【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕57】
2004年10月15日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第56回のあらすじ]
◇轟木の呪縛から解放された遼は、その優樹の力に戸惑いを隠せなかった。いったい何が起きようとしているのか?「蜻蛉鬼」を封じるには美月を殺めろと言う轟木に反発し、優樹は意外な言葉を口にした。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
言葉の意味を計りかね、戸惑いの目を向けた遼の瞳を真っ直ぐに受け止めた優樹は、ゆっくり深呼吸をすると決意の顔つきに変わった。
「俺の母さんに……二人目の子供が出来たと知った横浜の本家は、すぐに始末しろと言ったそうだ。二人目を産んではいけない、それが男なら尚のことだと言われて親父と母さんは横浜の家を出た。母さんの弟の田村さんが色々助けてくれて俺が生まれたんだけど、三歳になった時とうとう本家に見つかっちまって……。結局、生まれたからには仕方ないが日本で生活されては困ると言って、本家の祖父さんは俺と母さんだけ海外に移住するように手配したんだ……」
表情も変えず淡々と話す優樹が、努めて感情を殺そうとしているのが遼には解る。優樹は自分の中にある怒りや憎しみと、今まさに対峙している。言葉にして話すことが、抑え込むことではなく自分自身と戦うことなのだ。
「移住の話を聞かされた翌日、『村雲神社』に母さんの身を隠して親父は本家を訪ねた。本家の意向は親父だけ日本に残れというものだったから、一緒に暮らせるように頼みに行ったんだ。姉さんは産まれてすぐに本家が連れて行ってしまったから、帰してもらって親子四人で暮らしたいって……。でも親父の留守に本家の使いがやってきて、母さんと俺を連れ出そうとした。本家の言うことを信じずに、俺が殺されると思い込んだ母さんは逃げようとして境内に追いつめられ、俺を抱いたまま……『村雲神社』から海に身を投げた」
心臓を鷲掴みにされ、遼は息苦しさに顔を歪める。膝が震え、立っているのがやっとだった。優樹が語りたがらなかった真実、それはあまりに重く、辛い記憶だったのだ。
「崖の上に張り出した境内から見下ろす海は怖かった、恐ろしかった……。岩に波飛沫が散って、雷みたいな音が下から響いていた。空には叢雲がかって太陽は見えなかったけど、恐ろしいくらい真っ赤に染まった空を覚えている。俺に向かって母さんが寂しそうに笑ったとき、オレンジ色に染まった顔はすごく奇麗で……その時俺は、もう怖くない、どうなってもいいと思って目をつむった。そしたらふわっと、身体が浮いた気がしたんだ。その後のことは覚えていない……だけど、すぐに助けられた俺は奇跡的に怪我一つ無かったそうだ」
そこまで話して、初めて優樹の顔が苦渋を湛えた。蒼白になった唇から、絞り出す声が震える。
「……なぜ俺は、あのとき死ななかった? 俺のために母さんは、今も意識のないままだ。俺がいなければ……俺さえ産まれてこなければ……だから俺は……誰かに必要とされていたかった……そうじゃなかったら俺が生きてる意味なんか、無いんだ……」
自らの生を否定されながらも、母親を犠牲にして生きている。優樹の辛く悲しい波動に包まれた遼の胸は軋み、堪えきれずに涙があふれた。
遼が受けた差別や偏見、虐めの辛さは優樹がいつも理解し受け止め助けてくれた。不仲の両親に寂しさを感じたときもあったが、父も母も身近に生きている。だが優樹は生きること自体に畏れを持ち、たった一人で不安や寂しさを押し隠してきたのだ。そして恐怖から感情が制御できなくなり、人を傷つけ見捨てられて孤独になることが怖かったのだ。
母親が身を投げるまでの経緯を、優樹はいつ、誰から聞いたのだろう? 幼少の頃から素直で真っ直ぐで正義感が強く、自分に厳しく他人に優しかった。時に理解できないほどの善人ぶりが、煩わしく感じる事さえあった。不自然なほどの誠実さが、その時の記憶上に成り立っているとしたら悲しすぎる。
遼と優樹を隔てていた高く冷たい壁の入り口を見つけ、扉は開かれた。だが果たして、その向こうにある虚空を満たすことが自分に出来るのだろうか。あまりに暗く深い闇の深淵に嵌り、抜け出せなくなりそうだった。とどまることなく流れ落ちる涙を拭うことも忘れ、呆然とする遼に優樹がタオルを手渡した。
