【鬼、御する者 その透徹なる瞳を[朱羅の章]】2
2006年3月7日 【更新版「鬼、御する者」】◆本文中、ダークな部分があります。苦手な方はご注意ください。
〔本文〕
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「ちっ、何処に隠れていた!」
身の丈二メートルはあろう影は、息の掛かるほどの距離で康則に覆い被さる。雨に濡れた薄いランニングシャツの下に、大きく上下する岩のような大胸筋。剛毛に覆われ、隆々と盛り上がった上腕二頭筋。節の浮き出た太い指先に伸びる長い爪。錆色の髪。落ち窪んだ眼窩の中、朱く血走り濁った虹彩の中央に開いた瞳孔は、禍々しい輝きを放っている。
そして、眉間に突き出た二本の角。
一本は根本の太さが三センチほどあり、天を突くように上方へ十センチほど反り上がっていた。その下にある直径二センチ・長さ五センチほどの小振りな角は、斜め上方に真っ直ぐ突き出している。唸りをあげ、捲り上がった上唇から肉食獣に似た牙を剥く、紛れもない鬼の姿。
近すぎる間合いに、身動きがとれない。だが康則が顔をしかめ、小さく息を吐いた理由は別にあった。饐えた体臭と混じり合い鼻腔をつく安物のフレグランスは、獣臭を誤魔化すにはどうやら役不足らしい。接近戦をするたびに、吐き気を抑えるのが一苦労だ。
「下がれ、康則!」
将隆の鋭い声が発せられ、瞬時に左後方へ跳んだ康則の前に『二角鬼童子』が倒れ込んむ。ザックリと裂けた右肩口から噴水のように吹き上げる血飛沫が、雨と混じり合って白煙を上げ刺激臭を作り出した。鬼の血には毒性があり、強酸のようにあらゆる物質を溶かす。はねた血が僅かに付着したスラックスの裾は、火を近付けた化繊のように穴が空いてしまった。
完全に『業苦の鬼』を倒すには、『鬼斬りの刀』で角を断たなくてはならない。
『二角鬼童子』は水溜まりに浸かった顔面をゆっくりと持ち上げ、不安定な右腕で上体を支えた。裂けた肩口から、既に血は流れていない。傷口は熟した石榴(ザクロ)の実のような粒状の細胞に埋め尽くされ、瞬く間に再生してしまったのだ。
白く眩い閃光が闇を裂き、雷鳴の大音響が大気を震撼させた。『二角鬼童子』は仁王立ちになると将隆に向かい合い、残忍に口元を歪める。しかし殺意を剥き出す『二角鬼童子』には目も呉れず、将隆は目を細めてビル間の狭い夜空を見上げた。不夜城新宿の街明かりが、分厚い雨雲の底を照らし出す。幾重にも重なる黒いカーテンの隙間を、縦横無尽に縫い取る蒼い稲妻。
「やれやれ……歓迎しがたい状況だな」
邪を払い大気を浄化する雷は、『鬼斬りの刀』と呼応する。この上空に発生したエネルギーは間違いなく、密集した不揃いなビルの隙間を駆けぬけ刀まで達することだろう。
将隆は『鬼斬りの刀』を一旦鞘に収めると、コインパークのフェンスに立て掛けた。角を断つ一撃まで刀を使わず、体術で反撃不能にするつもりなのだ。
俊敏な動きで『二角鬼童子』の懐に間合いをつめ、将隆は手刀で喉を突いた。間髪を入れず肘で胸腺を打ち、多々良を踏んだ側頭部に蹴りを入れる。だが、低く呻きながらも鬼は踏みとどまり、大きく腕を振り上げて殴りかかってきた。
サイドステップで側面に移動した将隆に一撃をかわされ、前屈みになった百会に膝蹴りがめり込む。ひゅう、と喉を鳴らし仰向けになった鬼は、アスファルトに背中から叩き付けられた。常人なら脳震盪を起こし、立ち上がれないほどの衝撃だ。しかし鬼相手では、それほど時間が稼げないだろう。
一足で刀に戻った将隆が、柄に手を伸ばした時だった。
鼓膜を裂くような破裂音がしたかと思うと、路上に蒼白い蛇となった稲妻がのたうつ。
「将隆っ!」
康則が叫ぶより早く、将隆は刀から飛び退いた。蒼白い蛇は『鬼斬りの刀』に纏い付き、閃光を放つと炎をあげる。鞘の下緒は瞬く間に灰となり、象嵌(ぞうがん)の鐔が赤銅色に変化した。柄を巻き取る鮫革がちりちりと焼け、組紐が弾ける。
将隆の無事に安堵した康則は、しかし、『鬼斬りの刀』が使えない状態を目にして心中が波立った。鬼もまた、攻撃に間が空いたと知るやいなや巨体に似合わぬ身軽さで跳ね起き、コインパークに停まっていたバンの屋根に飛び乗る。
「面白れぇ……『鬼斬りの刀』が使えねぇなら、てめぇらはタダのガキだ。上等な餌に仲間も喜ぶだろうよ、ハラワタかっ捌いて啜ってやらぁ!」
嗄れ声で凄んだ鬼は、下卑た高笑いを上げた。すると一転した形勢を察し、地下に蠢いていた影が躍り出る。
(つづく)
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◆戦闘シーンは続けて読む方が良いかしら? う〜ん、あと二回くらいはあると思います。
「第一部・将隆の章」はこちら(↓)にありますので読んでいただけると嬉しいです。
〔http://youkazato.gooside.com/onitetumain1.html〕
