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<本文>

 昨夜のまとわりつく様な、重く、濃い霧とうってかわり、ブナ林から白樺並木と続く湖沿いの道に立ちこめた朝靄は清々しかった。海の近くで生まれ育った優樹にとって高原の空気は、より強い自然の息づかいを感じさせてくれる。
 ベッドに入らずリビングで雑魚寝している先輩達を起こさないようにコテージを出たのは夜が明けてすぐの時間だったが、ロードワークで湖を一周する頃にはすっかり顔を出した朝日が湖面をきらきらと輝かせる時間になり、身体は気持ちよく汗ばんでいた。木立に掛かった薄いベールも既に消えている。
 山荘の赤い屋根が林の間に見えてきた頃、湖畔に立つ人影を見つけて優樹は足を止めた。走る姿に気付いていたのだろう、その人物が片手を上げる。
「おはよう、優樹君。」
「……おはようございます、轟木先輩。」
 水際の砂地に立っていた轟木彪留(とどろき たける)は、クマザサをかき分けて優樹のいる場所まであがってきた。
「湖の全周は6キロから7キロあると聞いたけど、一周したのか?」
「ええ、まだみんな寝てるから、もう一周しようかと思ってたとこです。」
「相変わらずタフだな。」
 そう言うと彪留は、眼鏡の奥にある知的な目を細めて静かな笑みを浮かべた。
 優樹はもの静かな学識者であるこの先輩が、少し苦手だった。彪留は理学部部長を務めながらも各分野の見識が広く、大学も一流と言われるところにストレートで合格している。しかし奢ったところはかけらもなく、むしろ控えめであった。高校時代、理学部がコンピューター好きの部員に占領され居心地が悪いと言ってアキラのもとに良く顔を出していたが、大抵は隅で本を読んでいて優樹は存在に気付かなかった事さえある。
 ところが、どうやら遼とは気が合うらしく時々なにやら白熱した論議を闘わせていることがあった。何を論じているかさえ優樹にはさっぱり解らなかったのだが、常に遼の方が論破されて落ち込んでいたようだ。
「先輩だけ随分と早起きですね、アキラ先輩も佐野先輩も当分起きそうじゃなかった。」
 彪留は大きく伸びをすると、深呼吸するように両手を広げた。
「高原の朝を満喫しないのはもったいない。と、言っても実は昨夜早々に自分は面子から外されてしまったんだ。それで仕方なく先に寝たんだけど、代わりに緒永さんのお父さんが呼ばれたようだったな。やれやれ、せっかく奴等をカモにしようと思っていたのに、もっと手加減するんだった。」
 真面目な顔で言われて、優樹は困惑の表情を浮かべる。すると彪留が面白そうに笑った。
「ここは一言突っ込みを入れてもらいたかったんだが……君らしい反応だ。そう言えばあまり話したことがなかったから困るのも道理か。」
「えっ、あ、すいません。」
「謝ることはないよ。」
 静かで低い、落ち着きのある声。威圧的ではないが、何故か抗い難い魅力のある声だ。
「あの、俺はまだロードワークの途中だから……。」
 居心地の悪さを感じて、優樹は踵を返す。
「ああ、引き止めて悪かったね。ところで湖の周りを一周した君に聞きたいことがあるんだけど、あの中島に渡れるようなボート乗り場を見なかったかい?」
「ボート乗り場ですか? ……そう言えばこの少し先に桟橋があってボートが繋がれてましたよ。小型のモーターボートでした。」
「そうか、ありがとう。中島に渡れるか緒永さんに聞いてみるよ。」
「中島に渡りたいんですか?」
 優樹は再び向き直り、何となく聞いてみた。
「あの中島の祠には、面白い経緯があるらしいんだ。実は考古学者になるのが俺の夢でね、伝説や伝奇に謂われのある史跡が好きなんだよ。」
「えっと、それはその……。」
 彪留は大学で、経済学部に在籍しているはずである。どう答えたらいいのか解らず複雑な顔をすると、
「これは本当の話、突っ込んでくれなくても結構。」
 彪留がにっこりと微笑んだ。優樹は照れたように笑い返し、ロードワークに戻った。

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◆最近ネットで遊んでばかりいて、作品が進まない。反省。
出来れば一日おきのペースで載せたいところです。どんどん構想がまとまってきたから、がんばらなきゃ。

◆読者様も増えてくださり嬉しい限り。ちゃんと感想を戴くためには完結が一番。二部完結、5月くらいが目安です。平行して三部の構想も考え中。フルキャラクターで、賑やかにやりたいところですが、うーん、まとまり付かないかな?

◆バレンタイン番外、本家ページに13日夜にアップ予定です。かなり短い掛け合いコント仕立て。誰が出るかはお楽しみ。裏番外ではないので期待はしないでね(笑

◆アキラの裏番外書いてる場合じゃないや。本編ざくざく書いて、ドムドムとアップします。(出典解る?・笑)

◆第一部・全文アップ!番外編も掲載してありなす。(なお裏番外は腐女子的内容のためパスワード制です、ごめんなさい。興味があるかたはメールで問い合わせてください。ホームページ・掲示板からメールで問い合わせできます)

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(二部VOL1・掲載しました)

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