた後、どうかして湖に落ちた遺体がここに打ち上げられたのだろうと警察は結論を出したわ。だけど地元の猟友会で熊撃ちをしている人は、熊にやられたのではないと言うの。ではいったい、何があったのかしら?」
ゆっくりと立ち上がり肩越しに振り返った美月の顔は、洞窟の暗闇を背景に白く冷たく浮かび上がって見えた。それはまるで生気のない蝋人形のような表情に思えたが、遼に向けられた瞳の中にはまた、妖しい影が揺らめいている。
「まさか『魄王丸』が? あ、でもさっきの話だと『蜻蛉鬼』に喰われちまったってことかな?」
謎をかけられて、素直に答える優樹を美月が笑った。途端に影は姿を消し、優しい面差しの表情が戻る。優樹の言い方が気に入らないのか顔をしかめた杏子も、その変化に気が付いていないようだった。
「そう言う人もいたけど、伝説の獣に襲われたなんて誰も信じないわね。それに湖にはマゴタロウムシが沢山いるから、むしろマゴタロウムシのせいかもしれないと言う人もいたし……」
「マゴタロウムシ?」
怪訝そうに遼が問い返すと、優樹が得意そうな顔で代わりに答えた。
「ヘビトンボの幼虫だよ。ヘビトンボはトンボじゃなくて蜻蛉の仲間なんだけど結構でかくてさ、丁度ヘビが、くっと鎌首もたげたみたいな頭の形をしてるんだ。マゴタロウムシも水棲昆虫の中では王様と呼ばれるくらいで、あの顎でガップリやられたら痛てぇのなんのって。肉食だから多分……」
「お願い、やめてっ!」
杏子の悲鳴に吃驚して、優樹は口を噤んだ。
「ひどいよ、そんなの……。ひどい……」
顔を覆い、座り込んだ杏子は声を殺して泣き出してしまった。
「……悪ぃ杏子、俺はそんなつもりじゃ……」
隣に屈み込んだ優樹があやすように杏子の頭を撫でると、胸が、ちくりと痛んだ。遼と張り合った結果が失態に終わり狼狽える優樹を、いつもなら同情して取りなすのだが今日はそんな気になれない。
「それで……郷田さんは、どうしたんですか?」
マゴタロウムシの話に興味はひかれたが、これ以上杏子を泣かせる話は避けて遼は美月に別の話題を振った。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆週二回、今週はクリアできそうです。何とか夏休み中には書き終わりたいですね(笑
◆明日も幼稚園関係で集まりがあります。毎日なんだかんだで忙しく、日記をアップするので手一杯な日もあります。
秘密日記、満足にお返事できなくてゴメンナサイ。メールで頂けると確実にお返事するのですが(汗
週末まとめ読みしてると、話題に遅れたり見逃したりする事もあるんですよ〜。どうか寛大なお気持ちでいらしてくれると有難いです。
◆ヤバイ展開になりつつあるお話ですが、伏線を全てクリア出来るように書き出してみたりしています。
一部も行き当たりばったりだったからなぁ……。成長ないです、自分(T_T)
◆こんな「かざと」ですが、頑張っています。今日も凹みましたが、スタバのお兄さんの笑顔が天からのエールだと思って何とか乗り切りました。
明日、気が重いです……。
マケルモンカ!
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◇『秋月島』の岩場にある洞窟には、花が飾られた小さな祠があった。美月が管理しているとばかり思っていた遼達は、意外な事実を知る事になる。
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言われて洞窟の中を覗き込んだ遼は、先の見えない暗闇の手前にある小さな祠に気が付いた。優樹の言うように、飾られた花はまだ新しい。隣で疑わしそうな顔をしていた杏子も、屈み込んで首を傾げる。
「あっ、ホントだ……。でもそれは、管理を任されてる美月さんが……」
「私じゃないわ……あの花は、郷田君が供えたのよ」
「えっ? 郷田さんが?」
何故と問いかける瞳で、杏子は美月に向き直った。
「……郷田君は、八年前に恋人をこの湖で亡くしているの」
「恋人を? だって郷田さんの恋人は……」
寂寥を湛えた瞳で、美月は杏子から祠にと視線を移した。
「郷田君は元々この近くの出身なんだけど、自分の小さな洋食屋を持つのが夢だと言って高校を出てからすぐに東京の調理師専門学校に入ったわ。だけど学校を出て二年ほど大きな店で修行したら、結局、生まれ育った土地で働きたいって帰ってきちゃったの。それで『美月荘』のシェフとして働くようになったんだけど……」
美月は、しめ縄を持ち上げると下を潜り、祠の前に屈んで両手を会わせた。
