私立むらくも高校怪奇譚 1(第32回)
2003年9月13日<コメント>
9月に入って、残暑が厳しい毎日です。でもやはり、日が落ちると涼しい風が吹き、気持ちがいいですね。
今更ですが、このお話の季節は10月の頭から、11月の中ぐらいの設定です。書き始めたのが春ですから、終わりぐらいに季節が合うことが出来て良かったな。計算してたわけじゃないのに。
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<本文>
「もしかして姉さんは神崎さんの恋人だったんじゃないですか? だから神崎さんは……。」
「悪いがそんなんじゃないよ。彼女のことは……学生の時知ってはいたよ。何しろミス叢雲だったからね、それだけさ。それよりそんな話を持ち出して、僕から警察の掴んだ情報を聞き出すつもりでいたのかな? 忠告しただろう? 余計な首を挟むなと……。」
「姉さんを殺した犯人を知りたいと思うことが、余計なことなんですか! 姉さんは、きっと僕に犯人を捕まえて欲しいのだと思う。だから今までしばらく出てこなかったあの能力が、また現れたんだ。神崎さんは、本当に姉さんと知り合いじゃなかったんですか? それなら何故姉さんは貴方をあんな目で見てるんですか? 」
遼は勢いよく窓を指さした。神崎は驚いて指さされた窓を見る。しかし彼には何も見えない。
「……いい加減にしたまえ。大人を、からかうのは。犯人逮捕は我々警察に任せて、君達は学生のやるべき事をやるんだ。」
神崎は弁当のからを手に持ち、席を立った。
「コーヒー、ご馳走様。とても美味しかったよ。事件が解決したときにでもまた、飲ませてくれるかな? 」
「そう言わず、何時でもどうぞ。」
アキラが微笑む。遼はうつむいたまま神崎を見送ろうとはしなかった。
部屋を出ようとして神崎は、今、遼が指さした窓をもう一度振り返ってみた。だがやはり、彼には何も見えなかった。
優樹はもう、一週間以上写真部の部室に顔を出すこともなく、剣道部の部活動に専念していた。なかなか痛みの引かない右肘の打ち身を改めて医者に診てもらったところ、上腕骨にひびが入っているのが解り、しばらく激しい練習は止められてしまった。包帯を樹脂で固めただけの簡単なギブスではあったが、今は仕方なく左手だけの打突練習や素振りをするしかない。
彼が使う諸手左上段は、相手の攻めに対して決して動じない気位だ。それは相手を飲み込み焼き尽くす気迫で頭上より見下ろす、別称を「天の構え」または「火の構え」とも言う、強く攻撃的な構えである。
両手で竹刀を持ち、ゆっくりと振りかぶる。一歩踏み込んで振り下ろした途端、激しい痛みに彼は竹刀を取り落としてしまった。
「ちくしょう! 」
自分の中でくすぶる未消化な感情を、力任せに振り払うことさえ出来ない。
「無理をするな、篠宮。焦ると怪我が治らんぞ。」
剣道部顧問の熊谷が、心配そうに優樹に声をかけた。何があったかは知らないが、彼が苛つき、焦っているのが見れば解る。
「少し外を走ってきます。」
優樹は竹刀を置くと、運動着に着替えて武道館を出た。
一時間ほど外を走って武道館に戻った優樹は、岡田悟が西棟から出てくるのを見つけた。彼も優樹に気が付き、手を挙げる。
「最近こっち、顔出さないんだな。」
「うん? ああ。この所、剣道部の方サボりがちだったからさ。少し真面目にやらないと熊谷がうるさいんだ。」
熊谷がいくら指導熱心とは言っても怪我が治りきらない部員にそううるさくは言わないはずなのだが、岡田は敢えて余計なことは言わずにただ、そうか、とだけ答えた。
「悟、今日はもう終わりか? 今、着替えてくるから一緒に帰ろうぜ。怪我治るまでバイク禁止なんだ。」
「ああ、いいよ。」
岡田はその場のコンクリートの階段に腰を下ろし、鞄を置いた。彼もまた、優樹と話をするためにタイミングをみて西棟から出てきたのだ。しかし優樹の方から声を掛けなければそのまま帰るつもりだった。
「待たせたな、帰ろうぜ。」
制服に着替えて出てきた優樹と一緒に裏門に向かって歩きながら、彼はふっと、中学時代を思い出した。
「中学の時、おまえよく部活をサボって海に泳ぎに行ってたよな。」
「あれも身体を鍛えるためさ。いろんな運動を経験して筋肉を均等に鍛えないといい動きは出来ないんだぜ。」
「よく言うよ、俺にはそうは見えなかったけどなぁ。おまえ、真冬でも平気で泳いでただろう。それで暖をとろうとして流木で焚き火してたら……。」
「あっ、その話はもう止めろよ。」
狼狽える優樹に構わず岡田は続ける。
「海岸に引き上げてあったボートに火がついて、すっかり燃やしてしまったんだよな。」
つい昨日のことのように、優樹の脳裏にもそのときの光景が浮かんだ。
「あんときはホント、焦ったな。海岸に落ちてたペットボトルの空き容器で海の水を汲んでかけたけど、間に合わなくてさ。その上置いてあった服まで燃やして……。悟の家が海岸から近かったから助かったよ。海パンのままじゃ家に帰れなかったもんな。あのあとおまえの親と田村の叔父さんに酷く叱られたんだった。」
二人は顔を見合わせ、笑った。
