【鬼、御する者 その透徹なる瞳を[朱羅の章]】6
2006年4月6日 【更新版「鬼、御する者」】◆本文中、ダークな部分があります。苦手な方はご注意ください。
〔本文〕
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道路清掃車と入れ替わりに、中型の黒いバンが音もなく路地に滑り込んでくるとオート・スライドドアーが開いた。ハイブリット・カーとはいえ、ここまで気配を消して近付いて来れるのは運転者の技術だ。
将隆は後ろも見ずに『鬼斬りの刀』を持って乗り込んだが、康則は最後に現場を確認してから後に続く。気持ちよく暖房の効いた車内には、厚手のタオルケットが用意されていた。
「将隆さま、着替えの用意もありますが?」
運転席のシート越しに顔を覗かせ、二十歳代前半の快活そうな女性が尋ねる。するとタオルケットにくるまりシートに沈み込んでいた将隆は、面倒だというように眉を寄せた。
「必要ない」
その返事に室井維吹希(むろい いぶき)は、困っているのか呆れているのか解らない曖昧な笑みを浮かべた。
「着替えた方が良いと思いますよ、将隆さま」
鬼龍家の雑務を預かる維吹希は将隆の専属運転手でもあり健康管理も任されているため、体調不良を招けば責任問題である。しかし目を閉じたままで将隆は、維吹希の言葉を無視していた。
「まったく……風邪を引いても知りませんからね。康則くんはどうする?」
「俺も、このままでいいですよ」
主人が必要ないと言うのに、自分が着替えるわけにはいかない。それに緊張から解放されて、もう指一本動かすのさえ億劫だった。『六道部隊』の前で平静に見えた将隆も、康則と維吹希だけになって気が緩んだらしく疲れた顔をしている。
将隆と康則の扱いに慣れている維吹希は、言うだけ無駄と諦めたのだろう、小さく溜め息をつくと肩をすくめてみせた。
車は現場を離れ、表通りに出ると首都高速4号線に向かう。新宿から横浜まで、この時間帯ならば一時間も掛からないはずだ。
「二人ともコーヒーは? ポットに熱いのがあるわよ」
赤信号で車を止めたタイミングに、維吹希が助手席から大型のステンレスボトルを後部座席に差し出した。体温は戻りつつあったが、精神的な疲れを癒してくれる熱いコーヒーは有り難い。現場を離れる時、コインパークに設置されていた自動販売機でホットコーヒーを探したが、季節がらアイスしか無く残念に思っていたのだ。
「いかがですか? 将隆さま」
ポットとカップを受け取り、起きているのか眠っているのか解らない将隆に声を掛ける。
「……いらない。康則、肩を貸せ」
将隆は康則の肩に頭を預け、すぐに寝息を立て始めた。康則は、ゆっくりとした動作でポットを足下に置き姿勢を正す。
「あぁ……もう、康則くんだって疲れてるのに。相変わらず将隆さまは……」
「心配してくれてありがとうございます、でも俺なら疲れていませんよ」
維吹希の言葉を、康則は意図的に遮った。維吹希は相手が将隆であろうと、遠慮無く言いたいことを言う。鬼龍家の執事である鈴城が、どれだけ諫めようとも態度を変えないのだ。将隆は気に止めていないようだが、側にいる康則の方が落ち着かない。寝息を立てていても、将隆が聞いているかもしれなかった。
「若いくせに苦労性だね、康則くんは」
その言葉を聞いて康則は、ミラーに映る維吹希に苦笑した。
湾岸沿いの高速を走る車が横浜に差し掛かる頃、雨の止んだ東京湾の空は霞んだ茜色に染まり始めた。水気を含んだ大気に滲み、歪んだ楕円型になった太陽が闇を押しのけながらゆっくりと登ってくる。身軽になった雨雲は裾を金色に染め、やがて気温の上昇にあわせて細くたなびくように消えていった。風が湿気を吹き払うと、太陽の光は東京湾上のさざ波を金の粉を散らしたように煌めかせる。
「美しいな……」
呟いた声は将隆だった。いつ起きたのか、無表情に窓の外を眺めている。
残酷な現実に対峙し、人間らしさが疲弊していくことが恐ろしい。人道的な意義を持つはずの鬼狩りが、今やただの殺戮と成り果てている。はたして美しい物を美しいと感じる心を、我々は失わないでいられるのだろうか。
「はい、将隆さま」
応えながら康則は、己の存在意義に疑問を持たずにはいられなかった。
[つづく]
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◆体調不良から更新がまた遅れました(TT)
いやぁ、参りました。この年になってオタフクですって! もうね、右の耳下腺がぱんぱんに腫れて痛いのなんの……。何より困るのは、この姿で外に出るのが恥ずかしいって事です。夕飯の買い物ができないじゃん。
◆お話はここまでが序章になります。次回から、将隆と康則の今後に関わる人物が登場。きな臭い展開になっていきます。
体調不良で書き溜が出来なかったので、更新は一回お休みさせてください。
「第7話」は、4月17日更新予定です。
ここまでの感想を、よろしければこちらからお願いいたします。
