[第73回のあらすじ]
◇日常に戻って杏子は、『美月荘』の出来事を思い返す。納得できない事は沢山あった。恐い思いもした。しかし親友の琴美に励まされ、どうにか笑うことが出来そうだった。

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<本文>

 杏子は普段、館山の海岸沿いでペンションを経営している自宅からバスで学園に通っている。下宿している優樹は中型のオフロードバイクを通学に使っていたが、今日は杏子達より早く帰っているらしく来客用の駐車スペースには既にバイクが停めてあった。
「また、ここに停めてる。父さんに叱られても知らないんだから」
 優樹のバイクは裏に停めるように、杏子の父から言われているはずなのだ。しかし隣に停めてあった秋本遼の、母親の車に気が付いて肩を竦める。恐らく裏にバイクを回す間を惜しんで、優樹は遼に会いに行ったのだろう。
 琴美も車に気が付いたのか、杏子の肩を指で突いた。
「そう言えば遼くん、ここ二・三日お休みだったでしょ? 杏子も理由が分からないって言ってたけど」
「うん……」
 杏子達が『美月荘』に戻ると、美月さんが湖に落ちて溺れかけたと知らされた。しかし助けられた後も意識が戻らず、冬也さんは信州に帰る事になったのだ。いったい湖で何があったのだろう。優樹は話してくれないし、遼くんに聞くのは躊躇われた。なんとなく声を掛けにくい気がするのだ。いつもなら電話かメールで、お休みの理由を確かめるのだが……。
「あのさぁ、杏子。これはあくまで噂なんだけどね、今度の中間テストで成績の良い生徒は、横浜の本校に引き抜かれるかもしれないんだって」
「えっ? なに、それ?」
「噂だよ、噂なんだけど……叢雲学園は館山校と横浜港が統合されて、館山校はなくなるんだって……」
「信じらんないよぉ……そんな、だって……」
 からかっているのではない。琴美の神妙な顔を見た杏子の胸は突然、不安に押し潰されそうになった。それなら、常に学年で上位にいる琴美や遼くんは……。
 心中を察してくれたのだろう、琴美が杏子を抱きしめた。
「まあ、嘘か誠かは知らないけど……あたしは絶対に卒業まで杏子と一緒だから、心配しなくて良いよ。秋本先輩だって、横浜校に行くわけ無いと思う」
「うんっ、約束だよ……琴美」
 噂が本当だとしたら、剣道部で全国大会に行く実力の優樹が学力以外に認められて引き抜かれる事もある。そうしたら、遼くんも行ってしまうのだろうか。でも優樹は、横浜の本家を嫌っている。誘われても、横浜に行く事は考えられなかった。
 優樹が行かなければ遼くんは、きっと行かない。
 そう考えると、少し気分が落ち着いた。滲んできた涙を指ですくい、誤魔化すように笑顔を作ると杏子は玄関のドアノブに手を掛けた。
「きゃっ!」
 すると突然、ドアが大きく開き家の中から優樹が飛び出してきた。
「ちょっと! 危ないじゃないのっ!」
 思わず叫んだ杏子に、優樹は険しい表情で目を向け低い声で呟く。
「ロードワークに行ってくる」
「えっ?」
 様子がおかしかった。訝りながら優樹の背を見送り、玄関に入る。
「お帰り、杏子ちゃん」
 その声に、杏子の心臓は高鳴った。ほんの数日会わなかっただけなのに、嬉しくて顔が熱くなる。それでも努めて平静を装い、顔をしかめて見せた。
「遼くん、優樹と喧嘩したの? 優樹、すごい勢いで出て行ったけど」
「うん……怒らせたかもしれないな」
 困ったような顔で、遼くんは笑っていた。それほど大した理由ではないのだろう、杏子は安堵の息を吐く。
「もう、優樹は短気なんだから。遼くんがいなかったら、みんなに愛想尽かされてるよ、きっと」
 気を取り直して杏子が笑顔を向けると、遼くんは急に真面目な顔になった。嫌な予感が、背筋を這い上がる……。
「僕は、もう優樹の側にはいられないんだよ杏子ちゃん。明日、叢雲学園高等部横浜校に転校する事になったんだ」
「う……そっ……!」
 鞄が、杏子の手から離れて落ちた。


【 第二部 完】

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◆これまで読んでくれた方に、最大限の感謝を捧げます。ありがとうございました。

◆第二部、完結です。で、三部に続く引きです(笑)
これから二人はどうなるのかな? 敵対、裏切り、戦い、楽しいネタを沢山盛り込んで、三部も頑張りたいと思います。
 
 これからもよろしくお願いいたします。

◆御意見ご感想を頂けると嬉しいです。
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