〔本文〕
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「ちっ、何処に隠れていた!」
身の丈二メートルはあろう影は、息の掛かるほどの距離で康則に覆い被さる。雨に濡れた薄いランニングシャツの下に、大きく上下する岩のような大胸筋。剛毛に覆われ、隆々と盛り上がった上腕二頭筋。節の浮き出た太い指先に伸びる長い爪。錆色の髪。落ち窪んだ眼窩の中、朱く血走り濁った虹彩の中央に開いた瞳孔は、禍々しい輝きを放っている。
そして、眉間に突き出た二本の角。
一本は根本の太さが三センチほどあり、天を突くように上方へ十センチほど反り上がっていた。その下にある直径二センチ・長さ五センチほどの小振りな角は、斜め上方に真っ直ぐ突き出している。唸りをあげ、捲り上がった上唇から肉食獣に似た牙を剥く、紛れもない鬼の姿。
近すぎる間合いに、身動きがとれない。だが康則が顔をしかめ、小さく息を吐いた理由は別にあった。饐えた体臭と混じり合い鼻腔をつく安物のフレグランスは、獣臭を誤魔化すにはどうやら役不足らしい。接近戦をするたびに、吐き気を抑えるのが一苦労だ。
「下がれ、康則!」
将隆の鋭い声が発せられ、瞬時に左後方へ跳んだ康則の前に『二角鬼童子』が倒れ込んむ。ザックリと裂けた右肩口から噴水のように吹き上げる血飛沫が、雨と混じり合って白煙を上げ刺激臭を作り出した。鬼の血には毒性があり、強酸のようにあらゆる物質を溶かす。はねた血が僅かに付着したスラックスの裾は、火を近付けた化繊のように穴が空いてしまった。
完全に『業苦の鬼』を倒すには、『鬼斬りの刀』で角を断たなくてはならない。
『二角鬼童子』は水溜まりに浸かった顔面をゆっくりと持ち上げ、不安定な右腕で上体を支えた。裂けた肩口から、既に血は流れていない。傷口は熟した石榴(ザクロ)の実のような粒状の細胞に埋め尽くされ、瞬く間に再生してしまったのだ。
白く眩い閃光が闇を裂き、雷鳴の大音響が大気を震撼させた。『二角鬼童子』は仁王立ちになると将隆に向かい合い、残忍に口元を歪める。しかし殺意を剥き出す『二角鬼童子』には目も呉れず、将隆は目を細めてビル間の狭い夜空を見上げた。不夜城新宿の街明かりが、分厚い雨雲の底を照らし出す。幾重にも重なる黒いカーテンの隙間を、縦横無尽に縫い取る蒼い稲妻。
「やれやれ……歓迎しがたい状況だな」
邪を払い大気を浄化する雷は、『鬼斬りの刀』と呼応する。この上空に発生したエネルギーは間違いなく、密集した不揃いなビルの隙間を駆けぬけ刀まで達することだろう。
将隆は『鬼斬りの刀』を一旦鞘に収めると、コインパークのフェンスに立て掛けた。角を断つ一撃まで刀を使わず、体術で反撃不能にするつもりなのだ。
俊敏な動きで『二角鬼童子』の懐に間合いをつめ、将隆は手刀で喉を突いた。間髪を入れず肘で胸腺を打ち、多々良を踏んだ側頭部に蹴りを入れる。だが、低く呻きながらも鬼は踏みとどまり、大きく腕を振り上げて殴りかかってきた。
サイドステップで側面に移動した将隆に一撃をかわされ、前屈みになった百会に膝蹴りがめり込む。ひゅう、と喉を鳴らし仰向けになった鬼は、アスファルトに背中から叩き付けられた。常人なら脳震盪を起こし、立ち上がれないほどの衝撃だ。しかし鬼相手では、それほど時間が稼げないだろう。
一足で刀に戻った将隆が、柄に手を伸ばした時だった。
鼓膜を裂くような破裂音がしたかと思うと、路上に蒼白い蛇となった稲妻がのたうつ。
「将隆っ!」
康則が叫ぶより早く、将隆は刀から飛び退いた。蒼白い蛇は『鬼斬りの刀』に纏い付き、閃光を放つと炎をあげる。鞘の下緒は瞬く間に灰となり、象嵌(ぞうがん)の鐔が赤銅色に変化した。柄を巻き取る鮫革がちりちりと焼け、組紐が弾ける。
将隆の無事に安堵した康則は、しかし、『鬼斬りの刀』が使えない状態を目にして心中が波立った。鬼もまた、攻撃に間が空いたと知るやいなや巨体に似合わぬ身軽さで跳ね起き、コインパークに停まっていたバンの屋根に飛び乗る。
「面白れぇ……『鬼斬りの刀』が使えねぇなら、てめぇらはタダのガキだ。上等な餌に仲間も喜ぶだろうよ、ハラワタかっ捌いて啜ってやらぁ!」
嗄れ声で凄んだ鬼は、下卑た高笑いを上げた。すると一転した形勢を察し、地下に蠢いていた影が躍り出る。
(つづく)
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◆戦闘シーンは続けて読む方が良いかしら? う〜ん、あと二回くらいはあると思います。
「第一部・将隆の章」はこちら(↓)にありますので読んでいただけると嬉しいです。
〔http://youkazato.gooside.com/onitetumain1.html〕
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