<コメント>
 潔癖と思えるほどに純粋で、自分の力で何かを変えることが出来ると信じていた頃。どうしようもない出来事に直面し、敗北を知る。まあ、現実世界では大敗を期することもなく、こんなもんさと終わってしまうものです。自分自身そうしてきました。
 だからこそ、自分の正義に忠実であれと、主人公を戦わせてみたくなります。正義がどこにあるか?私にはわからないし彼らにもわからない。アキラにとっての正義はどこにあったのでしょうか。

:::::::::::::::::::::
<本文>

 背後から消え入りそうな声がアキラを呼び止めた。
「えっ?」
 振り向くと、石造りの柱の陰から一人の少年がこちらを見ている。声をかけられたのは自分なのかと思わず胸を指さすと、少年は僅かに頷いてアキラを手招きした。
 招かれるまま少年に近づいたが、警戒心は起きなかった。仕立ての良さそうなヨーロッパ調のきちんとした身なりに怪しげな雰囲気はない。アキラよりは少し小柄に思えたが、年齢的には同じか、もしくは欧米人の体格を考えると少し下かも知れなかった。柔らかそうなプラチナがかったブロンドの髪はゆるくカールして顔を半分ほども隠していたが、その下からは暗い緑色の瞳が見つめている。それが辺りをうかがうようなおびえた目つきに思えるのは気のせいであろうか?
「この雨じゃあ、パーカーを着ても直ぐにびしょ濡れになると思うよ。どこまで行くんだい?」
 少年は何も答えない。
「家は近いの?誰かに迎えに来てもらうか、タクシーを使ったほうがいいんじゃないかな。」
 言葉が通じていないのかと思い考え込んだが、何も言わない少年にどうすることも出来ない。「Sorry」と言ってから、アキラはその場を後にしようと背を向けた。
「待って!」
 何か面倒なことになりそうだな、と、思いながらも足を止めて振り向き、パーカーを持つ手を上げる。
「どうしてもこれがいるのかい? でも俺もないと困るんだ。もし手元にお金があるならターミナルのショップで買うことも出来ると思うから他の誰かに聞いてくれないかな。生憎旅行者で案内できるほどこの場所に詳しくないんだ。」
 困惑の表情を浮かべるアキラに少年は首を振ると、少し変わったイントネーションの英語で答えた。
「見つかりたくない連中がいるのです。それを貸してもらえれば、人混みに紛れ込める。」
 確かに行き交う人々の中には黒っぽいレインコートが多く見られた。これから夜の町を楽しむためのおしゃれを雨に台無しにされたくない者達であろう。アキラのパーカーもまた、黒に近い濃紺で膝近くまでの長さがあるため、フードを被れば少年の言う「見つかりたくない連中」から逃れるのには都合がよさそうだ。
「うーん……。」
 人助けは率先してやるべきだといつも思っていた。しかし町中で老人の手を取り横断歩道を渡るような事とは違う、何か危険な予感がするのだ。
「それなら南館一階の九番街側にポリス・オフィスがあるから、そこに行くまで着ていくといい、一緒に行ってあげるよ。」
「警察は、だめです。味方にはなってくれません。」
 この場合、どうすればいいのだろう? アキラは大きく溜息をついた。関われば面倒なことになるのは分かり切っているのだが、このまま知らない振りをして立ち去ることは出来ない。
「困ったな。その連中に捕まると、君はどうなるんだい?」
「……死ぬまで自由を奪われる。」
「ふうん、そうか。」
 アキラはパーカーを開いて少年に被せた。
「行く当てがあるの?」
「ない。」
「しょうがないなぁ、とりあえず俺と一緒に来いよ。事情は後で聞くからさ。」
 アキラの視界には、既にこちらに向かって歩いてくる三人の背の高い男達が写っていた。揃いのダークカラーのスーツ、黒いコート。
「映画で見たFBI捜査官みたいだな。」と、苦笑する。
 無論、映画のように上手くいく確率など微塵もない。もし勝機があるとすれば、彼らの肩にも届かないような細腰のアジア系少年に、よもや反撃をするつもりがあろうとは思いも寄らないその油断にある。一人が、アキラと少年に気が付いた。背後で息をのむ気配。
「あんたの言ってた連中が、あの人達じゃないといいなって思ったんだけどなぁ。」
 少年を隠すようにアキラは前に立った。
「やあ、チャイニーズ・ボーイ。ちょっと君の連れの顔を見せてもらえないかな? 人を、探しているんだよ。」
「はあ、こいつは空港から着いたばかりの俺を迎えに来てくれた友人ですよ。人違いじゃないですか?」
 見上げるほど上背のある、いかつい顔の男は作り笑いを浮かべる。
「空港からのバスは、反対側に着くだろう?」
「地下鉄に乗るんですよ。」
「ほう、どこまで?」
「東28丁目まで。」
 次第に男がいらいらしてきた気配を感じて、アキラは息を整えた。
「くだらん問答をしている暇はないんだよ。そいつの顔を見せろ!」
 パーカーのフードに掛からんとしたその手首を、アキラは素早くつかんだ。そしてその勢いに乗じて、ぐい、と引っ張ると、体勢を崩した足を払い、背中を強く床に押しつけた。這いつくばり、腕をねじり上げられた体制の男が「ぐえっ!」と情けない声を上げる。成り行きを見守っていた後方の二人の男は、一瞬呆気にとられたような顔になったが、一人が慌ててコートの懐に手を入れた。が、もう一人にそれを制される。
「こいっ!」
 アキラは僅かな機会を無駄にせず、少年の腕を掴んで雨の通りに飛び出した。

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◆果たして追っ手の正体は?アキラ君、逃げ切れますかねぇ。資料に使うミリタリー専門書が古いのだ。またリブロに行かねば。
◇コメントくれればネタばれも?
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