「郷田君が帰ってきて半年くらい経った頃、東京の同じレストランで働いていたという女の子が『美月荘』で働かせてくれって訪ねてきたの。その子は郷田君を好きになったから、追いかけてきたんだって。私とは正反対の、積極的で明るい、とても可愛い子だった……。最初は迷惑がっていた郷田君も、そのうち彼女に好意を寄せるようになって一年もしないうちに婚約する事になったわ」
突然、話に聞き入る遼の背に、ざわりとした厭な感触が走った。その感触には確か覚えがある。美月から島の別名を聞き、揺らめく瞳の中に影を見た時感じたものだ。しかし何故、今その感触を思い出したのか? また何かが見える前兆なのだろうか……? だが遼は、むしろ美月自身に理由があるような気がしていた。細い肩から背にかけて、弱々しい女らしさとは別の強い気が感じられる。それは言葉にする事がはばかられる気だった。
「……ところが婚約から数日後、突然彼女は姿を消してしまった。山で事故にあったか熊に襲われたのかもしれないと、近隣の村人総出で捜したけれど見つからず、警察に頼んで山狩りしても見つけられなかった。実家や友人の所にも連絡はなく、突然気が変わって婚約から逃げ出したという人もいたわ……でも一週間後、この洞窟の前で彼女は見つかったのよ。半身を食いちぎられたような無惨な姿で……」
「いやっ!」
杏子が、口元を押さえて小さく叫ぶ。
「熊に襲われた後、どうかして湖に落ちた遺体がここに打ち上げられたのだろうと警察は結論を出したわ。だけど地元の猟友会で熊撃ちをしている人は、熊にやられたのではないと言うの。ではいったい、何があったのかしら?」
ゆっくりと立ち上がり肩越しに振り返った美月の顔は、洞窟の暗闇を背景に白く冷たく浮かび上がって見えた。それはまるで生気のない蝋人形のような表情に思えたが、遼に向けられた瞳の中にはまた、妖しい影が揺らめいている。
「まさか『魄王丸』が? あ、でもさっきの話だと『蜻蛉鬼』に喰われちまったってことかな?」
謎をかけられて、素直に答える優樹を美月が笑った。途端に影は姿を消し、優しい面差しの表情が戻る。優樹の言い方が気に入らないのか顔をしかめた杏子も、その変化に気が付いていないようだった。
「そう言う人もいたけど、伝説の獣に襲われたなんて誰も信じないわね。それに湖にはマゴタロウムシが沢山いるから、むしろマゴタロウムシのせいかもしれないと言う人もいたし……」
「マゴタロウムシ?」
怪訝そうに遼が問い返すと、優樹が得意そうな顔で代わりに答えた。
「ヘビトンボの幼虫だよ。ヘビトンボはトンボじゃなくて蜻蛉の仲間なんだけど結構でかくてさ、丁度ヘビが、くっと鎌首もたげたみたいな頭の形をしてるんだ。マゴタロウムシも水棲昆虫の中では王様と呼ばれるくらいで、あの顎でガップリやられたら痛てぇのなんのって。肉食だから多分……」
「お願い、やめてっ!」
杏子の悲鳴に吃驚して、優樹は口を噤んだ。
「ひどいよ、そんなの……。ひどい……」
顔を覆い、座り込んだ杏子は声を殺して泣き出してしまった。
「……悪ぃ杏子、俺はそんなつもりじゃ……」
隣に屈み込んだ優樹があやすように杏子の頭を撫でると、胸が、ちくりと痛んだ。遼と張り合った結果が失態に終わり狼狽える優樹を、いつもなら同情して取りなすのだが今日はそんな気になれない。
「それで……郷田さんは、どうしたんですか?」
マゴタロウムシの話に興味はひかれたが、これ以上杏子を泣かせる話は避けて遼は美月に別の話題を振った。
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◆週二回、今週はクリアできそうです。何とか夏休み中には書き終わりたいですね(笑
◆明日も幼稚園関係で集まりがあります。毎日なんだかんだで忙しく、日記をアップするので手一杯な日もあります。
秘密日記、満足にお返事できなくてゴメンナサイ。メールで頂けると確実にお返事するのですが(汗
週末まとめ読みしてると、話題に遅れたり見逃したりする事もあるんですよ〜。どうか寛大なお気持ちでいらしてくれると有難いです。
◆ヤバイ展開になりつつあるお話ですが、伏線を全てクリア出来るように書き出してみたりしています。
一部も行き当たりばったりだったからなぁ……。成長ないです、自分(T_T)
◆こんな「かざと」ですが、頑張っています。今日も凹みましたが、スタバのお兄さんの笑顔が天からのエールだと思って何とか乗り切りました。
明日、気が重いです……。
マケルモンカ!
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