【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕43】
2004年8月7日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕43】
[第42回のあらすじ]
◇轟木の口から語られた話は、遼やアキラに混乱と戸惑いを与えた。理屈で割り切れない事象が我が身に降りかかってきたとは信じられず、アキラが轟木に詰め寄る。だが言葉を継いだ轟木は、ある伝承を語り始めた。
::::::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
眉をひそめ顔を見合わせたアキラと佐野のために、遼が説明を買って出た。
「風水方位学では、天上東西南北の四方位にそれぞれ守り神があるとされていて、それらの名称を青龍・白虎・玄武・朱雀と言います。もとは中国から伝来し、姿の由来は星座の形と結びついたものらしいのですが、中国でも日本でも多くの絵や名称が残っています。まず東方の守り神が青龍、出世と成功を意味するもので青い鱗を持つ龍の姿をしているとされ、その性は水に生じ木に遊び自然を司る聖獣。次に西方の守り神が白虎、子孫繁栄と文化の発展を意味するもので純白の猛虎を模した姿で知られ、その性は土に生じ金に遊ぶとされる聖獣。そして南方の守り神が朱雀、美と芸術、名誉と招福を意味するもので頭に冠をいただき美しい炎の翼を持つ霊鳥のすがたとされ、その性は木に生じ火に遊ぶと言われる聖獣。最後が北方の守り神玄武、長寿と再生を意味し蛇と亀が絡み合った姿でその性は金に生じ水に遊ぶとされる聖獣。属性は四神の相性にも関係しているようです。四季に準じて称されることもあり、その場合は青龍が春、白虎は秋、朱雀は夏、玄武は冬。僕が知っていることはこれだけですが……」
話し終えた遼が轟木を伺い見ると、十分だというように頷いて轟木は優樹に目を向けた。
「篠宮優樹と秋本遼は、既に『魄王丸』に出会っているはずだ」
意想外の状況に苛立ちを隠せず、アキラが再び腰を浮かせた。
「なん……だと? さっきから黙って聞いてれば四獣神だの時間が無かっただの……挙げ句、こいつ等が『魄王丸』に出会っているって? 本当なのか、秋本?」
轟木には全てを見透かされている。遼は覚悟を決め、アキラの質問に平静な表情で頷いた。混乱から立ち直り切れていないのか、優樹の反応はない。
「あのなぁ……」
大きく溜息をついたアキラの肩に、佐野が慰めるように手を置いた。
「別におまえが蚊帳の外に置かれてた訳じゃないと思うぜ、須刈。秋本だって、そんな突拍子もないこと誰彼無く言えるわけないだろ? まあ落ち込むなって! 轟木の話はワケわかんないけど……多分、俺たちが納得できるように説明しようとしてるんだから信じて最後まで聞いてやろうぜ」
「やれやれ、おまえに慰められるようじゃ俺もヤキが回ったなぁ……」
「だいたい須刈は秋本がらみになると……」
「あー、うるさい! もういいよ、佐野」
佐野を追い払うかのように手をひらひらさせて、アキラは体裁悪そうな顔になる。
「それで? 秋本が見た『魄王丸』ってヤツはどんな姿をしていたんだ?」
張りつめた空気が少し緩和され、遼は落ち着きを取り戻すと記憶を巡らせた。
「轟木先輩の言葉を借りるなら、『魄王丸』は『白虎』と称するに相応しい姿をしていました。全身は銀白色の毛皮に覆われ、サーベルのような牙を持ち、双眼は赤みを帯びた焔色に輝いていた。頚から背中にかけて黄金の鬣をなびかせ、神々しいほどに美しい獣でした……」
「然り、『魄王丸』は紛れもなく『白虎』なのだからな」
満足そうな笑みを浮かべた轟木に、アキラが静かに問い質した。
「『魄王丸』が西方を守る守護神『白虎』なら、なぜ『蜻蛉鬼』と戦って勝てなかったんだ? 轟木と秋本の話では、湖の底に封じられた妖怪は再び悪さを仕掛けているようだが、今度は俺たちを助けてくれるつもりなのかねぇ……」
「それは出来ない相談だ……四獣神はおよそ百年から二百年の周期で、宿縁を持つ依代を介し順に現世に蘇る。そして、その時代の災厄を見守り時に民の手助けをしているのだが、あいにく現世は『白虎』の時代にあらず……依代なき時代に存在は許されず、すなわち手を貸すことは出来ないのだ。『蜻蛉鬼』と戦った時、京の戦乱を収めるため『白虎』は力尽き掛けていた。尚かつ依代たる者を失い、守りを替わる時を待っていたのだ。しかし、一人の女の命を賭けた願いが『白虎』を……『魄王丸』を動かした」
「園部の姫君……美那様のことですね」