「ばぁか……なんて顔してんだよ、俺の為に泣いてんのか? 相変わらず泣き虫だな……ガキの頃と変わらねぇや……」
「……そうさ、僕は君とは違うんだからね。だって君は……」
受け取ったタオルを顔に当てると、堰を切って嗚咽が漏れた。情けないと思いながらも止めることが出来ない。今まで優樹が遼に向かってしてくれたように大丈夫だと言ってあげたかった……不安を忘れさせるような明るい笑顔で言ってあげたかった。だが遼には泣くことしかできない。
「篠宮優樹の父親は禁忌を犯したのだ……よって自らの死をもち贖わねばならなかった。しかし、貴様の生は必然に適っている、その役割を果たすまではな」
諭すように重い口調で語った轟木を、アキラの視線が刺す。
「俺は普段、短気は起こさないんだけどねぇ……今日は機嫌が悪いんだ。頼むから、これ以上余計な事を言わないでもらえるかな」
肩を竦め、轟木はドアに向かった。
「ならば貴様がどれだけやれるか、しかと見せて貰おうぞ……篠宮優樹」
その背中を睨んで優樹が足を踏み出した時、バタバタと階段を駆け上る音がしたかと思うと勢いよくドアが開いた。
「大変だ、湖で鳥羽山さんの死体がみつかった!」
部屋に飛び込んできた佐野が叫び、三人は言葉を失った。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆ようやくここまで来ました。よく言われる「モチベーションの維持」って、こういう事なんですかねぇ。こらえ性のない自分にはキツイ制約かも(笑)
◆週末「VOL7」として纏めます。続けて読んでみて下さい。
[HOME]
http://mypage.odn.ne.jp/home/kazatoyou
◆ここでお詫びです。
「一部」ではお母さんが入院したのは小学校に上がる少し前と書きましたが、幼稚園年長さんでは優樹君の場合、身長120センチ、体重25キロはあるでしょう。と、いうわけで、年少さんの時にしました。それだと無理がないかな?
ちなみに、あたしの息子は5歳ですが、身長115センチ体重20キロです。
◆少しだけ明らかになった優樹君の出生です。この先、物語とどのように関係してくるでしょう。
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
◇轟木の呪縛から解放された遼は、その優樹の力に戸惑いを隠せなかった。いったい何が起きようとしているのか?「蜻蛉鬼」を封じるには美月を殺めろと言う轟木に反発し、優樹は意外な言葉を口にした。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
言葉の意味を計りかね、戸惑いの目を向けた遼の瞳を真っ直ぐに受け止めた優樹は、ゆっくり深呼吸をすると決意の顔つきに変わった。
「俺の母さんに……二人目の子供が出来たと知った横浜の本家は、すぐに始末しろと言ったそうだ。二人目を産んではいけない、それが男なら尚のことだと言われて親父と母さんは横浜の家を出た。母さんの弟の田村さんが色々助けてくれて俺が生まれたんだけど、三歳になった時とうとう本家に見つかっちまって……。結局、生まれたからには仕方ないが日本で生活されては困ると言って、本家の祖父さんは俺と母さんだけ海外に移住するように手配したんだ……」
表情も変えず淡々と話す優樹が、努めて感情を殺そうとしているのが遼には解る。優樹は自分の中にある怒りや憎しみと、今まさに対峙している。言葉にして話すことが、抑え込むことではなく自分自身と戦うことなのだ。
「移住の話を聞かされた翌日、『村雲神社』に母さんの身を隠して親父は本家を訪ねた。本家の意向は親父だけ日本に残れというものだったから、一緒に暮らせるように頼みに行ったんだ。姉さんは産まれてすぐに本家が連れて行ってしまったから、帰してもらって親子四人で暮らしたいって……。でも親父の留守に本家の使いがやってきて、母さんと俺を連れ出そうとした。本家の言うことを信じずに、俺が殺されると思い込んだ母さんは逃げようとして境内に追いつめられ、俺を抱いたまま……『村雲神社』から海に身を投げた」
心臓を鷲掴みにされ、遼は息苦しさに顔を歪める。膝が震え、立っているのがやっとだった。優樹が語りたがらなかった真実、それはあまりに重く、辛い記憶だったのだ。
