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「遅いわ、エイリウス。わたし、もう帰ろうかと思ったのよ? 日が傾いてすっかり冷えてしまったから」
「ずっと川に足をひたしていたからだよ、赤くなってる」
 エイリウスは横に座り、水からアルラウネの足を持ち上げると胸元から手拭いを出して優しく拭いてくれました。そして両手で包み込むように暖めます。その途端にアルラウネの頬は嬉しさと恥ずかしさで、冷たい足とは反対に熱くなってしまいました。でもバラ色に染まった頬は、夕日のオレンジ色に紛れてエイリウスは気付かないでしょう。少し安心して顎をあげ、アルラウネは訳知り顔をつくりました。
「今日の夜番はウィリアムね、あの人いつも遅れてくるんでしょう?」
「ああ、夏祭りが近いからね。木工師のウィリアムは何かと忙しいんだよ」
 穏やかに微笑むエイリウスの髪が、川面を渡る風に舞いました。きらきら、きらきら、露をまとい朝日にきらめく蜘蛛の糸よりも美しい金の糸。村で一番美しい髪の青年は、彼方に見える山々と同じ緑水晶色の瞳でアルラウネを見つめます。
 見つめ返したアルラウネは、雪のように白いエイリウスの頬に一筋のスス汚れを見つけて小さく笑いました。
「なに? 何がおかしいの?」
「ふふっ、ないしょ。教えない」
 少し怒ったようにエイリウスは眉を寄せましたが、すぐに困った顔で笑いました。いたずら好きで明るく、しかし根が正直で少し泣き虫のアルラウネは、エイリウスの言葉や仕草ですぐに表情が変わります。今も耳まで赤くなっているのが解りましたが、その気持ちを隠そうとするところがエイリウスには愛しくてたまらないのです。
 アルラウネも同じくらいエイリウスを愛していたので、あまり困らせないうちに自分の手拭いを水で濡らして頬を拭ってあげました。おそらくススは、『番人』をしている時についたのでしょう。

(つづく)

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