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9月に入って、残暑が厳しい毎日です。でもやはり、日が落ちると涼しい風が吹き、気持ちがいいですね。
今更ですが、このお話の季節は10月の頭から、11月の中ぐらいの設定です。書き始めたのが春ですから、終わりぐらいに季節が合うことが出来て良かったな。計算してたわけじゃないのに。
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<本文>
「もしかして姉さんは神崎さんの恋人だったんじゃないですか? だから神崎さんは……。」
「悪いがそんなんじゃないよ。彼女のことは……学生の時知ってはいたよ。何しろミス叢雲だったからね、それだけさ。それよりそんな話を持ち出して、僕から警察の掴んだ情報を聞き出すつもりでいたのかな? 忠告しただろう? 余計な首を挟むなと……。」
「姉さんを殺した犯人を知りたいと思うことが、余計なことなんですか! 姉さんは、きっと僕に犯人を捕まえて欲しいのだと思う。だから今までしばらく出てこなかったあの能力が、また現れたんだ。神崎さんは、本当に姉さんと知り合いじゃなかったんですか? それなら何故姉さんは貴方をあんな目で見てるんですか? 」
遼は勢いよく窓を指さした。神崎は驚いて指さされた窓を見る。しかし彼には何も見えない。
「……いい加減にしたまえ。大人を、からかうのは。犯人逮捕は我々警察に任せて、君達は学生のやるべき事をやるんだ。」
神崎は弁当のからを手に持ち、席を立った。
「コーヒー、ご馳走様。とても美味しかったよ。事件が解決したときにでもまた、飲ませてくれるかな? 」
「そう言わず、何時でもどうぞ。」
アキラが微笑む。遼はうつむいたまま神崎を見送ろうとはしなかった。
部屋を出ようとして神崎は、今、遼が指さした窓をもう一度振り返ってみた。だがやはり、彼には何も見えなかった。
優樹はもう、一週間以上写真部の部室に顔を出すこともなく、剣道部の部活動に専念していた。なかなか痛みの引かない右肘の打ち身を改めて医者に診てもらったところ、上腕骨にひびが入っているのが解り、しばらく激しい練習は止められてしまった。包帯を樹脂で固めただけの簡単なギブスではあったが、今は仕方なく左手だけの打突練習や素振りをするしかない。
彼が使う諸手左上段は、相手の攻めに対して決して動じない気位だ。それは相手を飲み込み焼き尽くす気迫で頭上より見下ろす、別称を「天の構え」または「火の構え」とも言う、強く攻撃的な構えである。
両手で竹刀を持ち、ゆっくりと振りかぶる。一歩踏み込んで振り下ろした途端、激しい痛みに彼は竹刀を取り落としてしまった。
「ちくしょう! 」
自分の中でくすぶる未消化な感情を、力任せに振り払うことさえ出来ない。
「無理をするな、篠宮。焦ると怪我が治らんぞ。」
剣道部顧問の熊谷が、心配そうに優樹に声をかけた。何があったかは知らないが、彼が苛つき、焦っているのが見れば解る。
「少し外を走ってきます。」
優樹は竹刀を置くと、運動着に着替えて武道館を出た。
一時間ほど外を走って武道館に戻った優樹は、岡田悟が西棟から出てくるのを見つけた。彼も優樹に気が付き、手を挙げる。
「最近こっち、顔出さないんだな。」
「うん? ああ。この所、剣道部の方サボりがちだったからさ。少し真面目にやらないと熊谷がうるさいんだ。」
熊谷がいくら指導熱心とは言っても怪我が治りきらない部員にそううるさくは言わないはずなのだが、岡田は敢えて余計なことは言わずにただ、そうか、とだけ答えた。
「悟、今日はもう終わりか? 今、着替えてくるから一緒に帰ろうぜ。怪我治るまでバイク禁止なんだ。」
「ああ、いいよ。」
岡田はその場のコンクリートの階段に腰を下ろし、鞄を置いた。彼もまた、優樹と話をするためにタイミングをみて西棟から出てきたのだ。しかし優樹の方から声を掛けなければそのまま帰るつもりだった。
「待たせたな、帰ろうぜ。」
制服に着替えて出てきた優樹と一緒に裏門に向かって歩きながら、彼はふっと、中学時代を思い出した。
「中学の時、おまえよく部活をサボって海に泳ぎに行ってたよな。」
「あれも身体を鍛えるためさ。いろんな運動を経験して筋肉を均等に鍛えないといい動きは出来ないんだぜ。」
「よく言うよ、俺にはそうは見えなかったけどなぁ。おまえ、真冬でも平気で泳いでただろう。それで暖をとろうとして流木で焚き火してたら……。」
「あっ、その話はもう止めろよ。」
狼狽える優樹に構わず岡田は続ける。
「海岸に引き上げてあったボートに火がついて、すっかり燃やしてしまったんだよな。」
つい昨日のことのように、優樹の脳裏にもそのときの光景が浮かんだ。
「あんときはホント、焦ったな。海岸に落ちてたペットボトルの空き容器で海の水を汲んでかけたけど、間に合わなくてさ。その上置いてあった服まで燃やして……。悟の家が海岸から近かったから助かったよ。海パンのままじゃ家に帰れなかったもんな。あのあとおまえの親と田村の叔父さんに酷く叱られたんだった。」
二人は顔を見合わせ、笑った。
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