[第63回のあらすじ]
◇『秋月島』に着いた遼たちは、島で蜻蛉鬼の幼生が羽化しようとしてるのを見た。この幼生が成虫になった時、どのような事態が引き起こされるのか?予想される悲劇を阻止しようと祠に向かった遼は、菩薩像が既に持ち去られた事に愕然とする。

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<本文>

 今ここで、優樹が負けるわけにはいかないのだ。自分の力が及ばずに、誰かが傷つき、悲しみ、失う事があれば、今度こそ優樹は己の闇から抜け出せなくなるような気がした。必ず救ってみせると、遼は肩を掴んだ手に力を込めた。
「だが、もはや一刻の猶予もならん……覚悟しておけ篠宮優樹。『蜻蛉鬼』が蘇りし場合は、貴様がその手で美月を殺すのだ」
 轟木の無機質な声に、優樹の身体が強ばる。遼は轟木を睨め上げると、拳を眼前に突き出した。
「そんな事、僕がさせるものか」
 遼の行動を意外に思ったのか、轟木は一瞬、驚いたように目を見開いた。が、すぐに嘲るような笑みを浮かべる。
「では、どれほどのものか見せて貰うとしよう……容易くはないぞ」
 踵を返した轟木に、なお言い募ろうとした遼の拳を両手で包み込み、アキラが笑った。
「やめとけ、秋本。あいつはお前達を試してるんだよ、目にもの見せてやりゃあいいさ」
「アキラ先輩……」
「お前達なら出来ると、俺は信じている。さて……っと、善は急げだ、行くぞ!」
 アキラに促され、視線を交わした優樹の瞳が僅かに迷い揺らめいた。しかし、すぐに決意の色に変わる。
(例え何が起きようと、負けるものか)
 優樹は必ず、優樹の望む結果をやり遂げる。その為に自分が、仲間が、力を貸す事が出来るはずだ。
 遼の脇を優樹が疾風のように駆け抜けていった。ちらりと振り返った顔に自信の笑みを見た気がして、遼の胸に希望が灯った。

 湖に出ると、島の廻りだけにあった赤銅色の水が徐々に広がりつつある様が見て取れた。漂う腐臭は強さを増し、加速をつけて空の色さえ変えようとしている。つい数時間前まで、あれほど明るく美しかった青空は淀んだ灰色の雲に覆われ、まだ日が高い時間のはずが西日のような緋色の斑模様が不気味に浮かび上がっている。
「嫌な風だな……大気が腐っているみたいだ」
 吐き捨てるように呟いた優樹に、同意して遼は頷く。近隣で生活する人々は、この怪異をどう感じているのだろうか。とは言え、一番近い集落は廃村となり行楽客の足も遠のいた所だ、無用な心配に過ぎないだろう。
 対岸が近付くにつれ、木々の間から『美月荘』の赤い屋根が見えてきた。桟橋の人影が、既に立ち去ったと思っていた日下部の姿だと確認した時……。視界の端に動きを捉えて、遼は目を懲らした。その場所は、遼が湖をスケッチしようとした場所。美月がお気に入りだと微笑みながら語った場所……その岩の上に、一つの人影が立つ。
「美月さんが……いた」
 硬く乾いた遼の声で、優樹がボートから身を乗り出した。冬也とアキラも遼が指さす方向に目を向けたが、轟木だけは動かず悪態を付いた。
「さっさとあの女を殺せ、篠宮優樹」
「言ったはずだ、それは出来ないってな」
 振り向いた優樹の視線が、轟木を刺す。
「腑抜け……がっ! もはや手遅れだ、後悔する事になるぞ。口惜しい……我に力さえあれば、あの女も……」
 眉根を寄せた轟木が、濁した言葉尻を遼は逃がさなかった。美月にはまだ、他の要因が隠されている。それが解らないままでは、優樹が不利だ。
「美月さんの死を……『魄王丸』は望んでいない。違いますか、轟木先輩」
 轟木の表情が強ばり、黄金色の焔を宿す瞳が遼を射抜く。しかし、つと顔を背けた途端、暗く変色した湖の色が眼鏡に反射し表情が解らなくなった。
「あの女は……美月には、美那の魂が転生しているのだ。そして怨念の源は……」
 遼は言葉を失った。そんな事があるのだろうか? 数々の怪異を目にしてきたが、胸に去来した疑問が解決できない。戦国時代の姫君が転生したとするならば、『蜻蛉鬼』を憎みこそすれ、その復活に荷担する事などあり得ないはずだ。過去に、怨念の源となる何が起こったというのか。
「よせっ、美月っ!」
 轟木の言葉を待つ遼に突然、冬也の叫びが届いた。青ざめた顔でコクピットに半立ちになった冬也と、同じものを目にして遼は愕然とする。大きさ二の腕ほどの菩薩像を、美月が高々と頭上に掲げていた。右手に握られ鈍い光を放つものは……一本の鉈だ。遼の背に、戦慄が走った。
 大きく振りかぶった右手が、菩薩像を薙ぎ払う。胴の部分から真二つになった像は空中に跳ね上がり、弧を描いて湖に落ちた。その刹那、ずしり、と、鼓膜を震わせる轟音が地を揺るがせ湖面の水が大きく波立つ。
「しまったっ!」
 叫んだのは轟木か、冬也か、それともアキラか。衝撃に身を屈め、必死にボートにしがみついた遼には解らなかった。木の葉のように波に翻弄され、ともすれば引っ繰り返りそうになるボートに身体を支えて上体を起こすと、バランスを取って舳先に立つ優樹が黙って湖面を指さした。

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◆美月さん、満を持しての登場です(笑)これから恐い女性を演じてくれるはず。どこまで描けるか、正念場だな……。

◆この先は待ちに待ったアクションですが、年末に山場なんてどこかのアニメみたいです(苦笑)
 このまま年明けまで、緊張が維持できるかな? あまり間を開けずにアップできるようにしますね。

◆今年のアップは、明日もう一話予定しています。年が明けてからは、5日を目安にアップの予定。続きをぜひ、読んでやって下さいね。

◆ご感想をお願いします!

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