[第55回のあらすじ]
◇桟橋の向こうからやってきた日下部に挨拶をされて、杏子たちは不快感を露わにする。と、美加が湖に漂うものを見つけて声を上げたが、それは鳥羽山の無惨な死体だった……。

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<本文>

 吐き気と頭痛は徐々に収まり、やっとの思いで遼は立ち上がった。不機嫌そうな顔でベッドにもたれたアキラはまだ気分が悪いのか、こめかみを押さえている。
 優樹が轟木をベッドに抑え込んだ途端、金縛りにあっていた身体が解放された。人知を越えた体験は紛れもなく轟木の仕業と確信出来たが、未だに神懸かりの話には不信感が拭えなかった。しかし暴力を使わずに、優樹はどうやって轟木を苦しめたのか。内なる力が目覚めた優樹は、無意識にそれを操れるようになりつつあるのだろうか。
「まったく……酷い目にあったなぁ。貴様自身に本体があれば、ぶん殴ってやりたいくらいだが……轟木に悪いから堪えておくか。で、なぜ篠宮が必要なんだ?」
 半ば諦め顔で傍らに立ったアキラに肩を叩かれ、優樹は轟木を押さえていた手を離した。二人に見下ろされた轟木は身体を起こし、汗で貼りついたシャツのボタンを一つ外す。
「まさか、これほどの力があろうとは……。どうやら貴様らがこの地に来たのは、篠宮優樹の覚醒と自制に必要があったからだろう……。我もその一役に、関わらねばならなかったようだが」
「それはどういう意味です?」
 まだ何かを知っていそうな轟木に、用心深く遼は尋ねた。
「ハッキリしたことは解らない……ただ、この件は来るべき大局に備えての前哨としか思えないのだ。偶然の要因はなく、全ては必然に成された出来事であり、全ての関わりが一端を担っている。我に出来ることは篠宮優樹と共に『蜻蛉鬼』を封じることだ、その事に何の意味があるかは明らかでない……」
 眉根を寄せた轟木は、全てを知っているわけでは無さそうだった。
『全ては必然のもとに成され、偶然の要因はない……』
 優樹の父親が亡くなる時に残した言葉が、新たな意味を持って目の前に突きつけられた気がした。『来るべき大局』とは……一体何のことだろう。
「今やらなくちゃならない事さえ解れば、俺のことなんかどうでもいいだろっ! もたもたしてる暇があるのかよ!」
 苛ついた口調の優樹を、なだめるようにしてアキラが肩に手を回した。
「どうでもよくは無いけどねぇ……まあ、篠宮の言うことはもっともだな。ややこしいのは面倒だから、とりあえずアンタの事は轟木と呼んで良いか?」
 轟木は意を得て頷いた。
「それじゃあ轟木、俺の質問に答えて貰えるかな?」
「よかろう……湖に再び結界を張るためには、『蜻蛉鬼』の邪気より強い篠宮優樹の『気』が必要だからだ。我の力が及ばぬが為に、緒永の末裔に頼んで結界を絶やさぬようにしてきたが……昨今になって、いらぬ者どもが仏像をあるべき場より持ち出してしまった。本来あの仏像は、美那姫が居られた洞窟の奥に祀られていたのだ。洞窟の祠に残る姫の遺髪と想いがあってこそ、仏像に込められた念が活かされる……。『蜻蛉鬼』の力がここまで増した今となっては、普通の人間が洞窟に足を踏み入れることは出来ない。我も仮の依代の身では、近付くことさえままならんのだ。島に渡ったとき、試みてはみたが……」
 口惜しいと言わんばかりに、轟木は顔を歪める。
「では丘の上の仏像を洞窟に戻せば、『蜻蛉鬼』を封じることが出来るんですね?」
 その姿を見ながらも、思いの外に容易そうだと遼は安堵の息を吐いた。もしや死闘を懸ける事になるかと思っていたからだ。しかし遼に向けられた轟木の表情は、一瞬に期待を打ち砕く険しいものだった。
「いや、それだけでは済まない。問題は『蜻蛉鬼』を現世に呼び起こした……美月だ、あの女が死なねば完全に封じることは無理であろう」
「死……? 美月さんを、殺せとでも言うつもりか?」
 アキラの手を振り払い、優樹が轟木に詰め寄る。
「そうだ、篠宮優樹……。貴様ならば直接手を汚さずとも、あの女を死に至らしめることが出来る。既に貴様は、目覚めつつある力を制して見せたではないか」
「あれが俺の力? そんな馬鹿な……俺はただ、轟木先輩を還せと言っただけだ!」
「強く心に念じ、言霊とすることにより力は発露するのだ。死を念じ、唱えればそれでいい。直接手を汚すことにはならん」
「……そんなこと、出来るわけねぇだろっ!」
「やらねば多くの犠牲者が出るぞ」
「いい加減にしやがれっ!」
 満身の怒りを込めて優樹が叫んだ。ピシリ、と音を立てて窓ガラスが砕け散る。
「俺は、誰も殺さない……誰も傷つけない! 化け物だけ、ぶっ潰す! 俺に力があるなら、出来るはずだっ!」
「貴様が死ぬぞ」
「今更……それが何だ? もともと俺は、生きているはずの無い人間だ……」
 言葉の意味を計りかね、戸惑いの目を向けた遼の瞳を真っ直ぐに受け止めた優樹は、ゆっくり深呼吸をすると決意の顔つきに変わった。

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◆次回、優樹君の出生が垣間見えます。ようやく「あ〜、そうだったんだ」と納得してもらえると嬉しいのですが……。

◆「ノベルウッド」さんで推薦文を頂きました。きっと毎回読んで下さっている方だと思います。暖かい御声援、本当に有り難うございました。心の糧にがんばります。

◆最近はあたししか書き込んでいませんが、ご感想をお気軽にどうぞ!

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