[第65回のあらすじ]
◇事態は急を要した。湖から蜻蛉鬼の幼生が陸に上がり、島のように下草を変色させていく。桟橋に戻った遼は、優樹と共に美月の下に行こうとしたがアキラに行く手を阻まれる。優樹を行かせるために勝算を語った轟木は、重要な遼の役割を示した……。

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<本文>

 日が暮れるには、まだ早い……。緋紋が不気味に拡がる空を見上げて、日下部は小さく舌打ちした。
 去りゆくボートを見送った時、日下部の胸に去来したのは複雑な感情だった。それは自分が必要とされない情けなさ、悔しさに類似していると気付いて苦笑する。一体、自分は何がしたかったのだろう。考えてみても、解らなかった。
 暫く湖面を見つめていた日下部は、湖水の色が徐々に変わりつつあるのを見て取った。それは、例えようもなく不快な赤銅色。同時に、鼻腔を突く饐えた腐臭が風に乗って漂ってきた。何が起こっているのかと焦燥感に駆られて『秋月島』を注視したが、対岸から様子が解ろうはずもない。改めて同行できなかった事を悔やみながら、為す術もなく警察の到着を待つしかないと諦めた。昨夜の雨で一番近い経路が部分的に陥没し、恐らく二時間ほど待つ事になると冬也から聞いていた。「美月荘」の誰かが案内してくるまで、鳥羽山の側にいてやろうと桟橋の下に降りかけた時。
 突然、地の底から足下を揺るがす轟音が響いた。バランスを失い残橋から転げ落ちそうになった日下部は、体勢を整え何事が起きたか知るため湖に視線を投げる。
 日下部は見た、湖の底から起ち上がる黒い塊を。塊は水面を突き抜け空中に霧散すると、波状に拡がった。そして激しく波打つ湖面をたゆたうように、幾筋かに分かれて岸に向かって流れてくる。
 経験に培われた勘が、危険性を伝えた。間違いない、あれは鳥羽山を喰らった化け物だ。見る間に岸に到達し、ざわりざわりと這い上がる黒い塊は岸辺のクマザサを茶褐色に染め上げていく。刹那、日下部は踵を返し走り出した。
 逃げるためではなかった。自らが出来ることを、見つけたからだった。

 化け物の浸食は、思いの外ゆっくり進んでいるようだ。『美月荘』に辿り着いた日下部は安堵の息を吐くと、本棟正面玄関の階段を上り掛けて、ふと足を止めた。何かがおかしい。
 頭の端に小さな引っかかりを感じて、目にした記憶を探りながら本棟前の駐車場まで引き返す。
「……なんてこった!」
 駐車場には学生達の黒いステップワゴンと緒永冬也の青いバン、美月の白い軽乗用車が駐められている。しかし、どの車のタイヤも刃物で切り裂かれたようにズタズタになっていたのだ。これでは危険から遠ざかる手段が、無きに等しい……。
 鳥羽山を探すため、今朝早くから乗り回していた日下部の車は桟橋の近くに置いたままだった。一刻も早く『美月荘』に戻り女性達を安全なところまで避難させるには、車で車道を戻るよりも裏手の道を上って誰かの車を使った方が良いと思ったのだが……どうやら裏目に出たようだ。車を取りに戻るのが早いか、化け物が『美月荘』に到達するのが早いか。とにかく中にいる人間に事情を説明して、なるべくこの場所から遠ざかってもらうより仕方がない。その後で無事かは解らないが車を取りに行くしかないと、再び本棟に足を向けた時。
「へぇ……あんた、逃げたんじゃなかったのか?」
 背後に癇に障る声を聞いた日下部は、眉根を寄せて振り返った。

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◆あけましておめでとうございます!! 本年も、どうぞよろしくお願い致します。

◆新年早々、日下部さん視点からのお話でごめんなさい(笑)
 実は、このエピソードを入れるか入れないかでかなり迷ったんですよ。入れなければ完結がもう少し早くなったのですが、入れた方が良いという意見もありまして……。
 アキラ君が良い味を出しているのでご容赦を。自分的には日下部さんが気に入っているので書いてて楽しいのですが(苦笑)

◆山場を迎える前の、ちょっとした横道です。次回で日下部さんのお話は終わって優樹君大ピンチ(?)のラストエピソードに向かいます。お楽しみに!

 しかし、今更ながら主人公を応援してくれる人がいないのが悲しい……。人気あるのはサイドキャラばっかりだ(T_T)

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