[第53回のあらすじ]
◇ついに正体を明らかにした轟木が人知を越えた力を発したとき、それに対抗する力を見せる優樹。力の均衡は優樹に優勢となり、轟木は膝を折った。「俺は何をすればいいのか?」優樹は轟木に詰め寄る。

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<本文>

 髪に掛かる風が、とても気持ちいい。田村京子は両手を大きく広げると、全身を浄化するつもりで胸一杯に朝の空気を吸い込んだ。
 普段暮らしている海辺では聞いたことのない小鳥の囀りに耳を澄ませ、どんな鳥が鳴いているのかと思いめぐらせてみる。朝露を含んだ足下の草に小さな紫の花を見つけて屈み込めば、その瑞々しさが目に滲みた。
 でも……期待し待ち望んだ高原の朝を迎えたはずなのに、瞼が重すぎる。ぼんやりとした頭で誰はばかることなく大きな欠伸をすると、隣で親友の村上琴美が笑った。
「良かったじゃない、優樹先輩が元気そうで」
「あいつは馬鹿が付くぐらい頑丈だから、心配してなかったけどね……」
 滲んだ涙を手で拭うと、杏子は遊歩道から湖へと小石を蹴り込み不機嫌な顔をしてみせた。小石は朝日に煌めく幾重もの波紋を作り、澄んだ水底へと沈んでいく。本当ならば今朝の散歩相手は琴美じゃなくて、遼くんのはずだったのに……。
 遼との約束が反古になったと知り、琴美が牧原美加と村上黎子を誘って杏子を湖に連れ出した。寝不足から部屋でゆっくりしたかったのだが、明日の昼前にはこの地を去るのに遊ばなければ勿体ないと言う琴美に逆らうことが出来なかったのだ。
 がっかりはしたけれど、優樹の側に遼がいると思えば安心していられる。幼い頃から、どこか危なっかしくて放っておけない優樹を、一つ下の自分が時には妹のように時には姉のように見守り心配してきたつもりだ。でも年齢が上がるにつれ、それだけでは解決出来ない隔たりを感じるようになっていった……。
 愛情や同情とは違う、家族に対する親身な感情と同じものを抱きながら、これ以上守ることも受け止めることも荷が重すぎる気がする。優樹のことは誰よりもよく知っているつもりだった……食べ物の好き嫌いも、好みのタイプも、普段の生活態度も。どんな時に喜び、どんな時に怒り、どんな時に悲しむかも……。だけど肝心なところは、よく見えなかった。後ろめたさを感じながらも、自分ではダメだと気付いてしまったのだ。
「もう、元気だしてよ杏子ォ! ……そうだ昨日焼いたケーキを持って、これから優樹先輩の部屋に行こうよ! せっかく焼いたんだものねっ、美加」
 杏子を気遣い、わざと琴美が明るく振る舞うと、俯いて美加が首を振った。
「あまり騒がしくしない方が、いいと思うの」
「はぁん? まったく美加ったら……もっと積極的にならなきゃダメだよ」
 呆れ顔で琴美が諭すと、美加は顔を上げて微笑む。
「ううん、違うの。今はね、ゆっくり休んでゆっくり考える時間が優樹先輩には必要なんだと思う……。あたし達が行ったら気を遣うに決まってるもの、邪魔しちゃいけないよ」
「そうかなぁ……こんな時だからこそ、アピールすべきじゃない?」
「だめ、そんなコトしたら嫌われちゃう」
「えっ、あ……そう?」
 涙目で訴えられ思わず琴美は身を引いたが、傍で聞いていた杏子も美加の言うことが正しいと思った。優樹のことだから、心配をかけまいとして普段通りに接してくれるだろう。いくら辛くても、苦しくても、優樹は杏子にそんな素振りを見せてはくれない。そして安心できる材料を、探してしまう自分が嫌だった。じっと黙って見守ることなど出来ない、だからといって、もう力にはなれないと解っていた。
 優樹を補ってあげられるのは遼であり、受け止めてあげられるのは美加のような女の子だと思う。では、一体自分はどうすればいいのだろうか……切なくて胸が苦しい。
「部屋に押し掛けるのが迷惑だと思うなら、ティータイムに誘ってみたらどうかしら? 個々で思い悩んだりするのは、精神衛生上好ましくないわよ。こっちに来てから色々あってお互い妙に距離感が出来ちゃったじゃない? 館山に帰る前に関係修復しておこうよ、優樹君が来てくれなくても美味しい物とお喋りが良い気晴らしになると思うしね」
 村上黎子が美加に向かって笑いかけると、納得の笑顔で美加が頷いた。複雑な気持ちが解消しないままに、杏子は桟橋に向かって歩き出す。すると、その方向から誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。

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◆え〜〜と、視点移動が多いと評されてしまいましたが、今回は杏子ちゃん視点で一つ(苦笑)
キャラを個々に可愛がりすぎなんですよね、きっと。でも遼君視点だけで書くのはつまらないから「むらくも」はこのままで。
投稿用を書くときは、注意します。

◆女の子を書くのは実は好きです。ただ、恥ずかしいからあまり書かないだけ。
杏子ちゃん、琴美ちゃん、黎子さん、美加ちゃん、小枝子さん、倉持女史、早川刑事、う〜ん、あまり女の子いないかも?
全員の名前に覚えがある人がいたら、すごいな〜(多分いない・笑)

◆ご感想をお気軽に!

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