<本文>

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 アキラがドアを閉めると、優樹は先ほどまで冬也が座っていた椅子に腰掛けた。ベッドに肘を突いて組んだ指に顎を載せ、上目使いで遼を見ている。
 居心地の悪さに身じろぎして、遼は肩をすくめた。
「有り難う、君のおかげで大事に至らなかったようだね。」
 優樹は黙ったままだ。
「僕なら平気だから、お昼食べておいでよ。ちょっと疲れただけさ、おとなしく午後は寝ているから……。」
「……ざけんな、平気なわけねぇだろっ!」
 優樹が怒っている理由は、遼を苦しめるこの能力の前で自分の無力さが腹立たしく、口惜しいからだった。何も出来ない、助けてやれない憤り、不機嫌きわまりない顔はそのためなのだ。
「ごめん、でもそんなに怒らなくても……。」
「謝る必要なんか、ない。」
「……ごめん。」
「だからっ!」
 思わず立ち上がった優樹は、遼が口元を緩めているのに気付いて呆れたように椅子に座り直した。
「おまえ、余裕あるじゃないか。俺のことからかうつもりか?」
「そんなつもりはないよ、本当に感謝してる。」
 笑顔の遼を、優樹はふて腐れて睨み返す。
「何が見えたか、俺にも教えろ。おまえの声が聞こえたんだ、またあの白いヤツが出たのか?」
 声が聞こえたと言われて、遼はたじろぐ。以前に自分は、守られる立場を嫌悪し拒絶しようとした。しかし優樹と自分がそれだけの繋がりではないと解り始めてから、受け入れる事が出来るようになった。それでもまだ、何か釈然としないものがある。
「……違う、あの獣じゃない。もっと、そうだな……禍々しい物だった。」
「マガマガしい?」
 言葉の意味が理解できていないらしい優樹に、遼は苦笑した。
「気持ち悪くて不気味な感じだよ。真っ赤に染まった、血溜まりのような湖から黒い塊が這い上がってきた。それは小さな蟲の集まりで、足下から服の中に入り込んでくるんだ。鋭い顎で皮膚を喰い破って……。」
「きっ、気持ち悪ぃな。」
「まあね。」
 事も無げに答えたが、過去の映像を見ることに、慣れる事など決してない。平静を装う遼を気遣い、優樹はその手を握った。
「無理すんな。だけど、いったい何だろうな、その黒い蟲は。」
「僕にも、解らないことだらけだよ。でも、もしかしたら美月さんは蟲の正体を知っているかもしれない。」
「美月さんが? なんか根拠があんのか?」
 途端、優樹は不機嫌な顔になった。
「僕のスケッチブック、知らないか?」
 ライティング・デスクの上に置いてあったスケッチブックを手に取り、優樹は遼に手渡す。
「これを、美月さんが書いてくれたんだ。」
 開かれたページに書かれた『蜻蛉鬼島』の文字。
「……カゲロウオニシマ?」
「アキズキシマと、読むんだよ。アキズはトンボの昔の呼び名なんだ、あの島のもう一つの読み方だと言っていた。」
「だから、なんだよ。」
「僕の見た蟲は、トンボの幼虫に似ていた。」
「トンボの幼虫って、ああ、ヤゴのことか。よく川遊びで捕まえたけど、あいつに噛まれると痛ぇんだ。刺すんじゃなくて噛み切られるから、なかなか治んねぇし。」
 はっ、として、優樹は遼を見た。
「あの湖に、人喰いヤゴがいるのか?」
「まったく君は、短絡的だね。そんなものいるわけないだろう? でも昔、あの湖で何かあったのかも知れない。後でオーナーに聞いてみようと思っているんだ。」
「オーナーに? 美月さんにじゃないのか?」
「美月さんが、オーナーの方が詳しいと言っていたからね。」
「なんだ、じゃあ美月さんは関係ないじゃないか。」
 少し安心した表情になった優樹に、遼はそれ以上言うのをやめておいた。美月の影が、どうしても気に掛かる。それは遼にとって、とても身近な感覚だった。敢えて言葉にするなら……。
「なんか食いもん、貰ってきてやるよ。飲み物リクエストあるか?」
「うん、昨日夕飯の時に出たリンゴジュース、あれがあったら頼むよ。財布、バックのサイドポケットだ。」
「オッケー!」
 遼のバックから出した財布をポケットに突っ込み、優樹は「直ぐ戻る」と言って部屋を出た。閉じられたドアに向かい、遼は呟く。
「関係、ある。あの人には死の匂いがするんだ。」
 だが今は、胸の内にしまっておいた方がよさそうだった。

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★相変わらず単細胞で可愛い優樹くんです。この子の可愛いところが解り始めたら「かざと」の思うツボに(笑

★実際、心の動きは遼君で「彼は何を考えてるの?」的に楽しめるのが良いかな?その分、優樹くんは勝手なヤツにしておくつもり。三部のラストまで、付き合って下さいね。(長いな・苦笑)

★【書評をいただきました!!】

・オンライン小説を応援して下さっているサイト、『小説の主張』様に書評をお願いしたところ、とても丁寧な書評をいただきました。
「叢雲」を長く読んで下さっている中にも、「もっとこうすればいいのに」と思われたりする方もいらっしゃるかと思います。
よろしければ、こちらの書評をご覧になって、ご自分の感想などがありましたら「掲示板」に書いてくださいね。

[書評]掲載ページ

http://homepage3.nifty.com/CROSSING/NOVEL/book_review/review_works21.html#202

◆第一部・全文アップ!番外編も掲載してありなす。(なお裏番外は腐女子的内容のためパスワード制です、ごめんなさい。興味があるかたはメールで問い合わせてください。ホームページ・掲示板からメールで問い合わせできます)

★[MURAKUMO]ホームページ
▽二部VOL1・掲載しました
▽バレンタイン番外編・こちらに移動しました
▽時間帯により繋がりにくくなっていましたが、サーバー側で解決してくれたようです。
http://happytown.orahoo.com/murakumo/

★キリ番プレゼント「神崎君の受難・アフターバレンタイン」掲載しました。
 http://open.sesames.jp/youkazato/

★ご意見ご感想はこちらへどうぞ!(裏設定・ぼやきありです。遊びに来てね!)
[叢雲掲示板]
http://www.ad-office.ne.jp/cgi-bin/bbs/ad1.cgi?8429maki

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