【私立叢雲学園怪奇譚・第二部〔本章〕38】
2004年6月26日 【小説】私立叢雲学園怪奇譚[第37回のあらすじ]
◇島から戻った優樹は、自分らしくない言動に戸惑っていた。遼が何かを隠しているような不安を確かめようとした時、鳥羽山が美月に絡んでいるところを目撃する。そして優樹が取った行動は……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
自分の拳を見つめ、優樹は呆然とした。否定しようとしたが、紛れもなくそれは陶酔感だった。
「やって、くれるじゃねえか……」
腹を押さえ、ようやく立ち上がった鳥羽山は、尻のポケットから取りだしたフォールディングナイフのスイッチを外した。カチリと言う小さな音がして、鋭い光が陽光を跳ね返す。右手に構えられたそれを見た優樹は、己の内なる感情がゆっくりと目覚めていくのが解った。
(……俺はこの状況を、楽しんでいるのか?)
混沌とした闇の中に、自分の中の何かが沈んでいく。意識はそれを見放し、醒めた思考が身体を支配していった。下腹部に熱が渦を巻き、背に震えが走る。
『相手は凶器を持っている、遠慮はいらない……殺してしまえ!』
耳元をかすめた風に、声を聞いた。
「なめやがって!」
ナイフを構えた鳥羽山が、体当たりの勢いで懐に飛び込んできた。が、刃先が届くよりも早く半身の構えから一歩踏み出した優樹は、瞬時にその手首を掴んで強く引く。そして勢い余り体勢を崩した鳥羽山に対して向きを変えると、腕を逆に捻り上げた。
「ひいっ!」
ミシリと、鳥羽山の上腕骨が悲鳴を上げる。しかし手を緩めることなく、優樹は左腕をフルスイングさせ仰け反った顔面に向けて肘打ちを見舞った。ぐしゃりと耳障りな音がして、血まみれの顔面を抑えもんどり打って倒れ込んだ鳥羽山の背を、なおも優樹は勢いよく踏みつける。
「いやあっ! お願い、もう止めて! 優樹、優樹! 聞こえないのっ?」
杏子が悲鳴をあげた。が、意味のない雑音でしかなかった。
「だから、てめぇの敵う相手じゃねえと忠告したんだがなぁ……。ナイフなんか出すから気がでかくなっちまったようだ、馬鹿者が」
からかうような男の声に優樹が向き直ると、にやついた顔の日下部の姿がそこにあった。
初めて目の当たりにした優樹の暴力……。遼はそれを止められなかった自分を責めた。優樹が走り出した時、「行くな!」と叫んだ。これは何者かの意思による罠だと感じたからだった。普通ならば、チンピラの挑発に乗るような優樹ではない。だが、冷静な判断力をねじ曲げる要因が、そこにあった。……美月だ。
杏子が悲鳴を上げるまで、呆然と見ている事しかできなかった。正確には止める間もないほどの素早い動作で、気が付いた時は既に鳥羽山は地面に突っ伏し、流れ出したおびただしい血が砂に黒く染み込んでいた。口腔内を満たす苦い唾液を飲み込み、深く息を吸う。力では敵わないと解っていたが、何としても優樹を抑えなくてはならないと覚悟した時、日下部の声がした。
両手をパンツのポケットに突っ込んだまま、日下部は鳥羽山を醒めた目で暫く見下ろしていた。が、意外なほど明るい笑顔で顔を上げる。
「すまねぇが、その足をどかしちゃくれねぇかな? やりすぎは、お前のためにならねぇぜ? しかし、まあ……このままじゃおさまらねぇってツラしてるが」
ポケットから手を出し、上着を脱いで草むらに放った日下部に、遼はさらなる危機感を感じとった。
「……ナイフを出して先に襲いかかってきたのは鳥羽山さんですが、優樹もやり過ぎました。後でお詫びに伺いますから、取り急ぎ鳥羽山さんを病院に連れて行って貰えませんか?」
にこやかに、日下部は遼に向き直る。
「心配いらねぇよ、鳥羽山は鼻の骨を折るのに慣れてんだ。鉄砲玉だからなぁ、後先考えやしねぇ……。それより、お友達の心配をした方がいいぜ? 目の色が、変わっちまってる。だから、忠告してやったのになぁ」
