【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕41】
2004年7月5日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第40回のあらすじ]
◇アキラとのやり取りの末、日下部は取り敢えず引き下がった。誰もが事態を理解できずにいたその時、轟木の発言に遼は驚かずにいられなかった。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
黙したまま優樹の手当をしていた冬也は、一通り済むと大きく息をついた。服の上からは見えない随所におびただしい内出血の跡があり、考えていたよりも多くのダメージが与えられていた事が遼にも解る。
「よくこれで、桟橋から歩いて来られたものだ。骨に異常はないが、内臓にかなりきてるはずだぞ……。まあ、若い時は色々と無茶をするものだが、私が付いていて起きた事となると田村氏に申し訳が立たないよ」
「……すみません」
冬也には隠さず経緯を話したが、やはり警察沙汰は避ける判断をしてくれた。消え入りそうな声で詫びた優樹は、俯けた顔を上げようとはしない。
「田村氏には電話でよく説明しておくよ。生来頑丈なお前の事だから明日には動けるようになるだろうが、大事を取って残りの日程二日は安静にしていろ。熱が出たらすぐに言え、その時は病院に放り込んでやる」
穏やかな口調に込められた怒りが、優樹の無茶に対してなのか日下部に対してなのか判断つきかねたが、冬也はそれ以上何も言わずに救急箱を片付けると優樹に一瞥を投げ部屋を出て行った。
「悪いが、遥斗と宙も席を外してくれ」
アキラに言われて異論を唱えようとした遥斗の背中を、佐野が押すようにしてドアの外に出す。アキラが遼の使っているベッドに腰掛けると、戻ってきた佐野もその隣に座った。轟木は窓際で腕を組み遼を見つめている。ライティングデスクの椅子を引き、遼は優樹が横になっているベッドサイドに座った。
「秋本の能力は知っているが……」
言い掛けてアキラは轟木に目を向けたが、無表情なその顔に暗黙の了解を読み取ったようだった。もしや轟木は、誰も知らない何かを知っているのだろうか? 不思議な気持ちで遼は轟木を見つめ返した。
「篠宮に冷静さを失わせた邪気か……。例の噂、湖の怪事件が関係しているのかも知れないなぁ。おまえが湖で倒れたのは気味悪いモノを見たからだと、ゆうべ篠宮から聞いてはいたが……」
「あれっ、俺は聞いてないぜ? なんだ寝不足のせいじゃなかったのか……轟木もいる事だし俺たちにも話してくれよ、厭なら別にいいけど……」
アキラを押しのけるように佐野が身を乗り出した。本棟で遼が日下部と口論した時にも居合わせており、全てに関わるのは当然といった顔をしている。
「大丈夫です、実は……」
紅く波立つ湖の底に黒いタールのような蟲の塊が蠢き、その中から白い骨の浮かび上がる様を遼は語った。しかし白い獣を見た事と、美月が関係しているかも知れない事実は伏せておいた。遼が話し終えると、腕を組んだアキラが佐野の前に立つ。
「そもそも俺たちがここに来る事になった経緯は、『美月荘』にキャンセルが出て冬也さんが安く泊めてくれると言ったからだ。キャンセルが出た理由……冬也さんが気にならなければと前もって念を押した時、誰も反対はしなかった」
杏子に口止めし、鳥羽山が意味ありげに言った良くない噂……。
「『人喰い湖』の噂、秋本のヴィジョンが裏付ける事になったようだな……それにこの騒ぎだ」
「素材として、面白そうだと言ったのは須刈だぜ? っと、俺も賛成したけどさ」
体裁悪そうに佐野が苦笑すると、アキラが肩をすくめた。
「ここ数年の間に『秋月湖』で四人の死体が上がり、それら全てが見るも無惨な姿をしていた事から『秋月湖』は『人喰い湖』の噂を立てられるようになった。そのために観光客は減り、犠牲者が立て続けに出た近くの小さな村は、住民が気味悪がって廃村になってしまった。冬也さんの話を聞いた時点では、そんな曰く付きの場所が興味深くもあったし、はたから信じちゃいない妖怪やら化け物やら噂の真相を確かめたくもあったが……考えを改めるべきかなぁ。秋本の見た蟲の塊とやらが、例の伝説の妖怪『魄王丸』なんだろうか?」
