[第67回のあらすじ]
◇コテージに戻った日下部は、須刈アキラと協力して「美月荘」危険を回避しようとする。ガレージでガソリンを手に入れ、やるべき事の為に動き出した日下部の胸には、奇妙な充実感があった。

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<本文>

 恐怖の浸食は、湖を巡る遊歩道を越えその上の車道に到達していた。下草のないコンクリの上では、茶褐色の波は細く黒い筋になりザワザワと列を成す不気味な黒い蟲が姿を現す。跡切れることなく湖から湧き上がる蟲は、どれだけの領域を侵せば絶えるだろうか。
 蟲を避けながら美月の下に到達した秋本遼は、その美しさに一瞬、意識を奪われそうになった。普段と変わらない白いカッターシャツと若草色のスカート姿。しかし肩までの明るく染めた髪は腰ほどもある漆黒の色に変わり、透き通るように白い足は裸足だった。左手には半分に断たれた菩薩像を持ち、右手には鈍く光る鉈を握りしめている。
「どうかなさったの? 皆さん」
 美月は夢見るように微笑むと、小首を傾げた。
 その言葉を合図に、蟲の動きが変わった。陸を目指していた幾筋もの蟲たちが収束を始めたのだ。背を合わせ一カ所に固まった遼と優樹、冬也と轟木の四人を、ざわりざわりと黒い塊が取り囲む。だが足下まで一メートルほどの距離を置き、その動きが止まった。
「雑魚共を寄せ付けぬくらいには、我も力がある」
 低く呟き睨めあげた轟木を意にも介さず、美月はゆっくりと『秋月島』に身体をむけた。黒く長い髪が湖からの風にふわりと持ち上げられ、絹糸のように宙に舞った時……。
 激しい雨音を耳にして、思わず遼は空を見上げた。だが緋色に染まった空に雨の気配はない。
「島を見ろ、遼」
 優樹の声で『秋月島』に目を向けると、上空に黒い霧が起ち上がっていた。雨音と思われたのは、何百羽、何千羽……いや、何万羽とも知れないヘビトンボの羽音だったのだ。
「羽化が始まったんだ……! あの黒い霧が全て、『蜻蛉鬼』なのか?」
「あれは化身にすぎん……本体は別にある」
 遼の疑問に、素早く轟木が応じた。
「生ある物を喰らい妖気を蓄えた時、本来の姿が形を成す。現世にあってはならぬ事だ……」
 轟木の双眼が黄金色に揺らめくと、遼の皮膚をちりちりと焼ける様な痛みがはしった。それは『魄王丸』の憤怒に違いない。ざわつき蠢く蟲たちが、怒りの勢いに後退した。
「止めるんだ、美月! 自分が何をしているのか解っているのかっ!」
 境界まで踏み込んで冬也が叫ぶと、美月は顔だけをこちらに向けた。
「もちろんよ……兄さん。子供の頃から私はみんなの邪魔者だった……みんな、私の事が嫌いなの……。父さんは、可愛がっていたウサギを殺して食べろと言ったわ。暗い山に置き去りにされた時は、怖くて、不安で、悲しくて……いくら呼んでも、呼んでも、誰も助けに来てはくれなかった……。郷田さんには愛してもらえず、信じていた兄さんは遠くに行ってしまった……大切にしているモノは全部、無くなってしまうの。私は死んでしまいたかった……!」
「悪かった、美月……もっとお前の傍にいてやればよかった。私はお前をこの地から遠ざけたかったんだよ。だから気候の良い場所で、お前を迎えるために……」
「嘘よ」
「嘘じゃない!」
「二度と兄者に騙されようか……」
 黒い霞が、美月の身体を覆った。怨念、悲嘆、未練、苦渋、憎悪、嫉み、悲憤……様々な負の感情が入り交じり、空気を重く圧縮する。息苦しさを感じながら遼は、その中に恐怖と怯えの感情が混じっている事に気が付いた。美月はまだ、自我があるのだろうか。
 一瞬、困惑の表情になった冬也は美月に近付こうと足を踏み出したが、その腕を轟木が掴んで止める。
「あの女の話を、最後まで聞け」
 冬也は物言いたげな顔をしたが、黙って頷くと美月に向かって叫んだ。
「私が……何をした? 騙したとは、どういう意味だ?」
「兄者は義時殿を死に追いやり、復讐を果たさんとした我を幽閉したではないか!」
 美月の美しい面が、鬼気迫る羅刹に変わった。

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◆アキラ君が孤軍奮闘するのを期待した人にはごめんなさい。所詮彼はサイドキャラです、これ以上活躍させるわけにはいきません(笑)

◆緊迫感を持たせる為に、うんうん唸って推敲してやっと書いています。何かを創るのって、大変だけど楽しい作業です。
でも読む人は3分くらいなんですよね〜、あはははは。

◆序章の謎も、これで全て解明されるはず。美月さんはどうなるのでしょう?あたしにも解らないです(だめじゃん)

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