[第72回のあらすじ]
◇優樹は人知を越えた力を持って『蜻蛉鬼』を倒し、意識を失った。だが、死こそが美那と美月を救えた言う轟木に、遼は違うと断言する。優樹の意志こそが正しいと、遼は信じることに決めたのだった。

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<本文>

 授業の終わりを告げるチャイムが、どこか遠くで鳴っている気がした。のろのろと帰り支度をしながら、田村杏子は大袈裟に溜息を吐く。来週から中間試験が始まるというのに、今日も授業に集中できなかったのだ。
 この週末に頑張れば何とかなるかもしれない。試験前は大抵、杏子の家に下宿している優樹と勉強する為に親友の遼くんが泊まりに来る。だから不安な教科を助けて貰えると思うけど……。
 そう自分に言い聞かせながらも杏子は、気が付けば『美月荘』での出来事を考えていた。
 二週間前、ゴールデン・ウィークを利用して訪れた信州で楽しい思い出を作るはずだった。だがそれは『美月荘』に現れた不審な男、日下部と鳥羽山の所為で一変してしまったのだ。見るからに怪しい風体をした彼らは優樹に喧嘩を仕掛けて怪我をさせたり、女子が借りるはずだったコテージを横取りしたり、その上……。
 思い出して、杏子は身震いした。直接見たわけではない。しかし鳥羽山が死体で見つかったという事実は、簡単に拭い去る事の出来ない恐れと不安を心に植え付けた。授業中でも頭をよぎり、恐くて涙が出そうになる。弓道部で弓を引いている間は気持ちを切り替える事が出来たのだが、今日から試験中は部活動を禁止されている。この状態で、試験勉強など出来るはずがなかった。
「杏子っ! 相変わらず暗い顔してるね。今日は遼君と勉強するんでしょ? そんな顔してたら、嫌われちゃうぞっ!」
「琴美ぃ……」
 じわりと、杏子の目に涙が浮かぶ。最近の杏子を心配して、親友の村上琴美は事あるごとに隣のクラスから様子を見に来てくれるのだ。
「まったく……早く忘れちゃいなさいよ、あんな事」
 琴美は杏子の頭を撫でると、小さく溜息を吐いた。
「ねっ、琴美……琴美も今日、あたしの家で勉強しようよ。泊まってくれると、嬉しいんだけどな」
「う〜ん、そうだなぁ……いいけど、帰る前に写真部に付き合ってくれる?」
「え? それは構わないけど、部活禁止だから誰もいないんじゃないかな……誰に用事があるの? 今からなら教室に行った方が確実だと思うよ」
「それが、在校生じゃないんだよね」
 意外な言葉に、杏子は目を見開く。
「……もしかして佐野先輩とか?」
「ナンで佐野先輩なのよ?」
 すると今度は琴美が驚いた様子で声を上げた。
 鳥羽山の死体が見つかってすぐに、同行していた琴美の姉、村上黎子の判断で女子は部屋から出ないように言われた。だが女子だけでは不安だろうと佐野和紀先輩がいてくれたのは、杏子達にとって有り難かった。佐野先輩は、不安や緊張から無口になりがちだった女の子達を冗談で笑わせたり、飲み物を用意したりして場を和ませてくれたのだ。杏子は遼くんや優樹の周りの人達を何となく苦手に思っていたのだが、佐野先輩だったら少し見直しても良いかもしれない。
「だって、在校生じゃなくて写真部によく来てる人だって……」
「は、ず、れっ! アキラ先輩が来てないかと思ったんだ」
「アキラ先輩って……ええっ!」
 琴美は悪戯っぽい顔で、杏子に笑いかける。
「前から、気になってたんだけどね……『美月荘』が火事になった時、助けに来てくれたでしょう? その時、ちょっと格好いいなって思ったんだ」
 『美月荘』の部屋で待機していた杏子達の元に突然、須刈アキラ先輩が駆け込んできて山火事だと告げた。手荷物を纏めて外に出ると、確かに美月荘の周りの下草が燃えている。言われるがまま、エンジンの掛かっていた日下部のワゴン車に乗り込んだのだが……。
 考えてみれば何故、日下部の車だったのだろう。遼くんも優樹も心配ないとアキラ先輩は言ってたけど、二人は何処にいたのだろう。そして最後にアキラ先輩が助手席に座った時、ふっとガソリンの匂いがしたのは何故だろう……。
 近くの町に行く途中で大雨になり、引き返した時には既に火の気はなかった。
「……あたし、あの人あんまり好きじゃないな」
「ん〜確かに杏子のタイプじゃないかな」
「そうじゃなくて、なぁんか……危なそう」
「危ないって……あんたねぇ……」
「あ、あのっねっ、アキラ先輩の彼女になったら、苦労しそうだなあって……」
 呆れ顔で暫く杏子を見ていた琴美は、くすりと笑う。
「まあいいか、杏子は遼くん以外の男の子に興味ないもんね。仕方ないなぁ、今日は優樹君で我慢するから早く帰ろうっ!」
「我慢……って? 琴美ってば!」
「やっと笑った」
 気が付くと杏子は笑っていた。いつも、こんな風に元気付けてくれる親友がいるって素敵だと思う。杏子は鞄を手に取ると、琴美を追いかけ教室を後にした。

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◆次回は「第二部最終回」になります。


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