[第35回のあらすじ]
◇洞窟の中にある小さな祠には、8年前この島で死体が見つかった郷田の恋人を弔う花が供えてあった。猟奇的な死に方をしたその恋人に、島の伝説は関係あるのだろうか?

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<本文>

 マゴタロウムシの話に興味はひかれたが、これ以上杏子を泣かせる話は避けて遼は美月に別の話題を振った。
「郷田君は、ここにいるのが辛いからってフランスへ料理の勉強に行ってしまったわ。出発の日、私は郷田君に何年かかってもいいから帰ってきて欲しいと言った……。彼は解らないと答えたけれど、また帰ってきてくれたわ。そして再び『美月荘』で働いてくれる事になった。嬉しかった……」
 そう言って寂しげに微笑んだ美月は、もしや郷田を愛しているのかも知れないと遼は思い至った。それならば、あの影の正体も納得できる。叶わぬ思慕の念が、妖しい影となって美月を取り巻いているだけなのだろう。今までも何度か邪念や情念を持つ人間の、黒い霞のような影を見た事があった。しかし、大抵それらは害のないもので心配には及ばない。遼は内心ホッとしていた。危うく疑うところだったのだ、美月の影に邪気が潜んでいるのではないかと……。
「その話、今の彼女は知ってるんですか?」
「優樹、これ以上立ち入った話は……」
 相変わらずの遠慮無い質問をする優樹に遼は慌てたが、意外にも美月は待っていたかのように笑みを浮かべた。
「及川さんの事ね? 彼女は大学のテニスサークルで『美月荘』に来てから、すっかりこの湖が気に入って夏休み事にアルバイトに来てくれるようになったの。だから当然、噂話は耳に入ったわ……。郷田君が帰ってきてからは同情心で色々世話を焼いていたらしいけど、いつしか彼は及川さんを心の支えにするようになった。なぜ……私ではダメだったのかしら? 私なら、彼のために何でも出来るのに……私が一番彼の事を解っているのに……。彼に必要なのは……あの女じゃない」
 ざわりと、湖の波立つ気配がした。美月は質問をした優樹ではなく、真っ直ぐ遼を見つめている。その瞳を見返し身を固くした遼の足下に、ざわざわとしたおぞましさが集まってくるのが解った。息を飲み、下を見たが何も見えない。しかしそれは、ふくらはぎから膝へ、腿から腰へ、背中から項へと、細い糸のように絡まり合いながら肌を這い登ってくるのだ。ちりちりと皮膚が焼けるような感覚。目に見えない数多の蟲が、まさに表皮を食い破り身体の奥深くへ入り込もうとしている。
(う……ああっ、厭……だ、優樹!)
 声を発する事も、指一本動かす事も出来ない。喉がざらつき、意識が薄らいだ。
「遼!」
 鋭い声が発せられた瞬間、邪気は霧散し、掻き消えた。
「優……樹」
「遼、大丈夫か? 急に人形みたいに固まって、見る間に顔が真っ青になっちまったから……何か、見えたのか?」
 気付けば、優樹の腕が遼の身体を抱きとめていた。今、感じていたおぞましさは微塵もなく、暖かな安堵感が全身を浄化していく。
「違う……んだ……、優樹」
 やはり、あれは邪気だ。それも得体の知れない強い力を持っている……。
「ごめんなさい、やはりここに来るべきじゃなかったわ。遼君、体調が悪そうだったのに……」
「いえ、僕が来たいと言ったんです。お気遣い、いりません」
 疑念の意思を込めた睨む様な視線を、美月はするりとかわして優樹に向き直った。
「……もうお昼になるわね、そろそろ帰りましょうか? 下りる時は簡単だけど、この崖を登るのは少し大変なの……優樹君、手を貸してくれないかしら?」
「あっ、はい!」
 踵を返し下りてきた岩場に向かう美月に先立つため、優樹が走り出そうとした。が、その腕を遼が掴む。
「あの人に……近付いたらダメだ、優樹。美月さんには、危ない何かが取り憑いている」
 優樹は怪訝そうな顔で振り返り、掴まれた腕を振りほどいた。
「さっきの言い方もそうだけど、なんか、らしくねぇよ……遼。おまえ、やっぱり疲れてるんだよ昨日の事で。美月さんを、そんな風に言うのは厭だな」
「……優樹」
 全身に冷水を浴びたような衝撃だった。
(信じてくれないのか? 僕の言う事を?)
 目に見える証拠は何もなく、説明する事は難しい。だが、優樹は遼の言葉を迷うことなく信じてくれると思っていた。先に崖を登り、美月の腕を取って引き上げる優樹を霞のような邪気が取り巻いている。今はまだ、優樹の気に弾かれ遠巻きに漂っているが、つけいる隙を狙っているのが解るのだ。
 崖を登り切り、美月が遼を見て微笑んだ。湧き上がる怒りに似た気持ちで唇を噛む。
「あたし達も行こっ! 遼くん……遼くん?」
 杏子の声が、遠くから聞こえるような気がした。

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◆有言不実行が多い「かざと」ですが、ちゃんと2回アップしました(笑
いやぁ、プライベートで凹みまして、ナイロンザイルと思っていたあたしの神経が、意外と細い事が判明。飯が喉を通らないなんて事、滅多にないのですが。

◆そんな経験を活かして(?)
何だか美月さんが、妖しい女に。優樹君は大丈夫なんでしょうか? 杏子ちゃんも気になりますが、優樹君も守らなくちゃいけない遼君です(笑
姿無き『魄王丸』、どんなかたちで登場するかしら?

◆来週も2回あげられるようにがんばります。

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