その、いかにも嬉しそうな顔に遼は怒りが込み上げた。
「……忠告、だと?」
「そうよ、言ったはずだぜ……この坊やの強さは諸刃の剣だってな。鳥羽山は、この優樹ってガキの中にある殺意に脅えたのさ。だからナイフを持ち出した……臆病モンにありがちな行動だ」
「優樹は、殺意なんか持っていない」
「まぁだ、そんな事言ってんのか? 見ただろう? この坊やは底の知れねぇ憎悪と殺意を腹のナカに抱えていやがるのさ。おまえ、本当は思い当たる事があるんじゃねぇのか? どうもそんな感じがするんだがなぁ……」
「あんたには、関係ない! 優樹に近づくなっ!」
遼の叫びを無視して、日下部は優樹と向かい合った。優樹は足下の鳥羽山に踵で蹴りを入れてから、煽るように日下部を見据える。
「近づくな……ってか? そうはいかねぇよ、俺も可愛い舎弟のために一発くらいは礼をしたいんでねっ!」
言うなり日下部は、目にも留まらぬ早さで左拳を繰り出した。拳は鈍い音を立てて右頬にめり込み、衝撃で優樹は後ろに弾き飛んだ。 どさりと、いう音と共に土埃が舞い上がる。瞬時に日下部は体制を整え、胸に両拳を構えたスタイルで軽く身体を揺らしている。そのリズムカルな動きに、遼は察した。
「ボクシング……」
「ビンゴ! 5年前まで現役だったんだぜ? まあ、あの坊やが本気で掛かってきたとしても俺には勝てねぇよ、サウスポーにも慣れちゃいねぇだろうしな……しかし、もう二・三発くらわねぇと諦められないようだが」
日下部が顎で示した方に遼が目を向けると、優樹がゆっくりと立ち上がるところだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆続きは来週火曜日(6/26)の予定です。
★ご意見ご感想はこちらの掲示板にどうぞ!
「一部」改訂版もご覧になれます。
「MURAKUMO」
http://mypage.odn.ne.jp/home/kazatoyou
◆hotmail:youkazato@hotmail.com
でも、お気軽に。MSNメッセアドにもなっています。
◇島から戻った優樹は、自分らしくない言動に戸惑っていた。遼が何かを隠しているような不安を確かめようとした時、鳥羽山が美月に絡んでいるところを目撃する。そして優樹が取った行動は……。
:::::::::::::::::::::::::::::
<本文>
自分の拳を見つめ、優樹は呆然とした。否定しようとしたが、紛れもなくそれは陶酔感だった。
「やって、くれるじゃねえか……」
腹を押さえ、ようやく立ち上がった鳥羽山は、尻のポケットから取りだしたフォールディングナイフのスイッチを外した。カチリと言う小さな音がして、鋭い光が陽光を跳ね返す。右手に構えられたそれを見た優樹は、己の内なる感情がゆっくりと目覚めていくのが解った。
(……俺はこの状況を、楽しんでいるのか?)
混沌とした闇の中に、自分の中の何かが沈んでいく。意識はそれを見放し、醒めた思考が身体を支配していった。下腹部に熱が渦を巻き、背に震えが走る。
『相手は凶器を持っている、遠慮はいらない……殺してしまえ!』
耳元をかすめた風に、声を聞いた。
「なめやがって!」
ナイフを構えた鳥羽山が、体当たりの勢いで懐に飛び込んできた。が、刃先が届くよりも早く半身の構えから一歩踏み出した優樹は、瞬時にその手首を掴んで強く引く。そして勢い余り体勢を崩した鳥羽山に対して向きを変えると、腕を逆に捻り上げた。
「ひいっ!」
ミシリと、鳥羽山の上腕骨が悲鳴を上げる。しかし手を緩めることなく、優樹は左腕をフルスイングさせ仰け反った顔面に向けて肘打ちを見舞った。ぐしゃりと耳障りな音がして、血まみれの顔面を抑えもんどり打って倒れ込んだ鳥羽山の背を、なおも優樹は勢いよく踏みつける。
「いやあっ! お願い、もう止めて! 優樹、優樹! 聞こえないのっ?」
杏子が悲鳴をあげた。が、意味のない雑音でしかなかった。
