[第58回のあらすじ]
◇鳥羽山の死体を前にして、日下部は喪失感を感じていた。しかし不自然と思われるその姿に疑問が湧く。いったい鳥羽山の死因は何だったのか?

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<本文>

考え込んで辺りに気を配ることを忘れていると突然、背後から名前を呼ばれて日下部は心臓が止まりそうに驚いた。振り返ってみれば鳥羽山が学生と殴り合いをした時、仲裁に入った青年が神妙な顔で立っている。あの時は、才気走った目が気にくわない男だと思ったが、どうやら学生達の中ではリーダーを務めているらしい。
「まさか……こんな事になって、掛ける言葉もありません……」
「君は……須刈君だったかな? お気遣いは有り難いが、興味本位で子供の見る物じゃない。警察が来るまで、ここは私一人でいいから君たちはコテージにいたまえ」
 苦々しい面持ちで、日下部は学生達を追い払おうとした。だが後ろから進み出た少年の睨み付けるような視線に、すんなり立ち去る気は無いらしいと溜息を吐く。
「優樹君……怪我の具合はどうだね? 見たところかなり回復しているようだが、俺としちゃあ詫びるつもりはない……。ところで念のため聞いておくが、昨夜は鳥羽山に会っていないだろうな」
 後ろにいた優しい面立ちの少年が、むっとした顔で代わりに答えようとすると篠宮優樹が遮るように手を挙げた。
「いいよ、遼……鳥羽山さんとは、あの時以来会ってないけど……この人が死んだのは俺のせいだ。怪我なんか、どうってことない……」
 日下部はしばらく言葉に詰まり、次に呆れた顔になると真剣な表情の優樹をまじまじと見つめた。
「君に殴られたくらいで鳥羽山が死ぬ事はないよ。見ての通り、こいつは……」
 言い掛けて、どう説明するべきか迷う。大人びた外見をしていても相手は子供だ、子供相手に死体を見せない良識くらい、日下部も持ち合わせていた。だがなぜだろう、優樹という少年には抗いがたい威圧感があり、偽りや欺瞞を語ることが許されない気がするのだ。他の少年達に対しても侮りがたいものを感じたが、篠宮優樹の持つ雰囲気はそれとは明らかに違い、人格的に帰依せざるを得ない魅力がある。彼らが集っているのは、その力に無意識に惹かれているのかもしれなかった。一瞬、日下部自身も一員に加わりたい欲求を覚え、慌てて否定する。馬鹿馬鹿しい、子供相手に何を考えているのだろうか……。
「ああ、何でもない……とにかく後は、警察に任せたまえ。それより女の子達が不安に思っているだろうから、側にいてあげた方が良いだろう」
 しかし日下部の言葉に引き下がろうとはせず、須刈アキラがなおも進み出る。
「彼女たちには佐野が付いています。日下部さん、我々は鳥羽山さんの死因を確かめなければならないんです。死体を……見せてもらえませんか」
「死因を確かめるだと? ……利いた風な事を言いやがる」
 生意気な態度が腹に据えかね凄みを利かせると、相手は怯むどころか真っ直ぐその視線と対峙した。肝の据わったやつだと胸に呟き、日下部は苦笑する。
「とにかく……ガキの出る幕じゃねぇんだ、鳥羽山のことは警察が……」
「警察は何も出来ない」
「何も出来ないだと? ……それは、どういう意味だ」
 訝りながら尋ねると、須刈アキラは顔を曇らせた。
「鳥羽山さんは……湖に棲んでいる化け物、『蜻蛉鬼』に喰われたのかもしれない」
「化け物に、喰われた?」
 意想外の言葉に日下部は、高々と笑い声を上げていた。
「この湖に、化け物がいるのか! それは確かに警察の手に負えないだろうなぁ……では自衛隊でも呼んでくるか? それとも坊主か神主がいいかね? くだらん話だ、現実を漫画やゲームと一緒にしないでくれたまえ!」
 怒りに駆られ、手が出そうになるのを堅く拳を握ることで堪えたが、律しきれない奮えが走る。荒唐無稽と頭で否定しつつ、その話に不思議と真実の匂いを感じる自分に戸惑っているのだ。彼らの話を証明するに足る、鳥羽山の死体を見て日下部の思考は錯綜する。
「……もしも君等の言うことが本当だとしたら、その化け物とはいったい何だ? 『人喰い湖』の噂は、その化け物の仕業と言うことか? 鳥羽山を殺した奴の正体を知っていると言うんだな」
 取り敢えず話を聞いてみようと、日下部が須刈アキラの出方を伺い見た時。
「私にも聞かせて貰いたい、化け物の正体を。そして……君達が何をするつもりなのかを……」
 厳しい表情の緒永冬也が、ブナ林から姿を現した。

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◆冬也さん登場で新たな展開。ちゃんと冒頭で伏線張ってあるんですよ、うふふ。

◆新潟の震災を心配して下さった方々に心からお礼申し上げます、ありがとうございました。
少し気持ち的にも落ち着いたので、定期更新を心掛けたいと思っています。
VOL7纏められなくてごめんなさい、近いうちに必ず。

◆ご感想をお気軽にどうぞ!

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