小説 私立むらくも高校奇譚 1
2003年5月30日こんにちは(^^)今日初めての書き込みです。これから週1/2回のペースで物語を進めていきたいと思います。どうぞよろしく。
今回のお話は学園ホラーミステリ(のつもり)私立高校が舞台で、ミイラ化した死体を発見するところから始まります。楽しんでもらえるといいな。
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私立むらくも高校奇譚 1
第一回
美術室の西側の窓は開いたままだった。透明で涼やかな秋風が運んでくる波の音は心地良いし、時折断崖を伝ってこの高台まで吹き上げてくる湿った潮のにおいも嫌いではない。しかしそろそろ風は冷たさを増し波の音も荒くなってきたようだ。気が付けば窓から射し込む西日が、イーゼルの長い影を白いモルタルの壁に黒々と映しだしている。
(もうそろそろ限界かな。)
秋本遼はデッサン用の木炭を走らす手を止めた。
沈みかけの太陽は、水平線上に重なり合いその向こうの夜の闇を移すかのように重く暗い灰色の雲の隙間をまるで血のように鮮やかな緋色で縁取っている。それはまるで我が物顔で天空を走る太陽が地獄に引きずり込まれる瞬間にあげる断末魔の悲鳴。彼はこの眺めが好きだった。
椅子の背もたれに掛けてある制服の上着の内ポケットから取り出した携帯は四時三五分を表示していた。彼が文化祭のテーマに選んだのはこの教室の西からの光で陰影をつけたデッサン画である。今更時間的に制限のあるテーマを選んだことを悔やんでも仕方がないのだが、これほど日が傾くのが日に日に早くなっていくのでは、来月末の文化祭に間に合うかどうか。後は記憶を頼りに進めて仕上げで補正するしかなさそうだ。
デッサン画を丸めてケースに納め、イーゼルを壁際の定位置に置く。デッサンモデル「アキレス」は他の石膏像の並ぶ棚に戻さなくてはならない。
彼の所属する美術部の顧問は八街哲夫という教師だが、備品の管理について口やかましいのはもう一人の美術教師成田智子だ。使用したものを元の位置に戻しておかないと次に使いたいときに嫌みを言われてしまう。本来土曜日は3時以降使用禁止のこの教室を使わせてもらいたいと頼みに行ったときもあまり良い顔はしなかったのだが、八街先生が頼んで文化祭が終わるまでは5時まで開けておいてもらえることになったのだ。
重い石膏像を両腕で抱え、壁に固定された八〇センチほど奥行きのある頑丈な木製の棚に戻す。そのときつま先が何かを踏んだ気がして彼は棚の下をのぞき込んだ。奥に黒い布に覆われた石膏彫刻ほどの大きさの物が置いてある。彼が踏んだのはその布だった。
(こんな物、あったかな?)
布の中身に興味をそそられて、彼は棚の下に潜り込みそれに手を掛けようとした。
(触るな!)
誰かが彼の頭の中で叫んだ。突然全身に冷たい戦慄が走り、全ての体毛が逆立ってゆく。開いた毛穴から虫がはいだし体中をうぞうぞと這い回るようなこの感覚。久しく忘れていた、忘れていたかったこれは・・・。
(・・・くる!)
目の前が白く輝く。ホワイトアウト。フラッシュ・バックする音、場面。
女の子、制服、笑顔、困惑、恐怖、懇願、叫び。ブラックアウト。
呪縛は、来たときと同じく突然彼を解放した。冷たい汗が脇を伝い落ち、目の奥が熱く刺すように痛む。涙が頬を伝った。
今回のお話は学園ホラーミステリ(のつもり)私立高校が舞台で、ミイラ化した死体を発見するところから始まります。楽しんでもらえるといいな。
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私立むらくも高校奇譚 1
第一回
美術室の西側の窓は開いたままだった。透明で涼やかな秋風が運んでくる波の音は心地良いし、時折断崖を伝ってこの高台まで吹き上げてくる湿った潮のにおいも嫌いではない。しかしそろそろ風は冷たさを増し波の音も荒くなってきたようだ。気が付けば窓から射し込む西日が、イーゼルの長い影を白いモルタルの壁に黒々と映しだしている。
(もうそろそろ限界かな。)
秋本遼はデッサン用の木炭を走らす手を止めた。
沈みかけの太陽は、水平線上に重なり合いその向こうの夜の闇を移すかのように重く暗い灰色の雲の隙間をまるで血のように鮮やかな緋色で縁取っている。それはまるで我が物顔で天空を走る太陽が地獄に引きずり込まれる瞬間にあげる断末魔の悲鳴。彼はこの眺めが好きだった。
椅子の背もたれに掛けてある制服の上着の内ポケットから取り出した携帯は四時三五分を表示していた。彼が文化祭のテーマに選んだのはこの教室の西からの光で陰影をつけたデッサン画である。今更時間的に制限のあるテーマを選んだことを悔やんでも仕方がないのだが、これほど日が傾くのが日に日に早くなっていくのでは、来月末の文化祭に間に合うかどうか。後は記憶を頼りに進めて仕上げで補正するしかなさそうだ。
デッサン画を丸めてケースに納め、イーゼルを壁際の定位置に置く。デッサンモデル「アキレス」は他の石膏像の並ぶ棚に戻さなくてはならない。
彼の所属する美術部の顧問は八街哲夫という教師だが、備品の管理について口やかましいのはもう一人の美術教師成田智子だ。使用したものを元の位置に戻しておかないと次に使いたいときに嫌みを言われてしまう。本来土曜日は3時以降使用禁止のこの教室を使わせてもらいたいと頼みに行ったときもあまり良い顔はしなかったのだが、八街先生が頼んで文化祭が終わるまでは5時まで開けておいてもらえることになったのだ。
重い石膏像を両腕で抱え、壁に固定された八〇センチほど奥行きのある頑丈な木製の棚に戻す。そのときつま先が何かを踏んだ気がして彼は棚の下をのぞき込んだ。奥に黒い布に覆われた石膏彫刻ほどの大きさの物が置いてある。彼が踏んだのはその布だった。
(こんな物、あったかな?)
布の中身に興味をそそられて、彼は棚の下に潜り込みそれに手を掛けようとした。
(触るな!)
誰かが彼の頭の中で叫んだ。突然全身に冷たい戦慄が走り、全ての体毛が逆立ってゆく。開いた毛穴から虫がはいだし体中をうぞうぞと這い回るようなこの感覚。久しく忘れていた、忘れていたかったこれは・・・。
(・・・くる!)
目の前が白く輝く。ホワイトアウト。フラッシュ・バックする音、場面。
女の子、制服、笑顔、困惑、恐怖、懇願、叫び。ブラックアウト。
呪縛は、来たときと同じく突然彼を解放した。冷たい汗が脇を伝い落ち、目の奥が熱く刺すように痛む。涙が頬を伝った。
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