「だから、てめぇの敵う相手じゃねえと忠告したんだがなぁ……。ナイフなんか出すから気がでかくなっちまったようだ、馬鹿者が」
からかうような男の声に優樹が向き直ると、にやついた顔の日下部の姿がそこにあった。
初めて目の当たりにした優樹の暴力……。遼はそれを止められなかった自分を責めた。優樹が走り出した時、「行くな!」と叫んだ。これは何者かの意思による罠だと感じたからだった。普通ならば、チンピラの挑発に乗るような優樹ではない。だが、冷静な判断力をねじ曲げる要因が、そこにあった。……美月だ。
杏子が悲鳴を上げるまで、呆然と見ている事しかできなかった。正確には止める間もないほどの素早い動作で、気が付いた時は既に鳥羽山は地面に突っ伏し、流れ出したおびただしい血が砂に黒く染み込んでいた。口腔内を満たす苦い唾液を飲み込み、深く息を吸う。力では敵わないと解っていたが、何としても優樹を抑えなくてはならないと覚悟した時、日下部の声がした。
両手をパンツのポケットに突っ込んだまま、日下部は鳥羽山を醒めた目で暫く見下ろしていた。が、意外なほど明るい笑顔で顔を上げる。
「すまねぇが、その足をどかしちゃくれねぇかな? やりすぎは、お前のためにならねぇぜ? しかし、まあ……このままじゃおさまらねぇってツラしてるが」
ポケットから手を出し、上着を脱いで草むらに放った日下部に、遼はさらなる危機感を感じとった。
「……ナイフを出して先に襲いかかってきたのは鳥羽山さんですが、優樹もやり過ぎました。後でお詫びに伺いますから、取り急ぎ鳥羽山さんを病院に連れて行って貰えませんか?」
にこやかに、日下部は遼に向き直る。
「心配いらねぇよ、鳥羽山は鼻の骨を折るのに慣れてんだ。鉄砲玉だからなぁ、後先考えやしねぇ……。それより、お友達の心配をした方がいいぜ? 目の色が、変わっちまってる。だから、忠告してやったのになぁ」
その、いかにも嬉しそうな顔に遼は怒りが込み上げた。
「……忠告、だと?」
「そうよ、言ったはずだぜ……この坊やの強さは諸刃の剣だってな。鳥羽山は、この優樹ってガキの中にある殺意に脅えたのさ。だからナイフを持ち出した……臆病モンにありがちな行動だ」
「優樹は、殺意なんか持っていない」
「まぁだ、そんな事言ってんのか? 見ただろう? この坊やは底の知れねぇ憎悪と殺意を腹のナカに抱えていやがるのさ。おまえ、本当は思い当たる事があるんじゃねぇのか? どうもそんな感じがするんだがなぁ……」
「あんたには、関係ない! 優樹に近づくなっ!」
遼の叫びを無視して、日下部は優樹と向かい合った。優樹は足下の鳥羽山に踵で蹴りを入れてから、煽るように日下部を見据える。
「近づくな……ってか? そうはいかねぇよ、俺も可愛い舎弟のために一発くらいは礼をしたいんでねっ!」
言うなり日下部は、目にも留まらぬ早さで左拳を繰り出した。拳は鈍い音を立てて右頬にめり込み、衝撃で優樹は後ろに弾き飛んだ。 どさりと、いう音と共に土埃が舞い上がる。瞬時に日下部は体制を整え、胸に両拳を構えたスタイルで軽く身体を揺らしている。そのリズムカルな動きに、遼は察した。
「ボクシング……」
「ビンゴ! 5年前まで現役だったんだぜ? まあ、あの坊やが本気で掛かってきたとしても俺には勝てねぇよ、サウスポーにも慣れちゃいねぇだろうしな……しかし、もう二・三発くらわねぇと諦められないようだが」
日下部が顎で示した方に遼が目を向けると、優樹がゆっくりと立ち上がるところだった。
:::::::::::::::::::::::::::::
◆続きは来週火曜日(6/26)の予定です。
★ご意見ご感想はこちらの掲示板にどうぞ!
「一部」改訂版もご覧になれます。
「MURAKUMO」
http://mypage.odn.ne.jp/home/kazatoyou
◆hotmail:youkazato@hotmail.com
でも、お気軽に。MSNメッセアドにもなっています。
コメント