頭のどこかで、その時代を生きてきたかのように語る轟木を疑問に思いながらも、遼の思考は霞がかかったように停止し答えを求めようとはしなかった。思慮深く穏やかな普段の表情は変わらないが、その言葉にはいつにまして逆らえないのだ。
「美那の願いを聞き届け『魄王丸』は最後の力を貸したが、無念にも『蜻蛉鬼』を滅するに至らなかった。どうにか湖の底に封印したが……永き時を抑えるには、霊力の強い法師に頼んで念を込めた像を祀るしかなかった」
「『魄王丸』に時間と力が不足していた理由はわかったけど……『秋月島』の祠には、ちゃんと仏像が祀ってあるじゃないか」
首を傾げた佐野に、遼が答える。
「管理を任されていた神社の宮司さんが亡くなって、盗難防止のため暫く村役場に置かれていたそうです」
「恐らくそれも必然に成されたのだ。宮司の死、仏像による結界の消失……そして『蜻蛉鬼』は、力の源たる怨念を得て甦ろうとしている。人肉を喰らい、力を蓄え、やがてその姿を現すだろう」
眉根を寄せ、苦渋の表情で轟木が目を向けた窓の外は、どんよりとした暗い色の雲が重いカーテンのように垂れ込めている。そよとも吹かない風に木々は沈黙し、小鳥のさえずりさえ聞こえてはこなかった。重苦しい空気に止められてしまった時間を破り、口を開いたのは優樹だった。
「そいつは何をしようとしている? 怨念の源ってのは、いったい何だ?」
途端、張りつめた空気が一気に部屋を満たした。肌が粟立つほどの、ぴりぴりとした緊張感が遼を襲う。驚いて優樹に目を向けると、またあの青白い焔に身体が包まれているのが解った。だが一瞬のうちにその焔は弾かれ、空気は元に戻る。その時、遼には確かに見えた。青白い焔を打ち砕いた、紅みがかった黄金色の光を。
「私には言えない……ある意味、責は私にもあるからな。秋本遼に聞くがいい」
そう言ってドアに向かった轟木を、誰も止めることは出来なかった。
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◇伏線を繋げるのに一苦労です。だいたいフォロー出来ていると思うのですが、いかがなものでしょう?(苦笑
◇現在実家で飯炊きおばさん(笑)をしながら書いています。広い家なので(マンションよりは)日中も子供から離れて執筆できますが、Dial-upは辛いですね。小説の更新は週一回しか出来そうにありませんが、その分書き進めていきたいと思います。
[第42回のあらすじ]
◇轟木の口から語られた話は、遼やアキラに混乱と戸惑いを与えた。理屈で割り切れない事象が我が身に降りかかってきたとは信じられず、アキラが轟木に詰め寄る。だが言葉を継いだ轟木は、ある伝承を語り始めた。
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<本文>
眉をひそめ顔を見合わせたアキラと佐野のために、遼が説明を買って出た。
「風水方位学では、天上東西南北の四方位にそれぞれ守り神があるとされていて、それらの名称を青龍・白虎・玄武・朱雀と言います。もとは中国から伝来し、姿の由来は星座の形と結びついたものらしいのですが、中国でも日本でも多くの絵や名称が残っています。まず東方の守り神が青龍、出世と成功を意味するもので青い鱗を持つ龍の姿をしているとされ、その性は水に生じ木に遊び自然を司る聖獣。次に西方の守り神が白虎、子孫繁栄と文化の発展を意味するもので純白の猛虎を模した姿で知られ、その性は土に生じ金に遊ぶとされる聖獣。そして南方の守り神が朱雀、美と芸術、名誉と招福を意味するもので頭に冠をいただき美しい炎の翼を持つ霊鳥のすがたとされ、その性は木に生じ火に遊ぶと言われる聖獣。最後が北方の守り神玄武、長寿と再生を意味し蛇と亀が絡み合った姿でその性は金に生じ水に遊ぶとされる聖獣。属性は四神の相性にも関係しているようです。四季に準じて称されることもあり、その場合は青龍が春、白虎は秋、朱雀は夏、玄武は冬。僕が知っていることはこれだけですが……」
話し終えた遼が轟木を伺い見ると、十分だというように頷いて轟木は優樹に目を向けた。
「篠宮優樹と秋本遼は、既に『魄王丸』に出会っているはずだ」
意想外の状況に苛立ちを隠せず、アキラが再び腰を浮かせた。
「なん……だと? さっきから黙って聞いてれば四獣神だの時間が無かっただの……挙げ句、こいつ等が『魄王丸』に出会っているって? 本当なのか、秋本?」
轟木には全てを見透かされている。遼は覚悟を決め、アキラの質問に平静な表情で頷いた。混乱から立ち直り切れていないのか、優樹の反応はない。
「あのなぁ……」
