◆本文中、ダークな部分があります。苦手な方はご注意ください。

〔本文〕

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 横浜市に入り、車は朝比奈インターチェンジで高速を降りた。鬼龍家には戻らず、そのまま鎌倉近くにある篠宮邸に向かうためだ。
 篠宮家は明治維新後に海運業で一財を成し、戦後は占領軍との取引に成功して海運王の名を冠した財閥である。商家の家柄だが鬼龍家とは深い繋がりがあり、一年前に両親を亡くした将隆の後見人を引き受けることになった。
 現総帥の篠宮剛士朗(しのみや ごうしろう)は、篠宮財閥を二十八歳の若さで継ぎ数年後には企業グループを世界に拡大したやり手である。しかし七十八歳の現在は、企業経営に携わらず将隆と康則が在籍する『私立叢雲学園・横浜校』の理事長を務めていた。これは教育現場に熱意を注ぎ、日本の未来を担う人材を育成したいという理念からと聞いている。
 雨に洗われ色鮮やかになった新緑のトンネルを抜け、高台へと車を走らせるとそこに一九世紀末の有名なオランダ人建築家がデザインした美麗な洋館が建っていた。
 高い塀に囲まれた広い敷地。正門で厳重な確認をとられ、ようやく屋敷前に止まった車を降りた途端、康則の肺に清々しい空気が流れ込む。明るく澄んだ青空を見上げると、数時間前の出来事が現実感の無いものに思われた。
 無造作にタオルケットをシートに放り、将隆は『鬼斬りの刀』を掴むと屋敷に入った。タオルを手に屋敷玄関前で出迎えていたメイドは完全に無視しされ、エントランス・ホールを足早に抜けて正面階段を駆け上がる将隆を慌てて追いかける。
「将隆さま、お召し替えを!」
 車中を暖房していても、一時間で着衣は乾かない。篠宮家に仕える者としては、袖口や裾から水を滴らせたままで将隆を、主人の前に出すわけにはいかないのだろう。
 階段を上りきる手前で突然、将隆は足を止めると階上を見上げた。
「お疲れ様でした、将隆さん」
 海を渡る風のように心地よく、心の琴線に触れるような響きのある声。階上に立つ人物は、パールの光沢を持つ白いシルクシャツと薄い桜色のフレアスカートを纏った一輪の百合のような女性だった。
「朱羅か……翁はどこにいる? まだ寝ているとは言わせない」
「お爺さまなら執務室にいらっしゃいます、ご案内しましょう」
 篠宮朱羅(しのみや しゅら)は、挑戦的な将隆の視線を優美な笑顔でかわした。
 圧倒的な存在感で、見る者すべてを魅了する白百合『カサブランカ』。気高く美しい朱羅には、そんな形容が相応しいと康則は思う。留学していたイギリスの大学を今年卒業し、現在は国内でも上位三校にあげられる私立大学大学院で経済学を学ぶ才媛。篠宮剛士朗が最も愛する孫娘である。
 踵を返した朱羅の、絹糸のような長い髪が宙に舞う。その優雅な姿に気後れし、康則は階下で身動きが出来ない。
「何をしている康則、おまえも来い!」
「あっ……はい!」
 将隆に苛ついた口調で一喝され、ようやく康則は呪縛から解放された。萎縮する必要は無い、格式を問うなら篠宮家より鬼龍家の方が上になるのだ。
 とはいえ篠宮家当主を『翁(おう)』と呼び、朱羅を呼び捨てにする将隆の態度は若輩の身をわきまえない尊大さである。しかし篠宮剛士朗は将隆を気に入っている様子で、生活面から学業、面倒な仕事の段取りなど細かく配慮してくれるのだった。内心で将隆が、剛士朗に畏敬の念を抱いていると解るからだろう。
 双方の関係は上手くいっている。ところが今日の将隆は、篠宮邸が近付くにつれ次第に不機嫌になっていった。朱羅に続く足取りから、表情を伺うまでもなく抑えた怒りが読み取れるのだ。原因は自分に違いないと、憂鬱になりながら康則は深く溜息をついた。
 昨夜の仕事は、首尾が悪かった。予定以上に時間を費やし、不覚にも『六道部隊』の手を借りることになった。鬼龍家の行う特殊な使命ごと後ろ盾になった篠宮家に、将隆は報告の義務がある。今回の不手際が問われることになれば、康則の責任だ。将隆の露払いに指名され、康則は十三才で家族との縁を切った。鬼龍家の体面を曇らせては、誇らしげに送り出してくれた父の期待を裏切ることになる。
 しかし何より康則が恐れるのは、責務を果たせず将隆の信頼を失うことだった。

〔つづく〕

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◆2ヶ月も更新できませんでした。
 ごめんなさい。しかし、読んでくれている人がいるのか? やはり最後まで書くのは孤独な作業です(TT)

◆それでも
 書けなかった間、「あんなシーンを書きたい」「こんなシーンを書きたい」と妄想はふくらむばかり(笑) この勢いで書ききることが出来ると良いのですが。

◆新キャラも増えました
 怪人物「篠宮 剛士朗」、華のある美女「篠宮 朱羅」、謎めいた秘書「真壁 桂」。康則くんの気苦労は増えるばかり(笑) 誰が敵か、誰が味方か、予想してみてくださいね。

◆次回更新は
 6月7日の予定です。 

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