「崖の上に張り出した境内から見下ろす海は怖かった、恐ろしかった……。岩に波飛沫が散って、雷みたいな音が下から響いていた。空には叢雲がかって太陽は見えなかったけど、恐ろしいくらい真っ赤に染まった空を覚えている。俺に向かって母さんが寂しそうに笑ったとき、オレンジ色に染まった顔はすごく奇麗で……その時俺は、もう怖くない、どうなってもいいと思って目をつむった。そしたらふわっと、身体が浮いた気がしたんだ。その後のことは覚えていない……だけど、すぐに助けられた俺は奇跡的に怪我一つ無かったそうだ」
そこまで話して、初めて優樹の顔が苦渋を湛えた。蒼白になった唇から、絞り出す声が震える。
「……なぜ俺は、あのとき死ななかった? 俺のために母さんは、今も意識のないままだ。俺がいなければ……俺さえ産まれてこなければ……だから俺は……誰かに必要とされていたかった……そうじゃなかったら俺が生きてる意味なんか、無いんだ……」
自らの生を否定されながらも、母親を犠牲にして生きている。優樹の辛く悲しい波動に包まれた遼の胸は軋み、堪えきれずに涙があふれた。
遼が受けた差別や偏見、虐めの辛さは優樹がいつも理解し受け止め助けてくれた。不仲の両親に寂しさを感じたときもあったが、父も母も身近に生きている。だが優樹は生きること自体に畏れを持ち、たった一人で不安や寂しさを押し隠してきたのだ。そして恐怖から感情が制御できなくなり、人を傷つけ見捨てられて孤独になることが怖かったのだ。
母親が身を投げるまでの経緯を、優樹はいつ、誰から聞いたのだろう? 幼少の頃から素直で真っ直ぐで正義感が強く、自分に厳しく他人に優しかった。時に理解できないほどの善人ぶりが、煩わしく感じる事さえあった。不自然なほどの誠実さが、その時の記憶上に成り立っているとしたら悲しすぎる。
遼と優樹を隔てていた高く冷たい壁の入り口を見つけ、扉は開かれた。だが果たして、その向こうにある虚空を満たすことが自分に出来るのだろうか。あまりに暗く深い闇の深淵に嵌り、抜け出せなくなりそうだった。とどまることなく流れ落ちる涙を拭うことも忘れ、呆然とする遼に優樹がタオルを手渡した。
「ばぁか……なんて顔してんだよ、俺の為に泣いてんのか? 相変わらず泣き虫だな……ガキの頃と変わらねぇや……」
「……そうさ、僕は君とは違うんだからね。だって君は……」
受け取ったタオルを顔に当てると、堰を切って嗚咽が漏れた。情けないと思いながらも止めることが出来ない。今まで優樹が遼に向かってしてくれたように大丈夫だと言ってあげたかった……不安を忘れさせるような明るい笑顔で言ってあげたかった。だが遼には泣くことしかできない。
「篠宮優樹の父親は禁忌を犯したのだ……よって自らの死をもち贖わねばならなかった。しかし、貴様の生は必然に適っている、その役割を果たすまではな」
諭すように重い口調で語った轟木を、アキラの視線が刺す。
「俺は普段、短気は起こさないんだけどねぇ……今日は機嫌が悪いんだ。頼むから、これ以上余計な事を言わないでもらえるかな」
肩を竦め、轟木はドアに向かった。
「ならば貴様がどれだけやれるか、しかと見せて貰おうぞ……篠宮優樹」
その背中を睨んで優樹が足を踏み出した時、バタバタと階段を駆け上る音がしたかと思うと勢いよくドアが開いた。
「大変だ、湖で鳥羽山さんの死体がみつかった!」
部屋に飛び込んできた佐野が叫び、三人は言葉を失った。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆ようやくここまで来ました。よく言われる「モチベーションの維持」って、こういう事なんですかねぇ。こらえ性のない自分にはキツイ制約かも(笑)
◆週末「VOL7」として纏めます。続けて読んでみて下さい。
[HOME]
http://mypage.odn.ne.jp/home/kazatoyou
◆ここでお詫びです。
「一部」ではお母さんが入院したのは小学校に上がる少し前と書きましたが、幼稚園年長さんでは優樹君の場合、身長120センチ、体重25キロはあるでしょう。と、いうわけで、年少さんの時にしました。それだと無理がないかな?
ちなみに、あたしの息子は5歳ですが、身長115センチ体重20キロです。
◆少しだけ明らかになった優樹君の出生です。この先、物語とどのように関係してくるでしょう。
◆ご感想をお気軽にどうぞ!
〔叢雲掲示板〕
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki
コメント