大きく溜息をついたアキラの肩に、佐野が慰めるように手を置いた。
「別におまえが蚊帳の外に置かれてた訳じゃないと思うぜ、須刈。秋本だって、そんな突拍子もないこと誰彼無く言えるわけないだろ? まあ落ち込むなって! 轟木の話はワケわかんないけど……多分、俺たちが納得できるように説明しようとしてるんだから信じて最後まで聞いてやろうぜ」
「やれやれ、おまえに慰められるようじゃ俺もヤキが回ったなぁ……」
「だいたい須刈は秋本がらみになると……」
「あー、うるさい! もういいよ、佐野」
佐野を追い払うかのように手をひらひらさせて、アキラは体裁悪そうな顔になる。
「それで? 秋本が見た『魄王丸』ってヤツはどんな姿をしていたんだ?」
張りつめた空気が少し緩和され、遼は落ち着きを取り戻すと記憶を巡らせた。
「轟木先輩の言葉を借りるなら、『魄王丸』は『白虎』と称するに相応しい姿をしていました。全身は銀白色の毛皮に覆われ、サーベルのような牙を持ち、双眼は赤みを帯びた焔色に輝いていた。頚から背中にかけて黄金の鬣をなびかせ、神々しいほどに美しい獣でした……」
「然り、『魄王丸』は紛れもなく『白虎』なのだからな」
満足そうな笑みを浮かべた轟木に、アキラが静かに問い質した。
「『魄王丸』が西方を守る守護神『白虎』なら、なぜ『蜻蛉鬼』と戦って勝てなかったんだ? 轟木と秋本の話では、湖の底に封じられた妖怪は再び悪さを仕掛けているようだが、今度は俺たちを助けてくれるつもりなのかねぇ……」
「それは出来ない相談だ……四獣神はおよそ百年から二百年の周期で、宿縁を持つ依代を介し順に現世に蘇る。そして、その時代の災厄を見守り時に民の手助けをしているのだが、あいにく現世は『白虎』の時代にあらず……依代なき時代に存在は許されず、すなわち手を貸すことは出来ないのだ。『蜻蛉鬼』と戦った時、京の戦乱を収めるため『白虎』は力尽き掛けていた。尚かつ依代たる者を失い、守りを替わる時を待っていたのだ。しかし、一人の女の命を賭けた願いが『白虎』を……『魄王丸』を動かした」
「園部の姫君……美那様のことですね」
頭のどこかで、その時代を生きてきたかのように語る轟木を疑問に思いながらも、遼の思考は霞がかかったように停止し答えを求めようとはしなかった。思慮深く穏やかな普段の表情は変わらないが、その言葉にはいつにまして逆らえないのだ。
「美那の願いを聞き届け『魄王丸』は最後の力を貸したが、無念にも『蜻蛉鬼』を滅するに至らなかった。どうにか湖の底に封印したが……永き時を抑えるには、霊力の強い法師に頼んで念を込めた像を祀るしかなかった」
「『魄王丸』に時間と力が不足していた理由はわかったけど……『秋月島』の祠には、ちゃんと仏像が祀ってあるじゃないか」
首を傾げた佐野に、遼が答える。
「管理を任されていた神社の宮司さんが亡くなって、盗難防止のため暫く村役場に置かれていたそうです」
「恐らくそれも必然に成されたのだ。宮司の死、仏像による結界の消失……そして『蜻蛉鬼』は、力の源たる怨念を得て甦ろうとしている。人肉を喰らい、力を蓄え、やがてその姿を現すだろう」
眉根を寄せ、苦渋の表情で轟木が目を向けた窓の外は、どんよりとした暗い色の雲が重いカーテンのように垂れ込めている。そよとも吹かない風に木々は沈黙し、小鳥のさえずりさえ聞こえてはこなかった。重苦しい空気に止められてしまった時間を破り、口を開いたのは優樹だった。
「そいつは何をしようとしている? 怨念の源ってのは、いったい何だ?」
途端、張りつめた空気が一気に部屋を満たした。肌が粟立つほどの、ぴりぴりとした緊張感が遼を襲う。驚いて優樹に目を向けると、またあの青白い焔に身体が包まれているのが解った。だが一瞬のうちにその焔は弾かれ、空気は元に戻る。その時、遼には確かに見えた。青白い焔を打ち砕いた、紅みがかった黄金色の光を。
「私には言えない……ある意味、責は私にもあるからな。秋本遼に聞くがいい」
そう言ってドアに向かった轟木を、誰も止めることは出来なかった。
::::::::::::::::::::::::::::::::
◇伏線を繋げるのに一苦労です。だいたいフォロー出来ていると思うのですが、いかがなものでしょう?(苦笑
◇現在実家で飯炊きおばさん(笑)をしながら書いています。広い家なので(マンションよりは)日中も子供から離れて執筆できますが、Dial-upは辛いですね。小説の更新は週一回しか出来そうにありませんが、その分書き進めていきたいと思います。
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