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  アルラウネは川縁の岩に腰掛けると、スカートの裾を少したくし上げてせせらぎに足をひたしました。いつもより水が冷たく感じるのは、谷を渡る風が秋の気配を運んでくるからでしょうか。
 屏風を立てたように谷を外界から遮断する岩盤が、夏の終わりの空を細長く切り取っていました。空の彼方には、幾重にも連なる山々がまるで蜃気楼のように浮かんで見えます。しかし透明な緑色の水晶のように美しいその姿も、両手の指を三回折るだけ朝を迎えると頂からだんだん白くなっていくのです。山の向こうには、一年中溶けずに残る氷河があると言われていました。その氷河を源に、谷に流れる川の水は冷たく澄んでいるのです。
 水が足の指をくすぐる感触を楽しんでいるうちに、身体はすっかり冷えてしまいました。今日は待ち人が、なかなか現れません。いつもなら、谷の影が村を覆いきってしまう前に来てくれるはずなのに。
 アルラウネの栗色の長い髪が風に舞い、少し西に傾いた陽光にきらきら光りました。すると美しい金の髪に見えるので、この時間の太陽の光がアルラウネは大好きでした。でも本当に美しい金の髪を持つ人を、アルラウネは知っています。
 西に傾いた太陽の光に輝くアルラウネの髪よりも、何倍も美しい金の髪を持つ愛しい人。
「ごめんよ、遅くなったね」
 肩越しにかけられた声に、アルラウネの顔は、ぱっと明るくなりました。

(つづく)

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