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励みになります。
〔本文〕
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道路清掃車と入れ替わりに、中型の黒いバンが音もなく路地に滑り込んでくるとオート・スライドドアーが開いた。ハイブリット・カーとはいえ、ここまで気配を消して近付いて来れるのは運転者の技術だ。
将隆は後ろも見ずに『鬼斬りの刀』を持って乗り込んだが、康則は最後に現場を確認してから後に続く。気持ちよく暖房の効いた車内には、厚手のタオルケットが用意されていた。
「将隆さま、着替えの用意もありますが?」
運転席のシート越しに顔を覗かせ、二十歳代前半の快活そうな女性が尋ねる。するとタオルケットにくるまりシートに沈み込んでいた将隆は、面倒だというように眉を寄せた。
「必要ない」
その返事に室井維吹希(むろい いぶき)は、困っているのか呆れているのか解らない曖昧な笑みを浮かべた。
「着替えた方が良いと思いますよ、将隆さま」
鬼龍家の雑務を預かる維吹希は将隆の専属運転手でもあり健康管理も任されているため、体調不良を招けば責任問題である。しかし目を閉じたままで将隆は、維吹希の言葉を無視していた。
「まったく……風邪を引いても知りませんからね。康則くんはどうする?」
「俺も、このままでいいですよ」
主人が必要ないと言うのに、自分が着替えるわけにはいかない。それに緊張から解放されて、もう指一本動かすのさえ億劫だった。『六道部隊』の前で平静に見えた将隆も、康則と維吹希だけになって気が緩んだらしく疲れた顔をしている。
将隆と康則の扱いに慣れている維吹希は、言うだけ無駄と諦めたのだろう、小さく溜め息をつくと肩をすくめてみせた。
車は現場を離れ、表通りに出ると首都高速4号線に向かう。新宿から横浜まで、この時間帯ならば一時間も掛からないはずだ。
「二人ともコーヒーは? ポットに熱いのがあるわよ」
赤信号で車を止めたタイミングに、維吹希が助手席から大型のステンレスボトルを後部座席に差し出した。体温は戻りつつあったが、精神的な疲れを癒してくれる熱いコーヒーは有り難い。現場を離れる時、コインパークに設置されていた自動販売機でホットコーヒーを探したが、季節がらアイスしか無く残念に思っていたのだ。
「いかがですか? 将隆さま」
ポットとカップを受け取り、起きているのか眠っているのか解らない将隆に声を掛ける。
「……いらない。康則、肩を貸せ」
将隆は康則の肩に頭を預け、すぐに寝息を立て始めた。康則は、ゆっくりとした動作でポットを足下に置き姿勢を正す。
「あぁ……もう、康則くんだって疲れてるのに。相変わらず将隆さまは……」
「心配してくれてありがとうございます、でも俺なら疲れていませんよ」
維吹希の言葉を、康則は意図的に遮った。維吹希は相手が将隆であろうと、遠慮無く言いたいことを言う。鬼龍家の執事である鈴城が、どれだけ諫めようとも態度を変えないのだ。将隆は気に止めていないようだが、側にいる康則の方が落ち着かない。寝息を立てていても、将隆が聞いているかもしれなかった。
「若いくせに苦労性だね、康則くんは」
その言葉を聞いて康則は、ミラーに映る維吹希に苦笑した。
湾岸沿いの高速を走る車が横浜に差し掛かる頃、雨の止んだ東京湾の空は霞んだ茜色に染まり始めた。水気を含んだ大気に滲み、歪んだ楕円型になった太陽が闇を押しのけながらゆっくりと登ってくる。身軽になった雨雲は裾を金色に染め、やがて気温の上昇にあわせて細くたなびくように消えていった。風が湿気を吹き払うと、太陽の光は東京湾上のさざ波を金の粉を散らしたように煌めかせる。
「美しいな……」
呟いた声は将隆だった。いつ起きたのか、無表情に窓の外を眺めている。
残酷な現実に対峙し、人間らしさが疲弊していくことが恐ろしい。人道的な意義を持つはずの鬼狩りが、今やただの殺戮と成り果てている。はたして美しい物を美しいと感じる心を、我々は失わないでいられるのだろうか。
「はい、将隆さま」
応えながら康則は、己の存在意義に疑問を持たずにはいられなかった。
[つづく]
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◆体調不良から更新がまた遅れました(TT)
いやぁ、参りました。この年になってオタフクですって! もうね、右の耳下腺がぱんぱんに腫れて痛いのなんの……。何より困るのは、この姿で外に出るのが恥ずかしいって事です。夕飯の買い物ができないじゃん。
◆お話はここまでが序章になります。次回から、将隆と康則の今後に関わる人物が登場。きな臭い展開になっていきます。
体調不良で書き溜が出来なかったので、更新は一回お休みさせてください。
「第7話」は、4月17日更新予定です。
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