「それは違います」
確信を持って、きっぱりと言い切った遼にアキラは意外そうな顔をした。
「えっと……じゃあ何だ?」
「人喰いの嫌疑、『魄王丸』に掛けられてはかなわんな。あれは『蜻蛉鬼』が仕業、秋本遼は既に気付いているはずだ」
低く静かな声が、しかし明確な響きとして耳に聞こえた。
「轟木……先輩」
遼が目を向けた先で、轟木彪留が意味ありげに微笑む。
「邪気に満ちた篠宮優樹の肉体が、あの時血に汚されずに済んだのはお前のおかげだな。間に合わないかと思ったが、感謝せねばなるまい。危うく手遅れになるところだった」
「何を……言ってるんですか? 手遅れって、優樹がいったい……」
「あの強い『気』を持つ男、日下部との戦いで解っただろう? 篠宮の身中に在る破壊の衝動、そして底知れぬ力を。もしもお前が止めていなければ、篠宮の手は血で汚され、邪気は精神までも侵していた。そうなれば既に人にあらず、猛り狂う一体の……」
「一体の……?」
ごくりと、遼は息を飲んだ。自分はその答えを知っている。しかし、喉元まで出かけた言葉を発する事が出来い。心中を察するかのように、轟木が目を細めた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆轟木君は、何を知るのでしょう? そして優樹君の力の源は何か? 遼君は優樹君を守れるのかしら(笑
◆ウンチクを練り込むために次回は来週アップです。
木曜日(7月15日)の予定。
まあ〜たいしたウンチクじゃないのですが、なるべく納得のいくお話にするために努力しています。
◆資料本を読み込んでいる間、時間が止まればいいのに。
でも納得いくまで勉強してたら多分続きは書けない。在る程度は思い込みと読者の想像力に頼ります(苦笑
◆さて勘のいい人は、轟木君の正体がわかるはず(笑
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◇アキラとのやり取りの末、日下部は取り敢えず引き下がった。誰もが事態を理解できずにいたその時、轟木の発言に遼は驚かずにいられなかった。
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黙したまま優樹の手当をしていた冬也は、一通り済むと大きく息をついた。服の上からは見えない随所におびただしい内出血の跡があり、考えていたよりも多くのダメージが与えられていた事が遼にも解る。
「よくこれで、桟橋から歩いて来られたものだ。骨に異常はないが、内臓にかなりきてるはずだぞ……。まあ、若い時は色々と無茶をするものだが、私が付いていて起きた事となると田村氏に申し訳が立たないよ」
「……すみません」
冬也には隠さず経緯を話したが、やはり警察沙汰は避ける判断をしてくれた。消え入りそうな声で詫びた優樹は、俯けた顔を上げようとはしない。
「田村氏には電話でよく説明しておくよ。生来頑丈なお前の事だから明日には動けるようになるだろうが、大事を取って残りの日程二日は安静にしていろ。熱が出たらすぐに言え、その時は病院に放り込んでやる」
穏やかな口調に込められた怒りが、優樹の無茶に対してなのか日下部に対してなのか判断つきかねたが、冬也はそれ以上何も言わずに救急箱を片付けると優樹に一瞥を投げ部屋を出て行った。
「悪いが、遥斗と宙も席を外してくれ」
アキラに言われて異論を唱えようとした遥斗の背中を、佐野が押すようにしてドアの外に出す。アキラが遼の使っているベッドに腰掛けると、戻ってきた佐野もその隣に座った。轟木は窓際で腕を組み遼を見つめている。ライティングデスクの椅子を引き、遼は優樹が横になっているベッドサイドに座った。
「秋本の能力は知っているが……」
言い掛けてアキラは轟木に目を向けたが、無表情なその顔に暗黙の了解を読み取ったようだった。もしや轟木は、誰も知らない何かを知っているのだろうか? 不思議な気持ちで遼は轟木を見つめ返した。
「篠宮に冷静さを失わせた邪気か……。例の噂、湖の怪事件が関係しているのかも知れないなぁ。おまえが湖で倒れたのは気味悪いモノを見たからだと、ゆうべ篠宮から聞いてはいたが……」
「あれっ、俺は聞いてないぜ? なんだ寝不足のせいじゃなかったのか……轟木もいる事だし俺たちにも話してくれよ、厭なら別にいいけど……」
アキラを押しのけるように佐野が身を乗り出した。本棟で遼が日下部と口論した時にも居合わせており、全てに関わるのは当然といった顔をしている。
「大丈夫です、実は……」
紅く波立つ湖の底に黒いタールのような蟲の塊が蠢き、その中から白い骨の浮かび上がる様を遼は語った。しかし白い獣を見た事と、美月が関係しているかも知れない事実は伏せておいた。遼が話し終えると、腕を組んだアキラが佐野の前に立つ。
「そもそも俺たちがここに来る事になった経緯は、『美月荘』にキャンセルが出て冬也さんが安く泊めてくれると言ったからだ。キャンセルが出た理由……冬也さんが気にならなければと前もって念を押した時、誰も反対はしなかった」
杏子に口止めし、鳥羽山が意味ありげに言った良くない噂……。
「『人喰い湖』の噂、秋本のヴィジョンが裏付ける事になったようだな……それにこの騒ぎだ」
「素材として、面白そうだと言ったのは須刈だぜ? っと、俺も賛成したけどさ」
体裁悪そうに佐野が苦笑すると、アキラが肩をすくめた。
「ここ数年の間に『秋月湖』で四人の死体が上がり、それら全てが見るも無惨な姿をしていた事から『秋月湖』は『人喰い湖』の噂を立てられるようになった。そのために観光客は減り、犠牲者が立て続けに出た近くの小さな村は、住民が気味悪がって廃村になってしまった。冬也さんの話を聞いた時点では、そんな曰く付きの場所が興味深くもあったし、はたから信じちゃいない妖怪やら化け物やら噂の真相を確かめたくもあったが……考えを改めるべきかなぁ。秋本の見た蟲の塊とやらが、例の伝説の妖怪『魄王丸』なんだろうか?」
「それは違います」
確信を持って、きっぱりと言い切った遼にアキラは意外そうな顔をした。
「えっと……じゃあ何だ?」
「人喰いの嫌疑、『魄王丸』に掛けられてはかなわんな。あれは『蜻蛉鬼』が仕業、秋本遼は既に気付いているはずだ」
低く静かな声が、しかし明確な響きとして耳に聞こえた。
「轟木……先輩」
遼が目を向けた先で、轟木彪留が意味ありげに微笑む。
「邪気に満ちた篠宮優樹の肉体が、あの時血に汚されずに済んだのはお前のおかげだな。間に合わないかと思ったが、感謝せねばなるまい。危うく手遅れになるところだった」
「何を……言ってるんですか? 手遅れって、優樹がいったい……」
「あの強い『気』を持つ男、日下部との戦いで解っただろう? 篠宮の身中に在る破壊の衝動、そして底知れぬ力を。もしもお前が止めていなければ、篠宮の手は血で汚され、邪気は精神までも侵していた。そうなれば既に人にあらず、猛り狂う一体の……」
「一体の……?」
ごくりと、遼は息を飲んだ。自分はその答えを知っている。しかし、喉元まで出かけた言葉を発する事が出来い。心中を察するかのように、轟木が目を細めた。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆轟木君は、何を知るのでしょう? そして優樹君の力の源は何か? 遼君は優樹君を守れるのかしら(笑
◆ウンチクを練り込むために次回は来週アップです。
木曜日(7月15日)の予定。
まあ〜たいしたウンチクじゃないのですが、なるべく納得のいくお話にするために努力しています。
◆資料本を読み込んでいる間、時間が止まればいいのに。
でも納得いくまで勉強してたら多分続きは書けない。在る程度は思い込みと読者の想像力に頼ります(苦笑
◆さて勘のいい人は、轟木君の正体がわかるはず(笑
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